4・668

それは私たちが満開して体の機能を一つ、私は左の聴力を供物として捧げてからの事だった
私の乗る車椅子を友奈ちゃんが押す、そんな日常で、時折、私の頭の左側に顔を寄せてくるようになった
いつものじゃれあいかなとも思ったし、聞こえなくなった私の左耳を気にしてくれているのかもしれなかった
その行為に気付いて、友奈ちゃんに問いかけても珍しくはぐらかしてくるし
かといって、特別何かを思い悩んでる様子にも見えなかったものだから
何より、その後の情勢がその事を気にするだけの余裕を奪っていって
今のようにみんな揃ってまた笑いあえる頃にはすっかり
記憶の端から抜け落ちてしまっていた



たまたま、私が脚を怪我してしまって、大した怪我ではなかったのに大げさにも
車椅子をひっぱり出してきた友奈ちゃんに押され帰路に着いている最中の出来事
今となっては懐かしささえ覚えるゆっくりと進むこの感覚に身を委ねていると

「――――」

一瞬、思考がフリーズした
不意に耳元で囁かれたその言葉に

再起動した思考を走らせながら左を向くとすぐ目の前に友奈ちゃんの顔があって

「……あれ、え……あ……」

振り向いた私の顔を見ると友奈ちゃんも呆けたような顔になって

「え、えっと……もしかして、聞こえてた?」

「…………うん」

あ、顔が真っ赤になった
あんなにも近くにあった友奈ちゃんの顔は飛び跳ねるように離れ
色々と言い訳のつもりであろう言葉を慌てふためきながら捲し立てはじめる
なんというか自爆しちゃってるよ友奈ちゃん

そんな友奈ちゃんの様子を見ているのも楽しいのだけど
それよりも優先したいことが今の私にはあるから
手を伸ばし友奈ちゃんの腕をつかんで告げる

大丈夫

「友奈ちゃん、もう一度、言って?」
最終更新:2015年02月08日 22:20