「全く、一体何処なんだここは……」
歩けども歩けども一向に道に出る事が出来ない。
時計を見ると時刻は午前二時。歩き始めてもう二時間か。
そういえばこの時間は丑三つ時とか言って、幽霊に出くわしやすいとか言うな。
「神社の跡地に肝試しに行って遭難とか……マジで洒落んなってねえよ」
自分を鼓舞する為に独り言を呟く。そうでもしないと不安に呑み込まれそうだった。
だってそうだろう。普通の道ならともかく、ここはどう見ても野生の森だぞ?
どうなってるんだ全く。あの神社の周囲にここまで深い森なんて無かった筈なのに。
「はぁ……ちょっと休憩……」
野生丸出しの山を、それも深夜に歩き続けるのは凄く堪える。たった二時間で脚が棒みたいだ。
適当な岩を見つけたのでそこに腰かけ、被っていた帽子で顔を煽いでペットボトルの茶を飲む。
「ふぅー……それにしても何なんだ本当。ケータイは圏外だし、森は変に深いし」
ひょっとしたら今夜は野宿になるかも知れない。まあ、大丈夫か。夏だし。
とその時、近くでガサガサと物音がした。野良猫か何かか?
顔を向けるとそこには一匹の、というか一つの生首が飛んでいた。
「うー♪うー♪たーべちゃうぞー♪」
「ひっ……ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
何だ何だ何だ!?生首!?ま、まさかガチで本物の幽霊?冗談だろオイ!
待て待て落ち着け、こういう時は素数だ、素数を数えるんだ!
「1、2、3、4、5、……うほおおおああああああああああああああ!!ほああああああああ!!!ああああ!!」
生首がこっちに飛んできた!ヤバイヤバイ!何か食うとか言ってるし、マジで!?ウエンツは何処だよ早く来いよ!!
「うー♪うっうー♪」
「だあああああああああずげええええええ、だずげてええええええええええええ!!!」
「うるせえぞ馬っ鹿野郎!!今何時だと思ってんだ!!!」
あまりの大声に思わず固まった。生首も固まってる。
声のした方から妙に古臭い格好のおっさんが近付いてくる。手に持ってるのは……何だあれ。ロウソクか?
「何なんだこんな夜中に!ん?何だよ
ゆっくりじゃねえか!大袈裟な……ん?あんた見かけん帽子被ってるな」
「は、はあ……?」
別に何処にでも売ってる普通の帽子だと思うが。むしろおっさんが被ってる帽子こそ珍しいと思う。
おっさんは何ともなさそうな顔で生首を鷲掴みにして、顔の横から生えた羽を引きちぎっていた。
「う゛あ゛ー!!う゛あ゛ー!!ざぐや゛ー!!ごあ゛い゛ひどがい゛るyぶべらっ!!」
騒ぐ生首を岩に叩き付けて潰したおっさん。うげぇ……俺もう肉食えないかも。
「全く……あー、あんたひょっとして外の人間か?」
「そ、外?何の事ですか?」
外とは何だろう。ひょっとしてここは閉鎖された集落か何かなのか?気付かない内に人里まで出ていたのだろうか……
「んー、あんたここが幻想郷だって言われて、分かるか?」
「げんそ……何?」
「幻想郷だよ。そうか、やっぱり外の人間か……」
「何なんすか外とか幻想とか。そんな事より、この辺に泊まれる所とか無いですかね?」
最悪の場合このおっさんの家にでも泊めて貰おう。
「んー、俺の家に泊めてやるよ。幻想郷については家で話す。それであんた名前は?」
名前を教えると、変わった名前だなぁ、と言っておっさんの名前を教えてくれた。
俺よりそっちの方が変わった名前じゃねえか。流石にそれは言わず、黙っておっさんの後を付いていく。
おっさんの家はすぐ近くにあるらしい。
「それにしてもあんたは運が良いな。もし妖怪に出くわしてたらあんた今頃食われてるぞ」
「は?妖怪?」
何を言ってるんだこのおっさんは。俺が妖怪とか言われて怖がる年齢に見えるのだろうか。
むしろ老け顔だと言われる事が多いんだがなぁ……。
「あー、いいや。それも家に着いたら話す」
「はぁ……」
どうも胡散臭いな。ひょっとして俺は何がしかの事件に巻き込まれてるんじゃなかろうか。
や、こんな所に迷い込んだ時点で十分事件ではあるが。
あれこれ考えていると、小さな家が見えてきた。
「そら着いたぞ。ここが俺の家だ。ま、ゆっくりしていってくれ。あ、そうそう。帽子は被っといてくれな」
「?まあ、別にいいですけど……お邪魔します」
意味がよく分からん。帽子好きなのかな。自分もずっと帽子被ってるし。
そんな事より、すげえ。何この小屋。ビンボーさんに出てくるようなレベルだ。
ひょっとしてこの変なおっさんは自称仙人とかそういう類だったのか?
電気機器の類も一切見当たらない。クーラーどころか扇風機も無いとは。これが昭和か。
「部屋はそこを使ってくれ。布団は押入れに入ってるから」
「あ、はい。ありがとうございます」
押入れから布団を出して敷く。見るとおっさんはもう寝ていた。そりゃそうだ。
さっき言ってた説明とやらは、明日なんだろう。まあいいか。俺も眠い。ああ疲れた……