ゆっくりてんこはMだと言われている。
事実、開口一番「もっとぶって!」と叫び、実際に痛めつけると法悦とした表情で打ち震え、快感に浸っている様子はMにしか見えない。
しかしてんこが心から望んでいるものは、快楽とは少し違っている。
その言葉の通り、ずっと自分に構っていて欲しい──。
てんこは、ゆっくりの中でも特に寂しがり屋な種族だった。
「もっとぶってね! もっとぶってね!」
テーブルの上に乗せられたてんこが飛び跳ねてはしゃぎ回る。
さっきまで通りかがる誰に声をかけても相手にされず、落ち込んでいた所を拾って貰え、心は有頂天だ。早く構って欲しいと、大声で拾ってくれた男に呼び掛ける。
果たして、男はてんこへ手を伸ばすと、そのまま頬を抓り始めた。
「ゆゆゆゆっ!!」
とろけそうな心地よさと気持ちよさに、だらしなく開いた口から涎を垂らして喜んでいる。ようやく希望が叶い、ご満悦な様子だ。
その様子に、男は手を放さずさらに抓り続ける。
渾身の力を込め、腕には血管が浮き出ていた。
「……ゆゆ゛ゆ゛っ」
次第にてんこの表情に陰りが見える。
「ゆぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっ!!」
気がつけば涙を浮かべ、痛みから顔が歪んでいた。
Mといっても、全ての痛みが快感になるわけではない。痛いものは痛く、抓られている頬の痛みはてんこの許容範囲を既に超えていた。
「ゆっぐりざぜでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っ!!」
途端、男は力を抜き、手を放した。
「ああああああああああああ……」
痛む頬に涙を流しながら耐えるてんこ。抓られた皮は赤くなり、窪みとなって残った手の跡が、その痛みを伝えてくる。
やがて痛みが治まり、ようやく気持ちが落ち着いた頃。
男は、てんこから遠く離れた場所で椅子に座り、本を読んでいた。
「……ゆっ?」
様子を伺うように体を左右に動かすが、男はまるで反応せず、静かに読みふけっている。
近づこうにも、てんこにとって乗っているテーブルの高さから降りるのは、飛び降り自殺に等しい。
孤独からあふれ出る涙を止めることは出来ず、次第にてんこの目が滲み始めた。
「もっとぶって! もっとぶってよおおおおっ!!」
ぱたんと。
ハードカバーの閉じる音がした。
ゆっくりと近づいてくる男に、笑顔で向かえるてんこ。
その笑顔も、また男の手が伸びると苦悶の表情に変わっていた。
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
抓るだけでなく、今度はそこから更に引っ張り、てんこの頬は捻れながら大きく広がっている。
皮の伸びていく感触に心地よさを覚えながら、男は更に力を込めた。
「いだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
ミチミチと、皮の引きちぎれていく感触が手に伝わっていく。
もうじき千切れるかというその瞬間、てんこの絶叫が部屋に響いた。
「ゆっぐりざぜでよお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ!!」
男の腕から力が抜けていく。
頬から伝わる激痛にてんこはまた泣きじゃくるも、男はまるで気に止めず、また本を読みに椅子へと戻っていく。
痛みが引いていき冷静になると、てんこはまた自分が独りぼっちであることに気がついた。
「ゆっ! ゆゆゆ……っ!!」
はしゃいでも、声を上げても変わらず、先ほどのように無視されてしまう。
てんこは思い出す。男が動いたのはなんと言った時だったかを。
同時に、傷ついた頬が熱を持って訴えていた。
「ゆ……」
また訴えれば構ってもらえる。でももう痛いのは嫌だ。あんな思いはしたくない……。
てんこは、寂しさに耐えられるように下を向き、男を見ないように心がけた。
部屋に置かれた時計の針が秒を刻む。
男の手が一枚、ページを捲っていく。
やがて、特徴的な桃付きの帽子が揺れ始め、テーブルの鳴る音が響く。
次にてんこが顔を上げた時、その目からは滝のような涙が流れていた。
「もっとぶってっ! もっとぶってよおおおおおおっ!!」
男の腰が上がる。
近づいてくる男に気づいて、涙を流すてんこの口元に笑顔が浮かんだ。
てんこは思う。どれだけ痛い目に遭わされても、我慢さえしていれば男は自分に構ってくれるだろう。
だから、我慢しよう。
どれだけ痛くても、もう独りぼっちにはなりたくない。
そしてまた伸びてきた男の手に、てんこは覚悟を決め、歯を噛みしめる。
その我慢を試したのか。
男は頬を掴むと、躊躇せずそのまま引き千切った。
「みぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
今日一番の声が、響き渡った。
我慢していれば構ってもらえる。てんこがそう思って我慢するようになってから、男の攻めは激しさを増していった。
頬を千切られ、紙ヤスリで削られ、帽子を引き裂かれ、髪を剃られ、足を弱火でじっくり焼かれ、爪楊枝で何度も突き刺される。
残酷な攻めに我慢できず、何度もてんこの口は助けを求めた。
「おねがいもうやめでえ゛え゛え゛え゛え゛っ!! ゆっぐりじだい゛い゛い゛い゛い゛
い゛い゛い゛っ!!」
しかし男がその場を去ろうとすると、慌てて訴えてくる。
「ごめんなざい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛っ!! もっど、もっどぶっでぐだ
ざい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛っ!!」
そしてまた、てんこの体は傷つけられていく。
やがて、てんこだと判別できなくなった饅頭が、その体を一回り削られ、小さくなる頃には。
てんこはまともに、悲鳴さえも上げられなくなっていた。
「あ……うあ……っ」
息も絶え絶えなてんこに、男はまた紙ヤスリで削ってみる。
皮のささくれる感触に体が痙攣するが、悲鳴は上がらない。
充血した目を見開いたまま、テーブルに力なく倒れ込んでいた。
「……」
その様子に心が冷めたのか、男は使っていた道具をそのまま置いて踵を返す。治療する事もなく、また本を読もうと歩いていく。
しかし、男の足は途中で止まっていた。
「……ま、まっで……」
男は振り返る。先ほどと変わらず穴だらけの体を横たわらせたまま、しかしてんこは訴えていた。
「……さげびまずがら……がまん……じまずから」
男がまた動き始める。
「だから……もっど……ぶっでぐだざい……」
訴えかける、てんこの元へ。
目の前に戻ってきた男を見て、てんこは心は歓喜でいっぱいだった。
独りぼっちじゃないよ……嬉しいよ……。
てんこの口が開く。
「も……もっど……ぶって……」
男の手に握られているのはナイフ。そのナイフが近づいてくるのを、むしろてんこは興奮しながら刺されるのを待ちわびている。
気づけばてんこは、奉仕の心を男に対して抱いていた。
がんばってひめいをあげたら……よろこんでくれるよね。
……もっともっと、構ってくれるよね……。
ナイフはそのまま、眼球へと突き刺さる。
「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
どこにそんな力が残っていたのか、今までの様子が嘘のように、てんこは縦横無尽に暴れ回る。
その様子に、これまで1度も笑っていなかった男の顔に初めて笑みが浮かんだ。
まだ弄り甲斐がある。そんな歪んだ笑みが。
きっとこれから死ぬまで、てんこは弄られ続けるだろう。
しかしてんこにとって、これほど充実した人生はない。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
変わらず、てんこは叫び続ける。
しかしその心は、きっと桃色に染まっていた。
End
Mを虐待してどMにしてみた。
by 762 から改名して ちゃわんむし
最終更新:2008年10月16日 00:18