「結城友奈と!」
「東郷美森!」
「「ただいま帰還しました!」」
ビシっと敬礼しながら勇者部部室の扉を開いた。
私をお姫様みたいに部室へエスコートしてくれる東郷さんを見て、風先輩がお熱いねーとニコニコしながらお迎えしてくれるまでが最近の日常だ。
「おかえり。依頼の方は?」
「もっちろん完璧だよ! 運動系の依頼は私にお任せあれ!」
ぐっとガッツポーズをして夏凜ちゃんに依頼達成の報告。運動系の依頼は私か夏凜ちゃんのどっちかが担当することが多いんだけど、今日はじゃんけんで勝った私が出陣したのです。
依頼の内容はバスケットボール部へのちょっとした助っ人。私がプレイヤーで東郷さんはマネージャーさんのお手伝い。実はマネージャーの方のお手伝いは依頼に含まれてなかったんだけど、今回みたいな運動系の依頼に私が行くときは東郷さんがいつも付いて来てくれる。結果的にバスケットボール部の人達も東郷さんの手腕で大分助かったし、お礼も言っくれてたからむしろ良いことなんだけどね。
「お疲れ様。はいこれ」
夏凜ちゃんがにぼしの袋を渡してくれた。
「ありがとう夏凜ちゃん! いただきまーす!」
「疲れた体には煮干しが一番よ。サプリも好きなの採っときなさい」
「あーはいはい。友奈は夏凜と違って健康お化けじゃないんだからその辺にしときなさい」
「な……。ゴホン そうね」
「あら、今日は素直じゃない」
「別に。いつまでも風に噛み付くほど私も子供じゃないっての」
「ぬがーっ! 可愛くない後輩!」
「やるかーー!」
と、こんな感じで今日も勇者部はいつも通り。
そうしている間に東郷さんがパソコンを操作して依頼完了の更新と新しい依頼が無いかチェックしていた。
「何か依頼のメールあった?」
「今日できそうなのはもう無さそう。ふふ、残念そうね友奈ちゃん」
「うーん。なんか今はもっと動きたいー!って気分なんだよね」
腕をぶんぶん回して元気アピール。バスケットボールをやったのが逆にウォーミングアップみたいになって体がぽかぽかしてしょうがない。なのでそのままぎゅーっと東郷さんに後ろから抱き着いた。車椅子を押すことがなくなってから結構経つけれど、やっぱり東郷さんの後ろっていうのは私の定位置って感じがして落ち着く。
「友奈ちゃんってば、もう」
東郷さんも特に気にせず、そのままキーボードを打とうとしたところで、
「ゆ~ゆは元気いっぱいだね~」
園ちゃんがにゅーっとパソコンが置いてある机の下から出てきた。
「きゃっ。そ、そのっち! 変なとこから出てこないで」
「ん~、落ち着く場所を探してたんだ~。ごめんねわっしー」
そのままのそのそと歩いて行き、椅子でぐでーっとなってしまった。
「やっぱり二人を見てると創作意欲がキュンキュンだよ~」
「また私を題材にして小説を書いているの!?」
園ちゃんと話をするときの東郷さんはたまにいつもと違う感じになるけど、そんな東郷さんも素敵だと思う。
それからしばらく経つと夏凜ちゃんと風先輩の喧嘩っぽいじゃれ合いも一段落付いたようで、二人とも園ちゃんみたいにぐでーっとなっていた。
「今日のために休日出動したはいいけど、暇ね」
「あんたが今朝急に招集かけたんでしょうが……」
夏凜ちゃんの言うとおり、今日は勇者部活動の予定はなかったんだけど昨晩風先輩宛にメールが来たらしく、こうして私達は緊急招集の元集まっていた。
「まさか依頼が一件だけで友奈と東郷だけで事足りるとは思ってなかったのよ~」
朝、寝ぼけてメールを確認した風先輩は何かとても大変な依頼だと勘違いして私達全員を部室に招集したそうで、今は本当に暇になってしまったわけです。
「やることがなくなってしまったわね」
ついに東郷さんもホームページの更新作業諸々を終わらせてしまった。
本格的にやることがなくなってしまったとみんなが思い始めたところで、ガラガラと扉が開いて私達が出かけている間にどこかへ行っていた樹ちゃんが戻ってきた。
「戻りましたー」
「おかえりなさい樹ちゃん!」
「あのー、東郷先輩。パソコン使わないんでしたらちょっといいですか?」
「パソコン? ええ、もちろんいいわよ」
はい、と東郷さんがパソコンの席を樹ちゃんに譲る。園ちゃんがまた机の下に潜り込もうとしてそれをぐいぐいと阻止しているのが少し面白い。
「なにすんの?」
「お姉ちゃんが昨日お笑い番組見てたせいで見れなかった恋愛映画。録画してた友達が今日学校に持ってきてくれたみたいで借りてきたんだけど、どうせならで見ようかと思ったの」
「うぐ……正当なじゃんけんの結果よ」
「別に怒ってないよ。でもどうせ暇ならこういうのもたまにはいいかなーって。みなさんはどうですか?」
「ま、暇だし良いんじゃない? 私はあんまり興味ないけど」
「私は祖国の成り立ちについての記録が部室にあるからそれでも……」
「わっしー、それはまた今度ね」
「さんせー! 実は私もちょっと気になってたんだよねーそれ」
「ではでは、ディスクをセットしますね」
樹ちゃんが借りてきたという映画は西暦時代に録られた物で、いぎりす人やあめりか人っていう髪が金色に近くて肌がとても白い役者さんが演じているものだ。なんでもすごく描写が大人向けで繊細だとかなんとか、インターネットなどで話題を呼んで昨日テレビで放送されるまでに至ったんだけど一人で見るのが恥ずかしくて、私は結局見ることができなかった。
そういうこともあって、みんなが居る今ならあんまり恥ずかしくないし樹ちゃんナイスタイミング!
「ご、ごくり……」
「随分気合入ってるわね、友奈」
「友奈ちゃん、こういうの結構好きだから」
「じゃあ再生しますね」
うぃーんとディスクがパソコンに飲み込まれて、すぐに画面が開いて映像が再生された。
『あぁ……ジョニー……』
『もう離さないよ! メアリー!』
『ジョニー! んっ……ふ……あぁ……』
『メアリ……メアリー……』
…………。
いきなり、すごいシーンが始まった。
「ちょちょちょーーーーーい! はやい! 樹にはまだはやーーーーい!!」
一瞬にして全員が固まってしまった中、一番早く動き出したのは風先輩だった。まさに風のようなスピードで停止ボタンをクリックしてパソコンからディスクを取り出す作業をこなしてしまった。
「よ、予想以上に大人な展開だね!」
「そうね……。でもこれ、途中から再生しちゃったみたい」
東郷さんの方を見てみると、流石に真っ赤になっていた。ちょっと可愛い。
「濃厚なキスシーンだったね~。情熱的だよ~」
「園子ってこういうの平気なのね……」
「樹の教育に悪いこんなものぉーーー!」
「お姉ちゃんやめて! それ友達のだから壊そうとしないでー!!」
………
……
…
この後、風先輩が暴走しちゃったり園ちゃんの恋バナ質問大会が始まってまたチアガールの話が風先輩がしようとしたり、色々あったけど結局すぐに解散になっちゃいました。
そんなこんなで。
今、私と東郷さんは二人で一緒に家路に付いているところです。
東郷さんと肩を並べて歩いて帰るこの時間は私の大切な宝物。でも、
(キス……かぁ)
東郷さんと他愛のないお話をしながら、今日はぼんやりとそんなことをずっと考えている。ほんの数秒だったけれどあんな激しいキスシーンを見たのは人生ではじめてだったからか、ドキドキが止まらない。恋愛ドラマはたまーに見たりするけれど、なんだか西暦の役者さんは迫力が違うんだなぁなんて考えてしまう。
そしてさらに困ったことに、さっきから東郷さんの――その、唇にどうしても目が行っちゃってしょうがない。
桜色の綺麗な唇。いつも私を心配してくれたり、励ましてくれたり。たまにお国の話になると暴走しちゃう時もあるけれど、いつだって東郷さん自身の凛とした魅力と共にそれはあった。
東郷さんもいつか、この唇を誰かに捧げる日が来るのかな。
いつか私の隣から東郷さんが居なくなって、いつか私の全く知らない誰かと結婚して。そしていつか――。
ズキン。と胸が痛くなった。
――この胸の痛みはなんだろう?
「どうしたの?」
胸に手を当てて止まってしまった私の顔を東郷さんが覗き込んだ。
――そんなの、嫌だ。
「ねぇ、私」
――東郷さんは、私の……。
東郷さんに、一歩踏み込む。
「東郷さんのこと……」
東郷さんの顔が、とても近い。
本当にいつ見ても綺麗。
雪のような真っ白な肌に、どんなに綺麗な水よりも澄んだ瞳。まるで物語の登場人物のように余りにも整った顔立ち――、なんて陳腐な言葉じゃとても表現しきれない端麗さ。
ダメ、東郷さんが他の誰かの物になるなんて考えられない。なら、いっそ――。
ぐっと東郷さんの肩を掴んだ。
ぴくっと少し震えたけど、それ以上の抵抗は無い。
「ゆう、なちゃん……?」
目と目がぴったりと合った。お互いの視線がまるで絡みつくように混じって、一つに合わさったような錯覚に陥ってしまう。
(おかしいな――。前に東郷さんと演劇でキスの真似事みたいなことした時はこんなにドキドキしなかったのに)
以前、私は風先輩脚本の演劇で王子様役をやったことがある。お姫様役は東郷さんで、しかも顔と顔の距離が1cmに満たないくらい近づくキスシーンも演じた。
その時は東郷さんの表情にちょっとドキっとする程度だったのに、今の私の心臓は今までで一番早く鼓動をうっている。
東郷さんから目が離せない。このまま、このまま触れ合いたい。
あの時と同じように東郷さんがゆっくりと目を閉じた。
私は、そのまま吸い込まれるように――。
「あれ? 友奈と東郷、何してんの?」
自転車で通りすがった夏凜ちゃんの声で我に返った。
「か、夏凜ちゃん。ここ通って帰るのね」
「? 三州中なら8割くらいの人がここ通ると思うけど」
「そっ、そうよね」
まだびっくりして声が出ない私と違って、東郷さんは冷静だった。ごく自然に超至近距離だった体をいつもと同じくらいまで引き離してから少しぎこちないけど夏凜ちゃんと話をしている。
それにしても、私は今なにをしようと――。
「で、結局なにやってたのよ」
「それは……」
「とっ、東郷さんの目にゴミが入ったらしくてね! 取ってあげてたの!」
夏凜ちゃんに嘘をつくことに良心が痛んだけど、こればっかりはごまかすしかなかった。分かってる、今私が東郷さんに何をしようとしていたのかなんて。でもそれを頭の中で思うことも声に出すことも今はできなかった。
「そ、てっきりキスでもしようとしてるのかと思ったわ」
「っ」
口調で夏凜ちゃんが冗談で言っているのだろうということは分かったけど、心に小さなトゲが刺さったような感覚になった。
「じゃ、はやく帰って休みなさいよ二人共。また明日」
「うん、バイバイ」
「また明日」
特に私達を疑うこともなく夏凜ちゃんは自転車で走り去った。
人通りのことなんて全く考えてなかった。自分の気持ちを東郷さんに完全に押し付けていた。
(私、最低だ……)
とてつもない自己嫌悪。
そして同時に理解してしまった。私が東郷さんをどう思っているか、その気持がどういう種類のモノなのかも。さらに最悪なことに、それを言葉にもせず東郷さんなら受け入れてくれると思い込んで、それを押し付けようとした。
「ごめん、東郷さん」
どうしていいか分からずに、それだけ言い残して私は行く先も何もまったく考えずにその場を走り去った。ただ全力で、もし東郷さんが追いかけてきても振りきれるようにとそれだけ考えて。
たぶん東郷さんは去り際に何かを言っていた。必死に私に言葉を向けてくれていた。だけどその時の私は、何も聞きたくない、見たくないと完全に心を閉ざしていた。
つづく。
最終更新:2015年06月01日 14:33