それは勇者としての役目を終えて、日常に帰ってからしばらく経った頃のこと。
「こんっ、こほんっ…!」
「―――樹、今」
「あ、うん。ちょっとむせちゃったみたい。昨日から喉がちょっといがらっぽくて」
私が鞄の中の飴に手を伸ばそうとするより早く、お姉ちゃんは電話に手をかけていた。。
「もしもし、讃州中学ですか?3年の犬吠埼風です、はい、1年の犬吠埼樹の姉の。
妹が体調を崩したようなので、今日は学校を休ませたいと思います」
「ええっ!?い、いいよぉ!そんな大げさなものじゃ」
「はい、私も念のために看病で休みます。この時期にすいません。では。…樹、着替えてベッドに行こうか」
「ちょっとお姉ちゃん!?ダメだよ、本当に大したことないんだから!お姉ちゃんはせめて学校に行って…」
説得じみたことを言う私の言葉を遮るように、お姉ちゃんは私の体をぎゅっと抱きしめる。
シャンプーや石鹸は同じものを使ってるはずなのに、どうしてこんなにいい匂いがするんだろう。
ずっとお姉ちゃんの胸に顔を埋めている内に、私の頭はぽぅっとして難しいことが考えられなくなる。
「樹、着替えてベッドに行こう?」
「う、うん…」
「お姉ちゃんが着替えさせてあげるわね」
―――バーテックスとの戦いを終えてから、お姉ちゃんは時々おかしくなる。
前から私に対して過保護だったけど、それが一層強くなった…ほんの僅かな不幸でも私に近寄らせないというように。
何処かに出かける時はできるかぎり一緒、友達と出かける時も細かく連絡するように決められている。
ほんの少しでも体調を崩したらすぐにお休みで、お姉ちゃんも付きっ切りで看病してくれる。
同じベッドの中で1日中抱きしめるのを、看病というのかは人によって意見が分かれるだろうけど。
「樹」
「なあに、お姉ちゃん?」
「ん、何でもない」
後ろから抱きすくめながら、猫にするようにお姉ちゃんが私の喉の下を撫でる。気持ちよくてあっという間に眠気が襲ってくる。
私の声が出るのを確認しているんだろうな、とぼんやり薄れていく意識の中で思う。
―――喉の痛みでこんなに心配してくれるなら、本当に熱を出したらどうなるのかな…春休みになったら一度試してみよう。
放課後になれば勇者部のみなさんがお見舞いに来てくれるだろう。
それまでに鞄の中の激辛飴を何処かに捨てておかないと。そう考えつつ、私はお姉ちゃんの温もりに溺れて目を閉じた。
最終更新:2015年03月16日 09:35