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「もう4月なのに寒い日が続くね。これじゃ桜もあっという間に散っちゃいそう」
「そうね。神樹様の力で西暦の時代よりは気候や天候も安定しているらしいけど…」

 それでも突然の豪雨や突風は起こるのだから神樹様も決して全能ではない。いや、それとも敢えてだろうか。
 そんなどうでもいい疑問を抱きながら友奈ちゃんと並んで歩いていると、視界に白いものが舞った。
 桜の花びらかなと一瞬思ったけれど、どうやら雪らしい。

「わあ!東郷さん見て見て!雪、雪だよ!珍しいねえ、もう4月なのに!」

 さっきまで寒さのせいで何処となく首をすくめているように見えた友奈ちゃんが、一気に元気になってはしゃぎ出す。
 そんな友奈ちゃんを見ていると、私も寒さを忘れて楽しい気持ちになって来た。

「このまま積もるかな?そうしたら桜並木で雪合戦ができるね!」
「もう、流石にそこまでは降らないわよ」

 そんな冗談を交わしながら歩みを進めていると、それは立派な桜の木の下を通りがかる。
 桜は、私と友奈ちゃんにとって特別だ。臆病な私を支えてくれると友奈ちゃんが言ってくれた、特別な花。
 桜の花びらが寒風に舞い、それと雪が混じり合う。とても幻想的な光景がそこにはあった。

「なんだか、夢の中にいるみたいね」
「綺麗…」
「ええ、とっても綺麗」
「あ、うん、東郷さんのことなんだけどね。桜と雪を見る東郷さんの顔、素敵だなあって」

 お願いだから不意打ちはやめて欲しい。寒さで少し赤らんでいた頬が真っ赤になってしまう。

「そ、そうだ。友奈ちゃんは桜と雪、どちらが好き?」
「ええ?う~ん、並べて比べたことないなあ。どっちも綺麗だと思うし。あ、でも雪が積もりすぎると困るかも」
「けれど、桜も散ってしまえば邪魔になるわ。あんなに綺麗な花びらも、地で泥に塗れると途端に見向きされなくなる」
「そうかな?私は地面の桜も好きだよ」

 ちょっと変わったことを言い始める友奈ちゃん。私は黙って話を聞く態勢になる。

「だって、桜が綺麗に咲き誇っていたっていう証だもん。一生懸命に生きてるっていう証拠。勿論、咲いてる時が一番好きだけど」
「そう、そうね。桜は綺麗だけど、私たちを楽しませるために咲いているんじゃないもの」
「えへへ、でも私はね、東郷さんの為に咲く桜だよ」

 だから、不意打ちはやめて欲しい、本当に。嬉しすぎておかしくなってしまいそう。
 雪は解けて姿を消し、桜は地に残り命の証を晒す。けれど今は、うっすらと雪が地に散った桜を覆い隠している。
 夢の中にいるみたいと改めて思い、ここが確かな現実であると確認する為に友奈ちゃんの手を握る。
 友奈ちゃんの顔がポッと赤く染まり、どうやら私は仕返しに成功したのを知った。 
最終更新:2015年04月09日 10:54