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「夏凜って、可愛くなったわよね」
「はあっ!?」

 不意打ちも不意打ち、奇襲としか言えないタイミングで唐突に風がそんなことを言いだした。
 2人でゴミ捨てに来た時、いきなりのことだ。もう少しそういうこと言う空気とか雰囲気とかあるんじゃないだろうか。

「なんでいきなりゴミ袋片手にそんなこと言い出すのよ?」
「前の夏凜だったら『なんで私がそんなことしなくちゃいけないのよ』ってゴミ捨てなんて来なかっただろうなあと思って。
 いや『私はあんたらとなれ合う為に来てるんじゃないのよ!』の方がありそうかな」
「うぐっ」

 悔しいことに、どちらもかつての私なら言いそうな言葉だった。
 完成型勇者としての自負と、肥大化していた自我。他人と好意的に触れ合うことなんて考えもしなかった頃の私。
 更に悔しいことに、こうやってかなり柔らかい対応ができるようになったのには多分に風のお蔭もある訳で。

「ふん、これくらいは元から出来たのよ。ただ敢えてやらなかっただけ。
 これくらいの労力は割いてあげようかなって思えるようになった、私の優しさに感謝なさい」
「はいはい、夏凜は本当にいい子だなー」
「話聞いてるの!?今の流れでその対応は絶対おかしい!」

 にひひと笑う風の顔を見ていると、不思議とちくちくと痛む感じがした。
 何故だろう、気に入らない形ではあるけど褒められているはずなのに。

「昔は―――」
「ん?」
「昔の私は、可愛くなかったの?」

 そう言葉に出してしまってから気付く。
 誰かに認めてもらいたい癖に、手を伸ばす者に牙を剥き立ち去る者に唾吐いていた自分。
 けれど、一生懸命に私が作り上げた誰かに認めて欲しいと思った自分はそれだった。
 今の私は、三好夏凜のことは嫌いじゃないし、みんなとも上手くやれていると思う。
 けれど心のどこかで私は今でも求めているのだ。あの日の私が誰かに受け入れてもらえる日を。

「昔の夏凜ねえ」

 風が少し思い出すような仕草をして、その後あっはっはと笑いだした。

「いやいや、アレを可愛いは無いわよ。誰彼構わず噛み付くし、用済みとか初対面で言われちゃうし!
 アタシのこと犬先輩とか言い出すし、せっかく抱きしめてあげたのにウゼェんだよ!とか言われるし」
「最後のは東郷の精神改造の反動よ!大体、なんで抱きしめられたら私が喜ぶのよ!」
「ふふ、アタシの女子力に溺れてもいいのよ?」

 そんな冗談交じりのやり取りを交わしながら、私は心の底の方が冷えていくのを感じていた。
 当たり前だ。力づくでも認めさせてやる、そんな思いで作り上げた私がここで評価される訳ないのだ。
 みんなと笑いあえる私、手を取り合える私、棘の抜けた私。それが受け入れられるのは当たり前だ。
 ただ―――ほんの少しだけ、期待してしまったのだ。
 もうあの日には戻れないし、戻りたくないのなら、認めてくれるのは勇者部のみんなしかいない、と。

「でも、アタシは嫌いじゃなかったわよ、あの頃の夏凜も」
「……え」
「何よ、えって。何ていうのかなー…こう、張合いがあったって言うの?少年漫画のライバル的な?
 色々剥き出しにして突っ込んでくる姿が、それはそれでアタシ好みだったわよ、喧嘩ばっかしてたけど」
「……」
「どしたの、夏凜?ちょっと動きにくいんだけど」

 気付けば、風の背中に額を押し付けていた。
 涙が出そうかというとそうじゃない。抱き付きたいかというとそうでもない。
 ただ、風に触れていたいと思ったら、こうなった。

「…ゴミ捨ててからゆっくりすればいいのにねえ」

 そう口では言いつつ、風は立ち止まってずっと、私が落ち着くまで待ってくれていた。
 認めてくれている人がいた。
 友奈が好きだと言ってくれたことや、勇者部と過ごした色んな記憶がようやくすんなりと自分の中に溶けていく。
 きっと、そう思っているだけで心の何処かで誰か―――本当は特定の誰か―――に認めて欲しいと思っている私がいる。
 けれど、そんな私が胸を痛めてくることはもう無いだろうと、そう確信した。

「腕、疲れて来たんだけどなー」
「鍛え方が足りないのよ」
「うんうん、その返しこそにぼっしーよ」
「にぼっしー言うな」

 私はまた少し変わっていく。いずれは昔の私を思い出せない日が来るかもしれない。
 その時は風に聞いてみよう。きっと恥ずかしい思いをするだろうけど、そう決めた。
最終更新:2015年04月12日 11:03