8・422

 お姉ちゃんはいつも感情豊かで、あまり積極的になれない私とは大違いだと思う。
 笑う時も、怒る時も、あんまり見たことがないけど泣く時だってまっすぐで。
 嘘を吐いたり誤魔化したりが下手な、私が憧れてやまない気持ちのいい女性だ。
 だから、気付いてしまうこともあって。

「いやー、本当に我が勇者部は優秀な部員が入ってくれて安泰よ!樹も来年、絶対に入りなさいね!」

 お姉ちゃんが中学校で作った部活、人の為になることを勇んでやる勇者部。
 家に帰って来てからの話題は勇者部に関することが増え、初めはお姉ちゃんが取られてしまったようで寂しかった。
 けれど、回を重ねるごとに気付いてしまったことがある。

「(なんだかお姉ちゃん、後ろめたそう?)」

 部員だという結城友奈さんや、東郷美森さんについて話す時。あるいは私に“勇者部に入りなさい”という時。
 ほんの一瞬、お姉ちゃんは目を伏せて暗い顔をすることがある。
 話を聞いている限り、友奈さんや東郷さん(名字で呼んでほしいんだそうだ)はとても良い人だ。
 お姉ちゃんと本当は折り合いが悪くて、家では無理しているのかという疑いはすぐに消えた。楽しそうなのも本当なのだ。
 けれど、何処かでお姉ちゃんはそのことを後悔していて、私が勇者部に入るのを拒んでいる…気がする。

「ねえ、お姉ちゃん」
「ん?なあに、樹?」
「……ううん、何でもない。もっと勇者部の話、聞かせてほしいな」
「おお!入部前からやる気万端ね!ようし、今度結城隊員と東郷隊員に会わせてしんぜよう!未来の即戦力として!」
「それは変な期待されちゃうからやめてよぅ!」

 嘘や誤魔化しなら家族の私は見抜ける自信がある。
 けれど、多分自分でも正体のよく解っていない隠された気持ちに気付けるほど、私は聡く無くて。

「……“運命の輪”の、逆位置」

 お姉ちゃんがお風呂に行っている間、こっそりタロットで勇者部について占ってみた。
 暗転、思わぬ不幸、状況の悪化。
 まさかこんなにピンポイントで悪い結果が出るなんて思わず、自分でやっておいて絶句する。
 それじゃあ、お姉ちゃんは?お姉ちゃんについては…?

「……“悪魔”の逆位置?」

 今度はまた、解釈の難しいカードが出た。
 悪化する事態への絶望、自分や運命への嫌気。けれど、異常な欲望や強烈な執着からの解放も意味するカードだ。
 私はしばらく頭を悩ませていたけど、結局カードをザッと混ぜた。

「……私が悩んでも仕方ないよね。お姉ちゃんなら、絶対に大丈夫」
「なにが大丈夫なの?」
「ふぇっ!?お、おお、お姉ちゃん!?」
「あんたはもう、占い好きは解るけどまた寝る前に散らかして。お嫁の貰い手なくなるわよ?」
「だ、大丈夫だもん!」

 お嫁に何て行く気はないし…という言葉を胸の中に飲み込む。
 少なくとも、お姉ちゃんよりも素敵な人でないと好きになれる気はしない。

「ねえ、お姉ちゃん。今日も一緒に寝ていい?」
「怒られるとすぐそれなんだから。甘えて誤魔化そうとする!いかん!いかんぞ、妹よ!…お風呂入ってからおいで」

 お姉ちゃんは、やっぱり優しい。けれど、その優しさがいつか苦しみに変わってしまったりするのだろうか。
 勇者部の人たちもそうだ。聞けば聞くほどいい人たちなのに、そんな人たちにも不幸は降りかかるのだろうか。
 その時に、私は何にもできないけれど。せめて傍に居て半分くらいは背負ってあげたい。
 今はこうやって甘えているようにしか見えないけど、私が傍にいることをお姉ちゃんに心強く思ってもらいたい。
 私はそう心に決めると、慌ててタロットをしまってお風呂へと向かった。

 急ぎ過ぎていた私は、一枚だけカードをテーブルの上に置き忘れていた。
 “吊るされた男”の正位置。意味は犠牲。忍耐。そして、それを超えた先の魂の成長…。
最終更新:2015年04月16日 10:09