スポチャン部の手伝いから戻った瞬間、強烈な花の匂いが香る。
見れば先に部室に戻っていたらしい友奈の手に大量の花束がある…だが、そこに束ねられている花が問題だった。
「ちょっ、友奈?何よそれ、黒薔薇だけの花束!?」
「あ、夏凜ちゃん。うん、ちょっと困ったことになっちゃって」
「そりゃ困るわよ、かなり不気味だもの」
黒薔薇を抱いて苦笑する友奈によれば、これは今日手伝って来たお婆さんの庭の草引きのお礼にもらったらしい。
彼女が女学生の時代、先輩に貰ったものを大事に今まで育てて来たものなのだそうだ。
「だから無碍にする訳にもいかなくて。それにほら、よく見たら凛とした美しさがあるようにも見えない?」
「解らなくもないけど、確か黒薔薇の花言葉って“恨み”だったか“呪い”だったかよ?
詳しくはないけどそれを渡されるなんて、実は何かやらかしたんじゃないでしょうね」
「ええ!?ど、どうしよう、それじゃあ東郷さんにあげられないよ!半分は花瓶で育ててもう半分は渡そうと思ってたのに…」
見れば窓際の花瓶にも黒薔薇がごっそりと差されている。
東郷に渡すつもりだったのか、この娘は。渡された東郷も困るだろうに。
というか自分が恨まれたり憎まれたりしているかも知れないことはスルーでいいのだろうか。
「ただいま~、いやー勇者部の活動はいい汗かきますなー…あれ、ゆーゆ何それ?」
「あ、園子ちゃん。実はね」
友奈が事情を話すと、みるみる内に園子の顔が喜色に染まって行く。その口が“キマシタワー”と声も出さず動いた。
「園子ちゃん?」
「あ、うん。大丈夫だよー。黒薔薇には確かに“恨み”や“呪い”の意味もある。
でもね、ゆーゆ。“永遠に変わらない絆”っていう意味の花言葉もあるんだよー。
それを知ってたから、お婆さんは今まで育て続けてたんじゃないかなあ」
なるほど、それなら確かに問題はない。友奈の顔もパッと明るくなった。
「そうなんだ!じゃあ、東郷さんにあげても問題ないね!ううん、東郷さんにあげたいよ!」
「うんうん、きっとわっしーも喜ぶよー。あ、わっしーは私よりも博識だし、いきなり渡しちゃった方が面白いかもねー」
「確かに東郷さんは色々詳しいもんね。一々説明したらくどいかも。ありがとう、園子ちゃん!」
さっきまでの困った顔は何処に行ったのやら、上機嫌で友奈は東郷がやって来るのを待っている。
それを見る園子の顔は明らかに何か裏があるものだった。自前のPCに恐ろしい勢いで何か打ち込んでいる。
「園子、あんた一体何企んでるのよ?」
「企んでるなんて酷いな、にぼっしー。ただうっかり言い忘れてたことがあるだけで」
「ちゃっかりの間違いでしょ?言いなさい、場合によってはあたしがバラす」
「薔薇だけに?わー、表情が冷たいよー。ただ単に黒薔薇の花言葉は“永遠に変わらない愛”なだけで。愛も絆だし?」
こいつは…もしも東郷が“恨み”や“呪い”しか知らなかったらどうするつもりなのか。
「それはそれで、涙目になったわっしーに必死にゆーゆが説明してニッコリ仲直り、という非常に美味しいイベントが見れるよー」
「あんた、可愛い見た目に反して結構あくどいわね」
何故か園子はあたしの言葉に赤面して“不意打ちはズルイよー”とか言っている。何の話だ、何の。
「東郷美森、ただいま戻りました。友奈ちゃん、これお茶の席で貰ったんだけど…ゆ、友奈ちゃん、それは?」
「あ、東郷さん!これ、私の気持ちだよ!東郷さんに受取って欲しい!」
あたしが訂正を入れる間もなく、友奈が東郷へと花束を差し出す。満面の笑顔で。
東郷の顔はみるみる内に真っ赤に染まり、やがてこくこくと何度か頷いて見せた。あ、これは知ってるわね。
「ほ、本当にいいの、受け取ってしまって?た、確かに今までも何度かさり気なくそういう主張はあったけど」
「?結構ストレートにそういうのは表してたつもりなんだけど」
「そうなの!?ご、ごめんなさい、私が鈍くて」
友奈は友情のつもりなんだろうけど、東郷からすれば愛の告白だ。微妙に2人のやり取りには違和感がある。
「それじゃあ、東郷さん、受け取って!大丈夫、帰り道では私が持つよ」
「よ、よろしくお願いします」
「東郷、敬語になっちゃってるわよ」
「もう完全に嫁入り気分なんだろうねー。美味しい!美味しいよ、ゆうわし!」
まあ、今さら割り込むのも何だか野暮だろう。それに勘違いしててもしてなくも大差ない気はするし。
友奈と東郷が2人だけの空間を作り出していると、風と樹が2人揃って部室に戻って来た。
「ただいまー。よしよし、部員全員そろって…なんじゃありゃ!?」
「友奈が庭の手入れ手伝ったお婆さんから貰ったのよ。で、東郷にあげたところ」
「ええ!?黒薔薇って確か“恨み”とかいう花言葉だったような…」
思った通りの反応に、あたしと園子は顔を見合わせて苦笑する。やきもきした顔で2人を見守る風に、樹が解説を入れた。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。黒薔薇には3つ、花言葉があってね」
「…ん?3つ?」
園子の方を見ると、彼女も知らないようで首を左右に振る。
「それぞれ“恨み、呪い”、“永遠に変わらない愛”、それと―――“貴女はあくまで私のもの”」
おまけ
帰り道、黒薔薇の花束を手にしているとちょっと注目されて恥ずかしかったけれど、東郷さんが喜んでくれたので気にならない。
今日の東郷さんはちょっと積極的で、帰る途中ずっと私の手を握っていた。
片手に“永遠の絆”の黒薔薇、片手に東郷さんの柔らかい手、どんなものにも負けない気がして来る。
「友奈ちゃん、素敵なプレゼントをありがとう。これからもよろしくね」
「うん、ずっとずっと一緒だよ!」
「…はい」
家の前で、東郷さんが黒薔薇の花束を手に笑う。何だか抱きしめたくなるような笑顔だった。
でも急にそんなことしたら驚かれるし、黒薔薇の棘が危ないかもしれないから、やめた。
「そうだ、友奈ちゃん。これを受け取って。薔薇のお返しには、同じバラ科がいいと思うから」
「なあに、これも薔薇なの?新聞紙に包まった…わあ!桃の枝!」
「少し時期には早いけど、お茶の会で貰ったの。桃の節句も近いし、友奈ちゃんに受取って欲しい」
「ありがとう、東郷さん!大事にするからね!」
乏しい知識を総動員して必死に思い出す。ええと、確か桃の花言葉は…樹ちゃんがいつか言ってたような…。
そうだ!天下無敵!私たちに本当に相応しいと思う。
「これから何があっても私たちなら平気だね、東郷さん!」
「ええ、友奈ちゃん。貴女の傍で、永遠に」
桃の花言葉:“天下無敵”、“気立ての良さ”、それと“私はあなたのとりこ”
最終更新:2015年03月03日 10:35