それは勇者部が6人体制になってから少し過ぎた頃のこと。
「そうだ、園子。次の劇の台本書いてみてくれない?」
「ふぇ?私がですか~」
「そう!勇者部に入ったからには一通りの仕事をこなしてもらわねばならないのだ」
「そんなこと言って風が楽したいだけじゃないの?」
「そ、そんなわけ、ありゃしもはん!にぼっしーどん!」
どこの言葉か解らない言葉を叫び出す風先輩だけど、実際はそのっちが勇者部に更に溶け込めるようにという配慮だろう。
親友としてその気遣いに感謝しつつ、そういえば彼女の書くものは少し独特というか、特定の嗜好があったなと思い出す。
「解りました~。乃木園子、大命受諾します~」
「前の“明日の勇者”の評判が良かったから、バザーの特設ステージでやる奴よ。一般の観客も入るから気合入れなさい!」
「そのっち、大丈夫そう?」
「わっしーは心配性だなー。大丈夫、勇者部の劇は全部大赦の人に撮影してもらって見てるから」
意外と暇なのだろうか、大赦。
まあ普通のお客も入るなら彼女もそうそう無茶はしないだろうと、私は高を括っていた。
※
―――それは一国の王子である勇者と、隣国の姫の物語。
幼い頃から結婚を約束していた2人だったが、突如隣国に魔王が攻め入り、姫を自分の妻にするように要求する。
勇者である王子は魔王に立ち向かうが、勇者はみんなの為に戦うからこそ力を発揮できるという法則があった。
姫を誰にも渡さない、そんな私欲が混じってしまった為に魔王に追いつめられる勇者だったが、そこに姫が登場。
2人で力を合わせて平和な世界を作ろうと語った夢を思い出した勇者は、魔王を倒し姫と結ばれてめでたしめでたし…。
「…思った以上に普通でびっくりしたわ」
「わっしーの中の私像について、一度じっくり話さなきゃいけないかもねー」
「それで、私がやっぱり勇者かな!私やるよ!勇者になるよ!」
友奈ちゃんが元気よく跳ねながら挙手をする。
確かに今まで友奈ちゃんはずっと勇者の役をやって来たし、それが一番いいかも知れない。
「ううん。ゆーゆはねー、お姫様」
「…へ!?姫?私がお姫様!?」
「そして、わっしーが王子兼勇者という配役でけってーい」
「私が勇者?友奈ちゃんの方がふさわしいと思うけど…」
「わっしー、わっしー」
ちょいちょいとそのっちが私を引っ張り、そっと耳打ちしてくる。
「可愛いお姫様衣装のゆーゆを、見てみたいと思わないかねー?しかも、最後は結婚するんだよ」
「友奈ちゃん、何事にも挑戦するのが勇者の心意気というものよ。お姫様をやってみましょう。はい決定」
「と、東郷さんすごい気合だね。わ、わかった、頑張ってみる!」
こうして、意外な配役こそあれどごくごく普通に練習は進行していった。
一般客にも見られるというのを配慮してくれたのか、際どい場面も強烈な絡みもなし。安心なような残念なような。
思えばこの時、友奈ちゃんの女の子らしい演技に完全に心奪われて連日萌え猛っていたせいで気付かなかったのが致命的だった。
ナレーションの樹ちゃんや魔王役の風先輩が、何故か主役である私たちよりも遅くまで残って練習している不審に。
思えば練習が終わればすぐに一緒に帰るように言ってきていた夏凜ちゃんもグルだったかも知れないが、真実は闇の中だ。
※
―――劇、当日。
商店街主催のバザーということでそこまでステージも大きくはないし、人も溢れるほどではない。
それでも大勢のお客さんに見られるというのは緊張することだ。特に私はまだキャストの経験は浅い。
「大丈夫だよ、東郷さん。私のミスを東郷さんが支えてくれたみたいに、樹ちゃんや園子ちゃんが助けてくれるよ。
私も、あんまり頼りにならないかもだけど一生懸命フォローするから!」
そう言って桃を基調にしたドレス姿で微笑む友奈ちゃん。
そのっちと樹ちゃんが演劇部の協力の元に自作してくれたものだが、私はここで敢えて言いたい。勇者部に入ってよかった、と。
「そろそろ開演だね!頑張ろう、東郷さん!おっとっと…が、頑張りましょうね、王子様」
「―――ああ、頑張ろう、姫。君とならなんだってできるはずだ」
友奈ちゃんに合わせて劇の台詞調で言ったら、何故か彼女は赤面して俯いてしまった。
“不意打ちで本気はずるいよぉ…”とか言っているけど、おかしかっただろうか?
『それでは、讃州中学勇者部による演劇『私は勇者、みんなの勇者』を上演致します…』
樹ちゃんのナレーションで小さくだが歓声が沸く。
彼女が芸能人の卵として頑張っているのを知っている人や、まだ数は少なくとも熱心なファンの人たちだろう。
それにしても、劇の演目は『僕は勇者、みんなの勇者』だったと思うのだけど、樹ちゃんも緊張して間違えてしまったのだろうか?
『―――どこかのいつか、私たちの暮らすこことは違う世界。2つの国に“2人のお姫様”が居ました。
2人は幼い頃に結婚の約束を交わし、王様たちも“じゃあ片方を王子として育てるから許嫁にしよう”と決めました』
そのっちが盛大にやらかしたのことに気付いたのは、遅まきながらこの時だった。
※
「ムッハッハッハッハ!ようやく我が元に辿り着いたな、王子よ!」
私ことミモリン王子は魔王と相対しながら、ここまでの長い長い旅路を思い出していた。
劇の筋や台詞はほとんど変わらない。だがそのっちはあちこちに罠を仕掛けていた。
夏凜ちゃん演じる侍女が矢鱈と友奈ちゃん演じるユーユ姫のどこが好きかねちっこく絡んで来たり。
舞台袖からカンペを出して“貴女の全てが好き、王子としての凛々しい部分も、可愛い女の子の部分も!”とか言わせたり。
魔王の城の門は練習では普通に開いたのに、ユーユ姫への愛の言葉を叫ばないと開かなかったり。
「ああ、本当に長い、あまりにも苦難の多い旅だった…」
これは半分演技でなく、本音である。
最初は軽く動揺していた観客たちも今やすっかりそのっち演出に釘付けで、予想の3倍近い人が集まっていた。
その前で劇の中とは言え、友奈ちゃんへの愛を叫ばなければならないのである。
後で必ずそのっちにお仕置きするという暗い情熱と、友奈ちゃんのアドリブに戸惑う可愛さが無ければ挫けていたかも知れない。
「だが、お前を倒しユーユ姫を!私の未来の妻を取り戻せば全ては終わる!行くぞ、魔王」
「ムッハッハッハッハ!まだ勇者気分が抜けないのか、哀れな王子め。お前はもう魔王を倒すことのできる勇者ではないわ!」
「ほざけ!愛ある限りこの世に闇は栄えない!」
『ミモリ姫、いやさミモリン王子と魔王の最後の決戦!
しかし、ミモリン王子はこの時、とても大切なことに気付いていなかったのです…!』
後は適当に打ち合った後、友奈ちゃんことユーユ姫が出てきてめでたしめでたし。
まだ何か仕込んでいる可能性はあるけれどここまで来たら失敗するわけにもいかない。
そのはずだったのに。
ポキンッ。
「は?」
「へ?」
『あら?』
魔王の髑髏の付いた杖と打ち合った瞬間、私の剣が真ん中からぽっきりと折れた。
これも演出なのかと舞台袖を見るけど、そのっちもポカンとした顔でこちらを見つめている。
そういえば、あまりの脱力に舞台袖に引っこんでいる時に寄り掛かるように何度かしてしまったのを思い出す。
まさか、アレが原因で?
「…ム、ム、ムハハハハ!どうだ、勇者よ!これが真実だ!お前はみんなの平和の為ではなく私欲のために戦った!
それは欲望、私の糧だ!愛?愛だと?笑わせる、そんなものは所詮欲だ!お前の愛が世界を滅ぼすのだ!」
咄嗟に少し早いけれど風先輩が種明かしをすることで場面を繋ぐ。
けれど、ここからどうすればいい?どうやって魔王を倒す?折れた剣をどうにかしてみるか?
このままじゃ私のせいで劇が、私が原因で、そのっちの勇者部としての初めての脚本が…!
考えれば考えるほどに頭の中でぐるぐると自分の不注意を責める声が回り、思わず崩れ落ちてしまいそうになる。
「―――大丈夫ですよ、ミモリン王子」
友奈ちゃんが、いつの間にか私の背中をそっと支えてくれていた。
現金なもので、それだけで頭がスッキリと冴え、震えが止まる。いくらでも勇気と知恵が沸いてくる。
「お前は、ユーユ姫!な、なぜだ、牢に捕えていたはずなのに!」
「魔王、貴女は間違っています!愛は単なる欲望ではありません。2人で繋げば絆に、みんなで繋げば平和に変わる。
私たちはその始まりに、平和の起点になる為に愛を紡いだのです!ミモリン王子の…いいえ、ミモリ姫の愛は決して負けない!」
「…そうだった、そうだったね、ユーユ。立派な王子に、君にふさわしい人になろうと気負いすぎて忘れていた。
私たちの愛はみんなを幸せにする為の愛。私はユーユ姫の妻であり、みんなの勇者だ!それは矛盾しないんだ!」
スラスラと少しだけ変えた台詞が出てくるのは、相手が友奈ちゃんだからだろう。彼女の呼吸は手に取るように解る。
舞台袖でそのっちは“そこでキスして!”とカンペを見せてくる。
なるほど、愛の力で魔王が退散する的な演出にするのね。本当はラストシーンなのだけど、悪くはないだろう。
「ユーユ姫、私たちの愛を示しましょう。魔王に教えてあげましょう、欲望を貪るだけの愛ばかりでないと!」
「はい、ミモリ姫!…本当は、貴女のことをずっとこうやって、昔のように姫と呼びたかった…」
友奈ちゃんが顔を近づけてくる。もちろんお芝居なので、本当にキスはしない。適当なところで顔を離すだけだ。
それにしても、途中で慌てたせいでちょっと涙目になってしまった。頬も多分赤くなっている。お客にバレないといいのだけど。
顔をそろそろ離そうとした瞬間、わしり、と友奈ちゃんが私の頭を掴んだ。
「え」
見れば、友奈ちゃんも色々限界に近い顔をしていた。アドリブの連発、私の恥ずかしい台詞の数々、舞台の緊張。
それらが友奈ちゃんの正気を奪ってしまっても仕方ないと言えば仕方なくて。
「……んっ!///」
「ん~~~~~!?///」
実際に重なる唇。騒然となる会場。そのっちが鼻血を噴いて舞台袖で倒れる。その顔は実に幸せそうだ。
歯を丁寧に舐めて、舌を絡めて、こくりこくりと互いの唾駅を交換して。ようやく私たちの唇は離れた。
「……すき」
「……わたしも」
演技も何もなく、むき出しの好意をぽつりと呟く。会場が沸き立った。
「…こんなものを見せられて、今更姫をどうこうしようという気になるものか。負けだ、私の」
魔王こと風先輩が本当に疲れた口調で言う。至近距離で当てられたようなものだから、仕方ないと言えば仕方ない。
「魔王様、貴女も本当は愛を求めていたのでしょう。わ、私でよければ貴女に愛を注ぎましょう!」
「お前は、侍女に化けさせて王国に放っていたカリンカ。そうか、お前が姫を逃がしたのだな…」
そういうことだったのか、ラストでいきなりひょっこりユーユ姫が出てくるのは私も少しおかしいと思っていた。
『こうして2人の姫の愛は魔王にも伝わり、世界に平和が取り戻されました!
魔王の謝罪を2国は快く受け入れ、ミモリ姫とユーユ姫、そして魔王とカリンカの合同結婚式が開かれたのでした。
あなたにも大切な人は居ますか?その人を愛することが世界を平和にするかも知れませんよ?―――めでたしめでたし』
多少強引に樹ちゃんがナレーションで締める。
湧き上がる歓声と拍手。立ち上がってあいさつしないといけないのだけど、まだ腰が立たない。
そっと、友奈ちゃんが手を差し伸べてくる。私はその手を取って何とか立ち上がる。
結局、最後は王子様ではなくお姫様になってしまったな、と友奈ちゃんに助けられながら思った。
※
「さて、そのっち…申し開きはあるかしら?」
「か、壁ドンとかゆーゆにしてあげるべきじゃないかなー?」
「大丈夫よ、みもそのもをきっと需要があるから」
「メタい、メタいよわっしー!」
なお、風先輩と樹ちゃんも反省の為に現在正座中である。夏凜ちゃんはよく解らないので、取り敢えず免罪。
「東郷さん、何で私まで~。私も知らなかったんだよー」
「友奈ちゃんは…あ、あんな大勢の前で!ダメに決まってるでしょ!反省です、反省!///」
「うう、ごめんなさい。東郷さんが可愛すぎて…」
さすがに過激な演出(演出ではなかったのだけど)に、町内会長さんからは苦笑と共に注意を貰ってしまった。
好評は好評だったようだが、これからはこのようなことがないように厳しく…。
「劇、すごく良かったね!わ、私もいつか、あんな風に絆を繋いでいきたいなぁ」
「そ、それって私でいいんだよね、相手は…///」
「うん、2人で世界を平和にしちゃおうね!」
小学生くらいの女の子が、そんなことを言いながら控えのテントの横を通り過ぎていく。
「ふふふ、平和を繋げたみたいだね…あちょぷ」
ドヤ顔をするそのっちにチョップを決めつつ、私ははっきりと告げた。
「いい、そのっち?次はちゃんと私が王子様できる話にしてね!」
「そ、そこ?」
「東郷さん、凄い気合だね!で、でもそろそろ足が~」
この後、バザーを好きに回っていいと言って貰っている。足がしびれていてはそれも無理だろう。
私は友奈ちゃんにそっと手を差し伸べる。友奈ちゃんはその手を取って何とか立ち上がる。
―――どちらも王子で、どちらも姫。きっとそれでいいのだと、そう思った。
最終更新:2015年03月25日 10:34