「あんたたち、倦怠期とかって無いの?」
放課後の勇者部、今日は依頼が少なくて部室にいないのは友奈だけだ。
穏やかな空気がそれはそれで心地よかったのに、少女漫画雑誌を読んでいた風が突然そんなことを言いだした。
「倦怠期ですか?友奈ちゃんとの?それと風先輩、漫画は流石によくないと思います」
「東郷、サボり魔の言うことなんて聞かなくていいわよ」
「誰がサボり魔か!女子力チャージ中と言いなさい!いつだって少女漫画雑誌は乙女の最前線よ」
「でも本来狙ってる層より、そのお母さんの方が売れ行きいいって聞いたような…」
「樹、シャラップ!それで、どうなのよ?」
東郷は真面目に“倦怠期、倦怠期…”と呟いて首を捻っている。
もうその時点で、そういう類のものに縁がないのは丸解りだった。
「う~ん、思い当りません。友奈ちゃんとの絆は前よりも深くなった位です」
「ふぅむ、それは…逆に危ないかも知れないわねえ」
思っていた反応が返ってこなかった(あるいは想像したそのまんまだったのかも知れない)風が、絡むようなことを言い始める。
「危ない?それはどういう…?」
「考えてもみなさい。友奈は元から人気があったけど、車椅子時代を経て儚げな空気まで獲得したわ。
今や新しい刺激がより取り見取りな訳よ。安定してるのは凄いけど、それって互いに向上心を忘れてるとも言えない?」
「そ、それは…」
「まして、もうすぐ乃木さん?彼女が勇者部にやって来る訳で、それを友奈は気にしてたりして…」
そこまで言ったところで“なーんてね”とでも言って冗談で済まそうとした風。
けれど、東郷はそれよりも早く風に詰め寄っていた。
「ど、どうしたらいいと思いますか!?今後も友奈ちゃんの一番で居るには!どうしたら!」
「え、あ、いや、なかなか2人を揺るがすのは難しいと思うんだけど…」
「そうやって慢心するなって言ってくれたんですよね?どうしたらいいでしょうか!」
勿論、東郷だって友奈のことは信用しているし、自分が深く想われている自覚はあるのだろう。
けれど確かに最近の友奈は矢鱈と人気があるし、東郷からすれば全く不安がないとはいかないらしい。
「えーっと…はい、参考文献!」
「あんたねぇ…」
まさかの丸投げ!
風は読んでいた少女漫画を東郷に手渡すと、そっぽを向いてお茶を飲み始めた。樹も律儀にお茶汲むんじゃないの!
「ふんふん、なるほど…」
「東郷、それ漫画だからね?真に受けると痛い目見るわよ」
「大丈夫よ、乙女の最前線らしいから」
私がきろりと睨むと、風の方も“どうしよっか?”という視線をこちらに向けていた。
知らん。どうにかしなさいよ、本当に。
「結城友奈、ただいま戻りました!あー、東郷さん!流石に部活中に漫画を読むのはよくないよ」
帰って来た友奈が、東郷と同じようなことをを言い始める。
風の方をもう一度睨むと、樹の頭を撫でて誤魔化していた。
「………」
「東郷さん?どうしたの、うつむきがちで。気分が悪いの?」
「友奈ちゃん、どうして解ってくれないの?」
ぎゅう、と東郷が友奈の手を強く握る。
その拍子に雑誌が地面に落ちて、開いていたページが私の視界に入った。
“話題沸騰!彼女の愛は何処までも深い…『ヤンデレ幼馴染みもる』”。
少女漫画雑誌!なんてものを連載してる!あと名前がなんか紛らわしい!
「友奈ちゃんが居なくて、寂しかったんだよ…一緒に居てくれないとダメになっちゃうんだ、私」
髪を1本、口に咥えるという高等テクニックまでいきなり披露して見せる東郷。
漫画でどの程度の描写がされていたかは解らないけど、意外と素質があるかも知れない。
「ねえ、友奈ちゃん。私がこんなに好きなのに、どうして東郷さんは解ってくれないの?他の人の方を向くの…?」
「解ったよ、東郷さん」
「そう、解ってくれて…ん?何を?」
友奈がサッと携帯を取り出すと、素早く操作を始める。その表情は真剣その物だった。
「あの、友奈ちゃん?」
「とりあえず、東郷さん以外のアドレスを全部削除したよ」
「ええっ!?ちょ、ちょっとそれ、大変よ!」
「東郷さんの為だもん、ちっとも辛くないよ。これは手始めだしね。これからは東郷さん以外とはお話もしない。
それでも不安だったら、東郷さんのお部屋にずっと居ようか?勇者部も辞めて……」
「駄目!そんなのダメよ、友奈ちゃん!」
東郷が力強く友奈を抱きしめる。その表情はすっかり素に戻っていた。
「ごめんなさい、全部ウソ!お芝居よ!だからそこまでしないで!友奈ちゃんの気持ちは解ったから!」
「…あはは、ごめんごめん。こっちもお芝居」
「え?」
「ごめんね、東郷さんが漫画の台詞を真似てるなーって解ったから、ついのっかちゃった。不安にさせてごめんなさい」
「友奈ちゃん…友奈ちゃん!」
よしよし、と東郷の頭を撫でる友奈。風が腕を組んで“雨降って地固まる、ね”とか言っているが雨を降らせたのはアンタだ。
結局、この馬鹿ップルを揺るがす方法なんてきっとありはしない…そう達観する私の視界の隅、友奈の手が携帯を操作していた。
“削除したアドレスを元に戻しますか? はい いいえ”
ゾクリ、と背筋に冷たいものが走った。
もしかしたら、本当に病んでいるのは…東郷の頭を撫で続ける友奈を、私は戦慄交じりに見つめた。
最終更新:2015年04月20日 09:12