「うーっ」
「うー♪ うー♪」
「うー♪」
湖に程近い森の中。
他のどんな生き物とも似つかない奇妙な鳴き声を上げて木々の間を飛ぶのは三匹の
ゆっくりだ。
ゆっくりれみりゃ、通称
ゆっくりゃ。
ゆっくりでありながら、
ゆっくりれいむや
ゆっくりまりさ等、同じ
ゆっくりを餌とする捕食種と言われる種である。
ゆっくり特有の下膨れた顔に、種固有の帽子を被り、さらにこの種ならではの特徴である後部からの皮膜翼での飛行。
そして、この三匹の
ゆっくりゃはただでさえ数が少ないと言われる
ゆっくりゃの中でも、さらに希少な外見をしていた。
四肢と胴体が付いているのである。
通常、
ゆっくりに手足や胴体は存在しない。
だが非常に稀な確立で、
ゆっくりれみりゃ種にはこのような、人の幼児にも似た胴体・手足を持った個体が生まれる場合がある。
手足が使えるというアドバンテージは、
ゆっくり同士の、いや他の動植物との間においても大きな格差をもたらす。
加えて飛行ができるという強みも相まって、生態系の最下層とも言われる
ゆっくりでも、この希少れみりゃだけはそれなりの地位を確保していた。
れみりゃはつよいんだどぅ~!
もりのいきものはれみりゃのごはんなんだどぅ~!
そんな声が、まるで警戒心の無いその姿から聞こえてくる。
実際には、羽音も隠さずに飛ぶような愚かな狩人に襲われる小動物などいるはずがない。
そんな馬鹿で愚図な小動物なんて――――そう、一種類しかいない。
「ゆっゆっゆっ」
「ゆ!
ゆっくりかえってね!」
「
ゆっくりしないでね!」
れみりゃの姿を見つけ、自分から居場所を知らせる馬鹿な生き物。
ゆっくりまりさと
ゆっくりれいむである。
ゆっくりという生き物はどこまでも自分本位でしか物事を考えられない。
自分達が命令すれば、それを無視する訳がない。
そんな考えから、このまりさとれいむはれみりゃに声をかけたのだろう。
無論、れみりゃのとった行動はれいむとまりさの思い描く真逆であった。
「うーっ♪」
「ゆ!?」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛!!」
「うっ♪ うっ♪ うっ♪」
「ゆぐ、ゆっぎいいいいい!」
「うーうー♪」
爪で裂き、牙で割り、足で砕く。
子猫にすら劣る非力なまりさとれいむが、幼児程の知能と力を持つれみりゃに襲われて勝てる道理は無い。
一方的な蹂躙。
自然界の法則が正しく行われていく。
数分の後、そこに残ったのは
ゆっくり三匹分の破けた皮と餡、そしてそれをがつがつと手掴みで貪る三匹のれみりゃの姿だけであった。
「ぷっでぃ~ん!」
「ぷっでぃ~ん、ぷっでぃ~ん♪」
「うー!」
あらかたの食事を終えると、機嫌を良くしたのかれみりゃ達はその場でくるくると回り始めた。
小さな手足を振り回し、腰を左右に揺する。
「れみ」
「りや」
「う~♪」
希少れみりゃ種の示威行動、通称れみりゃダンスである。
他の
ゆっくり種における『ゆっくりしていってね!』と思われるそれを、やはり何の警戒もなく延々と繰り返し続けるれみりゃ。
もし、ここでこのれみりゃ達がそんな暢気なダンスをいつまでも踊っていなければ、あるいはこの三匹の命運はもう少し違っていたのかもしれない。
しかし、いくらか珍しいだけでれみりゃも所詮はただの
ゆっくり。
傲慢で自分中心な性質の
ゆっくりに、そんなifはそもそも成り立つ筈も無く、やはりこの結果は必然だったのだろう。
かさ、と微かな葉の擦れる音を立て、彼女は姿を現した。
「希少種が三匹か。今日は運が良いわ」
「う?」
突然の来訪者に、れみりゃ達は誰何の声をあげる。
せっかくきぶんよくおどっでいだのに、おまえはだれなんだどぅ~?
れみりゃはこうまかんのあるじだから、えらいんだどぅ~!
とでも言いたげに、眉根を寄せ彼女を見上げる。
その仕草に思うところがあったのか。
れみりゃの表情を見て彼女はぎり、と歯を軋ませた。
「まったく……何の冗談かしらねこれは。何かの異変であるならば、首謀者の命は無いのだけれど」
れみりゃ達には彼女が言ってる事が理解できない。
人語を解する事は出来るが、彼女の言葉が何を指し示しているのかが分からない。
まあどうでもいいだろう。
嬉しい時、悲しい時、悔しい時、楽しい時。
とにかく何かあった時にれみりゃのとる行動は一つしかないのだ。
すなわち、
「れみ」
これを見れば
「りや」
この人間も
「う~~~~~♪」
自分達が『こうまかんのあるじで、とてもえらい』と理解するに違いない。
会心のダンスを踊り、目の前の人間に向けてにっこりと微笑む。
完璧だった。
完璧であるが故に、次の瞬間、三匹の内の二匹のれみりゃに、おびただしい数のナイフが突き刺さっていた。
「…………う?」
「い゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
「ぎううううぇ゛え゛ええ゛えぇっぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛!!」
「お嬢様を愚弄するその踊り。万死をもって尚許し難いわ」
右腕で一匹、左腕で一匹。
彼女の――――十六夜咲夜の両腕が翻る度に、二匹のれみりゃに刺さるナイフはその数を増していく。
目を貫き、腕を引きちぎり、足を縫い止め、それでも追撃の手は止まらない。
そして信じられない事に、それだけのナイフを受けてもれみりゃはまだ、生きていた。
正確には、生かされていた。
「楽に死ねると思わない事ね。己という存在を恨み呪い絶望しなさい――――――――幻符」
冷たい声で宣言される呪符に従い、咲夜の手を離れたナイフが踊り舞う。
目前の矮小な咎人を狙うその数は二百五十六。
十六夜の月光に濡れて残酷に光る刃が、二匹のれみりゃに降り注いだ。
「……!…………!」
「…………っ……」
声を発する事も出来ぬほどにナイフで埋め尽くされたれみりゃは、最後の一発を受けてようやく地に倒れ、息絶える事を許された。
つい数分前まで共に我が世の春を謳歌していた同族の無残な遺骸を前に、残された最後のれみりゃは恐怖で瞬きすらままならない。
がたがたと止まらぬ震えが膝を挫き、ぼろぼろと涙と涎と鼻水をこぼすそれを、咲夜は汚物でもそこまでは厭うまいと言わんばかりの蔑んだ視線で見下ろす。
「なんて無様。お嬢様に似せた姿形がそんな醜態を取っていると思うだけで吐き気がするわ」
「ざ……ざぐや゛ぁー!! ざぐや゛どごーー!! う゛ーーーーー!!!」
れみりゃ種の本能に刻み込まれた、絶対服従の従者の名を叫びながら、れみりゃは這うようにして逃げ出した。
その肉饅頭の脳が必死に生き延びる為の術を計算する。
何だアレは。アレは人間じゃない。
早く、早く助けを求めないと。
目の前のアレが例え悪魔だろうと、『さくや』さえ来てくれれば大丈夫。
『さくや』は『こうまかんのあるじ』である自分の味方。どんな怖い敵も追っ払ってくれる。
おいしいぷりんをくれて、何でも言う事を聞いてくれる。
何をしているんだ『さくや』は。こんなにも自分が呼んでいるというのに。役立たずのめいどめ。
ああ、来る。アレが来る。アレがほら、痛い物を振りかざして
「黙れ屑饅頭。私を呼びつけていいのはレミリアお嬢様ただ一人。理解したらこの世の全てに、何よりお嬢様に詫びながら死ね」
ぞぶり、と自分の頭の中に冷たい物が潜り込んでいく感覚と共に、れみりゃはその言葉を聞いた。