7・420

「樹ちゃん、おはよー」
「おはよう」

いつも通りの、なんでもない学校生活。
勇者として、バーテックスと戦うことを運命付けられた私たちだけど
それでも普段の私たちは、勇者部の一員として、学生として、女の子として
いつも通りの日常を過ごしています。
そんな私も、いつもと変わらない毎日を…あれ?

下駄箱をあけて上履きを手に取ろうとしたそのとき、私はなにかの違和感を見つけました。
上履きの上に、白くて四角い、薄い紙の…

「手紙…?」





「ぬぅあああぁぁぁんですってえぇ!!?樹にラブレタぁぁあ!?」
「うわぁっ!風先輩!?」
「急にでかい声だすんじゃないわよお!」

お姉ちゃんは私のもとに駆け寄って、おもいきり肩を揺さぶりました。

「相手は誰!?同級生?先輩?それとも他校のヤツなの?返事はした?もしかしてそいつと付き合っちゃうの!?あまつさえ結婚!?お姉ちゃんを置いていかないで!」
「お、お姉ちゃん…落ち着いて~」
「友奈ちゃん夏凜ちゃん、とりあえず風先輩を樹ちゃんから引き剥がしましょう」
「う、うん」

三人がかりでようやく私から離れたお姉ちゃんは、よほどショックだったのでしょうか
わんわんと泣き出してしまいました。

「風先輩、一旦落ち着きましょう。とりあえずぼた餅でも食べてください」
「ぐずっ、えぐっ、う、うん…」

「それで樹、もう返事はしたの?」
「いえ、実はまだ読んでもいなくて…。それに、ラブレターかどうかなんて、まだわからないですし…」
「でも樹ちゃん、手紙の封がハートのシールだし」
「やっ!やっぱりラブレターっ…!」
「風先輩、ぼた餅おかわりどうぞ」

東郷先輩は、お姉ちゃんをぼた餅で抑え込んでいます。

「ほ、ほら、ひょっとしたら誰かが間違って入れたのかもしれないですし」
「うーん…樹ちゃん、ちょっと封筒を貸してくれる?」
「あ、はい」

渡された封筒を、まじまじ観察する東郷先輩…

「樹ちゃん、ここに『犬吠埼さんへ』と書いてあるわ。この校内で犬吠埼の名字は樹ちゃんと風先輩しかいないはずだし…」
「それにこれ、男の人じゃなくて女の子からの手紙じゃないかな?」

横から友奈さんが加わります。確かに、『犬吠埼さんへ』の文字は柔らかくて綺麗な筆跡で書かれていて、封筒もよく見ると
レースのような装飾をあしらった可愛らしい雰囲気があります。

「確かに、女子っぽい感じね…。樹、とりあえずそれ読んでみたら?」
「そうね、とにかく内容を把握しないことには始まらないわ」

読むように急かされて、ついに封をきる私。
便箋を取り出すと、封筒に書かれているのと同じ、綺麗な文字が……文字が…

「…あの、じっと見られてると恥ずかしいんですけど…」
「わ、ごめん」
「つい内容が気になって…」
「わ、私は別に気にしてないけどね、樹がどうするのか心配なだけで」
「音読してっ!」

さっきまで粛々とぼた餅にかじりついていたお姉ちゃんまで乱入してきました。
音読するのはすっごい恥ずかしいんだけど…いいのかなぁ

「い、いいのかな?無関係な私たちがラブレターの内容を聴いたりして…」
「いいの!勇者部部長が許す!」

声高らかに勇者部部長の権限を行使するお姉ちゃん…そういう権限ってあるのかな?

「あのときも思ったけど、風ってときどき、樹のことになるとマジになるわよね…」

あのときというのは、お姉ちゃんが激昂して、大赦を攻撃しようとしていたときのことでしょうか。
お姉ちゃんは確かに、私のことになると見境がなくなるというか…
でもそんなお姉ちゃんも私は大好きなんですけど…えへへ♪
…っと、話が逸れてしまったけれど、結局みんな、このラブレターの内容が気になって仕方ないみたいです。

「やっぱり…気になっちゃいますよね?」

うんうん頷く一同…。

「わ、わかりましたよぉ…ううぅ、やっぱり早く読んでおけばよかったかも…」




「えーと……『突然、このような形で手紙を寄越す無礼をお許しください。』」
「そうよ無礼よ!樹は渡さないわ!」
「風先輩、どうどう」
「お姉ちゃんってば……続き読むよー?」

東郷先輩にみたびぼた餅をおみまいされているお姉ちゃんを尻目に、私はラブレターの朗読会を続けます。

「『ふと気がつくと、いつも貴女のことを想っています。向日葵のような笑顔、すべてを包み込むような包容力に、私はいつも癒されているのです。』」

想像以上に本格的な文章に、感心する勇者部一同。

「向日葵のような笑顔かぁ…たしかに樹ちゃんの笑顔はかわいいなって思うけど」
「向日葵のようなってイメージとは違うわよね」
「樹ちゃんの笑顔は、どちらかというと素朴で純粋無垢な菫のような印象ね」
「もう、恥ずかしいですってばぁ…。つ、続けますよ」

「『苦難のときも諦めないその頼もしい貴女の姿に、私は胸の鼓動と熱さを抑えきれずにはいられません。貴女は、私の憧れでもあるのです。』」
「なんだか、聴いてるこっちが照れてきちゃう…」
「そ、そうね…。こんな歯の浮くみたいな文章、私には書けないわ…」
「私は友奈ちゃんになら、この手紙に負けないくらいの熱い愛の手紙を綴る自信があるわ♪」
「えへへ…東郷さんありがとう♪」
「そこ、のろけてないで続き聞く!」

その後も何行かにわたって、私のことを好きになった経緯や、私のことがどれだけ好きかといった文章が綴られていました。
正直みんなの前で読んでいるのは恥ずかしくって、読み進めるたびに私の顔は自分でもわかるくらいに赤く熱くなっていくのでした。
手紙の内容をみんなに突っ込まれたり、お姉ちゃんが私がいかにかわいいかをアピールしたり、ときどき暴走しそうになるのを他の三人が必死に抑えたりしながらそして、

「えっと…『貴女の美しい亜麻色の長髪が風に靡くたび、私の心もさざ波のように沸き立つのです…』」
「……ん…?」
「ちょっ、待って樹!読むのストップ!」
「ふぇ!?な、なんですか?」

夏凜さんに急に制止されて、びっくりして危うくラブレターを破りそうになる私。

「さっきからちょくちょく気になるところがあったけど…樹、ちょっとその手紙貸してくれる?」
「あ、はい」

言われるがまま夏凜さんにラブレターを手渡します。夏凜さんは軽く文章を流し読みすると

「なるほどね…これで合点がいったわ。友奈や東郷は気づいた?」
「えっ…?」
「夏凜ちゃん、ひょっとして、そのラブレター…」
「なになに?わかるように説明しなさいよ」
「そうね。こっから先は…風、ちょっと続き読んでみてよ」
「えっ?あたしが?なんで?」
「いいから。ほら、ここの行からよ」
「う、うん」

夏凜さんに促されるまま、お姉ちゃんはラブレターの続きを読み始めます。

「えーと、『この気持ちは、とても文章に書き連ねるだけでは伝えきれません。それほどまでに貴女のことをお慕いしているのです。』
『この手紙を読んで、もしお返事をいただけるのなら、明日の放課後、屋上で貴女のことをお待ちしています。』
親愛なる…犬吠埼…ふ、う…さま……?」

「……」
「……」
「……」
『ええぇぇぇえぇえぇえええ~~~っ!!??』

私と友奈さんとお姉ちゃんは、一斉にびっくり仰天の叫び声をあげてしまいました。




「つまり、これは樹宛ての手紙じゃなくって…あたし宛て…ってこと…」
「そう…みたいだね。お姉ちゃん…」

東郷先輩のぼた餅ぱわーで平静を取り戻した私たちは、それでもなお驚きを隠せずにいました。

「でも、それならどうして樹ちゃんの下駄箱に…?」
「あっ、待って。まだ続きがあった…。『追伸 風先輩の下駄箱の位置がわからなかったので、失礼ながら樹ちゃんの下駄箱に入れさせていただきました。樹ちゃん、ごめんなさい。』
『どうかこの手紙を、風先輩に渡してください。樹ちゃんもこの手紙を読むことになるけど、樹ちゃんには知っておいてほしかったのです。』
『私は風先輩のことが好きです。』……」

「そう、だったんだ…」

「樹ちゃん、この子は樹ちゃんの知り合い?」
「えと…」

便箋のはしっこに小さく書かれている名前。この人は…
今朝、お姉ちゃんと別れたあと、下駄箱のところで挨拶をかわした、あの子。
私のクラスメイトで、もちろん私とも仲良くしてくれるお友達。

「…この子、私のクラスメイトの子で…。よく、私とお話してくれる子です」

そっか……お姉ちゃんのこと、好きだったんだ…。

「つまりは風の後輩ってことね。どうすんの風」
「どうする、って……」
「…ここまで真剣な内容の手紙を送ってくるんだもの。きっと、風先輩への気持ちも本物なのね」

お姉ちゃんは、いつになく真摯な顔をしたまま、じっと手紙を見つめています。

「…正直なとこ、こんなふうに告白されたのなんて、初めてだから……。…どうしたらいいか、わかんないの」
「でも、風先輩。お返事は、きちんとしてあげるべきだと思います」

友奈さんが、一歩前に出て言いました。背中を押す、というわけではなく、真剣に応えてあげるべきだ、というふうに。

「……そうね。まさかあたしもこんなことになるとは思ってなかったから…。ちょっと、考えさせて」




今日は、勇者部への以来もなかったので、いつもより早めに帰ることになりました。
お姉ちゃんのあの様子だと、部活動なんてまともにできるような状態でもなかったので…ある意味ラッキーだったかなと、思ってしまいます。

「なんだか、複雑な気分。樹にもし恋人ができたら、なんて思ってたけど……まさか私、とはね」
「お姉ちゃん、自分で気がついてないみたいだけど…お姉ちゃんってけっこう、みんなから人気があるんだよ」
「そ、そうなの?」
「うん。だから私、その子がお姉ちゃんのこと好きな気持ち、わかる気がする」
「な…なんだかそれは……ちょっと、照れちゃうわね…」

あはは、といつもの照れ笑いをする御姉ちゃん。…心中穏やかでないのは、きっと私のほうかも。
お姉ちゃんはああ言ってたけど、お姉ちゃんにもし恋人ができたら……私は、どうするのかな。どうしたいのかな…。

「その子は、クラスではどんな子なの?」
「いい子だよ。私ともすごく仲良くしてくれるし…、歌のテストのときも、歌が上手いねって褒めてくれた」
「そう。樹にちゃんとしたお友達がいて、お姉ちゃんも嬉しいわ」
「でも……お姉ちゃんのことが好きだなんて…私、知らなかった…」


……お姉ちゃんは、その子と付き合ったりするのかな…
最終更新:2015年03月14日 17:48