幻想郷味巡り・にくまん編
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≪はじめに≫
虐めと愛で、半々くらいです(精神的な虐め?)
一部、やや悪ふざけ気味にパロディネタがあります。
以上、ご理解・ご容赦お願い致します。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
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ゆっくりのブリーダーなんてワリにあわない商売だ。
俺は、ここ数日でそれを確信しつつあった。
自分のことを「おいちぃにぐまんだどぉ♪」などと言い張る、
そんな奇特なれみりゃを預かり出して、既に10日が経とうとしていた。
れみりゃにとっては、当たり前の本能である、
"れみりゃは紅魔館のおぜうさまなんだ"というのを教えるのが俺に与えられた仕事だ。
ゆっくりの中でも、ひときわ頭が悪く、欲望に忠実で、泣き虫で甘えん坊。
そんなれみりゃ種に、"おぜうさまらしくワガママに生きろ"と教えるという、何とも奇妙な仕事。
当初はチョロイ仕事だと甘く見ていた……。
俺が預かった、このれみりゃ。
誰に教えられたかは知らないが、一通り躾けもされており、
あくまでれみりゃ種としてはだが、それなりに知恵も回る。
しかし。
いや、だからこそか。
自分は肉まん!おししく食べられたい!
その信条は予想外に強く、その点に関してはおそろしく頑なだった。
紅魔館からの預かり物ということで、
乱暴な手を使うわけにもいかず、俺はちょっとした壁にぶちあたっていた。
今日も今日とて、納期を延ばしてもらうべく、
直接の依頼主である加工場支店長の下へおもむき、
さんざ嫌味を浴びせられながら卑屈に頭を下げてきたところだ。
疲れた。
家が恋しい。
狭いながらも愛しい我が家。
早く帰って、のんびりくつろぎたいものだ。
だが、家の扉を開けた瞬間、
その期待が淡い幻想であることを思い知らされる。
「うっう~うぁうぁ~♪」
玄関を開けた先、廊下の奥で、
件のれみりゃがダンスを踊っていた。
……我が家に安息は無い。
むしろ、これからが骨の折れる仕事の始まりだ。
「う?」
俺が帰宅したことに気付き、れみりゃは踊るのを止める。
「うー♪ おかえりなさぁ~い!」
トテトテと、おぼつかない足取りで、廊下を小走りにやってくる。
人間からすればイラつく遅さだが、
ゆっくりからすれば全力疾走に近いのだろう。
「うぶっ!」
俺を目の前にして、バタンと前のめりに倒れる、れみりゃ。
「うーー! れみりゃのおかおがいたいどぉー!」
れみりゃは、鼻の上を赤くして、目尻に涙を浮かべながら立ち上がる。
"さくやぁぁー!"と泣き出さないだけ、れみりゃ種としては上出来だろう。
やがて、れみりゃは、ピンク色のおべべで目をゴシゴシとこすった後、
俺を見上げて笑顔を浮かべる。
「おかえりなしゃ~~い♪」
「ああ、ただいま…」
「うー! きょうもいじょうありませんでしたぁー♪ れみりゃはいいこでおるすばんしてたどぉ♪」
どこで覚えたのか、片手をおでこにあてて、敬礼の真似事をするれみりゃ。
「……ああ、ごくろうさん」
靴を脱ぎ、俺は廊下を歩いて居間へ向かう。
その後ろをくっついて来る、れみりゃ。
「うーとね、うーとね、れみりゃはきょうもとぉーっても
ゆっくりしてたどぉ♪
それからそれからぁ~♪ あたらしいおうたをうたってぇ~おどってぇ~……」
れみりゃは俺にかまってもらいたいらしく、
部屋着に着替える俺のまわりを、ぴょんぴょんとはね回る。
「はぁ…」
溜息が自然ともれる。
よっこいしょと座椅子に腰を下ろす俺。
直後に、よっこいしょと言ってしまった自分に後悔する。
「うー? おにぃーさんげんきないどぉ……だいじょーぶぅ?」
れみりゃが、ぬぅ~と俺の顔をのぞき込んでくる。
誰のせいでこんな苦労を……。
下ぶくれ顔のどアップに、俺の中の嗜虐心がくすぐられる。
が、こいつはビジネス。わりきらなければならない。
「ああ、問題ない」
素っ気なく答える俺。
だから、それをお前が。
と、言いかけそうになって、唾を飲み込む。
「心配するな。それより、腹はってるだろ? 台所に紅魔館のおぜうさまのためにプリンがあるぞ」
「う~~~☆ ぷっでぃ~~~んたべたぁ~~~い♪」
笑顔で大口を開く、れみりゃ。
その口から肉汁の唾が飛ぶ。
「うわっ、ばか」
至近距離でれみりゃの唾を浴びる俺。
口の中にまで入ってしまう。
「げっ、飲んじまっ……んっ!?」
偶然にも口にしたれみりゃの肉汁。
その味を受けて、俺の体に電流走る。
(ちょっと待て……この味は……もしかして?)
日々の疲れも忘れ、俺の脳がある計画を組み立てていく。
少しばかり面倒で、乱暴な手も使うことになるかもしれないが……しかし。
(いける! この手ならば!)
「うっ!?」
俺が、ビジネスを解決へ導くアイディアを絞りだしている時、
一度は台所へ向かおうとしたれみりゃが、何かに気付いた様子で足を止め、こちらへ戻ってきた。
その顔は、ぷくぅーと膨らんで、いつも以上の下ぶくれ顔になっている。
「ん、どうした?」
「なんどいったらわかるどぉー! れみりゃはおぜうさまなんかじゃないのぉー!」
手をジタバタ上下に動かし、不満を口にするれみりゃ。
「うー♪ そうだどぉー♪」
れみりゃは、座ってい俺の膝の上に「うーしょ♪うーしょ♪」とよじのぼって、
ちょこんと座る。
「どうした?」
「いいこと思いついたどぉ♪ れみりゃはやっぱり天才だどぉ♪」
「?」
「つかれたときにはぁ~♪ おいちぃ~~~にっぐまんがいっちばんだどぉ~~♪」
れみりゃは、自分から帽子を取り、下ぶくれスマイルを俺に向ける。
「れみりゃのおかお~♪ おいちくたべてねぇ~~ん♪」
れみりゃは頬をポッと赤く染めて、
俺の体にしがみつき、もじもじ服をひっぱった。
もう何度目かもわからない。
おいしぃ肉まんを食べてくださいコールだ。
俺は、それに対していつも通りのリアクションを返す。
「いや、食わねーから」
その後の展開もまた、いつも通り。
れみりゃは、"どぉーーじでだべでぐれないんだどぉーーーー!!"と泣きわめき、
やがて泣き疲れてそのまま寝てしまうのだった。
ここ10日ばかり、繰り返されてきた日常。
だが……。
「ふふふ……。れみりゃ、
ゆっくり数日後を楽しみにしているがいい!」
俺はぐーすか眠るれみりゃに、
ゆっくり用の毛布をかけながら、笑みをこぼした。
* * *
「うーーっ☆ しゅーーっごいどぉーーーー!!」
目の前の光景を見て、れみりゃが感嘆の声をあげた。
「すごいだろ? お前のために用意したんだぞ?」
俺とれみりゃの前には、簡易的な屋台が設置されていた。
のれんには、「おいしぃ肉まん」という文字と、れみりゃの下ぶくれ顔の絵が描かれている。
……というか、俺が描いた。
今日の計画のため、中古の屋台を譲り受けて、日曜大工で改修したのだ。
「うあ~~~~っ♪ うあうあ~~~~~っ♪」
れみりゃは、屋台の周りを跳ね回りながら、赤い目を開いてキラキラ輝かせている。
「ほら、そこに登ってみろよ」
「うー♪」
れみりゃは、俺が取り付けたれみりゃ用の階段をのぼり、屋台の店主側の位置に立つ。
「いいみはらしだどぉ♪」
御機嫌のれみりゃ。
その様子を見て、これから起こるであろう展開を想像しながら、笑いをこらえる俺。
「どうだ? 気に入ってもらえたか?」
「う~~っ! しゃいこぉーだどぉー!」
「そりゃ良かった。じゃ、頑張って肉まんを売ってみようか?」
「まぁ~~かせとけぇ~だどぉ♪」
胸を張って、その胸を自分の拳で叩くれみりゃ。
そう、俺がれみりゃに用意したのは、れみりゃ自身が肉まんを売るための屋台だった。
"そんなに肉まんの味に自信があるなら、みんなに少しずつ食べてもらわないか?"
数日前、俺がそう言うと、れみりゃは喜んでその話にくいついてきた。
そして、今日がその実行日。
俺とれみりゃは、人の少ない町はずれの街道に店をだしていた。
ちなみに町中でないのには理由がある。
あくまでこれはれみりゃに"思い知らせる"ためのデモンストレーションだ。
本当に肉まんを売って稼ごうというわけじゃない。
お客も、あらかじめ俺が招待した知人や、かつての依頼主たち。
言わばサクラを事前に仕込んでいた。
もっとも、彼等には「れみりゃの肉まんを食べさせるので来て欲しい」と言ってあるだけだ。
へたに素人演技をさせるより、より生の反応を見せた方が、れみりゃも理解しやすいだろう。
俺は、自分の計画の成功を信じて口の端を上げる。
れみりゃは、そんな俺を見て、自分の晴れ姿を喜んでいるとでも思ったか、
満面の笑顔で俺に礼を言ってきた。
「おにぃさんのきたいにこたえられるよう、れみりゃがんばるどぉ♪」
「ああ、がんばれ。……あっ、そうそうこれを忘れるところだった。」
俺は、鞄から一着のエプロンを取り出し、れみりゃに見せる
「ほら、両手をあげてバンザイして」
「うっ?」
「店員さんといえばこれだからな」
「うーーー♪」
俺の意図を理解したのか、両手をあげてバンザイの姿勢になるれみりゃ。
俺は、そんなれみりゃにエプロンをつけてやる。
エプロンは、れみりゃのピンクの色のおべべの上からでも、ぴったりフィットした。
「かぁ~~~いいどぉ~~~♪」
自分の姿を見て、惚れ惚れするれみりゃ。
そりゃ似合うハズだと、内心ほくそ笑む俺。
そのエプロンは、ちょっとした遊び心で、加工場の支店長に作ってもらったものだった。
原材料は……ずばり、加工場で処分され余った、れみりゃ達の服だ。
そんなこと、目の前のれみりゃは全く気付いてないようで、至ってご満悦だ。
「うっうー♪ れみりゃはげんそーぎょういぢのにぐまんやさんだどぉー♪」
これだけハイテンションで喜ぶれみりゃを見たのは、
ブリーダー業をやりだしてから始めてかもしれない。
少し心が痛んだが、これもビジネス。
俺は公私を使い分ける主義だ。
そうこうしているうちに、俺が呼によせた最初の客がやって来たようだ。
「ほら、れみりゃ。どうやらお客さんみたいだぞ?」
「うっ?」
屋台へ向かって、30代前半の夫婦らしき男女が歩いてくる。
男は黒っぽい服装をだらしなく着込み、反対に女はしっかりとした服装で茶色の髪を背中まで伸ばしている。
「うーー♪ いらっしゃいまぜぇぇぇ~~~♪」
喜びいさんで、客を招き入れるれみりゃ。
俺は、少し離れてその様子を観察することにする。
「ここか? 例の肉まん屋っていうのは?」
「ええ、どうやらそうみたいよ……あら、れみりゃが店員をやっているのね」
「れみりゃのぉ~、お~いじぃ~~~にぐまん♪ たべでっでくだちゃ~~い♪」
「そうか。じゃ、肉まんを二つ頼むよ」
言って、夫婦らしき男女は屋台の前に置かれた椅子に座る。
「かしこまりましたどぉー♪」
れみりゃは、笑顔で応える。
そして、俺の教えた通り、皿を人数分取り出すと、
自らの頬をつねり、ひっぱりだした。
「うーっ、うーっ!」
かなりの痛みがあるのだろう。
こらえるように、口元を結び、目からは涙を流している。
やがて、ぶちんとれみりゃの下ぶくれ顔の一部がちぎれる
「うっぎゃぁ!」
叫ぶれみりゃ。
自らちぎった顔の一部を、皿の上にのせると、続いてもう片方の頬をつねって引っ張りだす。
「いーっだぃどぉ!」
ぶちん。
またしてもちぎれる下ぶくれ顔の一部。
れみりゃは、叫びながらも、自らの顔の一部を皿の上にのせる。
「……うぅーーー、おまだぜぢまじだぁ~! おいぢぃにぐまんたべでくだしゃーい♪」
目にはうっすらと涙の粒を浮かべたまま、
肉まん……すなわち自分の顔だったものがのった皿を男女にさしだす、れみりゃ。
その顔は、辛そうだったが、同時に充実感に満ちた微笑みを浮かべていた。
(うーん、まさに涙ぐましい接客とでも言うべきか?)
そんなことを考えながら、様子を眺める俺。
夫婦らしき男女は、互いに顔を見合わせた後、
ゆっくりと肉まんを口にする。
もぐもぐ租借する男女を見て、れみりゃの胸は期待でいっぱいになる。
"ああ、ついに食べてもらえた!"
"はやく感想が聞きたいなぁ~♪"
"あんまりおいしくて、もしかして泣いちゃうかも?"
"おかわりたのまれたら、痛いけどせいいっぱいがんばるぞー♪"
「う~う~うぁうぁ~♪」
期待で胸が熱くなって、れみりゃは思わず口ずさまずにはいられなかった。
だが。
夫婦らしき男女は、一口だけ肉まんを食べたのち、それを皿の上に戻した。
そして、男はさも不満そうに。女は残念そうに口を開く。
「この肉まんはダメだ。食べられないよ」
「うっ?」
「舌の上でシャッキリポンとはじけないわ…」
「ううっ!?」
予想外の反応に、困惑するれみりゃ。
ガタッと席を立つ男女を、呼び止めようとする。
「ま、まってほしいどぉー! そんないじわるいっちゃイヤイヤなんだどぉ♪」
だが、男女はれみりゃを見ようともせず、立ち去っていく。
だんだんと小さくなる後ろ姿を見ながら、れみりゃの目には自然と大粒の涙がたまっていく。
「うぅぅぅ~~~~~っ」
れみりゃは、泣き叫びこそしなかったが、
必死にこらえるように、嗚咽をもらしだす。
その様子を見て、心の中で"しめしめ"と呟く俺。
そう、数日前、偶然れみりゃの肉汁を飲んでしまった時に気付いたのだが、
このれみりゃ、はっきり言って不味いのだ!
だが、よくよく考えれば、その理由も頷ける。
ゆっくりの基本的な特徴の一つに、恐怖や絶望やストレスによって、より味が高まるというのがある。
だが、このれみりゃは、自らが食べられることで恐怖も絶望も一切感じていない、。
なまじ、聞き分けが良いために、おそらく余計なストレスも抱え込んでいないのだろう。
故に、このれみりゃは、れみりゃの願いや主張とは裏腹に、不味い。
それに気付いた俺は、敢えてれみりゃに肉まん屋をやらせて、
客のリアクションでその事実を思い知らせてやろうと考えたのだ。
そう、二度と自分は美味しい肉まんなどと言えないほどに。
俺は、目の前で落ち込んでいるれみりゃを見て、
自分の計画が間違っていなかったことを確信する。
* * *
そうこうしている間に、次の客がやってきた。
紫色の和装に身をつつんだ、気むずかしそうな初老の男性。
その傍らには、従者らしき中年の男を従えている。
彼らは、かつてとある
ゆっくり災害の解決を俺のところへ持ち込んだ、下・依頼主達だ。
そう言えば、このれみりゃが我が家にやって来た初日、
れみりゃが台所から取り出してきた大皿を焼いたのが、この初老の男だった。
よくは知らないが、その道では高名な陶芸家で、
他にも書や茶にも通じる、いわゆる文化人というヤツらしい。
正直なところ、俺は苦手なタイプだったが、
彼には信奉者も多く、その作品にはかなりの高値がつくという。
そして、そんな彼が料理にも精通し、厳しい評価を下すことを俺は知っていた。
だからこそ、今回の計画を思いついた時、彼には是非参加してもらいたかった。
……そんな俺の思惑など知らぬれみりゃは、ぐしぐしと涙を拭き取り、
笑顔で接客につとめようとする。
「うぅ~~~♪ いらっじゃいまぜぇ~~♪」
初老の男は、汚らしそうにれみりゃを一瞥した後、背後の従者に声をかける。
「私は肉まんなどという下卑た食べ物のことはよくわからん。本当にこの店で良いのか?」
「はい、先生。あの男が言うには、確かにこの場所のはずです」
「ふんっ!」
初老の男は、偉そうに席に座ると、早速れみりゃを怒鳴りつける。
「なにをボーとしている! さっさと肉まんをださんか!」
「うっ、うーっ! わ、わがりまじだぁー!」
男の怒鳴り声にビクっと体を震わせる、れみりゃ。
れみりゃは、さっそく皿を用意し、その上に先ほどと同じように肉まんをのせようとする。
「うー?」
だが、自分の下ぶくれ顔を掴もうとして、
れみりゃは、既にそこが千切れていることに気付く。
「うーーー……」
困惑し、眉根を寄せるれみりゃ。
一方、短気な初老の男は、あからさまにイラついている。
今にも怒鳴り出しそうな不機嫌顔に、れみりゃはビクつきながらウロウロしている。
「きさま! なにをしている! やる気はあるのか!」
「は、はぃぃぃっっ! れみりゃがんばりまずぅぅ! もうずこじまっででくだざいぃぃ!」
頭を叩かれると思ったのか、れみりゃは怯えて"う~~"と頭を抱えながら、初老の男に応える。
「うっ! そうだどぉー♪」
れみりゃは、何かを思いついたらしく、
パァーと目を輝かせて、顔をあげる。
「う~~っ!」
れみりゃは、
ゆっくりらしからぬスピードで、エプロンやご自慢のおべべを脱ぎ散らかしていく。
「うっふ~~~んだどぉ♪」
いつぞやと同じく、ドロワーズいっちょうの姿になった、れみりゃ。
屋台の机の上に立ち、初老の男の前まで歩いていく。
「ぎゃぉー♪ たべられちゃうぞぉー♪」
れみりゃは、手を両手に上げ、初老の男に笑いかける。
それを不快極まりない表情で見下す、初老の男。
従者は、いつ初老の男の怒りが爆発するか、ヒヤヒヤしているようだった。
「おまたぜじまじたぁ~! おいちぃ~おいちぃ~れみりゃのにぐまん~♪ めしあがれぇ~♪」
れみりゃは、仰向けに寝っ転がり、両手両足をピタっと体にくっつけて微笑む。
「……おい、中川」
「は、はい、なんでしょう先生!」
……どうやら、あの従者の名前は中川というらしい。
どうでもいいことを頭にとめつつ、俺はこみあげてくる笑いを必死でこらえる。
「これはいったいどう食えばいいんだ!」
「はっ、その、そのまま口を近づけ、お好きな箇所にかぶりつけばよろしいかと…」
「ふん! 食い方まで下卑ている!」
初老の男は憤慨するも、食への探求心は真摯なようで、
れみりゃのポテっと膨らんだお腹を手で押さえつけると、そこへ口を近づけていく。
「うー♪ くしゅぐったいどぉー♪」
嬉し恥ずかしそうに笑みをこぼし続ける、れみりゃ。
だが、次の瞬間。
「いっだいぃぃぃーーっ!」
がぶり。
初老の男が、れみりゃの腹にかじり付き、一口ぶん食いちぎったのだ。
「うぅぅぅぅ~~~~っ! れみりゃのにぐまん、どうでずがぁ~~?」
れみりゃは、痛みで涙を浮かべながら、男の感想を心待ちにする。
初老の男は、無言のまま口を動かし続け、ゴクンと咽を動かした。
「……肉まんのような下卑た食べ物を美味いだの不味いだの言っても仕方ないから、それは言うまい」
「う~?」
静かに切り出す初老の男。
が、次の瞬間。
くわっと目を見開き、怒声をあげる。
「が! ひとつだけ言っておこう! これは人の食うようなものではないわっ!」
「う~~~~っ!?」
初老の男のリアクションに、れみりゃは明らかにショックを受けている。
遠くから見ていてもはっきりわかる。あれだけ紅潮させていた顔が、いまは薄っすらと青ざめはじめているほどだ。
「ど、どぉぉじでだどぉぉ!! なんでぞんないじわるいうんだだどぉぉーー!!」
「だまれ! いやしい豚め!」
初老の男は、平手でれみりゃの頬を叩く。
「ぶぎゃん!」
まだ塞がっていない傷から肉餡を飛び散らせて、
れみりゃは痛みで"あぅあぅ"と叫んで、身をもだえさせる。
「ふん! 見ろ中川! こんなものを食べたせいで手が汚れてしまったではないか!」
「はっ、す、すみません先生…」
「これだから私は食事に呼ばれるのが嫌いなんだ! 人を招いておいてこんなものを食わせるとは!」
「は、はい、先生のおっしゃる通りでございます…」
「ふんっ、時間を無駄にした。行くぞ!」
男は立ち上がり、踵を返そうとする。
そんな初老の男を、れみりゃが呼び止める。
「だべぇぇ! かえっちゃだべなのぉぉ!!」
口から肉汁を飛ばすれみりゃ。
運悪く、その肉汁が初老の男の高そうな着物に染みついてしまう。
見る間に機嫌を悪くする、初老の男。
「えぇーーーい! 言ってもわからぬ豚めぇ! 女将を呼べぇ!」
怒髪天をつき、なにやらワケのわからぬことを口走る男。
バチーンバチーンと何度もれみりゃを叩き、しまいには屋台の机を持って、それを力任せにひっくり返そうとする。
「だべぇぇぇえl! れみりゃのおびせがぁぁぁぁぁ!!!」
あ、壊れる。
俺がそう思ったのと同時に、中古の屋台は摩耗した接合部がはずれ、ガラガラ崩れ出す。
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
悲しみと驚きの叫びを同時にあげつつ、
れみりゃは崩れる屋台に巻き込まれ、その下敷きになっていまう。
(うわ、さすがに止めないとマズイか?)
まさか、あの初老の男がここまでキレるとは思わなかった。
このままでは、怒りに任せて、れみりゃを殺しかねない。
俺は、40cm四方桐の箱を持って、屋台に近づいていく。
「うあぁぁぁぁ! れみりゃのあんよがぁぁぁ! あんよがいたいどぉぉぉっ!」
近づいてみると、とりあえずれみりゃは無事なようだった。
だが、腰から下が崩れた屋台の下敷きになって、動けないようだ。
「ふん! 思い知ったか醜い豚め!」
「うーっ! れみりゃは、みにくくないもぉん! 豚じゃないもぉーん! れみりゃはおいじぃにぐまんだもぉーーん!」
涙をだぁだぁ流しながら、抗議するれみりゃ。
「このっ! まだ言うか!」
初老の男が腕を振り上げる。
「うぁぁん! ざぐやぁぁぁ! おにぃざぁぁぁん! こあいひどがいるよぉぉぉ!!!」
「はい、そこまで!」
俺は初老の男が拳を振り下ろす直前、男とれみりゃの間に割って入った。
「ううーーーーっ! おにぃざぁぁぁぁぁん!」
俺を救世主とでも思ったか、れみりゃは俺を見て泣き顔を晴らした。
「ぬぅ~~~貴様か! ちょうどいい! 文句を言ってやろうと思っていたところだ!」
「はぁ……文句ですか?」
「よくもいけしゃあしゃあと! こんなゲテモノを食わせてくれたな!」
男は、怒りの対象を俺に変え、叫び続ける。
「う~~~っ! れみりゃゲテモノじゃないどぉ~~~っ!」
……と、れみりゃが茶々を入れてきたが、ややこしくなるので無視しておく。
「そうですか……やはりお口にあわなかったですか」
「当たり前だ! こんなマズイれみりゃは初めてだ!」
「うっ!?」
改めて、自分がマズイということを、
それも同族のれみりゃ達の中でもマズイということを、
男の口から告げられるれみりゃ。
"う~~~~~う~~~~~~"と動揺する姿に、
俺は自分のプランが順調なことを知る。
「そうですか。それではお口直しといってはなんですが……こちらをどうぞ」
「ぬぅ?」
「うー?」
持っていた桐の箱を開ける俺。
その中身を見て、同時に疑問の声を上げる、れみりゃと初老の男。
箱を開けた瞬間、中身が口を開いた。
そう、桐の箱の中身は、一体の
ゆっくりれいむだった。
「きさま…なんのつもりだ?」
「うー…そうだどぉ…そんなぶちゃいくなおまんじゅうたべるくらいなら……もういちどれみりゃを……」
不満の声をあげる2人を無視して、
俺は、れいむの頬の当たりをブチっと千切る。
「ゆっ!」
れいむは一瞬だけ痛そうな声を上げたが、今は平然としている。
俺は千切ったれいむの欠片を、初老の男に差し出した。
「だまされたと思って食べてみてください」
「ぬぅ……」
れいむの欠片を口にする、初老の男。
その様子を見て、れいむが誇らしげに胸を張った。
「ゆっへん! どう? れいむのおあじは!」
「ぬ、ぬぅ~~~! な、なんだこのあじはぁ~~~!」
くわっと目を見開く男。
その様子を見たれみりゃは、男がれいむに対して怒り出すと思い、ざまぁみろと鼻で笑う。
「ぶぁ~~かぶぁ~~か! れみりゃでもだめだったのに、ぶちゃいくなおまんじゅうなんかが……」
「う、うまい!!」
「うーーーっ!?」
それぞれ異なる意味で、驚愕の叫びを上げる、れみりゃと初老の男。
「な、なんだこの甘みは……ほのかに香る果実の甘酸っぱさ……苔桃でもない……スグリでもない……木苺でもない……」
初老の男はブツブツと呪文のように呟き出す。
なにごともガチな人って恐いなぁ~と、一歩引く俺。
「……そうか! 桑の実か! そうだな!?」
「ええ、さすがですね。ご名答です」
営業スマイルで応える俺。
このれいむは加工場の試作品で、
桑の実を主食としたことで格段に上品な甘さを実現したものだった。
まだどこにも売ってないものなのだから、当然食通のこの男も初めて食べた味に違いない。
「ぬぅ……こしゃくな……この私を試そうとは」
「ご満足いただけたようで、何よりです」
「ふん、今度そのれいむを私の屋敷に送るように!」
「はい、加工場に伝えておきます」
口ではぶつくさ言っているが、初老の男性の顔には柔和な笑みが浮かんでいる。
どんだツンデレじーさんだと思いつつ、俺はこの元・依頼主を途中まで送っていくことにする。
「あ、そうそう、キミはここでれみりゃとお留守番しててね」
「ゆっ! わかったよ! このぶさいくな豚さんと一緒に、
ゆっくり待ってるよ!」
「う~~っ! れみちゃぶちゃいくなんかじゃないどぉー! おまんじゅうのくせになまいきだどぉー!」
屋台の下敷きになったままの体をジタバタ動かそうとする、れみりゃ。
俺は、れみりゃが動けないことを確認すると、れみりゃのすぐ側に、れいむを置く。
「それじゃ、ちょっとだけ待っててくれな」
そう言って、俺は初老の男性を送りに行く。
……もっとも、これは単なる口実。
れみりゃの、"肉まん"としてのプライドを傷つけるための芝居にすぎない。
俺は、適当に男を見送ると、すぐに屋台の場所へ戻り、
れみりゃ達に見つからないよう影から様子を観察する。
そこには予想通りの光景があった。
温室育ちで絶対的な自信を持つれいむが、
たったいまプライドも体も見事に潰されてしまったれみりゃをイジめていたのだ。
「う~~! ぼさっとしてなでれみりゃをたすけるんだどぉ~!」
「おお、こわいこわい」
普段は比較的行儀の良いれみりゃだったが、
どうやらエサである
ゆっくりに対しての態度は、普通のれみりゃと大差無いらしい。
対して、れいむは、"こわいこわい"という言葉とは裏腹に、完全にれみりゃをバカにしている。
れみりゃが動けないことを理解しているのだろう。
「ぶさいくな豚さんは
ゆっくり静かにしてね!」
「う~! れみりゃはぶちゃいくじゃないどぉ~!」
「なにいってるの? じぶんのかおをみたことないの? バカなの?」
「う~~~~っ!」
「おお、なみだめなみだめ♪」
れみりゃは、悔しさで目に涙をためる。
だが、ただでさえ体のあちこちを食べられ、初老の男に叩かれ、
おまけに屋台の下敷きになっているのだ。
動くことはおろか、たまに嫌がらせで体当たりをしてくるれいむに、反撃することもできない。
「う~~! おまえなんか~~おまえなんかぁ~~!」
「口のききからに気をつけてね豚さん! れいむは"えりぃ~と"な
ゆっくりなんだよ!」
「れみりゃはぶたじゃないどぉー! れみりゃはおいちぃにぐまんだどぉー!」
「ゆ? 豚さんは肉まんなの?」
れいむは、肉まんという言葉に興味を覚えたようで、動けないれみりゃの体をパクパクついばんでいく。
「うぎぃ、うぎゃ、い、いだいどぉ! やめでぇ!」
「ゆぎぃぃぃ! なにごのあじぃぃぃ!! まずすぎるぅぅぅぅぅ!!!」
ぺっぺと、れみりゃの欠片を吐き出すれいむ。
「豚さんは、
ゆっくりできない肉まんなんだね! れいむにこんなもの食べさせるなんて!」
自分で痛がるれみりゃを無理矢理ついばんでおいて、さも正義は我にあらんと怒るれいむ。
加工場の最新技術で生み出された
ゆっくりとはいえ、しょせんは
ゆっくりなのだ。
「ゆぅ~~~! なにかくちなおしに食べられるものは……ゆっ!?」
れいむは、崩れた屋台の一角に、見なれないものを発見する。
「ゆゆっ、みたことないものがあるよ?」
それは、俺がれみりゃにあげたエプロンだった。
れいむは、ピョンピョン跳ねてエプロンの下へ行く。
「うっ?」
れいむが自分のエプロンを狙っていることに気付き、れみりゃは叫び出す。
「だめだどぉぉ! それはれみりゃがおにぃさんからもらっだものなんだどぉぉ!!」
「ゆ? にんげんのお兄さんから?」
人間がくれたもの。
加工場で箱入りで育てられたれいむは、それだけで無条件に何か良い物なのだろうと考える。
「あれはれいむが
ゆっくりもらってあげるよ。だからぶたさんはだまっていてね!」
「だぁぁめぇぇぇ! ぎゃおー! ぎゃおー!」
叫び、何とかれいむを近づけまいとする、れみりゃ。
だが、抵抗むなしく、れいむはエプロンの下まで辿り着き、それをむしゃむしゃ食べ始める。
「むーしゃむーしゃ」
「な、なにずるんだどぉぉぉぉっっ!!! やめるんだどぉぉぉぉっっっ!!!」
れみりゃは半狂乱で泣き叫び、れいむがエプロンを食べるのを止めようとする。
だが、れいむはそんな叫びを軽く受け流し、あっという間にエプロンをたいらげてしまう。
「うあぁぁぁっ! ざぐやぁーーーー! おにぃざぁーーーん! だずげでぇーーーー!」
大好きなお兄さんからもらった、大事な宝物。
誇らしかった、幸せだった、希望に満ちていた、その象徴。
それが無惨に食べ尽くされ、消えてしまった。
「……ゆぅー、あんまりおいしくなかったよ。 れいむにはもっとおいしいものを食べさせてね!」
平らげておいて、プンプンと頬を膨らませるれいむ。
だが、それ以上に、れみりゃは怒りをあらわにする。
「うわぁぁぁ! やっづげでやるどぉ! おまえなんがぁ! れみりゃがででいっでやっづげでやるどぉー!!」
「おお、おろかおろか♪ おばかな豚さんはだまってれいむが
ゆっくりするのを手伝ってね!」
「ちがうどぉー! れみりゃはーー!」
「そうだったね! まじゅ~~い肉まんさん! れいむはとってもおいしぃおまんじゅうだから、肉まんさんよりエライんだよ!」
そう言って、えっへんと胸を張るれいむ。
れみりゃは、ブンブンと首を左右に振る。
「ちがうどぉー! おまえなんがよりもれみりゃの方がえらいんだどぉー!」
「ゆ? なにいってるの? まずい肉まんさんがエライわけないでしょ!」
「ちがうどぉー! ちがうどぉー! れみりゃはとってもえらいんだどぉー!」
物陰で観察を続けていた俺は、れみりゃの言葉に固唾を飲む。
(そうだ、その続きを言え! 自分は偉い何なのか、自ら口にするがいい!)
「れみりゃはー! れみりゃはーーーっ!」
だが、れみりゃはその続きを言おうとしない。
言葉につまり、そのまま泣き出してつっぷしてしまうのだった。
「うぅぅうぅ~~~~~っ! おにぃざんだじゅげでぇぇぇ~~~! もうおうちがえるぅぅ~~!」
* * *
……結局その日、れみりゃが"れみりゃはこうまかんのおぜうさまだどぉー!"と言うことはなかった。
そういう意味では、俺の計画は不完全に終わったといえる。
だが、勝ち筋は見えてきた。
肉まんとしてのプライドをズタズタに切り裂き、
おいそれと自分が美味しい肉まんなどとは口にできないようにする。
そして、あと一歩。
あと一押しで、このれみりゃは"自分が肉まんだ"などという認識を捨てることだろう。
俺は、ビジネスの成功を夢見ながら、次なる計画を練りはじめる。
が、その時。
ばぶぅー。
派手な音とともに、水面に大きな泡が立ち、俺は現実に引き戻される。
鼻を押さえながら、苦々しく口を開く俺。
「……れみりゃ、おまえなぁ!」
「う~~♪ でちゃったどぉ~~♪」
俺のすぐ目の前にある、大きな下ぶくれ顔。
恥ずかしそうに頬を染めながら、ニコニコ笑っている。
ここは我が家の湯船。
れみりゃに屋台をやらせてから数日後、
俺は傷の癒えたれみりゃを湯船に入れ、体を洗ってやっていた。
「う~~、おにぃざぁん♪」
「なんだ?」
「れみりゃはぁ~♪ おにぃざんのことがだいしゅきだどぉ~♪」
「はいはい」
俺は苦笑し、受け流す。
そんなに好きなら、さっさと"肉まん"主張をやめ、俺の仕事を終わらせてくれ。
心中で呟きながらも、俺はどこか余裕だった。
……次のれみりゃの言葉を聞くまでは。
「だからぁ~れみりゃはぁ~♪ だいずぎなおにぃざんのためにぃ~♪ がんばっでおいちぃにぐまんになるどぉ~☆」
「…………」
……あー、そーですかぁー。
がっくりと肩を落とす俺。
どうやら、れみりゃは、この新たな決意を俺に告げるために、
しばらく"自分は美味しい肉まんである"という主張を自重していたらしい。
「うっう~~うぁうぁ~~♪」
湯船の中ではしゃぐれみりゃを見て、俺は改めて思う。
まったく、
ゆっくりのブリーダーなんてワリにあわない商売だと。
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≪あとがき≫
すみません。
いきおいだけで書いてしまいました…。
美味しんぼが幻想入りしているのかは定かではありません(汗
by ティガれみりゃの人
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最終更新:2022年01月31日 01:54