8・55

 ―――最近の友奈ちゃんの眠りは、とても深い。
 慣れない車椅子での生活、少しずつしか回復しない体の機能、勉学の遅れ。
 疲れてしまうのも当然で、勇者部の活動中にうつらうつらしていることも珍しくない。

「んっ…ちゅっ…くちゅ…」

 だから、友奈ちゃんは私が何をしても―――絶対に起きることはない。
 つぅと唇の間に銀の橋がかかり、眠っているのに友奈ちゃんの頬はほんのり染まって息も上がっている。
 その姿を堪能してから…私は、今日も友奈ちゃんを起こす。

「ん…おはよう、東郷さん…」
「おはよう、友奈ちゃん。今日も一日、頑張ろうね」

 何事もなかったように振る舞う私の中で、恥じらいと罪悪感が欲望に勝てなくなったのはいつからだろう。


「ん~…」
「どうしたの、友奈ちゃん」
「あ、うん。最近東郷さんに起こしてもらう前にね、必ず同じ夢を見るの。
 何だかすごくあったかいものにぎゅってされて、安心するような息苦しいような夢」

 登校中、友奈ちゃんがそんなことを言いだした。
 気付いているのか、と一瞬思ったけど友奈ちゃんならこんな婉曲な聞き方はしないだろう。

「私は、夢には詳しくないから。アルファー波が出ているというのは知ってるけど」
「東郷さん本当にアルファー波好きだねえ。樹ちゃんにでも聞いてみようかな、夢占いみたいな」

 息苦しさと同時に、安心も感じてくれている。
 そのことが何だか嬉しくて、私は車椅子を押す手に力がこもるのを感じた。
 今日も、いい日になりそうだ。


 ―――最初に口づけしたのは不安からだった。
 友奈ちゃんを私が起こす習慣が復活して、毎朝彼女の元を訪れて。
 たまたまリハビリ等で疲れ切って、友奈ちゃんがなかなか起きない朝があった。
 それだけで、私はまた友奈ちゃんが“向こう側”に行ってしまうんじゃないかとパニックを起こして。
 置いていかないで、目を覚ましてと半分目に涙を溜めながら口づけをしていた。

「ん…あっ…」

 ぴくん、ぴくんと友奈ちゃんの体が小さく動く。起きてる。眠っているだけで目覚めている。
 そう確認できた時、私の中でもう一つの朝の習慣が生まれたのだ。
 いずれ友奈ちゃんも回復して、眠りも元の通りの深さになり、この風習も消えていくだろう。
 それまでは―――友奈ちゃんの唇は、私のモノだ。
 向こうで他の友達と話している友奈ちゃん。その口元を見つめて、私はそっと隠した手のひらの内側で笑った。


おまけ

「―――ていう夢を毎朝見るんだ。樹ちゃん、これって何か意味あるのかな?」
「そそそ、そうですね、ゆゆ、夢占いだと、えっと、その」
「樹、何動揺してるのよ。しかし、友奈も見てたのねー、その夢」

 放課後、勇者部にて。赤くなったり青くなったりで忙しい樹ちゃんに代わり、風先輩が語りだす。

「なんかあったかいものにこう、顔を包まれてるみたいな感じなのよね。安心するけど、ちょっと息苦しい的な」
「ですよね!勇者部の部員が同じ夢を見るなんて…そう言えば前にもそんなことが!」
「無い無い。関係ない。大体、私たちは見てないじゃないの。風、他になんかその夢見る時の兆候みたいなのは無いの?」
「兆候ね…あ、後からだけど、その夢を見るときは樹が私より珍しく早起きしてることが多いわ!」
「関係あるか、そんなもん!」

 夏凜ちゃんはそう言うけれど、樹ちゃんはもう倒れてしまいそうなくらいに動揺している。
 後で動揺を表情に出さないようにするのコツを教えてあげようと、私は決めたのだった。
最終更新:2015年04月02日 07:45