その他 フェアリー・テイル

その日、彼はいつもよりもずっと奥へと入ってしまっていた。
いつもより調子良く木の実を拾えるのでつい夢中になってしまい、
気付けばそこは見た事も無い程の森の奥。辺りは深い霧が覆っている。
この霧が晴れたら来た道を戻ろう。そう考え、大きな木の下でじっと座り、霧が晴れるのを待つ。
待てども待てども、霧が晴れる事は無かった。
それどころか、時間が経つにつれて霧はより一層濃くなっていった。
よくよく見るとその霧は、紅い色をしていた。
その事に気付いて怖くなった彼は、霧が晴れるのを待たず、その場を離れた。
大丈夫だ。自分は真っ直ぐ歩いてきた。ならば真っ直ぐ戻ればきっと出られる。
そう自分に言い聞かせ、恐ろしい紅色の霧の中、黙々と歩き続けた。
けれど何時間歩いても、一向に森を抜ける事はできない。
霧は尚も濃くなっており、彼は疲れと恐ろしさの所為だろうか、強い吐き気と眩暈に襲われた。
立っているのも辛いので、何処か休める場所を探して視線を走らせると、小さな洞穴を見つける事が出来た。
とりあえずあそこで休もう。そう思って洞穴に向かおうとした瞬間、彼はその場に崩れ落ちた。
彼が倒れる瞬間を、洞穴の中から一つの影が見つめていた―――



「全く、一体何処なんだここは……」
歩けども歩けども一向に道に出る事が出来ない。
時計を見ると時刻は午前二時。歩き始めてもう二時間か。
そういえばこの時間は丑三つ時とか言って、幽霊に出くわしやすいとか言うな。
「神社の跡地に肝試しに行って遭難とか……マジで洒落んなってねえよ」
自分を鼓舞する為に独り言を呟く。そうでもしないと不安に呑み込まれそうだった。
だってそうだろう。普通の道ならともかく、ここはどう見ても野生の森だぞ?
どうなってるんだ全く。あの神社の周囲にここまで深い森なんて無かった筈なのに。
「はぁ……ちょっと休憩……」
野生丸出しの山を、それも深夜に歩き続けるのは凄く堪える。たった二時間で脚が棒みたいだ。
適当な岩を見つけたのでそこに腰かけ、被っていた帽子で顔を煽いでペットボトルの茶を飲む。
「ふぅー……それにしても何なんだ本当。ケータイは圏外だし、森は変に深いし」
ひょっとしたら今夜は野宿になるかも知れない。まあ、大丈夫か。夏だし。
とその時、近くでガサガサと物音がした。野良猫か何かか?
顔を向けるとそこには一匹の、というか一つの生首が飛んでいた。
「うー♪うー♪たーべちゃうぞー♪」
「ひっ……ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
何だ何だ何だ!?生首!?ま、まさかガチで本物の幽霊?冗談だろオイ!
待て待て落ち着け、こういう時は素数だ、素数を数えるんだ!
「1、2、3、4、5、……うほおおおああああああああああああああ!!ほああああああああ!!!ああああ!!」
生首がこっちに飛んできた!ヤバイヤバイ!何か食うとか言ってるし、マジで!?ウエンツは何処だよ早く来いよ!!
「うー♪うっうー♪」
「だあああああああああずげええええええ、だずげてええええええええええええ!!!」
「うるせえぞ馬っ鹿野郎!!今何時だと思ってんだ!!!」
あまりの大声に思わず固まった。生首も固まってる。
声のした方から妙に古臭い格好のおっさんが近付いてくる。手に持ってるのは……何だあれ。ロウソクか?
「何なんだこんな夜中に!ん?何だよゆっくりじゃねえか!大袈裟な……ん?あんた見かけん帽子被ってるな」
「は、はあ……?」
別に何処にでも売ってる普通の帽子だと思うが。むしろおっさんが被ってる帽子こそ珍しいと思う。
おっさんは何ともなさそうな顔で生首を鷲掴みにして、顔の横から生えた羽を引きちぎっていた。
「う゛あ゛ー!!う゛あ゛ー!!ざぐや゛ー!!ごあ゛い゛ひどがい゛るyぶべらっ!!」
騒ぐ生首を岩に叩き付けて潰したおっさん。うげぇ……俺もう肉食えないかも。
「全く……あー、あんたひょっとして外の人間か?」
「そ、外?何の事ですか?」
外とは何だろう。ひょっとしてここは閉鎖された集落か何かなのか?気付かない内に人里まで出ていたのだろうか……
「んー、あんたここが幻想郷だって言われて、分かるか?」
「げんそ……何?」
「幻想郷だよ。そうか、やっぱり外の人間か……」
「何なんすか外とか幻想とか。そんな事より、この辺に泊まれる所とか無いですかね?」
最悪の場合このおっさんの家にでも泊めて貰おう。
「んー、俺の家に泊めてやるよ。幻想郷については家で話す。それであんた名前は?」
名前を教えると、変わった名前だなぁ、と言っておっさんの名前を教えてくれた。
俺よりそっちの方が変わった名前じゃねえか。流石にそれは言わず、黙っておっさんの後を付いていく。
おっさんの家はすぐ近くにあるらしい。
「それにしてもあんたは運が良いな。もし妖怪に出くわしてたらあんた今頃食われてるぞ」
「は?妖怪?」
何を言ってるんだこのおっさんは。俺が妖怪とか言われて怖がる年齢に見えるのだろうか。
むしろ老け顔だと言われる事が多いんだがなぁ……。
「あー、いいや。それも家に着いたら話す」
「はぁ……」
どうも胡散臭いな。ひょっとして俺は何がしかの事件に巻き込まれてるんじゃなかろうか。
や、こんな所に迷い込んだ時点で十分事件ではあるが。
あれこれ考えていると、小さな家が見えてきた。
「そら着いたぞ。ここが俺の家だ。ま、ゆっくりしていってくれ。あ、そうそう。帽子は被っといてくれな」
「?まあ、別にいいですけど……お邪魔します」
意味がよく分からん。帽子好きなのかな。自分もずっと帽子被ってるし。
そんな事より、すげえ。何この小屋。ビンボーさんに出てくるようなレベルだ。
ひょっとしてこの変なおっさんは自称仙人とかそういう類だったのか?
電気機器の類も一切見当たらない。クーラーどころか扇風機も無いとは。これが昭和か。
「部屋はそこを使ってくれ。布団は押入れに入ってるから」
「あ、はい。ありがとうございます」
押入れから布団を出して敷く。見るとおっさんはもう寝ていた。そりゃそうだ。
さっき言ってた説明とやらは、明日なんだろう。まあいいか。俺も眠い。ああ疲れた……

翌朝、六時におっさんに起こされた。早起きだな流石田舎早起き。
何と今時落下式のトイレを済ませ、顔を洗った。現役の井戸なんて初めて見たよ俺。
そして朝食を食べながら、幻想郷とやらの説明を受けた。
何でも幻想郷というのは日本の山奥にある、結界に隔離された一部の土地の事らしい。
そこには妖怪だの妖精だの魔法だのといった、ファンタジーな代物が普通にいるんだとか。
ちなみに昨日の生首も妖精の一種らしい。確かに羽は生えてたけどさ……イメージとは違うな。
で、俺は何かの拍子に結界の外から中に入り込んでしまったらしい。
「マジですか……それで、俺は帰れるんですよね、外に?」
「おう。昼にでも神社に連れて行ってやる。それまでは、畑仕事でも手伝ってくれ」
「はい、分かりました」
畑仕事なんてゲームでしかやった事無いけど……この状況じゃ嫌とは言えないな。
何とか途中でギブアップせずに手伝えた。
明らかに俺が手伝わない方が効率良さそうだったが、それを言うのはKYという奴だ。
もたもたする俺に別段怒ったりもしないおっさんに感謝するべきだ。いいおっさんだ。結婚してくれ!
等と暑さと疲れでおかしくなった思考を、昼飯として出された素麺で冷ます。
「そう言えばここは夏でも割と涼しいんですね。山奥だからですかね?」
「そんなに山奥でもないんだが……何だ、外はもっと暑いのか?」
「ええ。ひょっとして結界とか言うのは空気まで遮断してるんですかねー」
「どうだろうな。俺はそこん所はよく分からん。神社に行ったら巫女さんにでも聞くといい」
「そうします」
100%天然素材の素麺は美味かった。ここは空気もどことなく綺麗な感じがするし、少しくらいは住んでもいいかもな……
「さてそろそろ行くか。忘れ物はあるかい?」
「いえ、大丈夫です。全部持ちました。あ、これ少ないけど御礼です」
「いいよいいよ。どうせ外の世界の金は使えないし」
あ、そうか。
「それじゃせめてこれをどうぞ。外の世界の菓子です。カロリーメイトって言うんですよ」
「そうかい、悪いな。有難く頂戴するよ」
二時間程歩くと、神社に着いた。何とまあ、よく見ると昨日肝試しに行った神社そっくりだった。
尤も、あの神社とは違って今でもちゃんと手入れされているが。
「あらいらっしゃい。素敵なお賽銭箱はあっちよ。……って、珍しいわね、外来人?」
おばさんなのかと思っていたが、巫女さんは可愛らしい女の子だった。見た所まだ10台前半だろう。
「へぇ、巫女様。こいつが昨日の夜中に俺の家に来まして」
「初めまして」
「ふぅん、まあいいわ。とりあえず上がっていきなさい。お茶くらい出すから」
それにしても変わった巫女服だ。脇の下が丸見えだ。うわ、あれサラシか?何かマズいもの見たような……
「いえ、俺はもう帰ります。まだ仕事が残ってるんで、後は巫女様にお任せします」
「あっそ。あぁ、素敵なお賽銭箱は……」
「勿論入れさせていただきますよ。巫女様にはいつもお世話になってますし」
何となく俺もお参りする。えーと、二礼二拍……何だっけ。適当でいいか。大事なのは心構えだ。
「それじゃ、元気でな。巫女様、よろしくお願いします」
「どうもありがとうございました。助かりました」
こういう時はきちんと帽子を取って礼をするんだって小学校の先生が言ってたのを思い出し、慌てて帽子も取る。
すると、
「あっ馬鹿!さっさと被りなさい!」
「え?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
突然おっさんが物凄い形相で飛び掛ってきた。まるで別人……というか、鬼のようだ。
「ていっ!」
巫女さんが足踏みをすると、おっさんの動きが止まった。いや、良く見ると何かに閉じ込められているみたいだ。
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!死ね!死ね!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえぇぇぇぇぇ!!!」
涎を撒き散らして、凄まじい勢いで扉を叩くような動作をするおっさん。正気を失ったような目は俺しか見ていない。
「な、な………」
「ああもう。呆けてないで被りなさいよ」
巫女さんが地面に落ちた帽子を拾って尻餅をついた俺の頭に被せた。
その瞬間、おっさんが静かになって、その場にうずくまった。肩が震えている。泣いている……のか?
何が起こったか分からず、立ち上がる事も忘れておっさんを眺め続ける。巫女さんも何も言わない。
数分経つと、おっさんは立ち上がり、
「ご迷惑をおかけしました。……すまなかったな。それじゃ」
と、悲しそうな顔で元来た道を帰っていった。
「大丈夫?立てるかしら」
「……ん?あ、あぁ……」
ふらふらと立ち上がる。
「い、今のは一体何なんですか……?」
「後で説明するわよ。上がって。お茶淹れて来るから」
巫女さんの導くままに部屋に通され、座っているとお茶と煎餅を持って戻ってきた。
「どうぞ」
「は、いただきます」
煎餅は完全にしけっていた。巫女さんは美味しそうに食っている。変わった趣味なんだな……
「で、一体さっきのは何だったんですか?巫女さんは何か知ってるみたいでしたけど」
「あれはね、呪いなの」
「呪い、ですか」
妖怪やら妖精の次は呪いときた。本当にファンタジーなんだなここは。
「そう。あの人はね、何ヶ月か前に森で遭難して、ゆっくりに会ったのよ」



男が倒れるのを目撃したれいむは、急いで洞穴の奥に戻り、仲間に知らせた。
「たいへんだよ!!おそとでにんげんのおじさんがたおれてるよ!!」
「ゆゆ!たいへん!!」
「ゆっくりたすけないと!!」
このゆっくり達は、里に出てよく人間達の仕事を手伝う代わりに菓子を貰ったり遊んでもらったりしていた。
なので他のゆっくり達に比べて人間に対して友好的だった。
「ゆっくりはこぶよ!!」
「はやくしないともやもやでゆっくりできなくなるよ!!」
「ゆゆ!そうだね!!いそいでゆっくりはこぶよ!!せーの!!!」
数十匹がかりで男の服を咥えて洞穴に引きずっていくゆっくり達。
男はそれなりの体格だったが、何とか運んで行く事ができた。二十分程かかって、漸く洞穴の奥に運び込んだ頃、男が目を覚ました。
「ゆゆ!おきたよ!!」
「ゆっくりしていってね!!」
「んん……ここは……」
「ここはれいむたちのおうちだよ!!」
「おじさんがおそとでたおれてたからつれてきたの!!」
「ゆっくりやすんでいってね!!!」
「ん、お前らはゆっくりか……そうか、悪いな。ゆっくりさせて貰う」
「「「「「ゆっくりしていってね!!!」」」」」
倒れたとはいえ、結果的に霧の入り込まない場所で休憩できたのは幸いだった。
しかしこの不気味な霧が晴れるまではここを動けない。
男は何度か外に出ようとしたが、この紅い霧を吸うと気分が悪くなった。これでは、とても森など抜けられない。
「はぁ……困ったもんだ。食い物が尽きる前に晴れて欲しいが」
「たべものならあるよ!!!」
「まりさたちのごはんをすこしだけわけてあげる!!!」
「ゆっくりたべようね!!!」
「そうか……ありがとな、ゆっくり」
「ゆゆー!!」
礼を言われてゆっくり達は嬉しそうに跳ね回った。男は気を紛らわすようにゆっくり達と遊んでやった。
やがて日が沈み、辺りが暗くなっても霧は晴れなかった。
「今夜はここに野宿するしかないか……いいよな?」
「もちろん!!!」
「にんげんのおうちにもときどきとめてもらうもん!!!」
「だからおじさんもとまっていっていいよ!!!」
「「「「「ゆっくりとまっていってね!!!」」」」」
「そうか……ありがとう」
翌日も霧は晴れず、その次の日も霧は晴れなかった。
一週間経ち、二週間経っても一向に霧が晴れることは無かった。
食料はとっくの昔に尽きており、男もゆっくり達も飢えていた。そして、



何とか巫女さんのおかげで、元の神社に戻る事が出来た。乗って来た車もそのままだ。
良かった良かった。これで無事に帰れる。
おっと、ケータイが。うわ電話とメールの嵐。めんどくせえ、帰ってからでいいや。
獣道でも森の中でもない、普通のアスファルトの道路に出て車を走らせる。やっぱり俺には外が合ってる。
……妖精の呪い、か。
おっさんは一緒に居たゆっくり達を一匹残らず殺して食べたらしい。
巫女さんによると、その時にゆっくり達自身すら意識せずにおっさんを呪ったらしい。
何度も解呪しようとしたらしいが、ゆっくり数十匹分の呪いというのはとても人間が手を出せるような代物ではないらしい。
その手の話が好きな奴ならともかく、俺には全く分からない世界だ。
分かったのは、あのおっさんが『帽子や髪飾り等の無い人間』を人間と認識できず、無意識の襲い掛かってしまうらしい事だけだ。
あのゆっくりにはそういう性質があるらしく、それと同じ性質をおっさんが受け継いでしまったとか何とか。
それで帽子に拘ってたのか……。
あの巫女さんも、最初は頑張って解こうとしたらしいが今は諦めてるらしい。
理由は俺にはよく分からない。魂が変質させられたとか何とか言われても、
そういったものを夏の風物詩位にしか捉えてない俺じゃあ到底理解できない。
要するにそういった精神障害なんだろう。あのおっさんは一生、あの人里離れた小屋で生活するしかない。
呪いの所為で家族を皆殺しにしたというから、どの道人里で生きる事はできないのだろう。
何にしろ、俺には関係の無い話だ。あそこは幻想郷という別世界で、俺とは文字通り住む世界が違う。
そんな、一晩泊めてくれただけの、縁も所縁も無いおっさんの悲しげな顔が、何故か当分忘れられそうになかった。

FAIRY TAIL END


作:ミコスリ=ハン

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最終更新:2008年09月14日 09:32
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