「―――という訳で、我々勇者部6人で結婚が決まりました」
風先輩のいきなりの宣言に、流石に理解が追い付かない。
こういう時、一番に突っ込んでいく夏凜ちゃんも何故か静かに俯いたままだ。
「…風先輩、今日は4月1日じゃありませんよ?」
「解ってるっての!女の子同士!まだ中学生!しかも6人それぞれ他の5人がお嫁さん!これが事実とかどう説明すりゃいいのよ!」
「ええとね~、私たちは勇者システムの真実や~、世界の本当の姿について知ってる訳だけど~」
うがー!と叫び始めた風先輩に代わり、園ちゃんが説明してくれたところによると。
大赦はそういった世間に知られると混乱が起きそうな事実を知る人間は少なければ少ないほどいいと思っているらしい。
けれど、私たちは多感な少女。勇者部以外に深い関係を持つ男女が現れてポロリとそれを漏らされると困る。
まして、風先輩はこれから中学校を卒業して高校生になり、樹ちゃんは歌手になって、活動範囲が一気に広がる。
勇者部がまとまって互いに注意をしあえる期間は、思った以上に残されていないのだ。
「だから全員を恒久的に1つの場所、1つの集団に括る意味での結婚って訳よ…もう家族には話も通ってるって、あんの糞兄貴!!」
漸く口を開いた夏凜ちゃんも怒りの咆哮を上げ始め、結局2人が冷静になるまで10分くらいかかった。
勿論、いきなり聞かされた私たちの方の混乱は、それくらいで収まるはずがなくて。
「東郷さん、これって夢かな?ちょっとほっぺを引っ張ってくれない?」
「友奈ちゃん、少しだけ待ってもらえる?良い引き出物が決まりそうだから」
「凄く乗り気だ!?」
「東郷先輩、いいんですか!?何が悪いか具体的に言えませんけど、何だか納得いかないのに!」
「大赦が勝手なことを色々するのに、今更口を挟んでも変えられないのは知っているから。それに…」
東郷さんはカタログをパタリと閉じて、こちらを真剣な目で見つめてくる。
「見ず知らずの、向こうが選んだ男性や女性を宛がってくるよりはマシだと思うしね。大赦は断ったらそれくらいはしてくるわよ」
「うぐ…勇者に一度でもなった時点で、自由に結婚する権利も恋愛する権利もないってことだね…」
「そんなぁ…」
「樹、情けない声出さない!それにお姉ちゃんがお嫁さんで何か不満でもあるの!」
「友奈さん、ここは覚悟を決めましょう!私たち勇者部なら大丈夫!」
樹ちゃんまで向こう側に付いてしまった。
というか大赦から告げられた風先輩と夏凜ちゃんが複雑そうなのに、この場で聞かされた東郷さんと樹ちゃんがノリノリなのは一体。
園ちゃんはというと、ずっとニコニコしていて本音ではどう思っているのかよく解らない。
「まあ、流石に全員が16歳になるまでは婚約って形にしておいて、樹の16歳の誕生日に盛大に式をって感じみたい」
「盛大にやるんですか!?」
「後進の…いわゆる“明日の勇者”たちに見せるっていう意図もあるらしいからね~」
「でも、結婚…結婚かあ」
考えてみたことも無かった。確かにお嫁さんを綺麗だなあと思ったことくらいはあるけど、自分がしたいと思ったことはない。
それが突然、一番大切な人たちみんなと結婚することになるなんて…?
「あれ?よく考えたらそんなに不都合じゃない気もしてきたような?」
「流石ね、友奈ちゃん。自分の意思の介在しない強制的な決定という不満はあるけど、実は結構美味しいことも多いのよ」
「まあ、東郷は友奈と結婚出来るんだし不満ないだろうけど…。わ、私は、その…」
「あら、勿論友奈ちゃんと結婚できるのは嬉しいけど、私は夏凜ちゃんも好きよ?」
突然の東郷さんの告白に、夏凜ちゃんは不満顔から呆気にとられた顔に代わる。
「私が暴走した時、それを止める為に、私と友奈ちゃんを守る為に戦ってくれた姿は、今でも目に焼き付いているわ」
「ちょ、ちょっと、やめなさいよ!何よいきなり!?」
「うん、あの時の夏凜ちゃんはすごく格好良かったな。正直惚れ直しちゃったと言いますか」
「ゆ、友奈までぇ!?」
真っ赤になってうろたえる夏凜ちゃんに、そっと園ちゃんと犬吠埼姉妹が忍び寄る。
「にぼっしーは可愛いからねー。最初はミノさんを重ねてた部分もあったけど、今は貴女個人が魅力的だな~って思うよ?」
「随分対立したり迷惑もかけたけど、あんたのお蔭で間違いを起こさずに済んだしね。
またあんなことが無いように、一生傍で見ててくれる?」
「わ、私も、夏凜さんのことお姉ちゃんとは違う意味で素敵なお姉さんみたいだなって思ってて!」
「みんな、もう何なのよぉ…!特に風はさっきグダグダ言ってた癖にぃ…」
夏凜ちゃんはもう完全に“やられて”しまったようで、椅子に座り込んだまま3人から好き好き攻撃をされるがままだ。
「そう言えば、友奈ちゃんは樹ちゃんに結婚してと言っていたこともあったわね」
「だって、樹ちゃんって素敵だもん!そういう東郷さんこそ、風先輩と熟年夫婦みたいって言われてたよ」
「ふふ、そうだったかしら。確かに風先輩とは友奈ちゃんに負けないくらい長い付き合いだもの」
「こ、今度のターゲットはアタシ?お手柔らかに…」
「私のこと、真っ先に勇者部に受け入れてくれたよね~。すごく嬉しかったし、日常に戻れたんだなって泣きそうになったよ~」
さっきまでは夏凜ちゃんをぺたぺたしていた園ちゃんが、今度は風先輩に矛先を向ける。
樹ちゃんとちょっと焼け気味っぽい夏凜ちゃんもそこに続く。
「お姉ちゃんを一番最初に好きになったのは、私だから忘れないでよね!」
「そ、その、受け入れてくれたって意味では私も感謝してるわ…夕食もよく世話になるし、風のご飯なら毎日食べたいっていうか…」
「これ、何ていうの!?結構クるわね!女子力満開って感じ!」
「私も風先輩のこと大好きです!頼れるし、綺麗だし、私の憧れです!」
「ひゃわぁ!?ゆ、ゆーゆ!?」
風先輩への気持ちを伝えながら、私は園ちゃんに後ろから抱き付く。示し合わせたように、東郷さんが園ちゃんの前に回る。
「私たちが何も知らない時にも、園ちゃんはずっと戦っていてくれたんだよね?
感謝の気持ちと、それ以上にすごく尊敬する気持ちがあるんだ…風先輩にも負けないくらい」
「そのっちは、私が友奈ちゃんと居ると遠慮してあまり間に入って来ないんだもの…寂しかったのよ?
これからは、そんな心配もなくなるのね」
「わ、私、される側は!見るのは好きだけどされるのは慣れてないよ~!ふ、2人とも近い~!」
こうしてみると、私たちはちゃんと全員が全員に強い絆を感じてきたのかも知れない。
樹ちゃんが東郷さんによいお嫁さんになる方法を聞いて、夏凜ちゃんがふやけた園ちゃんをよしよししている。
「大赦の勝手な決定だけどさ、中身だけみればアタシは嫌じゃないと思う。そう思えたのはこうしてみんなで話しあえたからだけどね」
「風先輩…」
「結城友奈さん、アタシと結婚してくれますか?」
「そ、そんなイケメン顔で言われると困りますよぅ…よ、喜んで…」
「待って!流石に友奈ちゃんへのプロポーズは最初にやらせてもらわないと困ります!」
相談中の樹ちゃんを抱えて、東郷さんがこっちに駆け寄って来る。何故か園ちゃんの手を引いた夏凜ちゃんもだ。
「ちょっと待ったぁーっ!私だってね!友奈のことは好きだもの!というか、あんたも私のこと好きって言ったわよね!」
「ふふ、夏凜ちゃん。争い合う必要は本来ないけど、やっぱり“正妻枠”というのはハッキリした方がいいものね…」
「互いに愛を交わした少女同士が、別の少女への愛で対立する…これだよ!これがエンターティメントだよ~!」
「えぇと、友奈さん。お姉ちゃんともども、末永くよろしくお願いします!」
「樹ちゃん、抜け駆けとはやるね…」
この年で将来の大事なことを決めてしまう不安はあるし、それが自分で決断した結果でないことへの不満もある。
大赦には私たちに隠した意図があるんじゃ、と疑う気持ちも少しだけある。
けれど、勇者部のみんなとずっとずっと一緒にいられることを、祝福してもらえる喜びの方が今は強い。
「私は、結城友奈はみんなの勇者花嫁になる!」
「勇者…花嫁…」
「友奈さん、それはちょっと独特ですね」
「私は好きよ、友奈ちゃん!」
―――ここは讃州中学勇者部。誰かの役に立つことを勇んでやる、将来を約束された少女たちが集う場所。
「そう言えば、新入部員が入ったらどうするの?」
「………あ」
最終更新:2015年04月06日 08:43