「友奈ちゃん、もっと強くギュッてして欲しいの」
「も、もちろんいいよ?はい、ぎゅ~」
「ん、あったかい…すごく、落ち着く…」
満開の後遺症も回復して、私と東郷さんは並んで歩いて行ける関係になった。
けれど、私が眠っている時や足が自由に動かない間、東郷さんは色々我慢していたようで、最近それが爆発してしまったみたい。
2人きりになると、東郷さんは普段の落ち着いた大人っぽい仕草をうっちゃって、私に子供みたいに甘えてくるのだった。
「友奈ちゃん、頭、なでなでして?」
「東郷さんは頭なでられるの、結構好きだよね」
「友奈ちゃんだからだもん。友奈ちゃんの手が落ち着くんだもん」
喋り方までなんだか子供っぽい甘えん坊モードの東郷さん。
いつも見れない仕草や表情が可愛いし、私に心を開いてくれているのはとっても嬉しい。
けど。だけれど。
できるだけ優しく東郷さんを抱きしめて、その頭や背中を撫でながら私はいつも葛藤している。
「(ぶっちゃけ、すごく我慢の限界!)」
東郷さんは無防備に心を許してくれているのに、甘えられる度くっつかれる度に、私の中にもやもやと邪心が湧き上がる。
もっと強く抱きしめてしまおうか。背中をなでる手を服の中に忍ばせてしまったらどうなるか。いっそベッドに押し倒して。
「友奈ちゃん、なでなで、もうおしまい?もっとしてほしいよ…」
「はぅっ!?うん、大丈夫!好きなだけなでてあげるからねー」
「友奈ちゃん…優しい友奈ちゃん…大好き」
そんな嬉しい台詞を胸に顔を埋めて言われたら!私は!私はもう!心臓の音で気付かないかな東郷さん!
もちろん、東郷さんは最後まで私の懸想に気付かずに、満足するといつもの格好よくて綺麗な東郷さんに戻るのだった。
ギャップ萌えって言うのかな、可愛い甘えん坊モードの後だと普段の東郷さんの凛々しさも際立って。
結果、私はますます悶々としてしてしまうのだった…。
※
「と言う訳で、いつか東郷さんを傷つけちゃわないか不安なんだ」
「友奈さんも大変ですね」
放課後の勇者部にて、私は樹ちゃんに東郷さんの可愛すぎ問題を相談することにした。
本当は園ちゃんも聞いてくれてたんだけど、東郷さんの様子を聞く内に真っ赤になってPCに噛り付いてしまった。
「でも、確かにどのくらいまでしていいのか解らないことってありますよね。私もお姉ちゃん相手に戸惑うことが多いですし」
「初めて聞いた時は逆じゃないかなーと思ったよね」
「前は私の方が甘えてたんですよ?満開で声が出ない時期とか、不安でお姉ちゃんにべったりでしたし。
でも、全部回復してからは色々あったのが決壊しちゃったみたいで」
互いに支え合えるくらいに成長した樹ちゃん、そんな彼女への依存の自覚。
加えて、後遺症で声が出ない頃に不安から、その、随分と“激しく”樹ちゃんを可愛がってしまった反動。
それらが一気に押し寄せた風先輩は、家に帰ると途端に樹ちゃんにべったりの甘えん坊になってしまうらしい。
「ご飯とかあーん以外で食べようとすると涙ぐまれるし、お風呂も1人で入ろうとすると泣かれたり…。
“声が出ない時に酷いことしたから怒ってるの?”って上目遣いされるんですよ?あれはあれで私は良かったのに」
「そこ!そこをもう少し詳しくお願いします!」
「園ちゃん、後にしてね?でも2人はいいよね…その、もう…ごにょごにょ…しちゃってる訳で」
「ですね。最終的にはそこに着地できるから楽と言えば楽かも。でも、友奈さんと東郷先輩は、まだ、ですもんね」
私たちはまだ子供、そういう行為は正直早いと思う(風先輩と樹ちゃんを否定する気はないけどね)。
東郷さんも、普段モードに聞いたらきっと“そういうことは結婚できる年まで我慢すべきだわ”って言いそうだし。
でも、正直東郷さんに毎日毎日甘えられて、密着されているとそういうことへの興味がむくむく沸いてくるのも事実で。
子供っぽく甘えている東郷さんが、いつもは大人びた東郷さんが、蕩けてしまう顔ってどんなだろうとか考えてしまう。
「東郷先輩は友奈さんに、本当に純粋に甘えたいだけかも知れませんからね」
「そうなんだよね。東郷さんを傷付けるのだけは嫌だよ、絶対に」
「でもねー」
さっきまでPCに噛り付いていた園ちゃんが、ひょいと顔を上げて言う。
「わっしーがゆーゆのこと拒絶するなんて、私には想像できないなー」
「あ、実は私もです」
「一度、素直にそういう気持ちを表してみたらー?一度きりで変わっちゃう関係じゃないと思うし」
「う、う~ん」
2人は私を買いかぶり過ぎじゃないだろうか。
でも、このままだと我慢が限界を迎えて、とんでもない形で暴発してしまうかも知れない。
よし!今日、そういう気持ちを告白してみよう!嫌がられたら、もう絶対にそんな思いは抱かない!
そう決めて気合を入れる私を、部室に戻って来た夏凜ちゃんがギョッとした目で見ていた。
「…また東郷絡み?」
「流石はにぼっしー、正解ー」
※
「友奈ちゃん、今日もいい匂い♪」
後ろから抱き付いた東郷さんが、私の頭に顔を埋めてながら言う。
東郷さんの方が私よりも背が高いので、ベッドに腰かけると自然とこういう姿勢になる。
東郷さんの柔らかくて形の良い胸がぴったりと背中にくっつき、熱い吐息が旋毛にかかる。
正直、下手に覚悟を決めてきたせいで今にも東郷さんを抱き上げてベッドにころがしてしまいたくなる。
我慢だ友奈!頑張れ友奈!友奈はできる子!我慢の子!必死に言い聞かせて…肩にかかった東郷さんの手を取る。
「と、東郷さん!」
「なあに、友奈ちゃん?」
「あ、あのね、私はね…!」
ど、どう言ったらいいだろう?東郷さんが好き過ぎて我慢できない?抱きしめたい?押し倒したい?もっと先に行きたい?
東郷さんの手を取って固まったまま、私はぱくぱくと金魚のように口を開け閉めする。
……うん、ダメだ!東郷さんが可愛すぎて上手に言葉が出てこない!もう少し馴れてからにしよう!
さっくりと諦めて“何でもないよ”と言おうとした瞬間、東郷さんがふにり、と私の手を自分の胸にあてた。
「ん…」
「!?!?!?!?」
「…続き、したい?」
甘えん坊の表情のまま、怪しげな色気を湛えて東郷さんがちろりと唇を舐める。
「もっと、私を甘やかして…友奈ちゃん」
「東郷さーん!大好き!もっと、もっと甘やかしてあげる!」
……こうして私の理性はあっさりと崩壊を迎えて、私たちは少しだけ大人の階段を昇ることになった。
ちなみに、甘え始めるようになった割と最初の方から誘惑していたと聞いたのは全部終わってからのことだった。
最終更新:2015年04月15日 22:01