7・370

「ええと、ここどこ?」

 上下左右を見回しても見慣れた風景がどこにもない。いや、上は空だから当然か。大分混乱している。
 何故こうなってしまったのか、順番に思い出してみる。
 私は東郷さんと一緒に、地域の人の手が回りきらない神樹様の祠の掃除をしていて。
 そこで偶然通りがかった青年団の人にこう言われたのだ。

「何だか友奈ちゃんは、あっちの子の妹みたいだなあ」

 正直、東郷さんの妹という響きにはかなりグッと来るけど、同じくらい対等で居たいとも思っているので複雑な気持ちになる。
 私たちは誕生日も1年近く離れているし、背丈だって東郷さんの方が高い。発育となると、比べると泣きたくなるくらいだ。
 それに東郷さんの方がしっかりしてるし、博識だし、キリッとして凛々しいし、でもユーモアもあるし、優しくてお菓子作りも上手。
 もうすぐ私の誕生日だけど、ひと月もしない内に東郷さんはまたお姉さんになって、少しだけ遠くなってしまう。

「(私の方がお姉ちゃんとして見られることなんて、今後も絶対にないんだろうなあ…
  私だって一度くらいは、東郷さんにお姉さんぶって見たかったりして…)」
「友奈ちゃん、どうしたの?疲れたなら少し休む?」
「だ、大丈夫だよ、東郷さん!でもそろそろ休憩にしようか。何かジュース買ってくるね!」

 東郷さんに抱いていた気持ちが少しだけ後ろめたくて、私は慌てて鳥居を潜って駆け出して。
 ―――今に至る。

「うん、全然解んないね!それに、これって…」

 空から降り注ぐ日差しは完全に夏のそれ。今は3月でまだまだ肌寒いくらいだったのが、あっという間に汗みずくになってしまう。
 東郷さんもこの異常に巻き込まれているんじゃ、と考えて闇雲に神社に戻ろうとしたせいでますます暑さに苦しめられる。

「とりあえず考えがまとめられるところへ…このままじゃ倒れちゃうよ」

 東郷さんは心配だけど、きっと神樹様が守ってくださるはずだ。
 神樹様…もしかして、私があんなことを考えたから、これは罰だったりするのだろうか。考えが悪い方へ悪い方へ傾く。
 このままじゃいけないと焦り始めたところで、偶然視界に入った喫茶店に飛び込む。とにかく、一旦一休みして…。

「いらっしゃいませ~…!?ゆ、友奈さ~ん!?」
「え、園子ちゃん?」

 喫茶店の中には何故か園子ちゃんが居て、私の顔を見てすごく驚いている。
 いや、確かに園子ちゃんなんだけど、何というか…全体的に小さいというか、幼いというか。どこかで見覚えのある姿だ。

「どうしたの、そのっち…!?ゆ、友奈さん!」
「ホントだ!本物だ!?や、やっぱり本当に居たんだ!」

 園子ちゃんの後ろから現れたのは、少しだけ小さい東郷さんと、もういないはずの銀ちゃん。
 もしかして、この3人って…!?

「えっと、東ご…鷲尾、須美ちゃん?」
「覚えていてくれたんですか!?嬉しいです!また会いたいって、ずっと思っていて…!」

 私が猫さんを探していた時に遭遇した不思議な3人組との再会、それはここが過去の世界であることを示していた。


「銀の親戚のおばさんが経営している喫茶店なんです。夏休みの自由研究も兼ねて、職業体験をさせてもらっていて」
「へー、そうなんだ。須美ちゃんたちは立派だね!」
「そ、そんなことないです…私、失敗ばかりで」

 ここは喫茶店の休憩室。
 東郷さんこと須美ちゃんがあまりにも舞い上がってしまったので、お店は2人に任せてここで少しお話をすることになった。

「ここ数日で一番いい顔をしているわ。この時間を大切にしてね」

 店長さんの優しい言葉を受けて休憩室に入った後も、須美ちゃんはどこか緊張しているように見える。
 何というか、東郷さん本人から記憶が戻った後にいろいろ聞いてはいるけど、本当に東郷さんと雰囲気が違うなあ。

「私もよく失敗しちゃうよ。先輩や仲間に叱られたりなんてしょっちゅう」
「友奈さんもなんですか?その、ちょっとだけ意外…あ、ごめんなさい、そうでもないです」
「須美ちゃん、割とツッコミ厳しいね」
「すいません、気分が高揚していて思っていることをそのまま、つい」

 でも、こうやって一気に切り込んでくる感じは確かに東郷さんなんだなあと思って微笑ましくなる。
 笑っている私を不思議そうに見つめてから、須美ちゃんはポツリと話し始めた。

「そのっちも銀も私は私らしくでいいと言ってくれるんです、無理に上手くやろうとしなくていいって。
 でも、こういう時に上手くしなきゃ、上手に対応しなきゃって思うのも私自身だと思うと、素が上手に出せなくて。
 もっと大きな失敗をしてしまうんじゃないかと怖くなるんです」

 うん、こういう落ち込むとドツボに嵌っちゃうところも本人の証左だと思う。
 須美ちゃんの悩みは私が考えていたことにも少しだけ通じるものがあった。
 いつも通りでいいのは解ってる。けれど特別な時には特別な気分になってしまうのも自分。人はゆっくりしか変われない。
 私は『嫌だったら言ってね?』と一言断って、ぎゅうと須美ちゃんを抱きしめた。

「ゆ、友奈さん!?///」
「上手にやろうと、人に満足してもらおうと思うのは、とっても素敵なことだと思うよ。
 でもね、失敗した時に後悔はしないで。反省して、また次に活かせばいいの。
 頑張った自分を少しでいいから誉めてあげて?自分のエールでも頑張ろうって気持ちが湧くものだから。
 その切っ掛けが掴めないなら、私が作ってあげるから…須美ちゃんは頑張ってる。格好いいよ、とっても」

 そっと体を離すと、須美ちゃんは顔を真っ赤にしていたけど、緊張の解けた表情になっていた。
 ちょっとだけズルいけど、お姉さんぶらしてもらったよ、東郷さん。

「友奈さんって、その、年上なのもあるんでしょうけど、本当にお姉さんみたい…」
「いいよ、須美ちゃんのお姉ちゃんになってあげる。辛いことがあったら友奈お姉ちゃんを思い出してね。
 遠いところにいるから駆けつけることはできないかも知れないけど、心はいつだって助けに行くよ」
「友奈、お姉ちゃん…ご、ごめんなさい、私ったら何を!///」

 ―――この後、須美ちゃんたちはとても悲しくて怖くて辛い目に合う。
 それを教えてあげられたら、逃げてって言えたらどれだけ良いことだろう。でも、それはできない。
 私は東郷さんと一緒に生きてきた…その決断や意思も、自分のエゴで変えてしまうことになる。
 それは須美ちゃんにも東郷さんにも、同じ人ではあるんだけど、とても失礼な気がしたから。

「友奈さん、貴女は一体何者なんですか?讃州中学には勇者部なんて無かった。もしかして貴女は、神樹様の遣いで…」
「あはは、そんなにいいものじゃないよ。大丈夫、未来で解る!」
「え?」

 立ち上がって休憩室の扉に手をかける。一度だけ、須美ちゃんの方を振り返る。

「またね」

 扉の向こうは、喫茶店ではなく樹海に似た光の景色が広がっていて。
 私はそこにゆっくりと足を踏み入れた。


「…な…ん…友…ゃん…友奈ちゃん…」
「う~ん…とうご…さん…?」

 ゆっくりと目を開くと、心配そうに私を見詰める東郷さんの姿。見回すと、私は祠の近くに聳えるご神木に寄り掛かっていた。

「ジュースを買いに行ったまま中々戻って来ないから、心配したのよ。こんなところでお昼寝してたのね。
 …でも、変ね。こんなに近くに居たのに私、気付かなかったみたい。茫としていたのかしら?」
「あ、あはは、いろいろありまして」

 スカートの上にはジュースが2本。神樹様のサービスなのか、それとも本当にすべては夢だったのだろうか。

「そういえば、もうすぐ友奈ちゃんの誕生日ね」

 そのまま休憩することにしたようで、東郷さんが私の隣に座る。互いの誕生日は、私たちにとって大切な記念日だ。
 いつもは私の誕生日から東郷さんの誕生日までいろいろ考えちゃうんだけど、これからはきっとそんな気持ちにならないだろう。

「ふふふ、東郷さんとお揃いだよ。プレミアムな時間だよ?」
「ええ、大切にしないとね。私たちは私たちらしく…それが格好いいんだから」

 え、と思って東郷さんの方を見たけれど、彼女は静かな表情で神樹様の祠を見詰めているだけで。
 夏になったら、あの喫茶店に東郷さんと一緒に行ってみよう。私は誕生日のその先を思って、東郷さんの肩に頬を寄せた。



おまけ

「友奈ー、東郷-、掃除終わったの?樹が向こうの祠も手伝って欲しいんだって」
「夏凜ちゃん。うん、解った!すぐに行くから」

 休憩を終えて掃除を終わらせた直後に、夏凜ちゃんが私たちを迎えにやって来た。
 流石は神樹様信仰、町中に祠があって、勇者部の力を必要としているらしい。

「まったく、樹も少しはしっかりして来たと思ったのに、まだまだ私たちに頼る癖が抜けないわね。
 友奈や銀が甘やかすせいよ、絶対」
「あはは、言葉もありませ…ん?」
「何よ、正論でしょ」
「…銀?」

 どうしてここで銀ちゃんの名前が出るのだろう。だって、銀ちゃんは…。

「おーい、早く早くー!終わったら町内会長さんがうどんおごってくれるってよー!」
「あんま大声で言うんじゃないの!意地汚いと思われるわよ!」
「!?」

 鳥居の向こう側、園子ちゃんの隣で手を勢いよく振る女の子は。

「4人だったから、乗り越えられたんだよ」
「え?東郷さん…」
「心の中では、助けに来てくれたから。私と、そのっちと、銀と、友奈お姉ちゃん」

 何もかもわかっている顔で東郷さんは笑って、私の手を引くと鳥居の外へと歩き出した。
最終更新:2015年03月12日 10:45