7・431

「私って、友奈ちゃんへの愛情が足りないのかしら」
「愛情足りてない人は10回もどっちがどっちを想ってるかー、とかで喧嘩しないと思うよー?」
「けど、友奈ちゃんと恋人同士になってから一度も勝ててないのは事実よ」

 勇者部の本来の活動は他人のためになることを勇んでやること。
 別に毎度毎度バカップルの死闘を盛り上げている訳ではない、いや本当に。
 今日は東郷と園子以外の部員は全員勇者部の活動で外出している。東郷にとって絶好の相談タイムだった。

「第7回はキス対策にこだわり過ぎて耳を甘噛みされて敗北し…」
「本当にそのまんまの負けっぷりで、にぼっしー動揺してたねー」
「第8回は贈り物作戦に出たけどお礼の笑顔で轟沈。あれは反則だったわ。
 第9回は初心に戻って身1つで挑んだけど、友奈ちゃんからの前回のお返し贈答で一撃腰砕け」
「第10回は迷走して、誰かさんの入れ知恵でコスプレ攻勢したら足腰立たなくなるまで愛でられたしねー」

 あれ以来、2人にとって定番プレイになったことを思い出し、東郷は赤面しながら首を撫でる。
 当然、そこには首輪などついていないのだけど。切っ掛けになった風には感謝と恨み言が綯交ぜだ。

「思うに私は、友奈ちゃんの魅力を未だに把握できていないから毎回不意を突かれて敗れていると思うの」
「でも、わっしー的にはゆーゆの魅力って把握が追い付かないくらい無限大じゃない?」
「…そこが問題ね。友奈ちゃんは昨日よりも今日、今日よりも明日の方が魅力的だもの。
 初めて出会った時点で他の何よりも輝いていたのに、そんな過去の友奈ちゃんも今の友奈ちゃんには敵わない」
「大真面目な顔でそういうこと言えちゃうわっしーのこと、私は好きだなー」

 東郷は少しだけ照れたようで、しばらく無言で内職を続ける。
 やがて作業がひと段落した頃、ぽつりと東郷が呟いた。

「私はただ、友奈ちゃんが本当に素敵な人だって解ってほしいだけなの。
 私の人生は丸ごと彼女に救われた、友奈ちゃんがいなければそのっちや銀のことも思い出せなかった。
 正体の解らない不安や焦燥に押し潰されて、怯えて生きていくしかできなかったと思うから」
「それと、ゆーゆがわっしーを素敵だって思うのは別問題じゃないの?」
「それは、そうなんだけど。何というか、友奈ちゃんには私にだって負けて欲しくないというか…」
「多分、連敗の根本的な原因はそこだと思うけどねー。わっしーは可愛いなー」

 園子に頭を撫でられ、ぐう、と東郷は唸ることしかできない。
 友奈どころか園子にも勝てる気がしない、親友という存在は自分にとって特効のようだ。

「本当は友奈ちゃんと喧嘩なんてしたくない、というか実際耐え切れずに試合前に半分は仲直りしてるし」
「うん、知ってたー」
「でも、一度は勝っておかないと自分の気持ちが信用できないの。友奈ちゃんと、ちゃんと釣り合っているか。
 どうしたらいいんだろう…」
「前は犬のコスプレだったから、今度は猫のコスプレをして…はい、真面目に聞きます」

 園子はうんー、と背伸びしながら頭を左右にふりふりして考え始める。
 途中何度か寝ているんじゃないかと疑ったけど、きっと気のせいだろう。そういうことにしておきたい。

「…うん、わっしーはわっしーでいいんだよー」
「そのっち、本当にちゃんと考えてくれた上で、その答えなのよね?」
「目が、目が怖いよわっしー!もちろんだよー、思うに今までの試合で、作戦とか考えてたのはわっしーばかりじゃない?」

 考えてみれば、その通りだった。
 そもそも毎回先攻を取っていたのだって、友奈に自分の気持ちを先に伝えてしまえば勝てると思ったからだ。
 そういった小賢しい企みを友奈はすべて正面から抱き留め、打ち破ってきたのだけど。

「対してゆーゆは、いつも自然体だよね。プレゼントも別に勝つ為に持ってきたんじゃないし」
「そういう言い方をすると私は酷く打算的な女みたいなんだけど」
「だからね、勝つとか負けるとか、一旦忘れちゃおうよ。ゆーゆのことを自分の方が強く想ってる。
 それを伝えることだけに専念してみたらいいんじゃないかなー…どっちが勝っても、結局幸せなんだし」
「そのっち…」

 親友の言葉に、東郷は自分が勝利にこだわり過ぎていたことを自覚する。
 そもそも第1回の東郷婦妻対抗戦をノリノリでセッティングしたのは園子なのは、今は忘れよう。

「ただいまー!2人とも内職終わったんだ、早いね!」
「友奈ちゃん…」
「―――第11回東郷婦妻対抗戦『最終決戦!この想い、メガロポリスに乗せて』、開幕ー!カーン!」
「え?なになに?」

 特に喧嘩もしていないのに始まった対抗戦に友奈は戸惑っている。
 東郷はその隙に勝とうとか、そういった気概とは無縁だった。ただ自然な動きで友奈の前に立つ。

「東郷さん…?」
「友奈ちゃん…大好きよ、誰よりも貴女が大好き、世界で一番友奈ちゃんのことを想ってる。
 その愛らしい笑顔も、優しい心根も、ちょっと食いしん坊なところも、面白いことが好きでたまに悪乗りするところも。
 全部、全部愛してるの」

 ぎゅうっ、と東郷は友奈の体を抱きしめる。自分よりも少しだけ小さくて、柔らかい女の子の体。

「友奈ちゃん、私と結婚してくれる?」

 結婚という単語が自然に出てきたことに東郷は自分でも驚く。
 けれど、きっとこれから先どんな出会いがあってどんな縁を紡ごうと、人生を共にしたいと思う相手は友奈だけと確信している。
 その答えを聞くのが少しだけ怖くて、抱きしめる力を強める。

「ふにゃあ」
「ふにゃあ?友奈ちゃん、それは了承なのか否定なのかどっちで…?」

 友奈はくてっと東郷に体を寄りかからせて、そのまま動くこともできないでいる。
 完全に自分で立つことができなくなっていた。要するに、腰砕けになっていた。

「決着ーっ!!東郷選手、初勝利です!!」
「え、え?勝ち?いや、それよりも友奈ちゃん!大丈夫、友奈ちゃん!?」
「と、東郷さん…不意打ちはずるいよぉ…///」

 甘えたように鼻先を鎖骨へと埋めてくる友奈。ゾクリ、と心の中で何かが鎌首を擡げた。。

「友奈ちゃん、ちゃんと言って?答えてくれないなら、手を放してしまおうかしら?」
「ま、待って!け、結婚…します…東郷さん、大好き!///」
「よく言えました。いい子ね、友奈ちゃん」

 いつの間にか園子は部室から姿を消していた。どこかで小説の執筆をしているのだろう。
 東郷は元々腕の力を強い方だ。足腰もリハビリをかねて、いつかこんな日が来ることを夢見て鍛えてきた。
 友奈の体を軽々と…とはさすがにいかないが、お姫様だっこで持ち上げる。

「わぁっ!?と、東郷さん?///」
「今まで10回も人に恥ずかしい姿を見せつけられてきたんだもの。友奈ちゃんも体験してみてほしいの」
「こ、このまま帰るの!?それはちょっと恥ずかしい…///」
「大丈夫よ、愛してるから!」
「東郷さぁぁん…///」

 よく考えると何も大丈夫ではない東郷の言葉も、今の友奈には力強く聞こえる。
 長い戦いは終わり、きっともうどちらがどちらを好きかで争うことはないだろう。
 何となくだが東郷はそう思い、友奈を抱いたまま勇者部の部室を出ていった。
 新しい門出を想わせるかのように―――。

 なお、途中で風に見つかり、まだ活動時間中という実に最もな理由で部室に連れ戻されたのは秘密だ!


エピローグ

「東郷さん、好きー」
「私も好きよ、友奈ちゃん」

 ほっぺたをすり合わせそうなくらい顔を近づけて、2人は次の劇で使う小道具を仕上げていく。
 2人が婦婦の誓いを済ませてからの当り前の光景である。作業効率はとんでもなく早いため、注意が入ることはない。

「雨降って地固まるって奴かしらね」
「最初からずっと盤石だったような気しかしないけどね」
「でも、10回もやってきたから無くなるとそれはそれで寂しいね、お姉ちゃん」
「お、じゃあ私たち姉妹で続きやっちゃう?犬吠埼姉妹対抗戦!みたいな」
「もう、お姉ちゃんったら…///」

 夏凜としてはなんだかんだと付き合ってきたものの、最初から最後まで一貫して茶番だと思っていたのでむしろ清々する。
 そんな思いを園子に告げると、何故かにへへと笑いかけられた。

「にぼっしーはいい子だねー」
「何でそうなるのよ!こら、頭撫でるな!笑うなー!」
「いや、それは認められないわね!ええ、絶対に!」

 いきなり風の声が部室内に響き渡り、友奈と東郷も一瞬イチャつくのをやめて犬吠埼姉妹を見やる。
 さっきまでは笑いあいながらじゃれていた2人の顔は、真剣そのものになっていた。

「認めるも認めないもないもん!お姉ちゃんの方が美人で、何でもできて、女子力MAXな素敵な女性だもん!」
「樹アタシ私以下ぁ?ないない!アタシの樹は世界一可愛いから!アタシとか足元にも及びませんから!」
「うぅ~…!」
「むむむ…!」
「これって~、ひょっとしてひょっとするー?」
「東郷さん、これは私たちが司会役を買って出るしかないんじゃ?」
「ええ、2人の共同作業ね、友奈ちゃん」
「もうやだ、このバカップルども…」

 愛ある限り、また火種も消えず―――戦いは続く!!
最終更新:2015年03月15日 13:06