「それじゃあ、友奈ちゃん。今日も始めましょうか?」
「う、うん、いつもありがとう、東郷さん」
そう言って東郷さんは我慢できないというように、私の首筋に唇を当ててくる。
もう何度も何度も体を重ねて、東郷さんに触れられていない部分なんて無いのに、それでも始めに触れられる時は緊張する。
「友奈ちゃん、悪い子だわ。こんなに悪い子が勇者なんて名乗っていいの?」
「は…ぅっ…ご、ごめんなさい、東郷さん…///」
「いいの、いいのよ友奈ちゃん。私も一緒だもの。とても罪深いの。だからね…一緒に、堕ちよう?」
耳にくちゅりと東郷さんの舌が挿し入れられる。
ビクリと体を跳ねさせながら、私は東郷さんの温もりと、何だか泣きたくなるような気持ちを同時に感じていた。
『結城友奈は罪人になる』
東郷さんの様子がおかしい、そう気付いたのは車椅子を使ってなら学校に行ってもいいと許可を貰った頃だった。
バーテックスとの戦い、その中で繰り返した満開と散華の代償はゆっくりと回復し始めている。
いずれは再び2本の足で立って、東郷さんと並んで歩くこともできるようになるだろう。
一度だって苦に感じたことはないけれど、それでも出会った時から目線の違った東郷さんと同じ高さを共有できる。
そんな未来を能天気に夢見ていた私でも、流石に車椅子を毎日押して貰っていれば察することもある。
「東郷さん、どうかした?疲れちゃったなら、少し休もうよ」
「え?あ、ああ、違うの。友奈ちゃん、違うのよ。大丈夫、ちゃんとやれるわ」
以前とは逆で、今は東郷さんが私の車椅子を押したり、日常の手伝いをしてくれている。
申し訳なさは勿論あるんだけど、東郷さんとの距離が前よりも縮まった気もして嬉しくも思ってしまう私が居る。
けれど、東郷さんの方は違うようで、私の車椅子を押していると、楽しくお喋りしていても急に黙り込んでしまったりするのだ。
そして、正気付くと今までよりも一層献身的にお世話をしてくれる。ううん、献身的と言うより…自罰的なくらいに。
―――そんなある日、私は東郷さんの本音を聞いてしまったのだ。
「東郷さん、これってどういう風に…あ」
「…くぅ…すぅ…」
勇者部の部室で、2人で折り紙をしていた時。東郷さんは日々の疲れからから机に伏すようにして眠ってしまっていた。
大丈夫かな、苦しくないかな、起こした方がいいのかな…考えている内に、東郷さんの口から苦しげな声が漏れ始めた。
「うぅ…友奈ちゃん…」
「私…東郷さん?」
寝ている人に話しかけるのは駄目と聞いたことがあった気もするけど、流石に放っておけない。
東郷さんの手を握って、出来るだけ優しく語り掛ける。
「東郷さん、大丈夫だよ。ちゃんと居るよ。私が居るからね?」
「友奈ちゃん…」
「うん、友奈だよ。東郷さんの一番の―――」
東郷さんの顔が、一層苦しげに歪んだ。
それを見て、思わず私は硬直してしまう。私が声をかければ落ち着くと、勝手に思い込んでいたのだ。
「友奈ちゃん…ごめんなさい…ごめんなさい…私のせいで…私の、せいで…」
「ち、違う!違うよ、東郷さん!東郷さんのせいじゃ…」
「私…罪深い…友奈ちゃんの…綺麗な友奈ちゃんの傍に…こんな…こんな私は…っ!?」
東郷さんが、自分の寝言で眠りから醒める。
そろそろ寒くなってきているのに、全身は汗でぐっしょりと濡れていて、こんな時なのに色っぽく見えた。
ぎちり、と東郷さんが機械的に首を曲げて、私の方へと顔を向ける。
「友奈ちゃん、私…何か、言った?」
「…う、ううん、苦しそうだったから、手を握ったんだけど。ダメだった?」
「いいえ、ありがとう、友奈ちゃん。悪い夢を見てたの。きっと目が醒めたのは友奈ちゃんのお陰ね」
咄嗟に誤魔化してしまった。それくらい、東郷さんの顔は憔悴していた。
本当のことを言ったら、壊れてしまうんじゃないかと不安になるほどに。
そして、その憔悴の一因は私にあるらしい…そのことが、まるで大きな楔のように胸に突き刺さった。
※
東郷さんは昔、園子ちゃんたちと一緒に先代の勇者として戦っていた。
その時に大切なお友達を無くし、掛け替えない記憶をすべて失って、再度の喪失の予感に怯えて神樹様を破壊しようとした。
これらは全部、東郷さん自身から聞いた話だ。これを聞いた時は東郷さんは落ち着いているように見えた。
けど、あまりにも多くを背負い、背負わされた東郷さんは、思い出した記憶の分も併せた罪の重責にじわじわと蝕まれていった。
そして、私の世話をする内に…私の足が動かないのは自分のせいだと思い込む内に、遂に限界を迎えてしまったようだ。
「東郷さんが悪いんじゃないのに…東郷さんは罪深くなんて、無いのに」
けれど私がそれを心から説いても、今の東郷さんに受け入れて貰えるかは難しい。
何しろ私が原因の1つなのだ。私が気を使って言っていると思えば、ますます悪化しかねない。
けれど、このままずっと一緒に居続ければ、東郷さんが私の存在に耐えられなくなってしまうかも知れない。
東郷さんと、離れ離れになる?東郷さんに避けられる?想像しただけで全身の血が凍り付きそうな寒さを感じる。
勇者部五箇条に従って相談しようにも、勇者部のみんなは例外なく東郷さんの罪悪感の対象なのだ。
『綺麗な友奈ちゃんの傍に…こんな…こんな私は…っ!』
綺麗な私。罪深くない私。
そんなことはない。私だって清廉潔白なんかじゃない。
東郷さんが一番辛い時に傍にいてあげられなかった。東郷さんが大変なお世話をしてくれている時に能天気に喜んでいた。
東郷さんが罪人なら、私だって負けず劣らず汚れている。
「…そうか、綺麗じゃなくなればいいんだ」
自分で口にした言葉にゴクリと息を呑む。
東郷さんの為を口にしながら、今からやろうとしていることは自分の欲望交じりじゃないだろうか?
そう自問したけど、私はすぐに思い直した。
それならそれでいいんだ。私は、綺麗なんかじゃないんだから。
※
何度も、何度も深呼吸する。これを送ったら後戻りができなくなる。東郷さんに軽蔑されてしまう可能性も低くない。
けれど、もう覚悟は決まっていて―――私の指が震えながら送信ボタンを押した。
送ってしまえば、後は何だか気が抜けるくらいに気持ちが楽になって。
すぐに東郷さんに『ごめん、間違えた!そのメッセージは気にしないでね』と送る。
どれくらいで東郷さんは来てくれるかなと思っていたら、ほんの3分で私の部屋までやって来てくれた。流石は東郷さん。
「友奈ちゃん、このメールは何?」
「だ、だから間違いメールだよ。気にしないで。お、おふざけだから!」
「へえ、おふざけなの。私にはとてもそうは見えないのだけど」
当たり前だ。遊びなんかの訳がない。本気の本気。
わざわざ東郷さんには内緒で園子ちゃんの添削まで受けた(園子ちゃんに凄く困った顔をさせてしまった、本当にごめん)。
そのメールには、ありとあらゆるいやらしい内容が書き込まれている。普通の中学生なら絶対に目を背ける淫蕩な内容だ。
私が、東郷さんにどれだけ暗い欲望を抱いていたか。毎晩、妄想の中で東郷さんの尊厳を奪い尽くして陵辱しているか。
それを赤裸々に書いた―――本気の嘘。
「これを、誰に送ろうとしてたの?」
「だ、誰にって、じ、自分が楽しむようだから人に見せたり…あっ!?」
劇だって何度かやっているのに、自分の大根役者ぶりが嫌になる。気付かれたら何もかも終わりなのに。
「そう、毎晩こうやって、1人で私のことを考えて…想像の中の私を嬲って…お楽しみだったという訳ね?」
「ご、ごめんなさい!東郷さん、本当にごめん!赦して、嫌いにならないで!もう2度としないから!
直せって言うところは全部直す!東郷さんの嫌がることは絶対にしない!だから嫌わないでぇ…!」
すがるように叫ぶ言葉、これは本気だ。東郷さんと離れるなんてゾッとする。
高校に行って、大学に行って、就職して。どこかで東郷さんと切れてしまったらと思うだけで、私の視界は真っ暗闇だ。
「そう、そうなのね。私の望む友奈ちゃんになってくれるのね」
東郷さんの声にはっきりとした喜色が混じる。
私は、心底からホッとした。ちゃんと、東郷さんも私のことを好きで居てくれたんだ、と。
あくまで2人の間にあるのは友情で、こんなのは気持ち悪いと言われてしまう可能性だっていくらでもあった。
けど、もう大丈夫だ―――私は、賭けに勝った。
「友奈ちゃんには、ちょっとだけ幻滅したわ。清純で、貞淑で、何も知らない可愛い女の子だと思っていたのに」
「ごめんなさい、ごめんなさい東郷さん…東郷さんが、東郷さんが好き過ぎて」
「私のせいにするの?本当に悪い子ね…ふふ、嘘よ。幻滅したなんて嘘」
東郷さんがそっと、私の顎に手を当てて笑う。
今まで一度も見たことがない表情。あ、食べられると本能的に理解して、恐怖と歓喜が脊髄を走り回る。
「私が友奈ちゃんを嫌う訳ないわ。私もね、とても罪深いの…消せないくらい、罪悪塗れ。
けど、友奈ちゃんなら平気だよね?悪い子の友奈ちゃんになら、触れても構わないよね?」
「と、東郷さん…?」
「とりあえずはまず、ここに書かれていることを全部してみましょうか…ただし、されるのは友奈ちゃん」
足も自由に動かない私はあっさりと東郷さんにベッドに引きずり倒されて、そのまま乱暴に服を脱がされる。
メールの中にそう書かれていたからだ。東郷さんは一見暴走しているように見えて、気遣わしげな表情が何度も浮かぶ。
いいんだよ、東郷さん。私は綺麗なんかじゃないよ。だから、罪の意識なんていらないんだよ。遠慮なんてしないで。
「東郷さん、好き…」
誘うように手を伸ばす私。意図を理解したようで、東郷さんは笑いながら『私も好きよ』とキスをしてくれた。
―――メールの内容は嘘だけど、やっぱり私は悪い子だよ、東郷さん。
だって、大好きな東郷さんを騙しているのに、こんなに幸せなんだもん。
最終更新:2015年04月04日 08:00