8・190

「お花見…はあ、お花見…お花見ぃぃぃぃ…」
「うっさい!黙って手を動かしなさいよ!」

 今日は勇者部揃って花見に行く日…だったのだけど、私と風は部室で黙々と劇の小道具を作り続けている。
 勇者部で使うものなら多少は融通も効くのだけど、これは演劇部から助っ人を頼まれていたものだ。
 その納入の日付を、依頼を聞いた私が1日間違えていた。
 そして風は『1日あれば何とかなるなる!今は全力で花見を楽しむことを考えましょ!』と全く手を付けていなかった。
 他のみんな(私含む)は花見の前にきっちりと自分たちの担当分を終わらせており、結果こうして2人で延長戦となった。

「うぅ、にぼっしーがちゃんと予定確認しておかないから…」
「悪かったって言ってるでしょ!ていうか、何にもやってない風も風よ!」
「合格発表とか樹の世話とか忙しかったんだもん!花見で活力チャージして終わらせるつもりだったんだから!」

 もう何度繰り返したか解らない不毛なやり取り。どちらかというと私の非の方が大きい気がするので、あまり強くも出れない。
 みんなで手伝うという友奈たちの提案を、早目に行かないと場所がなくなると断ったのだが皆でやる方が早かっただろうか。

「大体、本業でない勇者部ですら基本は自作してるのに、小道具を本場の演劇部が外に頼るとは何事か!」
「(ついに依頼そのものに文句付け始めたわね…)」
「あーもう休憩!にぼっしー、なんか飲み物買ってきて!」
「自分で行きなさいよ…後、さっきから言おうと思ってたけど、にぼっしー言うな!」

 結局、ほんの少しの罪悪感には耐えられず飲み物を買いに部室を出る。
 春休み中の学校には、ほとんど人気はない。運動部が幾つか練習しているくらいだ。
 その運動部も3年生がごっそり減って何処となく寂しさを感じさせる(受験前には引退してるはずなので今更だけど)。

「…なんか、実感沸かないのよねえ」

 私たちは3年生になって、樹は2年生になって。
 次に勇者部として活動する時には、もう風はいない。
 ここだけの話、演劇部の依頼を聞いた時も小道具製作の上手かった先輩が卒業して…とか聞かされて風のことを思っていた。
 それで聞き間違えた、なんて言ったら絶対にからかわれるから言わないけどね。

「まあ、風の性格上、樹が心配でしょっちゅう顔出すだろうし、先輩面して新入部員の顔も見に来るだろうけど」

 でも、毎日じゃない。高校で友達が出来ればどんどん回数は減っていくだろう
 何だか急に眩暈がして、壁に寄り掛かってしまう。
 今生の別れでもないのに、ぽっかりと心に風穴を空けられたような気持ち。風だけに。いや、今のなし。

「いっそ、手、抜いちゃおうかしら」

 そうすれば、風と過ごす時間が増える。花見になれば、風はきっとハイテンションでみんなに均等に絡んでいく。
 私と2人きりで話すなんて、これっきりだったりして。
 …やめよう、何を考えてるんだ私は?まるで風がいなくなるのをさみしがってるみたいだ。
 勇者部の部員ともあろうものが、私欲の為に依頼に手を抜くなんて許されない。
 私欲。風と一緒にいることは、私の欲なのだろうか。

「やめ、やめ!絶対ろくでもない方向にしか行かない!」

 飲み物を買って部室に戻ると、風は窓を開いて外を眺めていた。休憩って言っても、少しくらいは手を動かして…。

「夏凜、ほら見て見て。校庭の桜はもう葉が混ざり始めてるけど、あっちの山の方」

 遠くに見えるのは満開の桜。ここからでもその美しさがはっきりと解る。
 今日の花見の舞台は名所と言われる公園らしいが、あれはそこに匹敵するのではないだろうか。

「ふふ、遠いからってちゃんと見える場所にあるのに、今まで気付かなかったなんてね」
「…手近なことでみんな精一杯なのよ」
「あっはっは、確かに!アタシも人のことは言えないか。でもね、遠くにあるものでもこうやって心に響くって、素敵じゃない?」

 遠くにあっても。わざわざ窓を開かないと解らないものでも。心に響く、ことはある。

「さて、にぼっしーと2人きりのお花見もオツなものだけど、やっぱりアタシたちが行かないと勇者部は始まらないわ。
 ささ、飲みながら最後のスパート!」
「ジュースこぼしてやり直し、とかやめてよね」

 不覚にも、気分がスッキリと楽になっていた。本当に悔しいけれど。
 離れていても、きっと窓を開く程度の気楽さで私たちはまたつながることが出来る…まあ、桜って感じではないけど。
 なんかムカついたので風の足を軽く蹴っ飛ばす。
 風はいきなりの私の行動に?マークを浮かべていたけれど、やがてニヤァと笑って私の隣に座って作業を続け出した。
 本当に―――腹の立つ先輩だ。窓の外を見つめながら私はそう思った。
最終更新:2015年04月07日 10:42