妹紅×ゆっくり系5 人食いゆっくり_前

 降り続く夏の豪雨。
 衰える気配のない雨音に妹紅の嘆息も掻き消える。
 妹紅にため息をつかせていたもの。それは退屈。
 いつもなら暇つぶしをかねた竹林のガイドにでも出かけるところだが、こんな天気に永遠亭に向かう輩もいまい。
 結局、一人でごろごろすることしか時間のつぶしようがない妹紅。
 からかったり、説教されたりする慧音の姿も午前中に外出して、そのまま戻ってこない。
 不貞寝を続行するしかなかった。
 救いはも長年の妹紅の能力。じめじめした屋内も、妹紅の周りはどこかからっとした乾いた空気。枕を抱える妹紅の息も安らかに。
 一度うとうととしてくると、あれほどうるさかった雨音もまるで子守唄のようだった。
 そのまま、混濁する意識に心地よく埋もれようかというとき、あわただしい物音が玄関から聞こえてきた。
 ついで、外の雨音が鮮明になる。
 誰かが玄関を開けて入ってきた。
 飛びおきる妹紅。だが、その緊張も玄関からの声に解けていく。
「すまない、妹紅。タオルをもってきてくれないか」 
 慧音の声だった。
「なんだ、ずいぶんとゆっくりしていたな」
 親しい者の向けて、軽口をたたきながらタオルをもって玄関へ。
 そして、歩みが止まる。
「悪い、もう一人分くれないか」
 慧音は客人を連れていた。
 年若く、美しいが、この雨にさらされていたのか、病的に青ざめた顔色の女性。
 その表情は悲しみに沈み、苦悶の後が眉間に深く、唇は涙をこらえるように歪み、実際に口に押し当てたハンカチ越しに嗚咽がこぼれている。
「妹紅、大変なことが起きてしまった……」
 慧音も憂いの形に眉をひそめ、妹紅に向けたため息を吐き出していた。


 玄関に立たせておくにはいたたまれない女性の姿に、屋内に二人を招いた妹紅。
「何が、あったんだ」
 急須の茶葉を取り替えながら、妹紅は自分を手伝いにきた慧音に声を潜めて聞いた。
 客間には女性にが一人、肩を落として座っている。どれだけ泣き続けたのだろう。目が真っ赤で腫れぼったい。
 慧音は勝手知ったる妹紅の家とばかりに、湯飲みを並べながら妹紅にささやく。
「妹紅、ゆっくりを知っているな?」
「ん? ああ、あの愛嬌があるのかないのか、微妙なやつらだな」
 脳裏に浮かぶユーモラスなゆっくりの姿。
 妹紅の生業はゆっくりとは利害関係にない。ゆっくりが何をしようが他人事。家に入り込んでくればつっついたりして反応で遊んだりもするが、別にどうこうしたい相手ではなかった。
 しかし、慧音はゆっくりの名前を口にするとき、まるで稲穂にたかる害虫を話題にしたように、忌々しげな口ぶり。
「ゆっくりが、どうした?」
 違和感を感じての妹紅の問いに、慧音は表情をすうと消し、答える。
「ああ、そいつがな、人を……赤ちゃんを食ったらしい」
 人が、食われる。
 それは妖怪と人が共生する幻想郷では珍しいことではない。
 ただ、ゆっくりが人を食うというのは聞いたことがなかった。
 むしろ、人に対してこれほど無力な生き物はないではないかと、妹紅は考えている。
 妖怪は人を食うし、妖精の軽い悪戯で崖から転落するもの珍しくない。血肉を求める妖獣が跋扈し、人を血袋とみなす吸血鬼まで、人に害なす生き物は実に多種多様。
 ゆっくりだけが、人をどうすることもできなかったはずだ。
 それなのに、人の子を食ったと慧音は言う。
「そして、私が連れてきた人は食われた子の母親だ。本当に、痛ましい……」
 その言葉に振り向くと、女性は青い顔のまま、焦点の合わない瞳で虚空を見つめていた。
「妹紅、すまないが彼女の話を聞いてやってくれないか」
 無論、妹紅に異存はなかった。


「まずは温まったほうがいい」
 慧音にお茶を差し出されて、こくんと糸の切れた人形のように礼をする女性。
 妹紅はその正面に、慧音は女性の右隣に腰掛け、向かい合う。
 慧音に促されて、お茶をすする音が響く。
 三人の間に横たわったその沈鬱に、外の雨脚も別世界のように遠くなっていた。
「つらいだろうが、話してくれないか」
 慧音の言葉に弱弱しくうなづく女性。
 ぽつりぽつりと、うめくように語りだす。


 ゆっくりが女性の家の近くに現れるのは珍しいことでは無かった。
 とはいえ、普段のゆっくりによる被害は家庭菜園程度。柵を設置してからは、それもなくなっていた。
 家にも踏み込まれたこともなく、玄関先までが自分たちの入っていい領域と思っているのか、そのあたりで飛び上がり餌をねだることがあったぐらい。
 それだけに、ゆっくりに対して無防備になっていた。
 事件の日、1歳になるわが子が眠った隙に家事にいそしんでいた母親。だが、子供の眠る部屋の方が何か騒がしい。子供がむずがっているのかなと、母親はその手を止める。ようやくはいはいを覚えたばかり。だが、親の思わぬところまで踏破することもある。放ってはおけなかった。
 とはいえ、父親が早世し、近隣の富農の家に奉公に出ることで何とか食いつないでいる身。働きづめで疲れ切って体の重い母親は、手元の作業を早めにこなして確認しにいくことにした。
 洗濯物を一通り干して、小走りに赤ちゃんの下へ。
 そうして玄関口を抜け、子供の寝室で見たのは見たこともない巨大なゆっくりれいむだった。
 ほっそりとした母親の体重に比べて、五倍もあるだろうか。
 ぶよぶよな体で、しあわせそうな顔でよだれをたらして眠っていた。
 成熟したれいむの幅2メートルの巨体に一瞬圧倒された母親だが、すぐに異変に気づく。
 横なぎにされた赤ちゃんのベッド。散乱する布団と、赤ちゃんの好きだったおもちゃ。赤ちゃんにまつわるものがすべてあるが、ただ一つ、赤ちゃんの姿がどこにもない。心を引き裂くような夫との死別の果てに、貧しさの中で1歳になるまで愛を注いで育てたわが子が消えていた。
 とはいえ、ゆっくりが人を食べる話など聞いたことがない母親は、そのときもっともありえそうなことを想像していた。
 巨大れいむの下敷きになった自分の赤ちゃんを。
 想像した瞬間、ぞわりとした悪寒と心を駆り立てる焦燥。
「どいてえええ!!!」
 両手をぶんぶんと振り回して、ゆっくりをたたき起こす。
「ゆ~?」
 寝ぼけなまこでのっそりとおきだすゆっくりれいむ。
 状況がわからないゆっくり脳で、鬼気迫る母親の顔を目撃する。
「ゆっ! どうしたの、そんなに怖い顔はやめてね! ゆっくりしていってね!」
「ゆっぐりしちゃだめええええ! どいてえええ、おねがいいいいいい!!!」
 母親は必死で、そのぷよぷよのだらしない体を押す。
 けれど、皮がでろんとのびるばかりで、母親の膂力では小揺るぎもしなかった。
「いたいよ、おねーさん! ゆっくりしないとだめだよ!」
 必死の懇願もぷうと膨らむゆっくりれいむにはまるで通じない。
「お願い、そこをどいてえええ! いくらでも、おいしいのあげるから、お願いどいてええええ!」
 母親は屈服してでも懇願するしか手が無かった。
 すると、ゆっくりれいむはぽやーっと、うっとりした表情。
 食べ放題のお菓子を想像したのか、よだれがダラダラとこぼれていく。
「ゆっ! ここはれいむのゆっくりポイントなんだけど、とくべつにすこしだけ移動してあげるよ!」
 いいながら、重い体を震わせてどすんどすんと後ろに退く。
 母親は、ある種の覚悟を決め、一呼吸してその場所をのぞきこむ。
 果たして、そこには何も無かった。
 心底ほっとする母親。ぽろぽろと涙が安堵で止まらない。
 だが、そうなると赤ちゃんはどこへ?
「ゆ~♪ ゆ~♪ ゆっくりハウス~」
 暢気な、ひどい歌声が聞こえてきて母親は顔をあげる。
 そして見てしまった。
 ゆっくりれいむの巨大な下あごに膨らんだ丸み。誰かが、中から顔を押し付けられているような、奇妙な突起。
「ね、ねえ」
 膝が震える。声色だけ不思議と平静に、母親は話しかけていた。
「あかちゃん……わたしのあかちゃん……知らない?」
 知らないよと答えてと、母親は願った。
「ゆ? おねーさんのお赤ちゃんだったの!?」
 だが、願いはかなわなかった。
 ゆっくりれいむは飛び切りの笑顔を母親に向けて、言った。

「おねえさんの赤ちゃん美味しかったよ!」

「い、いやあゝあゝあゝあああああああああああああああああああああ!!!」
 もう、悲鳴しかでなかった。
 心の奥から得体のしれものがわきあがり、頭をかきむしって、その場にうづくまる。
 吐き気がとまらない。えづく。続いて、ぽろぽろと涙が頬を伝っていく。泣いていることにすら気づいていなかった。
 夫が残してくれた、夫がこの世界にいた証明。命を削ってでも守っていかなれればなかった赤ちゃん。それが、こんなことで……
 あのとき、すぐに来ていたらこんなことには……!
 ああああああ、あなたあああああああああ!
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいいいいいいいい。
 亡き夫に対して、どれだけ詫びても許されないだろう。死んでしまいたい、絶望。
「おねーさん、美味しい赤ちゃん、また食べさせてね! こんどはみんなを連れてくるから、たくさん赤ちゃんを用意してね!!!」
 その場で母親が死を選ばなかったのは、ある意味このれいむの言葉のおかげだったかもしれない。
「がっ! がえぜええええええ、あがぢゃん、がえぜえええええええ!」
 すべての感情が怒りになって爆ぜた。
 のども裂けよ泣き叫んで、れいむにとびつく。
「ゆっ、ぐっ!」
 そのままれいむの口の中に半身をねじ込む。
 手をねじ込み、わが子の影があった下あごに付近をほじくりだそうとするが、ゆっくりれいむにはすさまじい激痛だった。
 巨大な舌が母親の顔面をとらえ、そのままズズとすさまじい力で押しのけられる。
 この力で、あかちゃんが引き込まれたのだと、怒りが燃え上がる母親もどうすることもできない。
「ぺっ!」
 こともなげに吐き出されてしまう。
「いぎなり、なにずるのおおおお! ひどいよ、おねーさん! れいむ、悪いことしてないのにいいいい!!!」
 言いながら、わんわんとすさまじい声で泣き喚く。
 と、怒ったのか、さらにはその全身を真っ赤に染めてドスンドスンと跳ね回る。
 もう、下あごの膨らみは微動だにしていない。
「こんな意地悪するおねーさんとは、一緒にゆっくりできないよ! 赤ちゃん食べたぐらいで怒らないでね!」
 赤ちゃんがどういうものかよくわかっていないような口ぶり。
 おそらくは未婚のゆっくりだったのかもしれない。
 無論、母親が許す要素にはまるでなりえなかった。
「こっ、ころしてやるううう!」
 もう、理性なんて残っていない。
 そのゆっくりの腹を裂いて、あかちゃんを取り戻す。
 台所にとびこんで包丁を片手にゆっくりに駆け寄ると、全身で飛び込むように突き刺した。
 深々と突き刺さる手応え。
 だが、それでもそのゆっくりれいむの巨躯に比べれば、包丁の刃渡りは人にマチ針を刺すようなもの。
 めりこんだ包丁も女性の腕力では引き抜くことすらできなくなる。
 一方、刺されたゆっくりは驚いた表情。
 だが、次第にじんわりとその顔がゆがんでいく。
「いだああああああいいいいい! だずげでええええええ! れいむのべっそうに、こわいひとがいるううううううう!!!」
 どすんどすんと跳ね回って部屋を粉砕していく。
 赤ちゃんに歩き方を教えるため用意していた歩行器が、赤ちゃんの身を案じた階段の柵が、赤ちゃんが大好きでいつも抱えていたお人形が。
 弾き飛ばされ床に転がった母親の前で、すべて残骸になっていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!」
 ただ絶望に打ちのめされて、言葉にならない悲嘆。
 あらかた壊しつくして、ふひいふひいと荒い息をつくゆっくり。
 傷口からはタラタラと餡子が細く一筋。もう止まりかけている。
「すごくいだいよおおおおお! どうじでぞんなごどずるのおおおおおお!!!」
 散々に憤ってから、ゆっくりれいむは、きっと母親をにらみつけた。
「命を大切にできない人は、ゆっくりしね!」
 飛びかかる巨体。
 目の前がゆっくりの巨体でふさがれ、視界が暗転する。
 次に目が覚めたとき、そこにはもう何も残されていなかった。


「ひどい話だな」
 肩を震わす母を見て、妹紅も瞳を曇らす。
 それでも、母親は語っている間、目を離してしまった自らの過失を何度も悔いていた。自分を責めて、より深く傷つこうとしている。
 これは、避けようのない事故のようなものではないかと妹紅は思う。だから、自分を責めるのはやめたほうがよいのではないか、と。
 幻想郷で生きるものは、さまざまな予期できない危険に常に脅かされている。
 今回はゆっくりという予想外の生き物が害をなしたが、本来幻想郷はより危険な妖怪や獣が闊歩する世界。長い間目を離せば、ゆっくりならずとも、こうなることもありえるだろう。妖怪や野獣に比べると、その鈍重さから一人ぼっちで無防備に眠っている赤子しか襲えないゆっくりは、逆に言えばそれだけしか人間に直接の害がない生き物とも言えるだろう。妖怪のような危険性が無いため、博麗の巫女も動いている様子はない。
 とはいえ、言ったところでなんの慰めにもならないことを母親に話したりはしない。
 そんな精神的なケアは、妹紅の手にあまるところだ。慧音のような、母親の生活を良く知る言葉に重みのある者がしたほうがいい。
 第一、自分はまだ子供をなしたことがなく、その真の絶望を想像で補うしかなかった。どれだけの悲しみと怒り、虚脱感に打ちのめされているか計り知れず、うかつな言葉で母親をさらに傷つけるのは避けたい。
 そうしてひっこめた慰めの言葉。
 代わりに、ふつふつとした怒りが妹紅の奥底を熱く燃え上がらせていた。
「妹紅、母親はせめて子供がどうなったのかだけは確認したいと探し回っていた。今は私たちがそれを知り、村人総出で家捜ししているのだが、手が足りない」
「わかった」
 自分のできることは、母親に約束することだけ。
「必ず見つけ出して、引きずりだしてやるよ」
 苛烈に輝く妹紅の相貌。
 相変わらずの雨が一瞬蒸発したかのような、灼熱の眼差しだった。
 母親は泣きぬれた、憂いの深い瞳で妹紅を見つめ返す。
 妹紅の耳朶をか細い声がうつ。
「こんなことを言っても、何も戻ってこないことはわかるんです。でも、許せなくて……もう、心が張り裂けそうで……」
 まだ若い、母親の整った顔が不意に歪む。
「お願いします! あいつを見つけたら、すぐに赤ちゃんの仇を……仇を……あいつを、殺してください!!!」
 それだけが母親を慰める唯一の方法だろう。
 言葉に続く低い嗚咽の声を聞きながら、妹紅は無言で頷いていた。


 豪雨と暴風の合間を縫うように、村人たちの巨大ゆっくりへの探索は続いていた。
 本当は一日中探し回りたい村人たちも、妖怪たちに出くわす可能性を考えると無理ができないのが実情。
 その中で藤原妹紅だけが、毎日、夜明けから日が暮れるまで探し回っている。
 雨が触れた瞬間蒸発する妹紅の熱。さらには出くわした妖怪が、逆に逃げ出す妹紅の力が可能にした強行軍だった。
 藤原妹紅を駆り立てたのは、母親への心情。
 彼女は母の顔も知らなければ、誰であるかすらも知らない。
 気がつけば父、藤原不比等に引き取られて父の手元で暮らしていた。
 父は誰よりも妹紅に優しかったので、妹紅はその生まれを疎んではいない。ただ、母のことをどうしても知りたい時期があり、直接父に母のことを尋ねたことがある。答えは、悲しげに眉をひそめさせてしまった父の表情。それ以来、妹紅は母のことを聞くこともないまま蓬莱の事件が起こり、二度と会えぬ身となった。
 母親の愛を向けられたことのない妹紅にとって未知数なものが母親の愛情。
 不老不死となったこの身で、子供を残すことは考えたこともない妹紅だが、想像することはある。
 無条件で自分より大切な存在。この上ない幸福を与え合い、未来に命をつなぐ存在。
 とはいえ、実際はそんな夢想するような親子関係ではない母子もたくさんある。妹紅も、長い年月でどれだけの壊れた親子関係を見かけてきただろう。
 それでも、妹紅にはあの母親ならば子供と深い愛情でつながっているように思えた。失うことで、どれだけの絶望を与えられたかも、思いはかることができた。
 赤ん坊を食らった巨大れいむ。
 人を食らった妖怪が退治されるように、人の手で退治しなければならない。なるべく、早く。
 人の味がおいしいと吹聴される前なら、一匹の駆除でカタがつく。ほとんどのゆっくりが人間に直接的に無害であるのなら、根絶やしになどするつもりはなかった。
 巨大れいむを尋問して得た情報を元に、家族や友人たちをまずは潰す。巨大ゆっくりは最後だ。
 すぐに仇をとってもらいたい母親の頼みを無視するようで申し訳ないが、死はあらゆる苦痛からの救済だと思うのが蓬莱人たる藤原妹紅。自らのしたことの顛末を見届けさせてから、ゆっくりれいむを始末してやりたい。
 気がつけば、いつしか豪雨はやんでつかの間の晴れ間が平原に落ちていた。
 地に降り立つ妹紅。
 足元を濡らすし草の露。しっとりとした空気が日差しに次第に暖められ、ほかほかのいい心地。
 妹紅の張り詰めいた気が若干ほぐれていく。
 空の彼方に虹を見つけて、妹紅が手近な石に腰を下ろしていた。この辺で一休み。
 長期間降り続いた後の雨上がり、それまで巣穴でじっと時を過ごしていた小動物がちらほらと野原に姿をあらわしていく。
 そして、小動物と大して代わらない行動原理の生き物が、ひょっこりと姿を現した。
「ゆっくり晴れたよ!」
 遠くからでも、妹紅にはその物体がゆっくりだとわかった。
 その大きな声と、巨躯によって。
 注視すれば、そのほっぺたにはぷくりと傷の跡。母親から聞いたとおりの位置。間違いなく、捜し求めていたゆっくりれいむだ。
「にじさんがきれい~♪ ゆっくりしあわせー♪」
 一匹だというのに、誰にともなく話しかけて虹のほうを眺めている。
 妹紅が近づいきても気づきもしない。
 後ろから歩み寄り、その巨大れいむの頭にそっと手をのせる。
「ゆっ? 小鳥さん?」
「いや、不死鳥さんだよ」
 言うなり、れいむの全身を炎が走り抜けた。
「ゆっぎいいいいいい!」
 巨大な火の玉からの絶叫。
「本当に饅頭を焼いている気分だ」
 妹紅が手を離すと、瞬時に炎が掻き消える。
 炎の後には、体のところどころ黒くかぶれ、だらなしく舌を伸ばして悶絶する巨大ゆっくりが残されていた。
 周囲にはほのかに漂う香ばしさ。
「さて、話を聞かせてくれないか、な?」 
 妹紅はもんぺに包まれた片足をあげ、その焼き饅頭の鼻っ柱を蹴り上げていた。
「ゆっ!」
 うめきながら目を覚ます。
 途端に、その目を大きく見開いた。
「ゆううううう! いだいいだいいだいいいいい、体中がいだいいいいいい!!! どうじでえええええ!!!」
 そりゃ、全身に火傷をおっているからなと冷静な妹紅。
 痛みに震えながら、涙とよだれを撒き散らすゆっくりを観察して、これは最初に焼いて行動能力を奪って正解だったかもと、ひとりごちた。
 確かにでかい。まともにのしかかられれば、圧死はしなくても人間は身動きできなくなるだろう。あの母親もよく無事だったものだ。
「変なスボンのおねえさん、早くゆっくりれいむを助けてね!」
 ゆっくりは、妹紅一番のおしゃれポイントをけなしつつ助けを求めるという高等技術を見せ付けていた。
 が、妹紅は気にもとめず、その右手に炎を宿らせ、ゆっくりの前に突き出していた。
「ミディアムに焼かれたくなけらば、質問に答えろ。お前に家族はいるか?」
「……ゆっくりれいむは一人でゆっくりしていたよ!」
 一瞬だけの間は、あまりにわかりやすい嘘だった。
「本当のことを気兼ねなく言えるようにしてやろう」
 言うなり、妹紅はさらに力を使う。
 きょとんと、妹紅を見つめていたれいむ。
 が、次の瞬間、ゆっくりれいむの目が見開かれる。、
「ゆぎいいいいいい、あづいあづいあづいいいいい、しだがあづいいいい!」
 ぴょんぴょんと、いきなりはね始めるゆっくり。
 ゆっくりれいむの接地点に絞った、オレンジがかった炎。
 地を這うような熱が、下におちたゆっくりれいむの体を焦がすたび、びくんびくんとはねあがるれいむ。
 だが、すぐに重力にとらわれて下に戻るゆっくりの体。前よりも深く体を熱に押し付けてしまう。
 いつまでも逃れられない芯から響くような激痛。
「ひぎいいい! ひぎいいいいいい! だずげでええええええ!!!」
 1分にも満たない時点で、ゆっくりの顔は涙、涎、脂汗に彩られ、苦悶に歪む顔は原型の面影も残っていない。
「じゃあ、もう一度聞くぞ。お前の家族はいるのか?」
「……ぎいいいいいい! いないよおおおおおおお!!!」
 人であれば失禁して気絶してもおかしくない激痛なのに、案外しぶとい。
 ほおと、妹紅の眉がはねる。
「まあ、ショック死できなければ三日はそのままだ。がんばればいい。ちなみに、火をつけてまだ二分もたっていないな」
 一瞬、絶望で目がうつろになったゆっくりれいむ。
 それでも、すぐさま激痛で長い長い現実に引き戻される。
「れいむに家族なんていないよおおおおおお! だからやめでねえええええ!」
 だが、がんばる。
 本当に家族がいないのかと、一瞬思考がぶれる妹紅だが、最初の間は明らかに迷いがあった。家族のことを聞いてどうするのだろうという猜疑と、言わない方がいいという決断の間。
 甘言で家族の下に案内させたほうが楽だったかもしれない。
 しかし、ゆっくりに愛嬌をふりまくことができるだろうか。
 結局、自分にはこの方法しかないのだ。
 今は、飛び跳ねることすらできなくなって、地面を転がり続けて万遍なく焼かれるゆっくりれいむを眺めるしかない。
「ごめんなざいいいいい! いいまずううう、いいまずがら、火をどめでえええええ!!!」
 所詮はゆっくりか。
 ぶるぶると震えて、もう飛び上がる気力も無く焼かれるがままのゆっくりを見て、妹紅は大勢が決したと判断した。
 かききえる炎。
 ぷすぷすと、焦げ臭い煙がたなびいて、ゆっくりれいむはへたりこんで熱のない平原の空気をいっぱいに吸っている。
「じゃあ、言え」
 妹紅がうながすと、しかし、ゆっくりれいむは衰弱した顔できっと妹紅を睨んでいた。
「あのお姉さん、言うけど一つだけ約束してね! 赤ちゃんには手をださないで!」
「ああ、わかったわかった」
 面倒くさそうに要求を受け入れる妹紅。
 お前さんが人の赤ちゃんが食べられることを吹き込んでなければなと、心の中で付け加えつつの容認。
 それよりも気にかかるのは、赤ちゃんというフレーズ。こいつ、自分に子供がいながら他人の赤ちゃんをくったのかと、改めて不快感がもこもこと湧き上がる妹紅。
「で、家にいるガキは何匹だ?」
 もし、処分するとして取り残しがあると元の木阿弥。
 そんな妹紅の意図にはまったく気づかないまま、ゆっくりれいむは素直に応えた。
「赤ちゃんは四人いるよ! すごくかわいいよ!」
 自慢げだ。
 その可愛い赤ちゃんが奪われたら、こいつはあの母親の痛みをひとかけらでも味わってくれるのだろうか。
 黒い想いをふつふつとたぎらせながら、妹紅は質問を重ねる。
「お前の産んだ子の内訳は?」
「れいむと同じリボンの子が二匹に、まりさの帽子の子が一匹だよ! みんな、すごくかわいいの~♪」
 その返答に、二つ問い詰めたいことがある妹紅だが、まず、まりさという別種の存在が妹紅には気にかかる。
「……片親のまりさはどうした?」
「れいむを妊娠させてくれた後、他のゆっくりも幸せにしてあげないといけないって、どこかにいっちゃったよ! 寂しいけど、まりさすごくかっこよかった!」
 それは、まあ、やり逃げといわないか。妹紅は心にわきあがる突っ込みを何とか抑えていた。
「で、実は私は足し算ができるわけだが、れいむ2匹とまりさ1匹だと、3匹にしかならないぞ」
 苦心して、何とかゆっくりにも通じそうな言葉を捜す妹紅。
「うん、れいむの産んだ子は三人だよ! もう一人は預かっている子なの!」
 ゆっくりにも里子や養子縁組があるのだろうか。
 まあ、会話してみて感情や人に似た思考回路があるようなので、余裕があればゆっくりぱちゅりーあたり、知恵袋として養ってもいいのかもしれない。
 だとしたら、その知恵袋的な存在に人間の赤ちゃんを食べられると吹聴されるのはひじょうにまずい。
「へえ、どんな種類のゆっくりだ?」
 問いかけると、ゆっくりれいむは困ったような表情。
 だが、沈黙が長引くたびに妹紅の眉間の皺が深くなっていくのを目の当たりにして、あわてて口を開く。
「ゆっくりじゃないよ! ニンゲンの赤ちゃんだよ!」
「へっ!?」
 思いもかけない言葉に、思わず呆けた声を発する妹紅だった。


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最終更新:2008年09月14日 04:48
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