Y字型に生えた木の枝と枝の間に、
ゆっくりが挟まっていた。ひらひらと飛ぶ蝶を追い、木の股を飛び越えようとして挟まったのだ。
ゆっ、ゆっ、と体を揺らせて脱出を試みるのだが、その弾力に富んだ体に深く枝が食い込んで、ビクともしない。
頭に止まってきた小鳥に、「小鳥さん、ゆっくりしていってね!」と話しかけたり、その小鳥に本当にゆっくりされて頭の皮をついばまれたり、
顔を這う蟻のむずがゆさに耐えたり、意味もなく一人で「ゆっくりー!」と言ったりしながら、もうかれこれ五時間近くそこに挟まっていた。
空腹もだんだん強くなってきて、「ゆっくりぃ」と、力なく鳴く。
あきらめてうとうとしていると、やがて遠くの方から楽しそうな声が聞こえてきた。たまたま通りかかった子供たちだ。
こんな滑稽な風景を、子供たちが見過ごすはずはない。
子供の落書きのような顔をしたでかい饅頭が木の枝の間に挟まっているのを見て、子供たちは笑い転げた。
「なにあれ」
「バカみたい」
「きんもー」
口々に感想を叫びあう。自分がバカにされていることなど、知性の低いゆっくりには当然わからない。
一人ぼっちから一転、楽しそうで賑やかな雰囲気に嬉しくなったゆっくりは、
「ゆっくりしていってね!!!」
と叫んだ。
ワイワイ騒いでいた子供たちは水をうったように静まり返った。まさか饅頭がしゃべるとは思わなかったのだ。しかも内容が内容である。
「あー」とか「うー」ならまだ動物っぽいが、意味のある、しかも状況にそぐわないセンテンスをいきなり叫んだのだ。饅頭が。
あまりにもシュールだった。
「げえ……しゃべった……」
「きっしょー…」
ドン引きの子供たち。しかし知性の低いゆっくりには空気など読めない。頭の中は、五時間に渡る孤独から開放された喜びと、
子供たちと楽しく遊んでいる未来の自分の姿でいっぱいだ。幸せな気持ちになったゆっくりは、体を揺すって歌いだした。
「ゆっ、ゆっ、ゆー♪」
木の間でぼよぼよんとうごめく、しゃべる饅頭。ゆっ、ゆっという声やリズミカルで滑稽な体の動きは、子供たちの苛立ちをフツフツとたぎらせていく。
彼らは心身ともにとても健全な子供だったので、このウザくてキモくてどこかユーモラスな生き物をいじめることにした。
「おまえ、なにしてんの?」
少年の一人がゆっくりに近づいて、たずねる。
「ゆっくりはさまったよ!」
ゆっ♪ゆっ♪と、楽しげに体を揺すりながら答えるゆっくり。
「はやくここからだしてね!」
少年はゆっくりの返答に対して、かかと落しをお見舞いした。
「ゆ゛ぐっ!?」
木の股にますます深く体がめり込み、Vの字にたわむゆっくり。子供たちはそれを見て大笑いした。
「おまえ、名前なんていうの?」
別の少年がやってきてたずねる。ゆっくりは知性が低いため、突然起こった出来事が把握できずに混乱している。
が、とりあえず投げかけられた質問に律儀に答えようとした。
「ゆっくりれいぶべっ」
今度は最後まで言い終わらないうちにかかと落しがお見舞いされた。
そこからは、とにかくゆっくりが口を開くたびにかかと落しがお見舞いされた。そのたびにおこる大喝采。しばらく経つと、
頭の上には体の大きさの半分近くあるコブができていた。「鏡餅みてーだな」といってゲラゲラ笑う子供たち。
ゆっくりにはわけがわからなかった。みんなあんなに楽しそうなのに、自分はみんなとゆっくりしたいだけなのに、どうしてこんな痛くて苦しい思いをしているのか。
ゆっくりは蹴られる痛みに加え、枝に一人で挟まっていた時に感じたものよりも、深い孤独を味わっていた。
「ゆっ…」ゆっくりやめてね、と言おうとしてまたも強烈な蹴りを食らう。その衝撃で、ゆっくりの尻に当たる部分の皮が裂け、
そこから餡子が盛大にブリブリブリ、っと漏れ出した。
「ゲェーこいつもらしやがった!」
汚い、臭い、死ね、と罵りながら子供たちは騒ぎ立てる。
ゆっくりはとうとう泣き出した。
「ゆっく…ゆ゛っ…。ゆ゛っぐりぃぃぃぃぃ!ゆ゛ぅぅぅぅぅぅぅ!」
滝のように涙を流し、奇妙な泣き声をあげる。しかし口元はさっきまでのように笑っているため、本気で悲しんでいるようにはとても見えない。
その変な泣き顔はまたしても子供たちの加虐心を煽った。
「気持ち悪いんだよバーカ」
と、少年の一人がゆっくりの顔面に思い切り平手打ちをかました。手のひら型に凹む顔面。小気味のよい、パァーンという音が響き渡る。
平手打ちは、プルプルのゆっくりの体の表面を振動させ、振動は波紋のように全身に広がっていった。
「……!……!」
焼け付く痛みに声も出せないゆっくり。
「おっもしれえー!」
叩いたときに出る大きな音と、ゆっくりの体に生じる波紋は、子供たちを夢中にさせた。誰が一番大きな音を出せるか競争になり、
30分以上にわたってゆっくりの全身に、パァーン、パァーンと平手打ちが浴びせられた。
元の大きさの倍近くに体が膨れ上がってビクビクと震えるゆっくり。もはや木の枝を切らない限り、脱出するのは絶望的だった。
「…ゆっ…ふぃ…ひはい……」
パンパンに腫れ上がった頬のせいで、お得意の台詞もうまく発音することができない。
一方、子供たちのほうはゆっくりを叩きすぎて、手の平が腫れ上がり、すっかりヘトヘトになって地面に寝転がっていた。
誰かが、「帰ろうか」と言い、先ほどまでアレほど熱心にいじめていたゆっくりには目もくれず、少年たちは家路につきだした。
子供たちの背中に「おいへはないへね、ゆっふぃほほはらはひへね」と懸命に叫ぶが、誰も耳を貸さない。
「ゆっふぃひへいっへね!」
「だれかはふへへね!」
ただ発音不明瞭な奇声がこだまする中、絶望と夜の闇がじわじわとゆっくりを飲み込んでいった。