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「そう言えば、友奈と東郷が勇者部に入部したばかりの頃はいろいろ大変だったのよ」

 お姉ちゃんがそんな風に、何かを懐かしむように呟いたのはある日の放課後、勇者部の部室でのこと。
 当の友奈さんと東郷先輩は、他の部活のお手伝いで今部室に居ない。

「なに、最初は失敗続きだったとか?ま、私みたいに初めから完璧に溶け込むとかそうは出来ないわよね」
「それはもしかしてギャグで言ってるのかい、にぼっしーや。
 いや、勇者部の活動自体はアタシも慣れてなかったからさ。失敗やらはみんな共通だったんだけど」
「何か他にあったの?仲良くなるのに時間がかかったとか?」

 友奈さんも東郷先輩も、私が入部した時にはすごく優しくて親切で、あっという間に仲良しになれた。
 人との触れ合いがあまり得意でなかった夏凜さんともすぐに打ち解けてしまったし。
 そんな2人がお姉ちゃんとだけ相性が悪かったとは、イマイチ想像できない。

「仲良くはすぐになれたんだけどね、距離感が上手く掴めなかったというか」
「何よ、ハッキリ言いなさいよ」
「うん。東郷の、車椅子のことでね」

 そう言ってお姉ちゃんは、2人と出会ってから2か月ほど経ったある日のことを話してくれた。


「いやー、ホント助かるよ!こういうの頼めるところ、今まで無かったからさ。
 えーと、ボランティア部だっけ?」
「勇者部です。人の喜ぶことを勇んでやる、讃州中学勇者部をどうぞよろしく!」

 貸衣装屋さんの手伝いを終えて、アタシは営業めいたことを言いながら頭を下げる。
 段々と商店街や町の人たちにも活動を認知されてきて、依頼の数も少しずつ増えてきた。
 まだまだ部活名を間違えられる程度だけど、いずれ誰もが頼る立派な部活にしてみたいものだと思う。

「風せんぱーい!2階のお片付け、終わりましたー」
「ご苦労、結城隊員、東郷隊員!では1階へと帰投したまえ!」

 新入部員の2人は本当によくやってくれている。
 東郷に関しては車椅子のハンデがあるので少しだけ心配だったのだけど、友奈のフォローと合わせれば十分にエース級の活躍だ。
 来年には樹が讃州中学に入学する、そうしたら勇者部を手伝わせて、4人で出来るだけ平和な日々を、長く―――。
 そんなアタシの思索を遮ったのは、かっちゃ、かっちゃという金属音だった。

「よいしょ、よいしょ、よいしょ」
「大丈夫、友奈ちゃん?無理をしちゃダメよ」
「へーきへーき!東郷さん軽いもん!」

 神世紀は西暦の時代に比べて、障碍者や傷病者の対策が進んでいると言われている。
 けど、流石に町の小さな貸し衣装屋さんにそんな設備があるわけもなく。
 決して大きいとは言えない体で、東郷ごと車椅子を抱えながら階段を下りてくる友奈にアタシは目を剥いた。
 いくら彼女が武道を嗜んで体力に自信があるにしても、流石に無茶が過ぎると思う。
 実際に友奈の顔は真っ赤で汗も大量に浮かんでいる。それでも笑顔なのは東郷を気遣ってだろうか。

「ちょっと友奈!危ない、危ないから!ほら、今手伝うわ!」
「大丈夫ですよ、これくらい。むしろ危ないから、風先輩もちょっと離れておいてください」
「いや、下から支えたら大分楽でしょこれ!?無理しないで、行くわよ!」
「―――いいですから」

 さっきまで、荒い吐息交じりだった友奈の声が、急に北風のような冷たさを孕んだ。
 思わず凍り付くアタシの前で、友奈はゆっくり、ゆっくりと東郷と共に階段を下り、3分ほどかけて無事に1階へ到着した。

「とうちゃーく!…はへぇ」
「友奈ちゃん、本当に平気?」
「平気だよ!東郷さんは心配性だなあ。あ、風先輩、お気遣いありがとうございます!」

 そう言って頭を下げる友奈は、いつも通りの気遣いのできる女の子に戻っていた。
 あの一瞬に感じた、極寒の拒絶は何処にもない。
 ―――思えば、学校で2人を見かけることは部活の時以外にも何度かあったが、常に友奈は東郷の車椅子を押していた。
 一度の例外もなく。他の誰かが代わることもなく。ずっと。いつも。

「お疲れさん!おお、凄い汗だね。上、暑かった?お茶でも飲んでいってよ」
「わーい!ありがとうございます!ほらほら、風先輩!遠慮なくいただきましょう!」
「今日の活動はこれ一件だけですよね。ぼた餅もありますから、休憩させてもらいましょう」
「あ、うん」

 まだまだアタシはこの2人について知らないことが多いんだな、とアタシは頭を左右に振った。


 お姉ちゃんのお話が終わり、少しだけ勇者部内の気温が下がっているような気がした。

「―――そう言えば、東郷が退院する時もすぐに看護師さんから車椅子奪ってたわね」
「大分マシにはなったのよ、アレでも。自分がやるのにこだわり過ぎて東郷が危ないのはダメだってこの一件で気付いたらしいから。
 まあ、その後もいろいろあって、アタシが東郷の車椅子に触らせてもらえるようになったのは冬になってからだったわね」
「半年以上もかかったの!?」
「砂浜で普通に風が車椅子押してたけど、あれは日々の積み重ねの賜物だったのね」

 うんうんと頷く夏凜さん。私も、改めて友奈さんにとって東郷先輩は特別なんだなと思い知る。
 それにしても、悩んだら相談を実践している友奈さんにも、意地を張ることはあったんだなと驚いた。
 それとも、東郷先輩絡みだと友奈さんにとっては悩みの内に入らないのだろうか。

「結城友奈、ただいま戻りましたー!」
「東郷美森、帰還致しました」

 噂をすれば影というべきか、友奈さんと東郷先輩が帰って来た。
 友奈さんはまだ満開の後遺症が完全に回復していないので、東郷先輩に車椅子を押して貰っている。
 かつての2人と関係が逆転したことになるけど、2人ともあまり変わった様子はない。

「ん…」
「東郷、どうしたの?」
「大丈夫です。少し扉の隙間に車椅子が引っかかっただけですから」
「何、どんくさいわねえ。ほら、手伝ってあげるから」
「―――いいから」

 そろそろ冷え込みだした空気よりも、なお一層冷たい声音。
 夏凜さんがピタリと固まり、お姉ちゃんが頬をひくつかせる。

「東郷さん、大丈夫?無理しないでね?」
「平気よ、友奈ちゃん。夏凜ちゃん、気遣ってくれてありがとう」

 さっきの一言などなかったように、優しく微笑む東郷先輩。夏凜さんがこくこくと水飲み鳥のように首を振る。
 ああ、関係が逆転しても様子が変わらないのは。もしかしたら。

「…とりあえず、もう半年待ってみる?」
「多分その頃には友奈さん治ってるよ、お姉ちゃん」

 私が思っている以上に、2人はお似合いなのかも知れない。
 やがて話題は学園祭でやる劇の話に移っていき、そんな2人も勇者部の中に何の問題もなく溶け込んでいった。
最終更新:2015年03月22日 09:13