「あれ?東郷さん、なんか変な依頼が来てるよ」
「変な依頼?また友奈ちゃんのことを紹介してくれとかそういう類かしら」
「そういう依頼って、何故か同じ相手が二度と送って来ることないのよね…東郷、あんた」
「なあに、夏凜ちゃん?」
「な、なんでもない。というか変な依頼って…なに、これ?」
確かにそれは、なかなか目にしないような内容の依頼だった。
『ひな祭りのお手伝いをお願いします』…3月3日はとうに過ぎている。
「ひな人形の片づけを頼むとか、そういうことでしょうか?」
「でも、それなら少しでも早く頼みそうだよね?これ、指定日は4月3日だよ」
「悪戯じゃないの?」
「そうとも限らないわよ?今年初めて女の子が生まれて、いざ祝ってみたら大変だったから来年は楽を…」
「ふふっ、みんな。4月3日にひな祭りをお祝いするのは、そう不思議なことじゃないのよ」
みんながきょとんとした顔でこちらを見る。
それも仕方ないだろう。かつては日本の風土に合った風習だったが、今や完全に慣習化して、それも廃れかけている。
「昔は東北、寒かった地方では桃の花が咲く季節が遅れるでしょう?ひな祭りもそれに合わせて4月3日に行っていたの」
「へー。でも、四国ではほとんど時間差なく桃の花って咲くよね?」
「そうね、だからこれは300年前の風習の再現だと思うわ。幸い、桃自体は品種改良などで4月にも見れるしね」
「流石は雑学王東郷…地理の話はどーも苦手なのよね。
日本がこう、タツノオトシゴみたいな形してたーとか言われても想像できないって言うか」
外の世界はウィルスによって滅亡した。だから旧国土は壁の向こうにそのまま残っている。普通の人はそう思っている。
けれど、私たちは知っている。もう四国以外の土地は何処にも存在しない。バーテックスの手で消滅してしまっているのだ。
こういった地方の風習が残っているのを見ると嬉しくなる半面、もう二度とそれが復権することもないのだと寂しくもなる。
結局依頼は快く受けることにして、その日は解散となった。
※
「それにしても、昔は日本のあちこちで日をずらしてお祭りが行われてたんだねえ。何だか想像できないや」
「文献を調べてみると不思議なお祭りが沢山あったみたいで面白いわよ。ついたお餅をみんなでバカにするお祭りとか」
「そ、それは個性的だね…でも、ひな祭りをもう一回やれるのって何だかお得だよね。楽しいし!そうだ!」
友奈ちゃんが何かを思いついたようで、ニコニコ笑いながら私の手を取る。
「東郷さん!お手伝いだけじゃなくて、私たちも4月3日にもう一回ひな祭りしようよ!桃を飾ってー、菱餅食べて!」
「なるほど、文化の保全は勇者の務めということね。流石は友奈ちゃん」
「…うん、そこまで考えてたよ!ホント!」
300年が過ぎた今もその風習を続けている依頼人も、私たちの世代がそれを残してくれれば嬉しいのではないか。
国土は取り戻せないかも知れないが、文化は守っていける。これも一つの国防と言えるだろう。
「それに、この調子でいけば…ふふふ」
「どうしたの友奈ちゃん、ちょっと怪しい笑い方だわ」
「だって、他のお祭りも日にちがちょっとズレてるんでしょ?それも全部やっていくなら、毎日がお祭りみたいになるよ!」
「そう、友奈ちゃんはそんなに開始一分で終わるお祭りを年二回やってみたいのね?」
「そ、そんなお祭りもあるんだ…それに、ね」
友奈ちゃんが、取った手を私の目線まであげて言う。
「東郷さんと過ごせる、特別な時間が増えるもん!」
「―――」
「東郷さん?なに、固まってる?東郷さーん?」
「―――友奈ちゃん、私、日本中のあらゆるお祭りを調べつくしてみせるわ」
「え、ええ!?そこまでしたら大変だよ!」
笑いながら家路に着く私たちの間に、風で飛ばされた桃の花びらが舞う。
とりあえずは、ひな祭りから…女の子のお祭りから始めよう。私と友奈ちゃんの、特別な時間を。
最終更新:2015年04月03日 10:08