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※河井マコト『幸腹グラフィティ』とのコラボです。苦手な方はご注意ください。


 昔、西暦の時代に死のウィルスが蔓延した時、四国だけは神樹様の力で人の生きる場所として残された。
 その際、幾つかの日本の主要都市の文化や機能などを保存するために、他の都道府県の住人が集められ特区が作られた。
 それから300年、独自の文化というほど他と違っている自覚はないけど、私が暮らす東京地区は今でもその名を残している。
 何でも我が家は神樹様を祀る『大赦』という組織に連なる家系なのだが、それも祖父母の代までで父も母も一般人だ。
 残ったのは大きな家と、その敷地を利用して何かの機会に大赦の人が集まるどんちゃん騒ぎくらいのものである。

「露子さん、今日は縁日でスケッチの練習しようと思うから、ご飯はいいや…?」

 お手伝いの露子さんを探して台所にやって来ると、何処か見覚えのある女の子が居た。
 如何にも大和撫子然とした美少女で、私のあまり多くない知り合いにも負けない巨乳さんだ。
 集中した表情でお菓子を作っているようで、露子さんもそれを真剣な眼差しで見つめている。

「お嬢様、畏まりました。こちらの東郷さんと他数名、夕食の件がありましたので、こちらからお声を掛けようと思っていた所です」
「東郷さん」

 そんな名前だったっけ?確か何年か前、何かの機会にこの家にやって来た時はわし、わしなんたらという名前だったような。
 まあいいや。
 私は結構人見知りをするというか、他人への興味が薄いほうなので、よく知らない人と食事せずに済むのはよいタイミングだった。

「お邪魔しています、東郷美森と言います。前にお会いした時は鷲尾須美という名前でした」
「あ、それだ。ていうか、何を作ってるの?」
「ぼた餅です」

 見れば確かに見事なぼた餅だ。お菓子を作っているのまでは解っていたのに、自分は調理に興味がないんだなと改めて思う。
 というか、どうしてこの子は人の家まで来てぼた餅を作ってるんだろうか。

「できました、師匠。どうぞご賞味ください」
「師匠?」
「彼女が鷲尾家にいらした頃、幾度かお菓子作りの指導を。
 お友達が東京地区の芸能事務所で研修があるとかで、こちらまで付き添いに来られたので、ついでに研鑽を見せたいとの事です」

 見た目はクールなのになかなか情熱的な子らしい。というか、芸能人の知り合いがいるって結構凄いな。

「数はありますから、お嬢さんもお一つ如何ですか?」
「お嬢さんって…椎名でいいよ。いや、お母さんとごっちゃになるかな?」
「奥様がいらっしゃるまではそれで良いでしょう。どうぞ、お嬢様」

 東郷さんが出来立てのぼた餅をお皿に乗せて差し出してくれる。
 露子さんと一緒に食べるのを人に見られると、何だか恥ずかしいかも知れない。
 では、とりあえず一口。

「はむっ…。
 これは―――お米の感触が残っていて口の中を楽しませるのと同時に、あんこのしっとりした感じが優しく舌を休ませてくれる。
 少しだけ感じる塩気が食欲を刺激して、一口、また一口と箸を進ませるね」
「………?」
「お気になさらず。お嬢様の癖のようなものです。確かに以前よりも格段に腕が上がっていますね。それこそ別人のように」
「…けど」

 けど?何だろう、美味しいと素直に感じたのに、私は何を言おうとしているのか。
 他人にあんまり興味のない私は、露子さんの料理以外にはあまり詳しい感想とかを言わないのに。

「けど、これは私たちが食べるものじゃないね。何というか、別の誰かのために作ってるっていうか」
「!」
「そうですね、料理は食べる相手のことを考えて作るもの。微細な味の調整は相手との対話のようなものです。
 ですがこのぼた餅は、もちろん味は素晴らしいですが、お嬢様はもちろん私のために作られたものでもない。
 …なるほど、研鑽と言うのはそちらの意味でしたか」

 それまでクールだった東郷さんの顔がみるみる内に赤くなって「ち、違います!」と必死に首を振る。
 ああ、なるほど。彼女さんとかが居て、その人のために料理がうまくなったタイプなんだね、東郷さんは。

「照れることはありません。誰か特定の食べさせたい相手を見つけることが、一番の上達の秘訣です」
「料理は愛情って奴だね」
「愛情…い、いえ、友達です!友情ですから!まだ!」

 まだってことは、いずれ愛情を交わす相手になりたいんだ。可愛いな、この人。

「っと、そろそろ縁日始まるね。花見客増えると場所取りにくくなるから、そろそろ行くよ」
「行ってらっしゃいませ。夜はまだ冷えます。お風邪を召されない内にお戻りください」
「あ、そうだ。東郷さん」

 何故そんな気持ちになったのかは解らない。ただ、この誰かを一途に思う女の子を。他人にとても深い感情を持てる子を。
 ―――からかって見たくなった。

「正式にお付き合いすることになったら、また露子さんに連絡よろしくね」
「も、もう、椎名さん!///」

 もう一段赤くなった顔を必死に隠そうとする東郷さんに背を向けて、長い廊下を渡る。
 私も来年には高校生になる、彼女のように自分の何かを変えてくれるような人に出会えるだろうか。
 ふとさっきも思い出した知り合いで、予備校の中で唯一?友達と言えそうな少女の顔を想い浮かべる。
 …なるほど、ありだね。

「ほらほら夏凜ちゃん見て!あの鯉、顔があるよ!それにものすごく大きい!神樹様の遣いとかじゃないかな?」
「人面魚ブームって神世紀でも定期的に来るわよね…そうだ、写真に撮って風に見せてやりましょ。呪いの怪魚とか言って」
「それは鯉に失礼じゃないかな~」

 ふと見ると、池の方で女の子たちが鯉を見ながら何事か騒いでいる。
 ポニーテールの女の子がこちらに気付いて、元気よく頭を下げてきた。あの子かな、と何故か直感的に理解する。
 軽く手を振って応えると、私は盛り上がり始めている縁日の方へと足を向けた。
 私もあんな風に話せる相手が見つかればいいなと、らしくもないことを思いながら。


ゆゆゆしなめ.「もちもち、しっとり」…おしまい
最終更新:2015年03月17日 09:23