7・310

 ―――今日は目が覚めると、真夜中の勇者部の部室に居た。
 基本的にはここで意識を取り戻すことが多いが、あたしの意思で決定できないのでたまにとんでもない所で目覚める。
 一度なんて、階段の下で目を覚ましたせいで思いっきり踏んづけられてしまった。誰が14段目だ、誰が。

「こんばんは、銀ちゃん。良かった。今日は部室に居たね!」
「うん。こんばんは、友奈さん」
「友奈でいいって言ってるのに」
「初めて会った時の印象が強すぎて、なかなか変えられないんだよ。でもほら、口調は大分砕けて来たし」
「うんうん、いいことだよ。あ、これ東郷さんのぼた餅!ちょっとだけ残しておいたんだ!」

 …まあそのお陰でこうやって話し相手が出来た訳だけど。


 あたしの名前は三ノ輪銀。人類の天敵バーテックスから世界を守るために戦う勇者…だった。
 バーテックスとの戦いの中で力尽きたあたしが次に目覚めたのは、真夜中の讃州中学でのことだった。
 何で縁もゆかりも(ほんのちょっとしか)無い中学校で目覚めたのか。
 あたしの使ってたシステムを流用してる三好夏凜という娘がこの学校に来てからのことなので、何か関係はあるんだろう。
 けど、あたしはそういう小難しいことを考えるのが苦手だし、相談できる相手も居なかった。

「(最初の頃は戸惑ったよなあ)」

 自分が幽霊という奴なのか、それとも他の何かなのかも実際のところよく解らない。
 ただ人からはあたしの姿は見えないし声も聞こえないけど、物に触ることはできるみたいだった。
 とにかく闇雲にコミュニケーションを取ろうとして、ピアノを適当に触ってみたり人体模型を二人羽織で動かしてみたり。
 結局不気味な怪談が学校に流布しただけで、誰もあたしの存在に気付いてくれることはなかった(当たり前だ)。
 しかも、朝が来ると急に意識がぷっつり途切れて、気付けばまた讃州中学で夜になっているの繰り返し。
 深夜トラックを利用して何とか家に帰ろうと試みて、勇者部の部室で目覚めた時は流石に泣きそうになった。


 そんなあたしにも、ようやく姿が見えて言葉を交わすことのできる相手ができた。
 結城友奈。この讃州中学で『勇んで人の為に活動する部活』―――『勇者部』の部員。
 そして、あたしの親友である鷲尾須美―――東郷美森の、今の親友。
 夜の勇者部部室を色々漁っている間に大体の事情は理解していたが、須美はどうやらあたしたちの記憶を失っているらしかった。
 というか、性格とか大分違っていて実際に見た時は割と驚いた。友奈さんの影響だろうけど、ちょっと凄い。

「それにしても、初めて会った時はびっくりしたね」
「それ、こっちの台詞。
 夜の校舎にいきなり駆け込んできて『ごめんなさい!もうしません!だから勇者部の皆にこれ以上悪戯しないでください!』って」
「いやー、ガチな悪霊さんかと思ってたもので。こんなに可愛い銀ちゃんだなんて思わなかったから」

 ナチュラルに同性を口説くな、この人。ナチュラルに同性を惹きつける須美とは確かに相性がいい。
 基本的に夜の学校に生徒はいない。勇者部の部室で目覚めても既に活動は終わって部員たちは帰っているのが常だった。
 それが、あたしが引き起こしていた怪奇現象を調査することになったとかで、夜の学校にちょくちょく須美たちが現れるようになった。
 こちらには気付かないけど、車椅子姿とは言え元気に日々を送っている須美の姿に、帰れなかった時も流さなかった涙を耐えきれなかった。
 まあ、隠しカメラや機械の仕掛けをあちこちに設置していく姿に度肝は抜かれたけどね。

「(もう、東郷美森なんだよなあ…)」

 怪談好きな所は前からあったとはいえ、ああいうかっとんだ悪ふざけとかするイメージがあんまり無くて。
 嬉々として勇者部の東郷美森として過ごす須美の姿にちょっとだけ嫉妬したあたしは、ある悪戯を決行した。
 勇者部の部員の1人―――確か、犬吠埼樹という名前の女の子の腕を、ぎゅうと掴んで痕を残す。
 階段と間違えて踏まれた恨みも少しだけ入っていたのは秘密だ。
 想像通りパニックに陥る勇者部を見てげらげら笑っていたら、そこに友奈さんが飛び込んできて―――。


「ごめんなさい!もうしません!だから勇者部の皆にこれ以上悪戯しないでください!」
「!?」

 廊下で笑い転げていたあたしは、いきなり響いた声に驚いて飛び上がりそうになった。
 お化け的な何かのあたしが逆に驚かされるとはこれ如何に。
 見れば、友奈さんが小さく震えながらも何度も、何度も頭を下げて声を張り上げていた

「確かにちょっと悪ふざけが過ぎたと思います!寝てる所を騒がしくてすいませんでした!」

 いや、むしろ昼間に寝てるんだけどね。そういえば、昼間のあたしってどんな状態なんだろうか。

「けど、風先輩と樹ちゃんは何にも知りません!東郷さんも夏凜ちゃんも、私が面白がったのに付き合っただけです!
 罰を当てるなら私だけにしてください!どうかお願いします!」

『どうか、私と友奈ちゃんをお守りください』

 そう言えば、須美もそんなことを部室で何度もつぶやいていたっけ。まあ罰は三好夏凜に当てて、とか言ってたけど。
 庇い合う2人の姿を見せられて、あたしは何だかすっかり毒が抜けてしまった。
 嫉妬していたのがバカバカしくなるくらいに思い合ってるじゃんか。守り合って、両想いじゃんか。

「もういいよ。こっちもおふざけが過ぎたし、悪かった。赦す赦す」
「ありがとうございます!」

 ……ん?今、あたしの声に反応した?

「え、友奈さん?」
「へ?その声どこかで…銀ちゃん!?須美ちゃんや園子ちゃんと一緒に居た!?」

 ―――こうして何故か友奈さんだけは、あたしの姿を認識できるようになったのだった。


 それ以降、友奈さんは時々こうしてこっそり学校へと忍び込んで、あたしの話し相手になってくれるようになった。
 友奈さんはあたしの事情について詳しく聞こうとしなかった。あたしもどうしてこんなことになったか解らないのでありがたい。
 逆に、あたしも鷲尾須美=東郷美森であることを彼女に言ったりはしなかった。
 薄々は感づいているかもしれないけど、それはあたしたちが辿った凄惨な最後について語ることにもなる。
 今バーテックスと戦っている友奈さんを、東郷美森と寄り添って歩んでいる彼女を不安にさせたくなかった。

「それじゃあ、今日も勇者部で会ったことをお話しするね!」
「確か今はハロウィンの手伝いしてるんだっけ?あたしならドラキュラだな、やっぱ。なんか格好いいし」
「おおー、いいかも!私、ドラキュラやろうかな!」
「それじゃあ顔を真っ青に塗るといいと思うぜ。だってほら、ドラキュラって血をほしがるってことは貧血っぽいし?」
「銀ちゃん天才!それ、いただき!」

 須美もハロウィンの仮装するのかな。う~ん、思いつかない。なんかすごい勘違いした格好をしそうなイメージもある。

「それじゃあ、そろそろ戻るね。はい、これぼた餅!朝に作ったものだと思うし、早めに食べてね!」
「大丈夫だって、お化けにゃ病気も何にもないからさ」
「銀ちゃんはお化けじゃないよ!私の友達だもん!」

 お化けで友達って選択肢はないのか。
 夜の校舎をこっそり出ていく友奈さんを見送りながら、あたしは須美のぼた餅をかじる。
 今のあたしはお腹もすかないし喉も乾かない。でも、物には触れるから食べる真似はできる。
 甘い。本当に甘く感じてるのかは解んないけど、確かにそう思う。そして、懐かしいあの日々を思い出す。
 もしもあの時、あたしが最後まで脱落しなければ。あたしと園子も、須美と一緒に勇者部で過ごせたのだろうか。
 少しだけ泣きそうなったのをぼた餅を貪るのでごまかして、あたしは過去に目を閉じ、明日が来るのを楽しみに待った。

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最終更新:2015年03月09日 10:10