7・972

 ―――友奈が車椅子に東郷を乗せていた。
 それはほんの少し前までなら当たり前の光景だった。けれど満開の後遺症がすべて解決した今はそうじゃない。
 2人は車椅子を挟んだ関係を逆転させて、やがてそれも乗り越えて2本の足で並んで歩いて行けるようになったはずだ。
 何か大きな怪我をした?いや、昨日の勇者部ではそんな素振りは無かったし、帰り道に何かあったならこんなところに居ないだろう。
 そう、わざわざ隣町の服屋さんになんて。

「あんたら、何してるの?」
「わぁっ!?ふ、ふふ、風先輩!?」
「ど、どうしてここに!?」
「いや、樹のお気に入りの下着、この店にしか売ってないから…で、それ何?」
「そ、そのぅ、交流の一環と言いますか…風先輩、今日は何の日か解りますか?」

 今日は―――3月31日。3月も今日で終わりだ。それがどうかしたのだろうか。

「今日と昨日は、ちょうど私と東郷さんの誕生日の中間なんですよ」
「そう言えばそうね。でも、誕生日ならまだしも中間日を気にしてるとか…あんたららしいか」
「それで、誕生日のはお互いにプレゼント送り合うけれど、真ん中の日は互いにプレゼントを贈ったら素敵だねって話になって」
「新婚夫婦か、あんたらは」
「それでその、私は友奈ちゃんに“久しぶりに車椅子を挟んだ特別な関係を思い出してみたいな”と…」

 普通なら不謹慎だと思うところだが、この2人は互いの車椅子を押し合った仲だ。
 それも、世界の命運をかけた大事件を挟んでの関係である…そこに特別な絆があるのは当然とも言えた。

「でも、それって東郷へのプレゼントよね?友奈へのプレゼントは?ああ、それで服買いに来たの?」
「いえ、その…東郷さんの車椅子時代って、試着とか常に手伝ってたんですよ。狭い部屋の中で互いの肌が密着して…」
「も、もう、友奈ちゃん、恥ずかしいわ」
「要するに車椅子プレイと試着室プレイしに来たんかい!マニアックすぎるでしょ、あんたら!」

 私の叫びを聞いて、店員さんがギョッとした顔をする。
 私たちは慌てて店を出た。東郷、そんな恨めしい目で見られても困る。

「わざわざ知り合いの少ない隣町までやって来たというのに…」
「あんた達のその情熱は素直に凄いと思うな、アタシ」
「仕方ないよ、東郷さん。車椅子はまだしも試着室はお店の迷惑になっちゃうかもだし。私、飲み物買ってくるね!」

 友奈が飲み物を買いに近くのフレッシュジュース屋へと走る。
 東郷も友奈の言葉で落ち着いたのか、もう暗い目をしていなかった。

「あー…アタシは眼しかやったことないから正確には解んないんだけどさ。やっぱり車椅子時代って大変だった訳でしょ?
 アタシも友奈ほどじゃないけど東郷の手伝いしたりしたし。それでも、戻ってみたいって気持ちになる?」

 漫画やアニメなんかだと、これからは一緒に並んで行けるね!車椅子なんてもういらない!って感じになりそうなもんだけど。
 それに、歩けるようになってからの2人の仲睦まじさは、以前より増していることはあっても何か変化したようには見えない。

「…先輩、私の中の“鷲尾須美”の記憶が戻ったことをご存知ですよね」
「え、ああ、うん。園子たちと一緒にバーテックスと戦った、先代勇者としての記憶でしょ?」
「記憶喪失の人は、元の記憶が戻ったらその間の記憶を忘れてしまうことがあるそうですね」

 急に東郷が呟いた言葉にゾクリとする。
 もしそんなことになったら…勇者部の日々を、東郷が忘れてしまったら。

「大丈夫ですよ、私はどちらも覚えています。きちんと記憶も人格も統合されました」
「お、脅かさないでよ。アタシ、そういうの弱いんだからさ」
「けれど、友奈ちゃんと過ごした日々が薄れてしまうんじゃないかという怖さがあって…。
 こんなことをしました。あまり褒められたことでないのは解っていたんですけど」

 確かに、園子と接している時の東郷を見ていると、ふと2年間一緒に過ごしたはずなのに見知らぬ一面を見ている気になったりした。
 アタシも戸惑うことがあったけど、誰より不安に思っていたのは東郷だったんだ。

「あのね、互いの誕生日だけじゃなくて、真ん中の日まで祝いだす関係よ?こんな強烈なの絶対忘れたり薄れたりしないわ。
 ぶっちゃけ、アタシが社会に出てからもきっとこの日のインパクトは忘れられないわね…だから、大丈夫よ」
「風先輩…」

 アタシはもう、これ以上は2人の傍に居られない。
 これからも付き合いは続くだろうけど、今までよりは確実に密さは減っていく。
 そんなアタシから2人への言葉…中間日のプレゼントになっただろうか。

「ただいまー!人気店だったから時間かかっちゃった!」
「ありがとう、友奈ちゃん…それとありがとうございます、風先輩」
「いいってことよ。偉大なる勇者部部長様の言葉、胸に刻みたまえ!」
「え?なになに、何があったの?教えて、東郷さん!」

 そこ、何でアタシに聞かないかな。
 何も言っていないのに3人分買って来てくれた友奈からジュースを受け取り、じゃれ合う2人を見つめながら啜る。
 勇者部は大丈夫だ。ちょっとだけ不安にもなるけど大丈夫。アタシはそう確信した。
 ―――ただし、周りを巻き込むプレイは程々に。
最終更新:2015年03月31日 09:38