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 讃州中学勇者部の戦いは終わり、穏やかな日常と小さな幸せが戻って来ました。
 私、結城友奈もそれを謳歌している1人なんだけど…正直、最近少しだけ困っていることがある。

「それじゃあ友奈ちゃん、着替えを手伝うわね?」
「と、東郷さん、上は普通に着れるよ?」
「駄目よ、勝手が違っているんだから無理しないで」

 朝から晩まで、今の私は東郷さんのお世話になりっぱなしになっている。
 朝起きるのは東郷さんに手伝ってもらって、着替えも食事も東郷さんと一緒、学校に行く時は東郷さんに車椅子を押して貰う。
 帰る時はサービスの人に頼むこともあるけど、2人で帰る時はやっぱり東郷さんの助けを借りて。
 勿論、お風呂も1人では入れないので東郷さんの助けを借りて…。

「ちょっと待った…もうほとんど結城家に住んでない、東郷?」
「あ、はい。着替えを取りに行く時以外はほとんどうちの家に」

 何か変なことを言ってしまっただろうか。
 風先輩たちは顔を見合わせて何事か話しあっている。

「東郷って、あそこまで積極的だったかしら」
「なんか記憶が戻ってからは今まで以上に攻めの姿勢よね」
「流石は先代勇者ってことなのかな…」
「みんな、どうしたの?風先輩?」
「ああ、いやいや、何でもないのよ?それで、相談の内容は解ったわ」

 風先輩は何かを誤魔化すように矢鱈と何度も大仰に頷いて見せる。

「要するに、東郷に世話され過ぎて心苦しいってことね!」
「いえ、それは違うんですけど」
「え」

 確かに何から何まで東郷さんに手伝ってもらって、東郷さんを拘束してしまっているのは申し訳ない部分もある。
 けれど東郷さんは“大丈夫よ、私がやりたいからやっているの。友奈ちゃんだって私を助けてくれたじゃない”と言ってくれた。
 それで、過剰に遠慮したり畏まったりするのは東郷さんに悪いと思うようになったのだ。

「じゃあ、何が問題なのよ?」
「実は、眠る時なんですけど…ベッドに移るのが、まだ1人で上手に出来なくて」
「あー、馴れない内はベッドの弾力がすごい厄介だって聞いたことあるわね」
「それで、2回失敗したら東郷さんの助けを借りるって約束をしてるんですけど…
 その…ベッドに運ぶ時に、お姫様だっこされるのがすごく恥ずかしくて…」
「惚気だ!これ惚気だわ!何で気付かなかったのやら!」

 東郷さんは車椅子生活が長かったとは思えないくらい体力がある(私が眠っている間に特訓していたらしい)。
 元々腕の力は私よりも強いくらいだったので、入院で筋肉が落ちた私くらいなら軽々と抱え上げてしまう。
 その時の東郷さんの、横顔の凛々しさと言ったら…抱きかかえられているドキドキも手伝って、もう色々凄い。
 東郷さんが車椅子を使っていた頃、私たちはあくまで対等だったけど、どこかで彼女を守らなきゃとも思っていた。
 それが今は、私を力強く守ってくれる姿に心乱されることになるなんて。

「そっとベッドに私を横たえてから、東郷さんはベッドに入って来るんですけど」
「い、一緒に寝てるんですか!?」
「うん、私がベッドから落ちたりしないようにって。優しいよね、東郷さん。
 なのに私、腕枕しながら寝るまで見守ってくれる東郷さんを見る度に…何だか邪心が!」
「それ、東郷も狙ってやってる気がするんだけど」

 お風呂上がりの東郷さんは、寒さを感じるようになった最近ではとてもありがたい温かさに満ちていて。
 石鹸やシャンプーは同じものを使っているはずなのに、仄かに甘い匂いがして。
 頭を包んでくれる二の腕の柔らかさを感じていると、すぐ近くにある東郷さんの柔らかそうな胸を意識してしまったり。
 “大丈夫?重くない?”って聞くと“ううん、むしろ安心できるわ”って答えてくれる姿にキュンとしたり!

「だから相談です!よこしまな目で東郷さんを見ないで済む方法ってありませんか!」
「知るかーっ!存分にイチャつけとしか言えんわ、私には!」
「お、お姉ちゃん落ち着いて」
「どうしたんですか、廊下に聞こえそうなくらい大きな声を出して」
「あ、東郷」

 部室に戻って来た東郷さんは、すぐに私に近寄って来て手をギュッてしてくれる。

「寂しくなかった?友奈ちゃん」
「う、うん、みんなも居たから平気」
「そう、なら良かった。本当はずっと一緒にいられれば一番なんだけど」
「これ以上一緒に居るとか、融合でもしないと無理でしょ…」

 東郷さんと1つに融け合う。その言葉に別のことを想像してしまって、私は俯いて真っ赤になってしまう。
 ごめんなさい、東郷さん。私は悪い娘です。東郷さんの純粋な友情に悪心を抱いてしまいます。
 申し訳ない気持ちで一杯の私の頭を、東郷さんは何となくだろうけど、優しく撫でてくれる。
 すっかり安心しきって蕩けていた私は、東郷さんの口元に浮かぶ笑みに含みがあることに少しも気付かなかった。
最終更新:2015年04月22日 10:03