「うーん、寝れない」
樹は友達に誘われてお泊り会という女子力全開のイベントに参加中、犬吠埼家にはアタシ1人しかいない。
さすがに一緒に寝るのは週に4回と姉妹としては少ない方(だと思う、他は知らないけど)とは言え、樹の気配がしない家は寂しい。
体は疲れているはずなのに、どうも気持ちが落ち着かず眠気がやって来ない。
意味なく立ち上がってストレッチもどきをするのも、これで3回目だ。
「ここは、そろそろ古典的な方法に頼ってみましょうか」
羊を数える。日本に西暦の時代より伝わる睡眠導入法だ。
東郷によれば単調な刺激を繰り返すことで催眠術の導入法と似た効果が得られ、アルファー波が出て眠りやすくなるらしい。
さっそくベッドに四度横たわり、一心不乱に羊を数えだす。
「羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹…」
…全然眠くならない。
そう言えば東郷は、SLEEPとSHEEPの響きが似ていることも関係しているとか言っていた。
日本語で「羊」と言っても(後天的なイメージは別として)眠りとは何の関係もないんだとか。
東郷が悪いわけではないけど、小出しで思い出すのはやめてほしい。
「ここはやっぱり、何かしらのアレンジをする必要がありそうね。心落ち着き、癒してくれる何かを代わりに数えて…」
すぐに何を数えるかは思いついた。ベッドに横たわり、目を閉じる。
「樹が1人、樹が2人、樹が3人…」
イメージは柔らかい材質の部屋の中に、上から樹が降ってくるイメージ。落ちモノパズルみたいな感じで。
最初に振って来たのは讃州中学の制服姿の樹だ。お尻から落っこちて、大して痛くないはずなのに涙目になっている。可愛い。
次に降って来たのは勇者の衣装の樹。辛いこともあったけど、やっぱりあの衣装は樹に似合っている。こちらは華麗に着地。
3番目は私服姿の樹。アタシと一緒に買いに行って、選んであげたんだっけ。前の2人の樹が受け止めてあげているのが微笑ましい。
パジャマ、水着、浴衣、アイドルの衣装、ハロウィンの時の仮装、ちょっと背伸びしたお洒落な服装…。
次から次に降って来る可憐で愛らしい樹たち。アタシの頭から全ての雑念が消え、樹を数えることに集中する。
「樹が…100人!」
遂に100の大台に突入する樹たち。次はどんな素敵な樹が現れるのか。
期待に反して、上から降って来たのは樹ではなかった。アタシだ。犬吠埼風。
「あ、あれ?」
ぽよんと柔らかい床で跳ねながら、視点がいつの間にか部屋の中に移っているのに気付く。な、なんだこれ。
周囲にはいろんな服を着たり、いろんな表情を浮かべたりした99人の樹たち。多分、天国ってこういう風景だと思う。
樹たちはじーっとアタシの方を見つめている。いや、流石にこの人数だと相手が樹と言えどちょっと怖…。
「ひゃあ!?」
いきなり私服姿の樹が甘えるようにアタシの背中に抱き付いてきた。それにつられたように次から次へと飛びついてくる樹たち。
「あははは!くすぐ、くすぐった…ひぁっ!ちょ、ちょっとそこは駄目!そこはまた別の、ひゃんっ!」
アタシの胸に顔を埋めて、上目づかいで見つめてくる勇者樹。抵抗しようにも四肢は他の樹たちに優しく拘束されている。
「お姉ちゃん…」
制服姿の樹が、身動きの取れないアタシに向けて、目を閉じた顔を近づけてくる。
ちょ、ちょっと待った!嫌じゃないけど!心の準備が!アタシたちは姉妹だし!いや、姉妹でキスとか普通かな!?
「その辺どうなの!?」
「ふぇっ!?…ど、どうなん、だろうね…?」
―――気付けば、ベッドの上で半分体を起こしてあらぬことを叫んでいた。
枕元には樹…本物の樹が立っている。時計を見れば今は午前10時。どうやら帰って来たらしい。休日とはいえ少し寝すぎたようだ。
「あー…おはよう樹、そしておかえりなさい」
「うん、おはよう。寝ぼけてたの、お姉ちゃん?夜更かしとかしてたんじゃ?」
「まあ眠れなかったのは確かなんだけど、問題はよく眠れたことの方というか」
樹が頭の上に無数の?マークを浮かべている。
この方法は危険過ぎる。例え樹が居ない一人寝の夜でも、ギリギリまで使うのは考えた方がいいだろう。
「朝、食べて来た?朝昼兼用でよければ作るけど」
「あ、うん、嬉しいな!お姉ちゃんのご飯がやっぱり一番美味しいよ」
「ふっ、姉の使い方を熟知しておるのう」
まだまだ世話が必要な樹の頭を撫でながら、少しだけ夢の内容を思い出す。
まあ、仮にああいう関係に樹となるとしても、この子にはまだまだ早いなあと思う。
あまりにアタシが子ども扱いするので、樹は途中から膨れてしまったけど、それは姉妹のいつもの光景だった。
―――結局、アタシは樹が「部屋の入り口」ではなく「枕元」まで近づいて来ていた意味には気付かなかった。
最終更新:2015年03月26日 10:08