友夏お泊り第2回「一夜の過ち」
魔が差した。その一言に尽きる。
私たちが勇者を引退して、友奈の容体が回復後しばらくして、約束していた2度目のお泊り会。
トレーニング器具でつい張り合ってしまったり、一緒にお風呂に入ったり、以前と同じく2人で1つのベッドに寝ることになったり。
本当に楽しかった。そう、ここまでは良かったのだ。
ふと深夜に目が覚めて、私の隣には勿論熟睡している友奈の姿があった。
勇者時の凛々しい姿とのギャップに苦笑しながら、なんとなく規則正しい呼吸音で寝入っている友奈を眺めていた。
パジャマからのぞく鎖骨にドキッとして軽く視線を逸らした先には友奈の瑞々しい唇。
思わず生唾を飲み込む。自身の心臓の音、時計の秒針を刻む音がやけに鮮明に感じた。
これはいけないことだ。今自分が抱いている願望に理性が警告をする。
分かっているのに、2人きりの部屋で想い人が無防備でいるこの状況に良心が押しつぶされていく。
そっと触れるだけ。それならもしばれたとしても寝返りをうって、等と言い訳も通じるだろう、なんて都合のいいことを考えながら、ついにお互いの唇が触れ合う。
(・・・私、友奈とキスしてる)
ある意味勇者として戦う以上の非日常に、思考が溶けていくのを感じた。
初めて触れる他人の唇の、好きな人との口付けのあまりに甘美な感触に、触れるだけといった当初の目的はすっぱり消え去った。
「んっ・・・ゆうな・・・」
舌先で友奈の唇を舐めとる。唾液で濡れた友奈の唇がやけに艶めかしく感じて、またそこに自身の唇をおとした。
夢中だった。だからこそ一瞬、気づくのが遅れた――友奈と目が合った事実に。
「・・・なに、してるの?夏凜ちゃん」
血の気が引いていくのを感じた。身体を起こし、友奈と距離をとる。
言い訳を考えようとするが、真っ白になった頭には、なにも浮かばない。浮かぶのは、そう。恐怖だけ。嫌われる。友奈に嫌われる。
「あ、ああ・・・ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」
恥も外聞も捨てて、ひたすらに謝罪の言葉を口にする。
怖かった。友奈に嫌われる。もう、今まで通りの日常は送れない。陽だまりのように暖かく心地よい居場所を失ってしまう。
それは私を絶望させるに十分すぎる未来だった。
「やだ、嫌わないで・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめん、なさい」
涙でくしゃくしゃになっている顔をふせて、謝り続ける。友奈がどんな顔をしているのか、確認する勇気が持てない。
そこで、視界が反転するのを感じた。気が付けば、友奈に押し倒されていた。
「なにしてたの?夏凜ちゃん」
「あ、の・・・ごめんなさ――」
「謝罪じゃなくて。夏凜ちゃんが、私になにしてたの?って聞いてるんだよ」
両腕を抑えられて身動きの取れない私を友奈が見つめる。
今まで見たことのない冷たい表情の友奈に、背筋が凍った。
「寝てる友奈に、キス、してた・・・してました。その・・・本当にごめんなさい」
震える唇で何とか絞り出した私の言葉を聞いて、友奈が――笑っていた。
「そっかあ。夏凜ちゃんは悪い子だね。寝てる人にこっそりキスするなんて」
「うぅ・・」
「駄目だよ、そういうのは。ちゃんと私みたいに――」
強引、といって差し支えない手つきで友奈が私の顎を持ち上げて、
「――キスしていい?って聞かなきゃね」
妖艶な笑みを浮かべていた。
最終更新:2015年02月08日 22:22