「東郷先輩は、友奈さんのことでやきもきしたりしないんですか?」
2人で飲み物を買って部室へ帰る途中、樹ちゃんがそんなことを聞いてきた。
「それは勿論するけれど、していないように見える?」
「だって、いつもどっしり構えてニコニコしてるじゃないですか。私なんて、小さなことでもイライラしちゃうのに…」
「何かあったの?」
樹ちゃんはなかなか話しづらそうだったけど、やがて言葉を選ぶようにして話し始めた。
「お姉ちゃんが…」
「うん、風先輩が?」
「ふざけて友達と抱き合ったり、頬にキスしたりしてるのを見て。それだけなら我慢できたけど、その日にラブレターが来たんです。
女の子から…お姉ちゃんは“モテる女は辛いわねー”なんて言ってましたけど、私、その時に爆発しそうになっちゃって。
“お姉ちゃんが誰彼かまわずべたべたするからだよ!”って…ちゃんと飲み込んだけど、私って重いなあって思って」
ふぅ、と大きなため息を吐く樹ちゃん。
バーテックスとの戦いの日々を終えて、私たちの絆はより一層深く強くなった。
けれど強さを増せば柔軟さは減り、深くなれば光の届かない場所も増える。
「そうね、樹ちゃんは風先輩への想いを自覚したのって結構最近になってからでしょう?」
「は、はい。それまでは家族への親愛かなって思ってたので。
はっきり自覚したのは、大赦に殴り込もうとしたお姉ちゃんを抱きしめた時…かな?」
「私が友奈ちゃんへの想いを自覚したのはね…初めて会った時よ」
流石にちょっと驚いたのか、樹ちゃんが目をぱちくりさせる。
私は樹ちゃんが持っていた分の飲み物も片手で受け取って、語りだす。
「今は、私の中の“鷲尾須美”が溶け込んでしまったから明確には思い出せなくなっているんだけどね…。
当時の私は正体の解らない薄闇の中に居るような気持ちで日々を過ごしていた気がする。
何も見えないというほど暗くなく、けれど大事なものを見分けられるほど明るくもなく、取捨の別が付かなかった。
大切な時間を無くしたはずなのに、それに思い当らない。失って初めて気付くなんて言うけど、何を失ったかが解らない。
その癖、日常だけは穏やかな時間のぬるま湯に沈めようとする中で…私は友奈ちゃんに出会ったの」
太陽のような女の子だなと思った。暗い世界で何故か彼女だけはハッキリと輝いて見えた。
彼女の傍に居ると、私の周囲にも確かに光が差しているんだなと信じることが出来た。
2年の時間をかけて、私はゆっくりと自分の中の闇を友奈ちゃんという光で照らし、東郷美森に“なった”のだ。
「だからね。太陽が地球の裏側を照らしている時に、太陽に怒りをぶつけたりはしないでしょ?
勿論雲がかかったりすれば嫌な気持ちになることもあるし、雨が降れば恋しくもなる。
けれど、ずっと一緒って言ってくれたから…きっと今日が過ぎれば空は明るいと思えるから、平気なの」
「て、天候に例えられると、スケールが大きすぎて何だか圧倒されちゃいます!」
私としては結構普通の感覚なのだけど。そのっちも“いいね、その感じ!もっと詳しく”と言ってくれたし。
「まあ、解りやすく言えば一目惚れで、彼女も十分に気持ちを返してくれたから平気だったのよ」
「うぅ、その時点でお姉ちゃんとは大分違う気もします」
「頑張って、樹ちゃん。貴女を照らしてくれた時間の長さなら、私たちよりずっとずっと長いんだから」
けれど、長さ以外なら絶対に負けないけどね…とちょっとだけ意地悪な思考が頭を過った。
部室から顔を出した友奈ちゃんが、元気よくこちらに手を振る。
まるで太陽みたいな微笑みだな、と私は笑顔で手を振り返した。
おまけ
「東郷さーん!あ、手振り返してくれた!今日も可愛い!」
「なんか友奈、東郷のことを可愛いとか綺麗とか言うの自嘲しなくなったわね」
「友奈の東郷好きはまさに日進月歩だからね。勇者部に入部した時はもうそんな感じだったし」
「一目惚れですから!初めて見た時に、おずおず笑ってくれた顔が可愛すぎるって思って!
こう、控えめに山から顔を出したお日様みたいな感じで!」
「(お互いに太陽だと思ってたんだねー…でも、これは美味しいから私は黙ってよーっと)」
最終更新:2015年04月19日 11:51