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友奈ちゃんが歩けるようになった
と言っても松葉杖はまだ必要で、今までのように歩けるようになるにはまだまだ時間がかかるそうだ
それでも私は、比喩では無く涙を流してそのことを喜んだ

風先輩の目が見えた時も、樹ちゃんの声が出た時も、夏凛ちゃんの耳が聞こえるようになった時も
酷く痛々しい姿だった“親友”が取り戻した記憶の中の“彼女”と一致した時も
何より自分が再び歩けるようになった時も、勿論とても嬉しかった
けれど友奈ちゃんが車椅子から立ち上がって、少しだけ進んで傾ぐその体を受け止めた時―――
あの喜びは最後の戦いの時に友奈ちゃんが「ずっと一緒に居る」と約束してくれた時に匹敵すると思う

「東郷さんだけズルイなあ」
その事を正直に告げたら、友奈ちゃんからちょっと意外な反応が返って来た
「だって私は東郷さんが歩けるようになった瞬間を見てないんだよ!
 感覚が戻ったらいきなり東郷さん歩けてて、車椅子も押してくれて、訓練も手伝ってくれて
 私も東郷さんの“一歩目”見たかった!」
私が歩けるのを自覚したのは朝起きてベッドから起きる時だから、
それを見られているというのは、その、とても恥ずかしい状況だと思うのだけど…

「大丈夫よ友奈ちゃん。これからは2人で並んで歩いていけるんだから、色んな初めての景色を―――」
「でも、東郷さんの大事な瞬間を見過ごしたのは事実だよ」
ほんの一瞬。いつも澄み切った友奈ちゃんの目に暗い光が宿った
時々見せてくれる独占欲。“みんなが大好き”を地で行く彼女の見せる無意識の特別の証
私の背筋にゾクゾクという寒気にも似た感覚が走り、心臓が大きく2度ほど跳ねた

ほんの一瞬だけ、治る程度に足を傷付けて歩き出すところをみせてあげようかという壊れた思考が浮かぶ
けれどそんなことをしたら友奈ちゃんにまた自責の念を抱かせてしまうし、何より彼女のリハビリの手伝いが出来ない
友奈ちゃんが私を特別視してくれるだけで十分、それを更に求めてしまうのは彼女より私欲を優先することだ

「それじゃあ、これからは絶対に目を離さないで、全部見ていて、ね?」
「…うん、勿論!」
「そろそろ部室に行きましょうか。劇の台詞合わせをしないと」
松葉杖を突いて歩き出す友奈ちゃんの隣で、歩調を合わせて歩き出す
彼女が何も必要とせずに歩けるようになる日はきっと遠くはない
友奈ちゃんは勇者だから、どんな困難からも立ち上がれる人だから

でもきっと私を、私のことは必要としてくれるはず
その程度はきっと、自惚れても許されるだろう―――
最終更新:2015年02月08日 22:21