樹がひと月ほど歌手のレッスンの関係で、練習所に泊まり込みながら学校に通うことになった。
実の姉妹なのに休み時間と勇者部の活動中にしか会えないというのは、何だか完全に会えないよりもモヤッとする。
家に帰ると1人きりと思うとどうにも気が乗らなくて、夕飯の買い物で気付けば1時間以上も売り場をうろうろしていた。
「あれ、夏凜?」
「…………」
普段はコンビニで見かけるくらいの夏凜が、何故か今日はアタシの行きつけのスーパーに居た。
乾物コーナーをジッと見つめながら、私の声にも反応せず微動だにしない。
「ちょっと、夏凜?無視するとか反抗期?部長はそんな風に育てた覚えないわよ!」
「…………」
「おーい、にぼっしー?だし汁ぶしゃーっ!」
「煮干し!?」
「ふぉっ!?い、いきなりどうしたのよ!?」
煮干しと言えば、ここ数日の夏凜は煮干しを口にしていなかったのを思い出す。
煮干しは完全食品だーとか言いながら、東郷のぼた餅を貪る友奈の如く毎日欠かさず食べていたのに。
「あ、風…」
「ホントどうしたのよ。煮干し買えないくらい散財しちゃったの?電気料金とかは大丈夫?」
「お金の問題じゃないのよ!煮干しが、煮干しが食べられないのよ!」
「はあ?」
夏凜によれば、最近軽く風邪気味だったので、薬局に新しいサプリの調達も兼ねて病院に行ってみたらしい。
そうしたら風邪自体は大事なかったのだけど、まさかの煮干し禁止令が出されてしまったというのだ。
「煮干しは完全食品なのに…塩分もカリウムも取りすぎだし、プリン体もすごいんだーとか言って!
来週の健康診断の時に体調が改善するまで煮干し禁止とか言われたのよ!藪じゃないの、あの医者!」
「どんなものでも食べ過ぎたら、そりゃ害になるってば。凄い時とか1日2袋は開けてるじゃない」
「うぅ、絶対煮干しのせいじゃないわ…そうだ、風のせいよ!風が毎日毎日部活後に
うどんに誘うからだわ!」
「あ、アタシ?」
確かにうどんは塩分はそれなりに入ってるけど、プリン体はむしろ少ないって言われてるんだけどなあ。
とは言え、ただでさえ沸点が低いのに煮干しを失ってイライラしている夏凜に正論を説いてもあまり意味はないだろう。
「責任取りなさいよ!私の、私の大切なものを奪って!返しなさい!」
「こらー!?誤解されること叫ばないの!う~ん、夏凜は運動自体はしてるしなあ…。
よし、じゃあ夏凜、これからアタシの家に来なさい」
「ちょっ!?せ、責任取れってそういう意味じゃないわよ!?」
「いやー、煮干しの欠乏で君の理解度は極端に下がっているねー…そうじゃなくて、ご飯食べてきなさいって意味」
樹が居ないせいでアタシも最近は不摂生しがちだし、決して他人事ではない。
それに部員の体調管理も部長の仕事だ、。
「ね、そうしなさいよ。アタシも樹がいなくて寂しいしさ。ぐへへ、お姉さんの渇きを癒しておくれよ」
「物言いがおっさんじゃないの!えっと、その、どうしてもって言うなら食べにいってあげなくもないわよ」
「どうしても!夏凜ちゃんとご飯が食べたいです!毎日味噌汁を作ってあげたい!」
「に、煮干しダシで頼むわよ…って何を受けさせてるのよ!」
受けたのは夏凜の意思だと思うのだけど如何なのものか。
「何か食べたいものある?塩分とカリウムと、プリン体だっけ?気ぃ使わなきゃダメだから何でもは聞けないけどね」
「それじゃあ、前に作ってくれた奴で…」
「小魚ふりかけはなしだけどね。オッケーオッケー」
ひょいひょいと2人分の食材を籠に入れていく後ろを、カルガモの子供のようにくっついてくる夏凜。
昔は樹もこんな感じだったなあ。思い出して微笑ましくなる。
「あ、あのさ、風」
「何よ、今さら遠慮なんて聞かないわよ」
「そうじゃなくて。その、やっぱり樹がいないと寂しい?」
「アタシにとっては空気みたいなものだからねー、酸素超重要的な意味で」
「私以外も、こんな風に誘ったりしてるの?」
ちらちらと上目づかいで聞いてくる夏凜。
その様子のあまりの愛らしさに、アタシは思いっきりその頭を撫でくった。
「ちょっ、子ども扱いすんな!やめなさいって、やめろ!」
「うりうり、愛い奴め!…心配しなくても、樹の代わりにしてるんじゃないわよ。夏凜じゃなきゃ誘わない」
「な、なな、何言って…!///お、お腹すいた!早く帰ってご飯作りなさいよ!」
「照れ隠しが下手ねー。旦那様がうるさいし、サクサク終わらせますか」
「―――――!?///」
言葉にならない夏凜の文句を聞き流しながら、アタシはレジへと向かう。
ちょっとだけウキウキしている自分に気付いて、口元が勝手にほころんだ。
おまけ
「風先輩たちが居ないとちょっとだけ寂しいねー」
「樹ちゃんはお昼に大切な電話がかかってくるらしいから待機、風先輩は進路関係だったわね」
「2年生組だけのお昼も時には乙だけど、やっぱり全員そろわないと物足りないねー」
「あっという間にその境地に至ったアンタを見てると、何でか悔しくなるわね」
勇者部の部室に集まり昼食中の友奈、東郷、夏凜、園子。
この場にいないメンバーについての確認が終わると、次の注目は夏凜の弁当に集中した。
「か、夏凜ちゃんがものすごくしっかりしたお弁当を!?」
「これ、サプリで作った普茶料理(=ほかの食材で肉や魚を模した精進料理)とかじゃないよねー?」
「職人かアタシは!?風が作ってくれたのよ、夜だけじゃなくて昼もバランス取りなさいって。まったく過保護なんだから」
「ほほぅ」
箸で一口目を運びかけたところで、夏凜は東郷の目がキラリと輝いているのに気付く。
いや、彼女だけではない。友奈も、園子もだ。
「愛妻弁当を交わすほどの仲になっていたとは…この乃木園子の目を以てしても見抜けなかったよ~」
「よ、夜も?夜も一緒に食べてるの!?風先輩の家で!?」
「ち、違う!あんたたちは何か大きな誤解をしてる!た、ただ単に私の大事なものを奪った責任をね…!」
「風先輩、すごく情熱的で積極的ね。まさか私と友奈ちゃんより先にそんなことを…」
「だから違うんだったらーっ!///」
喋れば喋るほどつみあがっていく誤解。
今日も勇者部は平和である。
最終更新:2015年03月20日 11:14