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「夏凜、相談があるの」
「な、何よ。普段はにぼっしーとか言ってからかってるのに、急に真面目な顔しちゃって」
「……アタシと一緒に、寝てほしいんだけど」

 夕暮れの迫る勇者部部室。
 部活始めから何処か不穏な様子だった風が、そんな言葉を放ったのはそろそろ活動終了直前のことだった。

「は、はああああ!?な、何言って、何言ってるのよ!こ、このスケベ!エッチ!うどんジャンキー!」
「うどんは関係ないでしょうどんはぁっ!?何勘違いしてるのよ、別にそういう意味じゃ……無いから」
「何で一瞬黙り込んだの!?」
「急に眠気が襲ってきて」

 嘘だ!絶対嘘だ!こいつ私を犯る気満々だ!

「落ち着きなさい、夏凜。アタシはね、寝たいだけなのよ」
「知るか!か、体だけが目当てとか堂々と!こいつ、成敗してやる!」
「いや待って!本当に落ち着けっての!マジでそういう意味じゃないんだから!い、樹!樹がここ数日居ないでしょ!?」

 樹のクラスではインフルエンザが流行って、3日前から学級閉鎖になっている。
 本当は自宅待機していなければいけないのだが、歌手になる為の合宿があるとかで樹はこっそりそちらに参加していた。

「なんかね、樹が居なくなった途端に眠れなくなっちゃったのよ。落ち着かないっていうか、慣れないっていうか?
 授業中の居眠りくらいしか寝れてなくて…ふわあ」
「風先輩、この時期に学業をおろそかにするのは自殺行為なのでは?」
「た、多分大丈夫。きっと。めいびー。それでさ、何とかよく眠れる方法とかを調べて試してみたんだけど効果なくて」
「それが、なんで私と一緒に寝るって話になるのよ」
「いや、ほら。旅館で泊まった時、覚えてる?あの時、すごくぐっすり眠れたなあと思って」

 それはバーテックスとの戦いを終え(たと思っ)て、慰安旅行に行った時のことだ。
 風が寝ぼけて私の布団の中に入り込んできたことがあった。
 ついつい仏心を出してそのまま寝かしておいたのだけど、それがこんな形で災難として降り掛かってくるとは。

「それとも、夏凜はアタシのこと、嫌い?」
「う、上目使いで見るな!別に、嫌いとかじゃないけど…」
「テンプレ通りのツンデレ、大変ごちそう様です」
「園子は黙ってて!」
「けど、確かに誰かと一緒に眠ると安心できることはあるわ。私も眠れない夜は友奈ちゃんと」
「東郷も隙あらば惚気るなぁっ!」

 樹が居ないせいもあって、この部屋のツッコミ率は極端に低下している。
 1人でボケボケな部員たちを捌き続けて、私はへとへとになった。

「それじゃあ、今夜さっそく試してみてくれるかな?」
「いいともー」
「なんで友奈が答えるのよ!?はあ、もういい、疲れた。夕飯食べさせてくれるなら、付き合うわよ」
「ホントに!?じゃあ、夏凜が好きなもの沢山作ってあげる!」

 疲れ切った果てに、私は結局考えることを放棄して陥落したのだった。
 それに、風の嬉しそうな顔を見るのも、まあ悪くないと思ってしまったし。


「―――なのに、いきなり前提が崩れるとかどういうことなのよ!」
「いやー、これは犬吠埼風の目をもってしても見抜けぬ展開だった」
「ご、ごめんなさい。空気読まずに帰ってきちゃってごめんなさい!」
「別に謝ることじゃないけど…」

 講師の人の奥さんが産気づいたとかで、樹が2日ばかり早く帰還。それも風を驚かせるためにサプライズで。
 浮気現場を見られたとしても、ここまで気まずい気分にはならないのではないだろうか。
 いや、私と風はそういう関係ではないけど。断じてないけど!

「まあ、せっかくだし夏凜も泊まっていきなさいよ」
「そ、そうですよ。3人で寝ましょう!」
「風はいいとして樹は何言ってるの!?いいわよ、ソファで寝るから」
「いかーん!仮にもお客様にそんな扱いをしたと知れたら、犬吠埼家のご先祖様に顔が立たない!」

 現金にも樹が帰ってきた途端に元気になった風を、部活時からの疲れが蓄積している私がまともに相手できるはずがない。
 というか、3人で眠るのは犬吠埼家的にはもてなしになるのだろうか。

「―――って、ツッコミ放棄してたらなんなのよ、この状況は!?真ん中は風でしょ、普通!」
「いやー、万が一にでもベッドから落ちたら可哀そうだなーと思いまして」

 夕食を終えて、風呂を頂いて、寝る前のサプリを取って。気付けば私は風と樹に両隣を挟まれる形でベッドに入っていた。
 冷静に考えたら樹のベッドもあるんだから、樹だけ向こうで寝るとかだって出来たじゃない!

「まあまあ、お客さん。サービスしますから」
「怪しい店か!」
「夏凜さん、その…ちょっと、いい匂いがしますね」
「いきなり何!?シャンプーも石鹸もあんたらと一緒よ!」
「そっかー、家でも使ってくれてるのね?」

 そういえば、家の日用品は風と樹がいろいろと買い揃えてくれたんだった。私だけだと特売品ばっかり買ってしまうから。

「…どうしても嫌なら、私だけソファで寝るけど?」
「そこはせめて樹のベッドに行きなさいよ。はあ…別に、嫌じゃない。その、こういうの初めてで慣れてないだけ」
「体験してる娘の方が少ないとは思うけどねー」
「何でボケ倒した上にフォローには突っ込んでくるのよ」

 大きくため息を吐いてから天井を見上げる。当たり前だけど見慣れない天井だ。
 何故か、私のアパートより少し色合いがやさしく見える気がする。絶対気のせいだけど。

「すー…すー…」
「はやっ!?もう寝たの、風!?」
「お姉ちゃん、本当に眠れてなかったんだなあ…ありがとうございます、夏凜さん」
「いや、あんたのお陰でしょ。お礼言われることなんて、何にもしてないわ」
「ううん、お姉ちゃんって結構神経質で、友奈さんや東郷先輩とでも、最初は一緒の部屋に居ると眠れなかったって」

 それは初めて聞く話だった。
 なんでも去年の学園祭の準備の時、風と友奈、東郷の3人が準備の為に部室に泊まり込んだらしい。
 その時は一睡もできなかったと言って、翌日家に帰ってから樹を抱いてぐっすり眠ったそうだ。

「あの2人でも1年、ゆっくり時間をかけて、あの旅館でやっとだったのに。
 夏凜さんはお姉ちゃんから求められるなんて、凄いなあって」
「…態のいい抱き枕扱いなだけよ。遠慮しなくていいだけでしょ、私には」
「ふふふ。私もね、本当はすごく嫉妬深いところがあるんですよ。でも、何故か夏凜さんならいいかなって」

 そう言って、樹が私の腕に体をくっつけてくる。こんな温もりを近くで感じることは今まで無くて、戸惑う。

「ねえ、夏凜さん。お姉ちゃんの傍に、これからも居てあげてくれますか」
「…忙しくなる自分の代わりに、なんて言うなら張り飛ばすわよ」
「ひゃっ!?ち、違いますよぅ。私も、この3人の組み合わせは結構好きだから」

 最初は異物だったのに、意図してそうふるまっていたのに、気付けばこうやって姉妹の中にすら受け入れられて。
 それを悪くないと感じている自分がいる。そのことに当然戸惑いはあるけど、半分以上はもう受け入れていて。

「夏凜~…」
「わっ!?お、起きて、ないか。結構寝相悪いわね、こいつ」
「私ほどじゃないですけど、疲れてる時は割にすごいですよ」
「夏凜ー…ありがと…アタシは…あんたに…むにゃ…」
「……寝れなくなりそうなこと、言うな」

 私は風のおでこにデコピンを打ち込む。一瞬顔をしかめたけど、風はすぐまたすやすやと眠りに落ちて行った。

「お姉ちゃん…」

 いつの間にか眠っていたいたらしい樹が私の手を強く抱きしめる。
 お姉ちゃんはこっちでしょ、と思ったけどそう呼ばれたのが想像していたより嬉しくて。
 私は、もう一度天井を見上げる。不思議なことに、それはもう何だか見慣れたような気がした。


「―――とか感傷的に思ってた時間を返せ!風、起きろー!樹も起きなさーい!」

 樹が朝に弱いとは前から聞いていたけれど、風が爆睡しているとどうなるのかは考えたことがなかった。
 その準備の悪さを、私は朝から責められることになっている。

「むにゃむにゃ…夏凜ー…遅刻しちゃうわよぉ…ホント、世話の焼ける…にへへ…」
「すー…すー…夏凜さ…お姉ちゃん…ずっと…一緒…」
「遅刻しちゃいそうなのはあんたらもよ!仲良く!一緒に!もう、起きろーっ!!」

 ―――その後、私は2人を何とかギリギリで起床させて登校。
 前の時(去年の学園祭)は午後まで眠っていたことから、その手腕を認められ『犬吠埼家次女』の名を(東郷から)頂くことになる。
 …昨日は悪くないと思ったのに、今日ははっきりと不名誉に感じるのはきっと気のせいだ。
最終更新:2015年03月07日 08:21