世界中に突如として出現した『
ゆっくり』と呼ばれる謎の生命体。
体の構成は饅頭そのものであるにも関わらず、意思を持ち、僅かながら知能を持ち、そして人語を解する。
このオカルトとしか思えない饅頭が生命を持つという謎の現象を解明した人物がいた。
ミスヤゴコロと呼ばれる、本名も年齢も全てが謎に包まれた天才的科学者。
彼女はゆっくりの中身が、実は人間の脳を酷似した働きを持つという事を発見・証明した。
それからというもの世界中でゆっくりの中身の研究が進められ、ほぼ全ての部位の働きが解明された。
ゆっくりを用いた『人体実験』が行われるようになるまでに、時間はかからなかった。
とある医療機器開発メーカーの所有する研究所
ここでは、ゆっくりの中身を人間の脳に見立てた様々な研究が行われていた。
ゆっくりには手足こそ無いものの、体を動かす際には、
人間が手足を動かす際に生じる電気信号とほぼ同じ信号が餡子内で発生している。
その事を利用し、人工的に作られた手足……ロボットアームの開発を進めている部門がある。
「くらいよ!!せまいよ!!ゆっくりだしてね!!!」
ここに、研究所で生まれ育った一匹のゆっくりれいむが運び込まれてきた。
小さな箱に押し込まれており、中で不平不満をぶちまけている。
「ったくうるせえなあ。そら着いたぞっと」
「ゆふぅ……もう!!おじさんとはゆっくりできないよ!!ぷんぷん!!」
箱から取り出され、頬を膨らませて怒りを示すれいむ。
運び込んできた職員はれいむを無視して、れいむを手術台の様な台の上にベルトで固定する。
「ゆぶっ!く、くるしいよ!!ゆっくりできない!!とっととはなしてね!!そうすればゆるしてあげるよ!!!」
「それでは始めます。皆さんよろしくお願いします」
若い女性が進み出て、周囲に立つ職員達に宣言した。その姿は手術を始める外科医そのものだった。
「れっれいむをむししないでね!!!とっととこれはずしてね!!!でないとゆっくりさせてあげないよ!!!」
女性はれいむが何を言おうと聞こえないかのように、無造作にれいむの髪を全て剃り落とした。
「ゆ!!くすぐったいよ!!ゆっくりやめてね!!!……ゆ!?あたまがすずしくなったよ!!すっきりー!!」
仰向けに固定されているせいで気付かないのか、髪を剃られた事に何も言わないれいむ。
ただの饅頭のような姿になったれいむの頭に、小さな刃物をあてがい、中身を傷付けないよう慎重に皮を切り取る女性。
「ゆ゛!!?い゛、い゛だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!や゛べで!!や゛べで!!!」
物凄い形相で、凄まじい悲鳴をあげるゆっくり。
何とか逃れようと暴れようとするも、がっちりと固定されたベルトは僅かな身じろぎすら許さない。
術式を見学している職員達はその悲鳴に僅かに眉を顰めるが、女性は何の反応も示さず淡々を皮を切り取っていく。
「ゆ゛ぐっ……ゆ゛ぐっ……い゛、いまな゛らあ゛や゛まればゆる゛じであげるよ゛……」
完全い頭部の皮を切り取られ、餡子を露出したれいむは力なく呟く。
そんなれいむに誰一人として反応せず、術式は次の段階に進んだ。
「よく見ていて下さい。ここが運動野です。見ての通り、人間とほぼ同じ場所にあります。
女性が示した場所に電極を当てると、その電極と繋がっているロボットアームが動いた。
「ほ、本当だ……」「なん……だと……」「凄い……」「流石天才……」「これがのび太が出てきた穴か……」
職員達は呆然として呟く。そんな職員達に呆れたように息を吐き、女性――ミス・ヤゴコロは術式を勧める。
研究所で開発された脳波測定・発信装置を『運動野』に埋め込み、皮を被せて頭を閉じた。
丁寧に皮を縫合する度に、れいむは
「ゆ゛っゆ゛っゆ゛っ……ゆ゛っぐり゛……ざぜでぇぇ……」
と呟いたが、誰も気にする事は無かった。
「これで術式は完了です。新型ロボットアームの電源を入れれば動く筈ですよ」
「早速試してみましょう。それポチっとな」
手術中に動かしたロボットアームより一回り小さくスマートな方のロボットアームの電源を入れる職員。
すると、即座にロボットアームが動き出した。
「おお、成功だ!!」
一同は嬉しそうに声を上げる。ヤゴコロ博士もまんざらでは無さそうだ。
ロボットアームは最初のうちは不規則に動きまくったが、やがて不恰好ながら何かを撫で摩るような動きをし始めた。
「何なんですかねこれ?」
「自分の頭を撫でようとしてるんだろ。ほら、ちょっと痛がってたろ」
「あ、そういえば」
「ちょっとじゃないよ!!!すごくいたかったよ!!!ゆっくりしゃざいとばいしょうをしてね!!!」
頭を閉じて、時間が経った事で体力が回復したれいむが元気良く喚き散らす。
誰一人としてそれに耳を傾ける者は居ない事にも気付かず、延々騒ぎ続けていた。
それに合わせてロボットアームも怒りを示すような動きをして見せて、職員達を笑わせた。
「よし、今日の実験はここまでだ。あんまり無理をさせて壊されても困るしな」
「ういーっす」「お疲れ様ー」「あれ、そういえばヤゴコロ博士は?」「とっくに出て行ったよ。気付かなかったのか?」
密かに博士を食事に誘おうとしていた男を皆で笑いながら、職員達は部屋を出て行った。
「ゆっくりむししないでね!!!れいむをはずしてからでていってね!!!」
「おっと忘れてた。今日から実験体用の部屋に移送するんだった」
ここにれいむを運んできた男が慌ててベルトを外し、来た時と同じ箱にれいむを入れて別の部屋に運び出した。
その間ずっとれいむは騒いでいたが、男はそれも悉く無視した。
れいむは運び込まれた部屋で、一匹寂しく食事をして眠った。
それから数ヶ月間、れいむは様々な環境でロボットアームを動かす実験をされた。
室温100℃近くの部屋での24時間連続稼動実験。
マイナス20℃での耐久実験。
プールに放り込まれての耐水性実験。
砂漠の様な環境での耐久実験。
土中に埋められて自力でアームを使って脱出できるかの実験。
ランニングマシーンで限界まで走らされる、埋め込まれた装置の耐久実験。
ありとあらゆる過酷な実験が行われ、その全てが成功に終わった。
用意された全ての項目を終える頃には、れいむはかなり上手くアームを扱えるようになっており、
そしてれいむ自身の身体はボロボロになっていた。余命はもう幾ばくも無い。
「アームの方は大丈夫ですね」
「ああ。これなら製品化も遠くはないだろう」
「これでアームズテック社を超えられますね。ここまで耐久性があって軽くて繊細なアームは無かったですよ」
「それもこれもヤゴコロ博士が協力してくれたおかげだな」
「ですよね!」
飼育係同士の会話が聞こえてくる。だがれいむには既にそんなものはどうでも良かった。
この数ヶ月、どんなに暑い、寒い、痛い、苦しい、助けてと訴えかけても誰も反応する事はなかった。
まるで幽霊にでもなったかのような扱いで、それでも放置してはくれなかった。
地獄そのものの生活を送り続けたれいむは、既に半ば現実を見なくなっていた。
「こいつはもう駄目っぽいですね」
「そうだな。そろそろアッチに転属する時期だな」
「こいつはどういうプログラムなんでしょうねぇ」
「さあな。全く、まるで映画だよなありゃ」
「ですね。あぁそうだ。あの映画の三作目まだ見てなかったんだ」
「おお、俺DVD持ってるぞ。見に来るか?」
「いいっすか?やった、先輩ん家のホームシアターすげー音がいいんスよねぇ」
「入場料に酒を忘れんなよ」
「えーそりゃ無いっすよ」
談笑しながら作業を終え、部屋を出て行く二人を、れいむは空っぽの視線で眺めていた。
三日後、れいむは別の部屋に移された。
そこでまた何かを埋め込まれる手術を施されたが、れいむはその間何も言う事は無く、ただ涙と涎を静かに垂れ流していた。
「さてと、お疲れ様ゆっくりれいむ。今日からあなたはここでいつまでもゆっくりできるのよ」
「あれ、博士それって」
「ええ。この子はそれなりに良い成果を出してくれたから、ご褒美」
「でもそれは見てて退屈とか言ってませんでしたか?」
「良いのよ別に。この子には十分楽しませてもらったし、はっきり言ってこんな状態になって他のを与えても面白くなさそうだし」
「結局そっちが本音なんじゃ……あ、いや何でもないです」
ヤゴコロ博士は、沢山のゆっくり達がこんこんと眠り続ける沢山のカプセル群のうち、
空っぽのカプセルの蓋を開け、れいむをその中に寝かせるとカプセルのコンソールを弄って電源を入れた。
パネルに実行されたプログラムの名が表示された。
『UTOPIA』
れいむはこれから死ぬまで、理想の楽園で幸せに暮らす夢を、この殺風景な研究室の中で見続けるのだ。
れいむは走り続けていた。
何かから逃げるように。
ただ助かりたい一身で、暗い暗い暗い道を走り続けた。
永遠とも思われる間走り続けた。
やがて光が見え始め、暗くて長い道を抜けた。
[UTOPIA] START.
暗くて長い道を抜けると、そこは楽園だった。
どこまでも続くかと思われる程広い草原、沢山の木の実を与えてくれる森。
可愛い小鳥達は歌い、綺麗な蝶が飛び、そして何より沢山の仲間―――ゆっくり達がゆっくりしている。
今までそれなりに苦労してきたゆっくりれいむにとって、そこは楽園以外の何でもなかった。
ここならあの恐ろしい人間達に襲われる事も無い。そういう確信が、れいむの中にはあった。
仲間達から聞いていた噂の理想郷。それがここなんだ。
れいむは今までの苦労を思い返し、これから始まるゆっくりライフを思い描きながら、万感の想いを込めて叫んだ。
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆ!ゆっくりしていってね!!!」
「あたらしいおともだちだね!?ゆっくりしていってね!!!」
「わかるわかるよー!ゆっくりわかってねー!!」
「ちーんぽっ!ゆっくりちんぽーっ!!」
「うつくしくゆっくりゆかりんとゆっくりしてね!!!」
「うーうー♪ゆっくりゆっくり~♪」
「むきゅーん!ゆっくりしようね!」
「と、とくべつにゆっくりしてあげるわよ!!」
「ここがゆっくりプレイスだと感じてしまってるやつは本能的にゆっくりタイプ」
れいむが挨拶すると、大勢のゆっくり達が集まってきて歓迎してくれた。
今までゆっくりを食べたり襲ったりしていた種族も、一緒にゆっくりできるようだった。
れいむは、生まれて初めて嬉しさで視界を滲ませた。
そんなれいむの頬を伝う涙を、歓迎してくれたゆっくりまりさのうちの一人が舐め取ってくれた。
まりさははにかんだように笑って、れいむを皆の輪の中に入れてくれた。
この時れいむも、この楽園の住人になった。
漸く安心してゆっくりできる場所を得たれいむも、新しい友達ができて喜ぶ原住ゆっくり達も、皆幸せそうに笑っていた。
楽園はれいむが考えていた以上に素晴らしい所だった。
皆とそこそこ遊んだ後、慌てて巣作りに適した場所を探し始めたれいむにまりさが説明する。
「ここはどこでもゆっくりできるんだよ!!わざわざおうちをさがさなくてもだいじょうぶなんだよ!!!」
「そんなことないよ!!おうちがないとゆっくりできないんだよ!!!」
「できるんだよ!!ほらみて!!ぱちゅりーがゆっくりねむってるでしょ!!!」
れいむがまりさの指す方を見ると、ゆっくりぱちゅりーの親子がすやすやと眠っていた。
体が弱いぱちゅりー、しかも子連れが野原で熟睡するなんてれいむが今まで居た場所ではあり得ない事だった。
「ね!ゆっくりできるでしょう!!」
「ほんとうだね!!ゆっくりできてるね!!!」
体中傷だらけにして地面を掘って巣穴を作ったり、いつ他のゆっくりに奪われるか分からない洞穴に住み着いたり、
そういった生きる為に最低限必要な苦労すらここでは無縁なのだ。
れいむはあらためて思う。ここでこそ本当にゆっくりできるのだと。
この日れいむはまりさと一緒に眠った。まるで長年連れ添った友達の様にぴったりと寄り添って。
以前ならば絶対に長居できなかった、見晴らしが良く誰からも狙われ易い丘の上で、ゆっくりと眠った。
それからの日々は驚きと感動の連続だった。
食料はどこにでもあった。その辺に生えてる草は今まで食べたどんな草よりも美味しく柔らかかった。
森に少し入ればいくらでも木の実が手に入った。他のゆっくりと取り合いになどならない程豊かな森。
川や湖もあった。溺れてしまう程の急な流れでも深さでもなく、綺麗で冷たく美味しい水だ。
会うゆっくりは皆ゆっくりできていて親切だった。
種族同士のいがみ合いも上下関係も無く、皆で疲れ果てて動けなくなるまで駆け回った。
どんなに疲れても清清しく、心地よかった。これでは危険に備えられないという焦りもいつしか無くなった。
ある時などあの恐ろしい人間にも出会った。
れいむは慌てて皆に逃げるよう伝えて回ったが、皆は不思議そうな顔をして人間とゆっくりしていた。
よくよく見ると、人間は皆に食べ物を分けている様だった。
集まった皆でそれらを食べ終えると、れいむにとっては信じ難い事に人間とゆっくりが一緒になって遊び始めた。
ゆっくりと走る人間を皆で楽しく追いかけ、色んな持っている本を読み聞かせてくれ、
危険の無い程度の高さに放り投げて普段では見られない景色を見せてくれ、
見た事も無い不思議な道具で様々な驚きを与えてくれたりもした。
この理想郷では、人間ですら共にゆっくりできるお友達だったのだ。
れいむがこの不思議な、けれどいくらでもゆっくりできる場所に馴染むのにそう時間はかからなかった。
ここに来て以来、あのまりさは特に親切にしてくれた。
ここに来るまでに出会ったまりさは、皆どこかれいむを小馬鹿にしたような態度だった。
れいむの意思などお構い無しに行きたい所にれいむを連れて回り、何かあればれいむに責任を押し付ける。
れいむの知っているまりさはそんなどこかゆっくりできていない人ばかりだった。
けれどこのまりさは違う。心の底かられいむと仲良くしているのがよく分かった。
家族にすら感じられなかった程の深い情を、まりさからは感じられた。
れいむがそんなまりさに惹かれるのに、そう時間はかからなかった。
ある時れいむは、いつもの様にまりさと眠るその直前に、顔を赤く染めて言った。
「ま、まりさ……すす、すきです!!れ、れいむとずっとゆっくりしてください!!!」
「もちろんだよれいむ!!まりさもれいむのことだいすきだよ!!ずっとゆっくりしようね!!!」
一週間後、れいむは二人の子供を産んだ。れいむ種とまりさ種が一人ずつ。
初めて産んだ子供は、これまでにれいむが見たどの子ゆっくりよりも可愛かった。
まりさは身重のれいむの為に沢山の食料を持ってきてくれた。
どんなに疲れていてもれいむに寄り添って、子供を産む事への不安と向き合ってくれ、ゆっくりしてくれた。
子供が生まれた後も、良き親でありパートナーであってくれた。
子まりさだけを贔屓するような事も無く、深い愛情を三人に注いでくれた。
れいむもそれに応え、三人の家族と共にいつまでもいつまでも幸せにゆっくり暮らし続けた。
[UTOPIA] is executing.
作:ミコスリ=ハン
最終更新:2008年09月14日 09:31