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「諸君、今日は何の日か知ってるかね!」

 そんなことを叫びながら、既に勇者部OGとなった風がやって来たのは、新学期の新人勧誘の相談をしている時だった。

「あ、風先輩だ!急にどうしたんですか?」
「今日は何の日… 海軍少佐・伊佐武光の裏切りにより、サマン島が米軍の襲撃を受け、駐留日本軍が江田島平八を除き全滅…」
「東郷、ボケなくていいから。ていうか神世紀の子たちには解らないからそのネタ」
「え~と~…今日は、ヘアカットの日、横町の日、それにデビューの日だってー」

 そう言えば、テレビで見たことがあった気がする。
 西暦の時代の凄い野球選手がこの日にデビューしたことから、新人にエールを送る日になったとか、何とか。

「まさか、高校一年目の自分を勇者部をあげて応援しろとか言い出すんじゃないでしょうね?」
「あっはっは、無い無い!というか、そう言えばそうだったなって今思い出したわ」
「風先輩、それは少々まずい気もしますが…」
「とにかく!デビューと言えば樹!マイエンジェル樹のことよ!」

 今日も樹は部活に来ていない。春休みを利用して、歌手になる為の研修を受けているらしい。

「というか、まだデビューしてないじゃない」
「デビュー確実でしょ!だから先祝いしておくのよ。研修から今日、戻ってくるのよね…そこでサプライズよ!」
「それに私たちも巻き込もうってことですね!乗りました!」
「私も、友奈ちゃんがやるなら」
「私もわっしーがやるならー」

 …こうなると私のような常識人は、静止よりも敢えて飛び込んで暴走を防ぐのを選ぶ。
 取り敢えず、そっぽを向きながら手をあげておいた。

「取り敢えず夕飯は樹ちゃんの好きなものにして、新生活に役立ちそうなものをプレゼントするのはどうでしょうか」
「う~ん、それは勿論やるけど在り来たりねー。何かガツンと新しい日々を祝福する何かが欲しいわ!」
「は~い、それじゃあ姉妹から一歩進んで恋人にー、姉妹百合にー…むぐぅ」
「園子、ちょっと黙ってなさい」
「え?なになに、なんか言った?」

 とは言え、園子が言うことも一理はある。
 樹が一番喜ぶものは風絡みだろうし、一番新しい関係に踏み出したいと思っているのも風の事だろう。
 というか、このドシスコンは自分は樹の為なら大赦を襲撃しそうになる溺愛ぶりなのに、イマイチ樹からの気持ちを解ってない。

「そう言えば、樹ちゃんは研修先ではちゃんと朝起きられているんですか?」
「ん?そう言えば朝が辛い、遅刻しそうになったって毎日行ってるわね」
「これからは生活のリズムも変わるし、今回のように樹ちゃんが風先輩から離れたところに行く機会も増えていくでしょう。
 時間の厳守は社会の鉄則、ここは目覚まし時計を買うべきだと提案します」

 なるほど、それはいいかも知れない。けど、樹が普通の目覚ましですっきり起きられるだろうか?

「アラームを樹海化警報にしておくとか…アレ?こんな話、前にもしたような」
「さ、最近は好きな音を目覚ましの音に出来る時計もあるらしいからね~」

 何故か慌てた様子で話題を変えようとする園子。けど、その言葉でピンと来た。

「それなら、風が毎朝起こしてやればいいのよ」
「アタシ?いや、にぼっしー話聞いてた?これから離れる機会も増えるって話でね…」
「可哀想な子見る目をするな!聞いてたわよ、だから!園子の言うように録音とかできる目覚ましに風の声を入れればいいのよ」
「うん、にぼっしーは出来る子だってお姉さん解ってた」

 なんだろう、褒められてるのに全然嬉しくない。

「それじゃあアタシは、プレゼントと料理の準備をしてくるわ!では、後輩勇者たち、アデュー!」

 名は体を表すかの如く、風のように現れ風のように去って行った。
 何だか気が抜けてしまい、新人勧誘の相談もそこでお開きとなった。

「でも、大丈夫かなあ?」
「どうかしたの、友奈ちゃん」
「あ、いや。風先輩って樹ちゃん大好きだから。直接言うんじゃないなら―――」
「言うんじゃないなら、何よ?」

 意味深に言葉を区切った友奈が何を心配していたか、それは数日後に明らかになる。


「みなさん、助けてくださ~い…」

 目の下に隈を作った樹が相談してきたのは、新学期が始まって間もなくだった。

「お姉ちゃんから貰った目覚ましが…」
「風がなんか悪ふざけでもしたの?」
「悪ふざけというか…何度か変えてみて、一番効果のある音声にしてるんですけど…」

 そう言って樹は、わざわざ持ってきたらしい目覚まし時計を鞄から取り出し、針を進めて見せた。

『おはよう、樹。寝顔も可愛いけど、そろそろ元気に目を覚ました樹の顔が見てみたいな。
 朝、樹の顔を見れるのがアタシの喜びなのよ、大好きな樹の為なら一日頑張れるの。
 樹が立派な歌手としてデビューできるように、お姉ちゃん何でもしてあげるからね…?』

 ……これはまた、強烈な。

「お姉ちゃん、直接面と向かってじゃないから恥ずかしいメッセージも全然平気みたいで。
 全然慣れなくて、何時鳴るか、そろそろ鳴るか、何でもってどこまでOKなのかって、すごく早起きしちゃうんです…」
「普通、何度も聞いてれば耐性ができるものなのだけど…流石に隈ができるほどの早起きはやり過ぎね」
「これは、当人じゃない私でもちょっぴりゾクゾクするね~」
「貰ったばっかりなのに使わないのも悪いし、何よりお姉ちゃんの方がそれでも早起きだからこっそり使わないとすぐバレて…。
 涙目で『やっぱり気に入らなかったの?』って言われるんですよ!?助けてください~」
「…知らん」

 私はプイッと顔を背けて窓の外を見る。
 風が居なくなっても何となく6人体制のままのような気がすると、そんなことを思いながら
最終更新:2015年04月05日 09:48