「わっしー、わっしー」
「なあに、そのっち?」
「えへへー、ちゃんと一緒に居るんだなーって思って、声をかけただけだよー」
「なあにそれ。変なそのっち」
クスクスと笑いあう私とそのっちを、友奈ちゃんはニコニコと見守ってくれている。
他の供物と同じく私の記憶も返され、私は先代勇者としての記憶を、そのっちや銀との日々を思い出した。
友奈ちゃんもみんなから少し遅れて目を覚まし、そのっちもそれより更に遅れて全快し勇者部へとやって来た。
バーテックスと残酷な世界に奪われかけた2人の親友に挟まれ、共に命をかけた仲間に囲まれ、私の日々は平穏を取り戻した。
「それじゃ、今日の活動はこの辺にしときましょうか」
「なによ、まだ早いじゃない。ははん、さては受験勉強が煮詰まってるわね」
「心を読むんじゃない!くくく、今のうちに自由を楽しんでおくがいい…私を見ろ!お前たちの未来の姿だー!」
「魔王って言うよりRPGのラストボスみたいになってるよ、お姉ちゃん」
少し早目に活動を切り上げ、私たちは並んで家路につく。
最初に犬吠埼姉妹が分かれ、次に夏凜ちゃんが分かれ、最後にそのっちが分かれる。
「また明日ね、わっしー、ゆーゆ」
「ええ、また明日」
「気を付けて帰ってね!」
友奈ちゃんと2人きりの帰り道。
私たちは今日の勇者部でのこと、風先輩が心配だ、猫の里親が見つかってよかった…そんな話をしながら並んで歩く。
少し前までは私が友奈ちゃんの後ろで、それよりも前は友奈ちゃんが私の後ろに居るのが定位置だった。
一緒に並んで、同じ目線で物を見て、歩幅を合わせて歩けることの幸せを感じる。
同時に、車椅子を挟んだ特別に近かった時代への僅かな郷愁も胸を過る。
「それにしても、昔はよく解らなかったけど流石に実名の小説は危ないわね。
せめて頭文字にするようにそのっちに言っておかないと」
「東郷さんは、本当に園子ちゃんと仲良しだねえ」
「ええ、仲良しに戻れて良かった。私は耐え切れなかった苦しみを彼女に一度は与えてしまったもの…赦してくれて、本当に嬉しい」
「うん、東郷さんが嬉しいと私も嬉しいな」
友奈ちゃんは笑ってそう言う。
私はそのことを素直に嬉しいと思うのと同時に、少しだけ胸の中に悪心が沸くのを感じる。
最初にそのっちが勇者部にやって来た時は、友奈ちゃんはほんの少しだけ、彼女と張り合うような様子が見えた。
けれど、場の空気や和を大切にする彼女はあっという間にそのっちとも仲良しになり、衝突は一切起きていない。
親友同士を天秤にかけるつもりはないけれど、友奈ちゃんの想いが見えたような気がして嬉しかったのも事実だった。
「もう家の前かー、東郷さんと話してると時間があっという間に過ぎちゃうね。時間怪盗東郷さんだね!」
「そこで泥棒って言わない辺りが友奈ちゃんらしいわね。それじゃあ、また明日…?」
まだ、ある。
それに気づいたのは友奈ちゃんが漸く松葉杖も取れて、私と歩んでいけるようになった頃だ。
友奈ちゃんの部屋へ招かれて結城家にやって来た時、玄関先に邪魔にならないよう畳まれた車椅子があった。
松葉杖はもう返してしまったのに、車椅子だけが残っている。安いものではないけれど、勿体ないと残すものでもない。
とは言え、まだ治ったばかりで不安もあるだろうし、おばさんたちの気持ちもあろうと、私は深く突っ込まなかった。
「ねえ、友奈ちゃん」
「ん?どうしたの、東郷さん」
それからずっと。2人で歩けるようになってからも、そのっちがやって来てからも、勇者部が6人になってからも。
車椅子は友奈ちゃんの家の玄関にあった。埃を被る様子もなく、されど使われた形跡もなく。いつまでも。
それに真正面から切り込むことは何故か気が引けた。
何かを問いかけたまま固まる私の前で、ついと友奈ちゃんの目が車椅子を捉える。
「―――東郷さん、私は平気だよ」
「え」
「東郷さんがどれだけ他の人と仲良くしても、私の知らない東郷さんが居るとしても、平気なんだよ。
一番近かったことを覚えてるから。絶対に忘れないから。だから、何があっても平気」
友奈ちゃんの目が私の目をまっすぐに射抜く。
その奥に何か、正体の知れない炎のようなものが見えた気がした。
またね、と言って友奈ちゃんが手を振る。
私は手をぎこちなく振り返し、ひょこひょこと自分の家へと戻り、玄関を閉めて、弾かれたように自分の部屋へ駆け込んだ。
「うぅ…うっ、う…う…ひっく…友奈ちゃん…」
どうして私は泣いているんだろう。
自分の知らない友奈ちゃんを見そうで怖かったのか。彼女の中にも闇があるかもと疑って怯えたのか。
違う、そうじゃない。
「う、ひぅ…ぐすっ…嬉しい…友奈ちゃん、嬉しいよ…ひっく…大好き…!」
友奈ちゃんも私のことを強く想ってくれている。
いつも感じているはずのことなのに、特別深く表されたのが、文字通り涙ぐむほどに私は嬉しかったんだ。
他の人なら引くかも知れない。想いの深さに戦慄するかも知れない。そんな気持ちを受け止められる。嬉しく思える。
そのことに歓喜を覚えながら、私は止まらない涙をそのままに笑った。声を出さないように、口元だけで。
きっと明日もいい日になる、そう信じながら。
―――その日、こんな夢を見た。
もう私の足はすっかり治っているのだけど、何故か友奈ちゃんに車椅子を押されている夢。
とても景色の良い丘まで来たら、今度は交代して私が友奈ちゃんを車椅子で押す。
とても幸せな夢だと思った。とても狂った夢だとも思った。それで構わないとも思った。
明日も私たちは2人並んで、自分の足で歩いていくだろう。絶対に消えない銀の椅子を挟んだ日々、その先を2人で。
最終更新:2015年03月27日 10:29