永遠亭から伸びる獣道を進む、巨大が影が一つ。
元は二つの生き物のようだが、チューブにがんじがらめにされて、ほとんど一つに固まって見えた。
それは、縛られたままの
ゆっくり夫婦。
「ゆっ!」
二匹、歯を食いしばって同時に飛ぶ。
じり、じりと、一歩づつ竹林へ近づいていく。
顎に開いた痛々しい穴をぴったり、お互いの体で塞いで、何とか子供が飛び出さないように移動していく。
一歩進むたび、全身をびりびりとかけめぐる激痛。
「ひぐうううう!」
まりさとれいむが声を合わせて泣き喚く。
その痛みが少し治まったら、また一歩。そして、激痛にのたうつというルーチンワーク。鈴仙という、ありもしない捕殺者から逃れるための無意味なルーチン。
先ほどの産気が治まったものの、今にも飛び出しそうな子供たち。
問題は、その飛び出す先がどこにもないことだった。
ぴったり向かい合うことで、お互いの産道同士がかちあって外に出る術がなかった。
また、ゆっくり夫婦が行く先自体も、どこにもなかった。
この巨体でもぐりこめる巣穴など稀。大抵は長年かけて、自分の体に合わせて拡張した巣にすんでいるが、その長年の住処は兎さんこと、てゐの忠告で危険なことが判明していた。
もう、二匹はどうすればいいのかわからない。
さきほどから、ぎちぎちとお腹が病み始めていた。
いつまでも産気をこらえらるわけがなかった。
「ゆっゆっゆっ! ゆぐううひぎいいいい! うっ、うまれるうううううううほおおおお!」
絶叫とともに泣き出すれいむ。
ビクンビクンと痙攣する体が、ぴったりと合わせた体を通してまりさにも伝わってくる。
しかし、まりさは無防備な道端での出産の危険性を知っていた。出産後、しばらく動けないまま体力の回復を待たねばならない。
「ま、まだ安全じゃないからゆっぐりじでええええ……っゆ! ひっ! ゆぎゃあああああ!」
霊夢の痙攣が、まりさのお腹の子を同調のさせたのか、同時に産気づくゆっくりまりさ。
そのまま、お互い一歩も動けなくなる。
めこめこと腹に響く感覚と、その度に脳天に抜けるような激痛。
もう、この激痛の元、子供を速く産んでしまいたい。楽になりたい。
ぶり返す痛みの波に苛まれ、もうそれしか考えられなかった。
「ゆぐうううう! うまっ、うまっ、ゆまれるううう、あがぢゃーんんんんぐうううう」
すさまじい表情でいきむ。
めりめりと、れいむのお腹が裂けるような衝撃。
飛び跳ねて、のたうちまわりながら狂ってしまいそうな痛み。これまでの激痛が凪のようにすら感じる、激痛の高波。れいむの唇の端からあぶくが噴出す。
その顔を、すぐ先の自分の姿を見て、まりさの心に走る恐怖。
だが、これが終わればきっとわが子を前にするという最大の幸福が待っている。そんな至福の笑顔を、きっとれいむは見せてくれるはず。
まりさは自分の身に徐々に湧き上がる、高ぶりと痛みの渦を感じて、歯を食いしばる。
「でる、でる、でて、でてえええええ、早ぐううううう死ぬうううううぎゃあおおおおおおほおおおおお!」
竹林に響くれいむの絶叫。
切なく、どこまでも高くなっていくが、ついにそのときは訪れた。
「ゆ゛っ!」
きゅ、ぽんっと二匹を振るわせる衝動。途端に、れいむの顔が般若から至福の笑顔に。
ついに子供が生まれたのだ。
だが、その瞬間まりさの産道にのしかかる異様な圧力。
何かが、開きかけたまりさの産道をこじあけてめきょめきょと激痛を撒き散らしながら入り込んでくる。
「ゆ゛ゆ゛っ! ぎゃほほほほほほ!」
まりさののたうつ悲鳴。生み出されたれいむの子が、ぴったり合わせてた産道を通って、今度はまりさの側に。
出そうとしている身に、その何倍もの苦しさと痛み。
出産本来の腹の底を裂くような激痛まではじまって、まりさは仕方なくれいむが産んだばかりの子を、渾身の力をこめて押し返す。
「ゆ゛っ!? いっ、いっだあああああああああああいいいいいいい! どうじでえええええええええ!!!」
終わったはずの痛みが再び鮮烈にぶり返して、泣き叫ぶれいむ。芽生えたばかりの苦痛をのりきった産後の幸福は、粉みじんとなる。
どういう仕組みで産んだ子が戻ってきたのか、れいむが理解したのはそれからすぐのことだった。
「ゆがあああああ、ふうううううゆううううううぎゃあああ、うまっ! うまれてええええ! 産まれてえええええ!!!」
まりさの絶叫が、地獄の開始を告げていた。
「ゆ゛っ!」
すぽんっと、またしても生み出される子供。
そのまま、れいむの産道に頭をねじこみ、自分の腹違いの姉妹にこんにちわ。
だが、悠長に挨拶をさせる余裕は、お互いの親にはなかった。
「ゆっ! ゆぐうううぎゃあああああああ!」
すぐさま、産道をこじあける激烈な痛みがれいむをうちすえた。
たまらず力をこめる。
押し出されるわが子とまりさの子。
「おねがあいいいい、受け取ってええ! まりさあああ!」
だが、いくら愛するれいむの子でもまりさは痛みをすべて受け止めることはできない。
「いぎゃあああ! 子れいむは自分でみでよおおおおおおお!」
子まりさの産道に戻る痛みの存在を感じながら、それ以上の痛みを避けるために子供を押し出す。それは、れいむも同じだった。
「ぎゅうううううううううう!」
産道の中、姉妹のくぐもった悲鳴が響く。
母の中で何の不安も無く育ち、素敵なことと、かけがえのない家族が待つ外の世界に飛び出した子まりさと子れいむ。
だが、目にしたのは極限まで顔面を変形させた自らの姉妹。耳にしたのはお互いのうめきとお互いを押し付けあう親の泣き声だった。
「なんでえええぎゅむううぐうううう!」
子まりさの理由を問い詰める言葉すら潰される圧迫。
両親の産道と姉妹の圧力に形をゆがませる子まりさ。
その耳にかすかに聞こえる両親の声は、慰めでも労わりでもなかった。罵り合う、興奮した声。
「ごんなもどっでぐる、ぎぎわげのない子は、れいむのあがぢゃんじゃないいいいいいいい! た゛か゛ら゛、ま゛り゛ざの゛あ゛がぢゃんなのおおおおおおおお! まりさにあげるううううう!」
「ゆっ!? まりざだって、いやだよおおおれいむうううう、いらないよおおおおおお! まりざの子を、もらってよおおおお、まりざは、本当は子供なんてほしくながっだんだがらああああ! れいむがづぐろうって、言い出じだなじゃないがはあああああ! んぎいいいいいいいいい!!!」
「ひどいいいい!!! まりざが、こどもがいれば、じあわせになるっていっだぐぜにいいいいい!!! うぞづぎいいいい! ぜんぜんしあわせじゃないよおおお! こどもなんて、いらないいいいひぎいいいいいっ!!!」
「もどざないでええええええ! まりさはあがぢゃんなんて、二匹もいらなかったよおおおお!!! れいむの産む一匹だけでよがっだのに、なんでまりさにまで産ませるのおおおお! ぜんぶ、れいむのぜいだああああ!!! れいむが責任どっでねえええええええぎょほおおおおーっ!!!」
もう、両親とも生まれた子供に最初に語りかける予定だった言葉「ゆっくり産まれてくれてありがとう! これから、家族でいつまでもゆっくりしようね!」なんて、頭のどこにもない。ただ、この苦痛だけが終わることを願っている。
「ゆー……」
無気力な呟きが子まりさからもれていた。
産道から外に出る前の両親のいらない宣言に、子まりさの心に降りる影。もう、産まれ落ちたとして両親の顔をどんな顔でみればいいのか、それに、この重圧を受けて外にでて、果たして自分の形は
元に戻るのだろうか。
のしかかる絶望感と苦痛。
だから、頬に伝わる新しい痛みに鈍感になった。
ぶちいいいいい。
その重い音に続いて、爆発した激痛に子まりさがびくんと震えた。
「ゆぎいいいいいい!」
じんじんと芯から響く激しい痛みに、のたうちながら振り返る。
そこにいたのは自分の姉妹、子れいむ。口元を餡で汚した肉親の姿そこにあった。その口元を染め上げる黒は、噛み千切られたばかりの子まりさの餡子。
「なっ! なにじでるのおおおおおおおお!」
子まりさの絶叫に、子れいむは応えない。ただ、やるべきことをやった表情でそこにいた。
途端に、餡子が母体の圧力に押し出されていく。
まるで水のように、しゃあああと音をたてるほかほかの餡子。
「こ゛んな゛の゛、う゛そ゛た゛あああああああ! なんでええええええええええ!!!」
ますますの絶叫、だが、破けた頬からの餡子はとどまる勢いを見せない。
「ゆゆゆっ! ごめんね! お母さんたちが一匹だけでいいっていうから、仕方ないんだよ!」
産まれる前に同族殺しに挑む子れいむ。
だが、産まれる前の子れいむによって親は絶対的な神だった。その意向どおり動いたことに戸惑いはない。
「だめだよおおおお、あんこ、どまっでええええええ、死ぬうううぐううううう!」
急速にしぼんでいく子まりさの体。
「いやだあああああ、外がみたがっだよおおおおほおおおお!」
「お姉ちゃんが見てあげるから、安心してね!」
邪気のない姉の声を遠くなっていく子まりさの聴覚がかろうじてとらえる。
子まりさの唇がかすかに動く。
一度だけでいいから、おねえちゃんと追いかけっこ、外でしたかったよ。
声にならない息を炊き出して、子まりさは生まれることもなく生涯を閉じたのだった。