例えば、あなたに妹が―――何に変えても惜しくない、目に入れても痛くないほど可愛い妹がいるとしよう。
姉として、家族として、亡くなった良心の代わりとして愛情を持って育てて来て、大変に仲も良好であると仮定しよう。
そんな妹が、愛らしい容姿と相反するのに不思議と似合っている下着姿で視界をウロウロしているとしたら、あなたならどうする?
「樹…だらしない格好しないの。そういうことしてたら、いざという時に癖になって出るわよ」
「お姉ちゃんの前以外では、こんなことしないもん」
そう言ってクスクスと笑う最愛の妹、樹の様子はまるで小悪魔。
ほんの数か月前までは大人しく、自分を出すのが苦手な奥手な女の子だった。
お姉ちゃんお姉ちゃんと後ろを付いて来てくれるのは嬉しかったけど、アタシにすら何処か遠慮があった。
けれど、勇者としての日々は彼女に自信と夢を与え、仲間と駆け抜けた過酷な戦いが彼女を成長させた。
うん、急激に成長させ過ぎたのかも知れない。
「お姉ちゃん、この下着どう?可愛くない?」
そう言ってこう、色々と見えちゃいそうな下着をこっそり買っておきながらわざわざ見せに来るとか。
「お姉ちゃん、何だか眠れないの…一緒に寝てもいい?」
その下着姿のまま、パジャマを着ずにベッドの中にもぐりこんで来たり。
「お姉ちゃん…ん、お姉ちゃん…好き…大好きぃ…」
隣で眠っている時に、明らかにもぞもぞしながらアタシのことを呼んでみたり。
一言で言うなら、めっちゃ迫られている。それも、樹から手を出すのではなく、アタシに手を出させようとしている。
そして、一番の問題は…家族、同性である妹に迫られて、アタシがめっちゃ揺らいでいるという事実なのだ。
「仕方ないじゃない、どれだけ樹のことが大切なのか思い知っちゃったんだし」
誰にも傷つけさせたくない。触れさせるなんて以ての外。あの子の為なら何を捨てても、壊しても良心なんて痛まない。
どちらかというと、アタシは良識派を自認していた(夏凜に言ったら「はあ?」とか言われた。おのれ、にぼっしー)。
そんな自分の中にある、強烈な独占欲と激しい愛情。そして、世話をする側と思っていた相手への依存心。
自覚してしまったそれらはアタシの中で日に日に大きくなり、樹の猛攻の度にアタシの中でこう囁くのだ。
『樹の方から誘ってるんだからOKだって』『神世紀に姉妹愛とか普通普通』『我慢は体に悪いよ、性的な意味で』。
ええい、うるさいうるさい、煩悩どもめ!
きっと樹も、一番近くにいる同性への憧れをこじらせているだけなのだ。
ほら、アタシって女子力満載だし。同性まで狂わせてしまうなんて正に魔性のバディ!
…いや、ふざけている場合じゃない。とにかく、樹には真っ当な道を歩ませないと良心に顔向けできないというものだ。
「お姉ちゃん、今夜も一緒に寝ていいかな?」
こくり、こくりとペットボトルから水を飲む仕草に目が釘づけになる。
艶めかしくも小さな喉が上下するのが、何だかひどく扇情的に見える。ヤバい、絶対にヤバい。
「…ちゃんとパジャマを着るなら、赦す」
「パジャマを着てないと、お姉ちゃんはどうなっちゃうの?」
「か、からかうのはよしなさい!これは教育!そう、当たり前の教育よ!」
「くすっ、はーい」
よくよく考えてみれば、そもそも一緒に寝るのを断っても良かったのでは、と気付いても後の祭り。
交渉は無茶な条件を出して段々現実に近づけていくのが基本というが、まさかこれはそういう高等テクニックだろうか。
いやまあ、仮に断っても夜中に下着姿で襲撃してくるのが目に見えているけど。
「お姉ちゃんの腕枕、好きだなあ」
最初は枕を抱いてベッドにやって来た樹だけど、今は完全に私の腕枕を期待して何も持たずにやって来る。
樹の頭を小さくて、軽くて、一晩中腕枕をしていても痺れたりしない。それがまた可愛くてアタシの中の獣を騒がせる。
何より、腕枕をしてしまうと樹に背を向けて寝るというのが出来ない。そっと寄り添われたまま一晩を過ごすことになる。
今日こそ、今日こそビシッと言わねば!姉として憧れてくれるのは嬉しいけど、ごく普通の女の子としての道に戻さねば!
「ねえ、樹。もうこういうことはやめなさい」
「こういうことって?普通の仲良し姉妹なら、これくらいするよ」
「うぐっ、そうかも知れないけど…か、からかうような真似はやめろって話よ。
いい?アタシとあんたは姉妹、どれだけ仲良くても同性の家族なの」
「うん、解った」
「いやね、樹が簡単には納得できないのは解るんだけど…何ですとっ!?」
本当にあっさりと、樹はアタシの言葉にうなずいて見せた。
いや、何かの罠では?と疑うアタシの前で、樹は腕枕から頭を離して身を起こす。
「もう、こういうことは全部やめるね。ごめんね、お姉ちゃん。もう絶対にこんなことしないから」
「え、あの、ちょっと、樹?樹さん?」
「そうだよね、こういうのって好きになった男の子相手にするべきだよね。実は今日もね、ラブレター、貰っちゃったんだ」
何ですと!?アタシ、聞いてない!
思わず体を起こしかけるアタシに、樹がクスクスと笑いながら言う。
「よく知らない人だけど、付き合い始めたら好きになれるかな。そうしたら、お姉ちゃんは安心なんだよね」
部屋の中が暗いせいで、樹の顔がよく見えない。白い歯だけが、闇の中で笑みを形造る。
樹が、アタシのよく知らない男の前で、下着姿でうろついたり、抱き付いたり、誘うような真似をする?
「そ、そんなのダメ!ダメよ!あ、あんたね、まだ中学生でしょ!不純異性交遊、ダメ、絶対!」
「お姉ちゃんはワガママだね。だって、お姉ちゃんが言ったんだよ。お姉ちゃんとは絶対にそういうことにならないって」
樹が、はらりとパジャマの前をはだける。白い白い肌が目に焼き付いて。大人っぽい下着が色香を放って。
「今なら―――ずっと、お姉ちゃんだけのモノに出来るのにね?」
プツンと、頭の中で太い何かが切れる感覚があって。
アタシは樹の頭を掻き抱くと、そのままベッドに引きずり倒し、覆い被さる。
誰にも、誰にも触らせない。樹はアタシが守る。樹はアタシの妹だ。アタシのモノだ。
「いいよ、お姉ちゃん」
樹が、あの小悪魔のような笑みではない…ずっと一緒に過ごす中で見て来た、素朴な笑顔で言う。
かくして、アタシはまんまと樹の猛攻の前に敗北し―――家族として、姉としての一線を自らの意思で逸脱した。
本当に、自らの意思で。その問いかけに、もう意味はない。
おまけ
「―――と、言う訳で無事に初めてを終えました」
「流石ね、樹ちゃん。正直もう少しかかるかと思っていたんだけど、これで免許皆伝よ」
「何の免許よ、何の」
今、勇者部の部室に居るのは3人だけ。私、東郷、そして風との赤裸々な体験を語る樹。
友奈と園子は他の部活の手伝いに行っており、風は―――やらかし過ぎてベッドから出てこれなかったらしい。
「風先輩、きっと今は保護者失格だとか、姉として最低だとか思い込んでしまってるのね。
きちんとフォローしてあげてね?友奈ちゃんもしばらくはそんな風に思いつめたもの」
「大丈夫です!体で慰めて溺れさせてあげればいいんですよね!」
「おい、もうちょっと遠慮なさい、中学生女子ども」
樹が東郷にいろいろと熱心に指導を受け始めて数日。風の様子が見る間に怪しくなったと思ったら、昨日見事に陥落したらしい。
似たような光景を友奈の時に一度見ているだけに、数日後にはむしろ今まで以上に活力に溢れているのが解っている。
だから私は、勇者部の最後に残った良心としてため息を吐いてみせるのだ。
「ただいま~」
「お帰りなさい、そのっち。早かったわね」
「実はね~、借りたアパートに欠陥が見つかったらしくて、しばらく荷物をまとめて何処かに行かなきゃダメなんだよ~」
「大丈夫なの、それ?」
「うん、私の部屋じゃないから家具とかは置いていっていいんだけど、騒音がねー、凄いらしくて~」
てっきり東郷の部屋に行くものと思っていたら、何故か園子は私の方をジッと見つめてくる。
「な、何よ」
「にぼっしー、親切なにぼっしーさん、泊めて~」
「何で!?東郷頼ればいいでしょ!?」
「新婚婦婦の家に上がり込むほど、私は野暮じゃないよー?」
いやいや、別に結婚してないでしょうが!
まあ数日という話だし、いろいろ話してみたいこと、聞いてみたいこともあった。
いい機会だと思って泊めてやるか、と私は決める。
「仕方ないわね、私の生活のトレーニングの邪魔とかしないでよ」
「うん、しないよ~」
一瞬、東郷、樹、園子が顔を見合わせてニヤリと笑った気がした。
酷く嫌な予感がしたけど、きっと気のせいだろう。
―――当然、私はこの夜から始まる猛攻のことを、まだ知らない。
最終更新:2015年03月30日 10:11