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「風先輩、笑ってください。はい、チーズ」

 パシャリと携帯のカメラのシャッターがきられる。
 咄嗟のこととはいえ、ばっちり笑顔を決められる辺りは流石の勇者部部長、とアタシは自画自賛する。

「なになに、急に写真なんて撮っちゃって。ホームページに載せるとか?可愛く撮れてる奴にしてね」
「いえ、そうではなくて…!?」

 写真を確認した東郷の顔が急に凍り付く。何だろう、手ぶれでも酷かったんだろうか。

「…風先輩、これを」
「な、何よ、マジ顔してからに。大丈夫よ、ちょっと失敗してもアタシはビッグハートで受け入れて―――」

 振り向きざまに笑顔を決めるアタシの背後。部員以外は誰もいないはずのそこに、白装束の女が立っていた。

「ふぎゃあああああああああああ!?」
「お、お姉ちゃんどうしたの!?むぐぐ…くるひい…」
「何よいきなり大声出して…って、うわあ!?な、何よこの写真!?」
「…すいません、風先輩。これはトリック写真です、安心してください」
「ト、トト、トリック?」

 樹に抱き付いて震えるアタシに、東郷は種明かしをして見せる。
 これは写真を撮ると心霊写真になる、というジョークアプリの一種なのだそうだ。
 確かに写真に落書きしたり枠を付けたりするアプリもあるのだから、こういうのがあってもおかしくはない。

「ビックリしたぁ…あら、樹?なんでちょっと幸せそうにぐったりしてるの!?」
「ぬ、ぬくもりが…膨らみが…」
「大惨事じゃない。それで、風を驚かせる為にわざわざそのアプリをダウンロードしたわけ?」
「まさか。風先輩はあくまでも前座よ」

 なんかすごく失礼なことを言われている気がする。
 アタシは樹を快方しながら口を尖らせるけど、東郷はどこ吹く風だ。

「前に旅館で怖い話をした時に気付いたの。友奈ちゃんは基本面白いこと好きだから肝試しや心霊ドッキリは平気。
 けど、不意打ちには結構弱いんじゃないかって」
「なるほど、狙いは友奈ってことね。その時に無駄に怖がらないように、風に先にネタばらしをしておいたと」
「普通に口で説明してよ!」

 実際に見ていなければ、説明されていても怖かったかも知れないとは思うけれど。
 それくらい、アプリの写真は出来が良かった。

「普段は勇敢で格好いい友奈ちゃんが、年頃の女の子らしい恐怖の悲鳴を上げる…ふふ、ふふふふ…」
「東郷?おーい、東郷隊員ー?」
「キマってるわね、これ。でも友奈なら、東郷が傍に居たら幽霊から守る!とか言い出しそうだけど」
「それはそれでとても美味しいので何も問題はないわ」

 恐るべし、策士東郷。確かに友奈が取りそうなどのリアクションを考えても、東郷にとってはご褒美である。
 仮に悪戯だとバレても友奈の性格なら根に持つことはなさそうだし…アタシはちょっと根に持つけどね。

「…結城友奈、帰還しました」
「お帰りなさい、友奈ちゃ…?」

 嬉々として迎えようとした東郷だったけど、何だか戻って来た友奈の様子がおかしかった。
 いつもは元気よく声をあげて戻るのに、今日は何だか静かで顔も少し青ざめている。
 確かに肌寒い季節にはなってきているけど、しきりに腕を摩って小さく震える姿は明らかに異常だ。

「友奈、何かあったの?水でも被ったとか…」
「な、何でもないんで…ううん、けど…悩んだら相談…」

 ぶつぶつと勇者部五箇条の一節を読み上げている友奈。普段は迷わず実践の彼女が、何を躊躇っているのだろう。

「友奈ちゃん、どうしたの?何かあったのなら話してほしい。私たちに話せないようなこと?」
「…最初に謝らなくちゃいけないことがあるんだ。実は朝、東郷さんの写真を勝手に一枚撮らせてもらったの」
「私の写真?」
「うん、東郷さんと一緒に歩けるのが何だか嬉しくて、思わず。すぐに東郷さんが振り向いちゃったから慌てて隠したけど。
 とりあえず写真を確認してから謝ろうと思って、さっき帰りに確認したんだけど…」

 何だろう、心霊アプリの話で盛り上がっていたのもあって、ひどく嫌な予感がする。
 あるいは友奈も心霊アプリを入手していて、逆ドッキリを仕掛けようとしているとか?
 いや、それなりに長い友奈との付き合いのお陰で解る。あの顔は、マジだ。

「な、なな、何よ?何が写ってたのよ!?」
「…“写ってなかったんだよ”」
「へ―――」

 そう言って友奈は、携帯の画面をこちらに向ける。
 そこには、東郷を撮影したはずのその画面には―――真っ暗な闇だけが映し出されていた。

「カメラ機能が壊れて、今までの東郷さんの写真全部飛んじゃったの!メモリがギリギリになるまで溜めて来たのに!
 今日の一枚でぴったり全部東郷さんの写真で埋まるはずだったのにー!ベストショットや2人で撮った写真も消えちゃった!」
「………あー、うん」

 それ以外、アタシたちにどう言えと?

「ごめんね、東郷さん…きっと東郷さんに無断で写真を撮ったからバチが当たったんだ…大切な思い出もたくさんあったのに!」
「友奈ちゃん…大丈夫よ!これからまた色んな写真を撮っていけばいいんだもの!
 それに、友奈ちゃんの携帯も諦めるには早いわ!私が何とか復元してみせる!」
「東郷さぁぁん…大好き!頼りになる!」

 心霊アプリなど完全に放り出して、猛烈な勢いで友奈の携帯の復旧に取り掛かる東郷。
 その傍で目をキラキラさせながら寄り添う友奈。うん、東郷的には大満足なんだろうけど。

「…えい」

 復活した樹が、放り出されている東郷の携帯を使って2人の写真を撮る。
 写し出された写真は、寄り添う2人を天使が祝福している構図だった。何だこれ。

「結局、風の驚かされ損ね」
「おのれ、この恨みは忘れぬぞ…」

 それこそ怨霊のように恨みを呟くアタシを他所に、2人は幸せそうに作業を続けていた。



おまけ

「へー、私が勇者部に来る直前に、そんな話があったんだねー」
「結局、あれっきり東郷も心霊アプリのことは忘れてたみたいでね。話題にも出なかったし」
「友奈ちゃん絡みで忙しかったから…それにしても、勝手に写真を撮った話は初めて聞いたわ」
「ご、ごめんなさい、つい。じゃあ、あの時の写真は確認してないんですか?」
「東郷さん、本当に頑張ってくれたから。そのお陰で7割くらいは復活したんだよ!」

 あの後、一転してニコニコしたのはそういう事情があったのか。
 その隣、写真を確認した東郷の顔が急に凍り付く。何だろう、手ぶれでも酷かったんだろうか。あれ、こういうこと前にも…?

「…樹ちゃん、心霊アプリを起動させてから写真を撮った?」
「いえ。起動状態だったんじゃないんですか?」
「いいえ、一度勇者部のみんなで普通に写真を撮ってから、友奈ちゃんとツーショットを撮るつもりだったから」
「………え?」

 それってつまり。あの天使の写真は。
 神々しささえ感じた写真のイメージが、アタシの脳内で一瞬にして恐怖のイメージに塗りつぶされる。

「ふぎゃあああああああああああ!?」
「お、お姉ちゃんまた!?むぐぐ…くるひい…でも、ちょっと幸せ…」
「樹ちゃん!?樹ちゃんしっかりーっ!?」
「また大惨事じゃない…」

 恐怖で錯乱していたアタシは、この時に東郷と園子の交わしていた会話を聞きのがしていた。
 もっとも、聞いていたとしてもイマイチ意味を掴めなかっただろうけど。

「…見守ってくれているのね、今でも」
「それどころか祝福してくれてるみたいだよ~。これは幸せにならなきゃねー」
「ええ。ありがとう―――銀」


讃州中学勇者部:現在部員6名。幽霊部員1名。
最終更新:2015年03月23日 10:14