7・342

「悪いわね東郷、勉強に付き合わせちゃって」
「ううん、私も夏凜ちゃんと勉強会やってみたかったから、むしろ嬉しいわ」
「そう言ってもらえると助かるわ」

今日は期末テスト前最後の土曜日。
夏凜ちゃんに勉強を教えてほしいと乞われ、私は夏凜ちゃんの部屋で勉強会を行っていた。
友奈ちゃんも一緒にと思っていたのだが、友奈ちゃんはそのっちと勉強会を企画していたようで、
あまり大勢で勉強しても効果は薄いだろうということで、今回は二手に分かれての勉強会となっていた。

「うーん……!一段落ついたわね。東郷、お茶でも淹れてくるわ」
「ありがとう夏凜ちゃん。私も持ってきたお菓子だすね」

夏凜ちゃんがお湯を沸かしに行っている間に、私は持ってきていたお菓子を取り出す。
手作りのぼた餅を持ってこようと思っていたのだが、ちょうど鷲尾のお父さん、お母さんからお饅頭が届いていたので、それを持ってきた。

「おまたせ。渋めに淹れたわよ」
「夏凜ちゃん、分かってるわね!」

緑茶は渋めに限る。これは初めて緑茶を飲んだ時からの私のポリシーだ。

「私からは、これよ」
「わっ……高そうな包みね。いただいちゃっていいの?」
「もらい物だから気にしないで。でも、そうね……風先輩には内緒ね?」
「ああ……了解」
「じゃあ、いただきましょう」

少し豪華な包みを慎重に剥がし、中のお饅頭を取り出して――

「――あ、気が利かなくてゴメン!お皿持ってくるわね!」

……むしろ、お皿もないのにお饅頭を取り出そうとしていた私の方が悪いのに……。
夏凜ちゃんと二人きりでの勉強会という初めての現状に、少し浮かれてしまっていたのかもしれない。反省しなければ。
夏凜ちゃんがお皿を二枚持ってきて、一枚を私の前においてくれた。

「ありがとう」
「いや、こっちこそこんな美味しそうなお饅頭持ってきてくれてありがとう、よ」

夏凜ちゃんは勉強していたときと同じポジション――私の右隣に座り、自分の前にもお皿を置いた。
私は夏凜ちゃんのお皿にお饅頭をのせてあげ、自分のお皿にもお饅頭をのせた。

「では、いただきます」
「いただきます」

“いただきます”と言ったものの、夏凜ちゃんは手を伸ばそうとしない。
きっと私が食べるのを待ってくれているのだろう。お客様より先に食べ始めない……些細なことだが親しき仲にも礼儀あり。
夏凜ちゃんのこういう真面目なところは、とても好感がもてる。
友奈ちゃんのすぐに食べて、満面の笑顔で「美味しい!」と言ってくれるところも美点ではあるが。
私はお饅頭に手にとり、口に持っていく。

「うん、美味しい」
「……///」

夏凜ちゃんが私をずっと見ている。どうしたのだろうか……?

「……夏凜ちゃん、どうしたの?私の顔に何かついてる?」
「あ……い、いえ。東郷、綺麗だなって思って……」
「えっ!?」
「所作っていうの?無駄がなくて、優雅で……ちょっと見とれちゃたわ」
「そ、そうかしら。ありがとう……///」
「あ……わ、わたしもいただくわね!」
「う、うん」

夏凜ちゃんは照れ隠しなのか、素早くお饅頭を掴んでさっと口に運んだ。

「わぁ……これ美味しいわね!」
「そうね。まだあるから、いっぱい食べてね」
「ええ!これなら何個でもイケちゃうわ!」

その後も夏凜ちゃんはパクパクと食べ続けていった。
こんなに気に入ってもらえるなんて……今度鷲尾のお母さんにどこで手に入れたのか聞いておこう。

「とうごう~、あんたもたべなさい~。あ、そうだ。あ~んしてあげるわね!」
「えっ!?か、夏凜ちゃん!?」
「ほら~、あ~ん!」
「じ、自分で食べられるから……ね?」
「いいからいいから~、はい、あ~ん」

夏凜ちゃんがずいずい迫ってくる。いったいどうしたことか。何が起こっているの!?

「とうごう~くちあけて~」
「うぅ……ぁ、あーん」

迫ってくる夏凜ちゃんに根負けして、私は口を開いた。
夏凜ちゃんは嬉々としてお饅頭を私の口の中に運んできた。

「おいしい~?」
「う、うん。美味しいわ」
「じゃあ、こんどはとうごうがわたしにあ~んして?」
「え、ええ!?私が……?」
「おねがい、とうごう~」

夏凜ちゃんが真っ赤な顔で、目を潤ませながら上目使いでお願いしてくる。正直、何かに目覚めそうになる……。

「わ、わかったわ。はい、あ……あ~ん?」
「あ~ん!」
「お、美味しい?」
「うん!おいしい~!」
「それは良かったわ」
「きっと、とうごうがたべさせてくれたからね!」
「なっ///」

おかしい。これは異常だ。なにがどうなっているの!?
……はっ!夏凜ちゃんの豹変ぶりに冷静さを失っていたが、考えてみれば原因はひとつではないか。
私はお饅頭が入っていた箱を念入りに調べてみる。すると――。

「――大吟醸饅頭……」

え?つまり、夏凜ちゃんは酔っぱらってるということ?
こういうお饅頭で酔っぱらうなんてことあるのかしら……でも、現に夏凜ちゃんは酔っぱらってるわけだし……。

「とうごう~!」
「!!?」

思案中だった私に、夏凜ちゃんが急に抱きついてきた。

「えへへ~、とうごういいにおい~」
「か、夏凜ちゃん///や、やめ――」
「――やだ。とうごうはわたしとずっといっしょにいるの~」

駄目だ。身体はがっちりと抱きしめられてしまい、私の力では夏凜ちゃんを振りほどくことなど出来ない。
これは夏凜ちゃんの酔いが醒めるのを待つしかなさそうだ。
それにしても、夏凜ちゃんが酔っぱらうとこんなになってしまうとは……これは誰にも言えない秘密が出来てしまったわね。
酔いが醒めたあとの夏凜ちゃんの反応が見ものだわ――。

「とうごう~」

――不意に、夏凜ちゃんがずいっと距離を詰めてきた。
夏凜ちゃんの顔が近づいてくる……。あ、これって……もしかして……。

「か、夏凜ちゃん!?なにをしようとしてるの!?」
「とー……ごう……」

夏凜ちゃんは瞳を閉じ、ゆっくり迫ってくる。
やっぱりこれは……///

「かりんちゃ……///」

どうせ振りほどけないし、強く抵抗したら夏凜ちゃんに怪我させてしまうかもしれない。
なら仕方ないじゃないか。うん、仕方ない。
それに……夏凜ちゃんとならいいかな……なんて思ってしまっていたから……///
私はギュッと目を閉じて、夏凜ちゃんを待った。胸はドキドキしてるし、顔も熱い。私もちょっと酔っているのかな。

「……///」
「……」
「……?」

夏凜ちゃんの唇は、いくら待っても私に届くことはなかった。
まさか、酔いが醒めたのかと目を開いてみると……。

「zzz……」

夏凜ちゃんが寝ていた。

「……ファーストキスは守れたみたいね……」

夏凜ちゃんは私を抱きしめながら、幸せそうに眠っている。

「ちょっと損した気分だけど……」

(とうごうはわたしとずっといっしょにいるの~)

「夏凜ちゃん、さっきの言葉は本音だったの?」
「zzz……」
「もう……ちょっとズルいわ夏凜ちゃん。私を、その気にさせて……」
「ぅ~ん……とうごう~……すき……」
「……///はぁ……かわいいは正義という言葉があったわね。夏凜ちゃんの可愛さに免じて、今回は許してあげる」

でも、私はもうその気になっちゃったからね。次回からは、覚悟しておいてね夏凜ちゃん!
最終更新:2015年03月11日 10:36