※現代?設定です。
※後半トンデモ設定です。
その
ゆっくり達の群は山の中ほどにあった。
昔は山のふもとの森の中に住んでいたそうだが、
今ではそんな森も無く、群から少し離れた所には道路が出来ている。
とは言え、ゆっくりは生と死のサイクルが非常に短く
そんな昔を覚えているゆっくりは群の中には居なかった。
道路の脇には、四角く黄色い色をした「動物飛び出し注意」の看板に、
ねこみみのようなりぼんを付けた饅頭のシルエットが描かれている。
車通りの多い道では無いが、平らなアスファルトの上がゆっくり出来そうだと
道路に出てきたゆっくりが間近を通った車を見て、あまりのゆっくりしてなさに
ショック死した例もある。
虐待しようにも愛でようにも、わざわざこんな交通の便が悪い所に来ることも無く、
好奇心から麓の町まで降りてしまうゆっくり以外は、人間との接点は無いに等しい。
それでも、親から子への教育や、奇跡的に町から生還したゆっくりの話などで
山の下には人間が住んでいる、と言うことはゆっくり達の共通の認識であった。
「ゆゆゆうぅっ、どべでぇぇぇぇぇ!」
「ゆっくりまってね! ゆっくりとまってねぇぇ!」
「ぺにぺにぃぃ!」
まりさは騒がしく喚き散らしながら、木々の間を縫い坂道を転がり落ちていた。
道路の端、ガードレールの側でぴょんぴょんと飛び跳ねながら叫ぶ
れいむとみょんの声がどんどん遠ざかって行く。
だが、耳の側でゴウゴウと唸る風の音がその声を掻き消し、
激しく回転する視界は心配する仲間の姿を捉える事が出来ない。
このゆっくり達、まりさとれいむとみょんの3匹は仲の良い友達であった。
子ゆっくりの頃から共に遊んで育ってきた。今日も一緒に群を飛び出し、
先ほどまで道路の上で、土の地面とは違う感触にはしゃぎ回っていたのだ。
ここ数日は道路を走るゆっくりしてない箱が現れていない為、3匹ともここぞとばかりに
道路の上を転がりまわった。だが好奇心の強いまりさは道路の端まで行くと、
無謀にもガードレールに飛び乗り、遠くの景色を眺めようとした結果
バランスを崩して道路の脇の坂道を転がる羽目になった。
「ゆ ゆ ゆ ゆ ゆ ゆ、だずげでぇぇぇぇ!」
どれだけ転がっただろうか、もうれいむとみょんの声など全く聞こえず、
風の唸り声と地面の上げるガサガサバキバキと言う悲鳴がまりさの恐怖を煽り続ける。
まりさの中で美味しかったお花、れいむやみょんの笑顔など、楽しかった思い出の映像が駆け巡る。
走馬灯のように通り過ぎる幸せな思い出は、少しでも恐怖を抑えようとする餡子の防衛機能で
まりさの中身はどんどんと甘みを増していく。
「ゆゆっ、ゆ、もっも゛っどっ、ゆっぐっ」
定番の断末魔、もっとゆっくりしたかったを発しようと本能が口を動かすが、
あまりにも高速な回転に、何度も地面とキスをするまりさは最期のセリフすら言えないまま、
丸々とした体は強烈な浮遊感を感じた。
「ゆ゛っぐりっ! …ゆ?」
回転の勢いは止まっていないので視界が安定しないが、それでも宙に浮いているのはわかる。
1段下の道路まで到達したまりさは、道路の淵のわずかな段差に乗り上げ弧を描くように飛び出すと
道路を横断しきる前に一度着地し、ぼいんと大きくバウンドする。
「わあ゛、おぞらをとんでゆ゛っ!? ゆゆゆーっっ!!」
繰り返される熱烈なキスから開放された口はここぞとばかりに本能からのセリフを放とうとし、
言い切る前に道路の向こう側に落ちると、また坂道を転がり出した。
気の遠くなるような回転、実際に気を失った饅頭が山のすそまで転がり落ちてくると、
広々とした芝生が勢いを受け止め、まりさは逆さまになって止まる。
帽子は転がっているうちにすっぽ抜けたようで、長い髪がぱさりと地面に横たわった。
「ゆゆゆゆゆ……」
まりさは目をうずまき状にしてぐるぐると回しながらうめき声を上げるが、
運良く木や石への衝突を免れたらしく、小さな傷こそあれ餡子が多く漏れるような外傷が無い。
それでも、一生分の回転を使い切っても足りぬような体験は、
まりさの意識を遥か彼方まで遠のかせていた。
しばらくすると、山のすそから二つの球体が揃って転がってくる。
片方は反面が黒でもう半分が銀色の球体、もう片方は赤と黒の球体である。
「ぺにににににに…! マラッ!!」
「ゆっ …ゆゆ?」
黒と銀色の球体は喚きながら転がって行くと、まりさの後頭部にぶつかって止まる。
赤と黒の球体はまりさと同様に、既に気絶しているのか言葉を発していない。
ぶつかられたまりさが意識を取り戻し目を開くと、眼前に広がる緑のじゅうたんの下に
どこまでも続く空が自分を飲み込みそうで、ふと空に落ちるような錯覚を覚える。
「ゆ、ゆゆゆっ!?」
慌ててもがいた事で自分が逆立ちしている事に気付き、ごろんと転がって足を地面につけた。
きょろきょろと見回すと、遠くには四角い大きな箱が沢山並んでいるのが見える。
「ゆ~?」
森の中では見る事の無い、なじみの無い形に眉をひそめて首をかしげると、
後ろでマラマラと騒ぐ声が聞こえ、振り返ると視界一杯に黒い塊があった。
「ゆ、ゆゆっ!!?」
「マ、マラッ、ぺにぃぃ!?」
度肝を抜かれてまりさが叫ぶと、その声に反応して黒い塊が喚き出す。
良く見れば黒い塊は、慣れ親しんだ自分の帽子であった。
転がっているうちにすっぽ抜けた帽子が、後から転がってきたみょんの顔面に
すっぽりはまったらしく、視界を奪われたみょんは声だけ聞こえるまりさを探しているようである。
ここで初めて、帽子をなくしたことに気がついたまりさは
慌ててみょんの顔面から帽子を取り外しひょいと放り投げると、落ちてくる帽子を頭で受け止めた。
「ゆゆっ、ぼうしがなくなったらゆっくりできないよ、ゆっくりひろってくれたんだね!」
「ぺにっ! ちーんぽ!」
意図して拾ったわけではないが、飾りが無くなることの大変さは良くわかる。
みょんは小さく飛び跳ねて返事をすると、一緒に転がってきたれいむを探し、
自分の後ろで目を回している紅白の饅頭に気付く。
「どぴゅっ! ちんぽっ!」
「ゆゆっ! れいむもきてくれたんだね! ゆっくりしてね!」
「ゆ、ゆゆ…… ゆっくりしていってね!」
2匹が近づいて頬に擦り寄ると、れいむもゆっくりと目を覚ました。
後を転がってきたれいむもみょんも、小さな傷があるだけにとどまっている。
3匹とも無事に麓まで転がってこれたのは、奇跡としか言いようがなかった。
あんなに怖い坂道を転がって、もう死んでしまうかと思ったのに、
みょんもれいむも自分を追いかけて来てくれた。2匹の姿に何か、
とてもゆっくりとしたものを感じたまりさは思わず目が潤むのを感じる。
そんなまりさを他所に、目に入った景色にれいむは驚きの声を上げた。
「ゆゆっ、にんげんさんのまちがあるよ!」
「ゆ? にんげんのまち?」
「ぺにぺにすちんぽ?」
親から教えられた、人間と関わるとゆっくり出来ないと言う言葉がよぎるが、
もと来た方向を見てみると、あまりにも巨大な山の姿に、群まで帰れるか不安になる。
帰る途中で夜になれば、れみりゃやふらんに襲われてしまうのではないか。
れいむとみょんの顔を見ると似たような事を考えていたようで、
3匹は「ゆっ」と声を掛け合うと、ぽいんぽいんと町に向かい始めた。
「ゆゆ? にんげんさんがいないよ?」
「ぺにに…」
「ゆ、すごくしずかだけど、なんだかゆっくりできないよ…」
3匹は商店街の道の真ん中をぴょんぴょんと闊歩して行くが、
人が居ない所か生き物の気配すら全くしない様子に困惑する。
家は閉まっては居ない。透明な板の向こうに暗い部屋が見え、
見慣れない物が並んでいるのが見える。
「なんだかおかしいよ? だれかいないの?」
山の中とは余りにも異質な空間に焦りを感じたまりさは
ぽいんぽいんと1軒の店の前に跳ねて行くが、人間が使う透明なドアを開けることが出来ず
ゆーゆーと顔面を押し付けて、諦めたのかぼてっと座る。
ぼーっとドアの向こう側を見ていると、店の棚に並んだぬいぐるみが
こちらを見つめているような気がして、寒気を感じたまりさは慌ててれいむ達を追いかけた。
「ゆゆっ! はっぱさんがあるよ!」
「ゆっ!? まりさおなかすいたよ、はっぱさんたべたいよ!」
前を跳ねるれいむが叫んですぐ側の家に飛び込んで行く。
急いで追いかけると、軒先の台の上に野菜が乗っかっていた。
生まれてからずっと山で花や虫を食べていたゆっくり達も、
親の餡子から受け継いだ記憶でとてもゆっくり出来る食べ物だと覚えている。
一足先に台に飛び乗ったれいむとみょんが手近な野菜をもしゃもしゃと食べ始めた。
「むーしゃ、むーしゃ…ゆー?」
「ぺーに、ぺーに………どぴゅ」
「ゆゆっ? どうしたの?」
「このはっぱさんぱさぱさしてて、あんまりおいしくないよ」
「ゆゆっ、ぜんぜんゆっくりしてないはっぱさんだね…
ほかにたべものもないし、おいしくないはっぱさんでがまんするよ」
見ればどの野菜も水気が無く、何日も放置したかのように痛んでいる。
生まれて初めての野菜に歓喜したのもつかの間、美味しくない食事に不満を漏らすが
背に腹は代えられぬと、3匹とももくもくと食べて空腹を満たしていく。
まりさ達が野菜を漁っていると、3匹が居る店の斜め向かい、
看板に大きな魚の絵が描いてある店の戸が内側から押し開けられる。
たまたま通りの方を向いてナスをしゃぶっていたみょんが気付いて声を上げた。
「ちゅぶっ、んちゅっ…ち? ちーんぽ!」
「ゆゆっ? どうしたのみょん」
「ちんぽっ! ちんぽっ!」
みょんが台から降りて斜め向かいの店に跳ねていくと、開いた扉から2つの影が現れた。
「ゆ…にんげん、さん?」
「ゆっくりしていってね!」
「「ゆっくりしていってね」」「ちーんぽ!」
人気の全く無い町の中で始めて会った生き物に、3匹は元気良く挨拶する。
始めてみる人間に、ゆっくりとは違うがどこかゆっくりした形だとまりさは感じる。
なめらかな流線型で、ゆっくりには無い手と1本の太い尻尾がある。
顔の先端はにゅっと伸びて、饅頭型のゆっくりより食べ物を咥え易そうだ。
その口は管の様なものを咥え、チューブの先は背中に背負っている赤い筒に伸びている。
体の前半分が白く、背中のほうが光沢のある暗い青の見慣れぬ姿をした彼らは
しっぽで器用に立ち上がり、透明感のあるゴーグルの奥から覗くつぶらな瞳で
地面にへばりつく3匹のゆっくりを静かに見下ろしていた。
自然と見上げる形になったまりさの目に、彼らが出てきた店の看板が目に入る。
(ゆゆっ、じょうずににんげんのえがかいてあるよ!)
それは実際には魚の絵であるが、まりさは人間の姿を知らないので無理も無い話である。
魚の絵に似ては居るが魚とは違う彼ら、イルカ達のうち1匹は一番近くにいたみょんを
胸びれで指差し、もう1匹のイルカに向かってぱくぱくと口を開閉させている。
何かを喋っているように見えるが、ゆっくり達には何も聞こえない。
「ゆゆっ? ゆっくりむししないでね?」
「ゆっくりしていってね? ゆっくりしていってね!?」
「ち───んぽっぽ!!」
自分達の呼びかけを無視されたと感じた3匹は、人間と信じる目の前に生物に
ぴょんぴょん飛び跳ねながら呼びかけ続ける。
そんなゆっくり達の様子を黙って見つめる2匹のイルカは、尾びれに履いたズボンに吊り下げてある
長い筒を胸びれで掴むと、おもむろに棒の先をみょんに向けた。
「ぺにっ?」
棒の先端を向けられて何故か顔を赤らめるみょん。
次の瞬間、イルカ達の持つ棒から金色に輝く光線が飛び出し、みょんの体を激しい光が包んだ。
「ぺにににににににににに!!」
ビイィィィィィィィィィ! とやかましい音を立てながら発せられる光はみょんの回りで
トゲトゲとした形に拡散し、中心にいるみょんは激しく振動を始める。
振動を受けると興奮を感じるゆっくりだが、みょんの表情は驚きと苦悶に満ちており、
叫び声からも苦痛に悶える様が伝わってくる。
「ゆゆっ!? やめてあげてね、くるしんでるよ!?」
「なにするの!? ゆっくりやめてね!?」
みょんの異常を敏感に察したまりさとれいむが飛び跳ねながら抗議するが、
イルカ達は全く気付く様子が無い。実際光線銃の音がうるさすぎて2匹の声はかき消されている。
その間にもみょんの体は振動と共にぶくぶくと膨らんで行き、
「ぺににににに、どぴゅぅぅっっ!!!」
パ──ン、と弾け飛んでしまった。
あまりの事態にまりさもれいむも驚愕の表情で固まってしまうが、イルカ達が顔を見合わせて
ぱくぱくと口を動かした後、その胸びれに持った筒を2匹の方に向けた事ではっと我に返った。
次は自分達が狙われる。ゆっくりできない光でゆっくりできなくさせられてしまう。
「ゆゆ、れいむ、ゆっくりにげるよ!」
「わかったよ、ゆっくりにげるよ!」
2匹ともその場でぴょんぴょんと方向転換し、元来た道、山の方へと跳ねていく。
その姿を見たイルカの一匹は、ぱくぱくと口を動かしながら胸びれをすっと上へ向け、
続けて背中を向けて逃げるれいむを指差す。
ゆっ!ゆっ!と出来る限りの速度で逃げる2匹の後ろからビイィィィィィィィィィ! と
強烈な音が聞こえ、間をおかずれいむの背中に光がぶつかって来る。
「ゆがががががががが!?」
「れ、れいむぅぅ!?」
慌ててまりさが振り向くと、れいむが目を見開いてがくがくと振動している。
瞳からは滝のような涙が流れ、限界まで開かれた口からはぶくぶくと黒い餡子の泡がこぼれ始めた。
「ゆゆっ、ゆっくりしてね! ゆっくりしてね!」
みょんを失ったばかりで、れいむまでが奪われようとしている。
余りにゆっくり出来ない事態にまりさは逃げることも忘れ、その場でぴょんぴょんと跳ねながら喚き散らす。
そのまりさに、近くにいるれいむに当たって拡散した光の一片がぶつかり
バチッ、と音を立ててまりさは後ろに吹き飛ばされた。
「ゆべっ!!」
ぽてん、と後頭部から地面に落ちたまりさは、顔の中心、無いはずの鼻の奥がジーンと痛くなり
そのまま泣き出しそうになってしまう。が、パ──ン、と言う音と共にれいむの声が
聞こえなくなった事で、みょんが爆発した瞬間がフラッシュバックしてハッと我に帰った。
「ゆゆっ!! れいむ!!?」
慌ててのそっと起き上がると、目の前に焦げたりぼんと飛び散った餡子があった。
「ゆ……ゆ……」
まりさはがくがくと震えながら見覚えのあるりぼんを見つめ、
仲間達をゆっくり出来なくさせた人間達を見る。
彼らはにゅっと飛び出した口をゆがめ、ゴーグルの奥では満足そうに瞳を細めている。
わなわなと震えるまりさの中に怒りが広がり、足の餡子が逃げそうになるのを押しとどめる。
「ゆ、ゆゆ、よ、よぐもふだりをぉぉぉ! わ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
相手がゆっくり出来ない光を出してくることも忘れ、大粒の涙を流しながらまりさは突進して行く。
ぽよん、ぽよん、と鬼気迫る顔で1歩1歩近づいて来るまりさを見るとイルカ達は顔を見合わせ、
ビィィ! と光線銃を発射した。
「ゆびぃっ!!?」
まりさが着地した地面のすぐ目の前に一瞬だけ照射された光は、みょんやれいむに当たった時のように
トゲトゲと拡散し、まりさは飛び散った光を顔面に受けてしまう。
バチバチとはじけるような感触に続けて、餡子に刺さるような鋭い痛みが顔中を走り抜け目を開けない。
少しすると痛みが引いて行き、恐る恐る目を開くとイルカ達は1歩も動いていなかった。
ニヤニヤと口をゆがめて笑いながらこちらを見ている。
「ゆぐ…! むぅぅ~~っっ!!」
悔しいのに手も足も出ない、全く解消できない苛立ちに、まりさは唇を噛んでぶんぶんと頭を振り
駄々をこねるようにじたばたとする。1匹のイルカはそんなまりさの姿を見ると、胸びれを顔の横に当てて
まるで受話器を持って電話しているかのようにぱくぱくと口を動かした。
「むぅぅ~~~…… ゆゆっ?」
程なくして、まりさは自分の居る場所が影に覆われた事に気付き空を見上げると、
商店街の屋根と屋根の間に、なにやら巨大なものが浮かんでいるのが見える。
「ゆ、ゆゆ──っ!?!?」
山育ちのまりさにはその形の形容が出来ない。広げた扇をぶくぶくと太らせたような、
閉じた二枚貝に似ているそれは音も無く商店街の上に浮かんでいた。
民家の屋根の上程度の高さではあるが、空高く浮かぶ貝の外周部にはいくつもの窓があり、
窓からは多くのイルカ達がまりさを見下ろし、胸びれで指差して口をぱくぱくさせている。
「ゆ、ゆゆゆ…」
見たことの無いスケールの存在に驚愕の表情を浮かべるまりさの、貝を見上げる視界に
ぬっとイルカの顔が割り込んできた。
「ゆゆぅっ!?」
慌てて視界を戻すと、もう1匹のイルカも尾びれを器用に動かしてヒタヒタと近づいてくる。
目の前まで近づいていたイルカはニヤニヤとした顔をまりさに顔を近づけると、
光を出す筒を見せびらかすようにまりさに突きつけた。
「ゆ、ゆ、ゆ゛あ゛ぁ゛ぁぁーっ!」
もはや闘志も吹き飛ばされ、ゆっくり出来ない筒への恐怖に支配されたまりさは
絶叫を上げながらぽいんぽいんと方向転換し、全力で山に向かって走る。
その後ろをヒタヒタと、付かず離れずの距離で2匹のイルカが追いかけて来た。
「ゆゆぅっ!? ついてこないでね!? あっちいってねぇぇ!?」
限界まで声を張り上げ絶叫するが、イルカ達は顔色変えずに歩く早さを変えない。
それどころか町の上に浮かんでいた巨大な貝までもが、スィー、と音を立てずに近づいてくる。
「ゆぅーっ!? なんでづいでぐるの゛ぉぉぉ!?」
まりさはこぼれる涙を撒き散らしながら、全力で走り続けた。
息を切らせてスピードを落とせば、近くの地面をイルカが光線銃で撃って来る。
「ゆぎゃぁぁぁぁ!? やべでねっ!? やべでね゛ぇぇぇ!!」
町の中で顔面に受けた痛みほどではないが、それでも体の中をビリビリと駆け抜ける苦痛に追い立てられ
休むことも許されないまままりさは山道を上り続けた。
一刻も早く群に逃げ帰りたいが、疲れた体が過酷な山道よりも舗装されたアスファルトを選んでしまう。
車通りのまったく無い車道の上で、饅頭とイルカが1列に並んで進んでいた。
「ゆ゛っ、ゆ゛、ゲッホ、ユゲェェ」
それでも上り坂の連続に息が持たず、ついへたり込み、余りの苦しさに餡子を吐き出してしまう。
立ち止まった事でビリビリさせられると思い、まりさは目をぎゅっとつぶって構えるが
一向にやってこない痛みに「ゆゆ?」と振り向くと、2匹のイルカ達も舌をだらりと垂らして、
ぜえぜえと息を上げていた。相手が疲れていると理解したまりさはぱあっと顔を輝かせると、
「ゼッ、ゼェ、ゆ、ゆっくりあきらめてね! もうついてこないでね!」
とあごをのけぞらせて威張った。もう安心だ。
それを見たイルカの1匹は胸びれを顔の横に当てて口をぱくぱくと動かす。
やはり何も喋っているように聞こえないが、すぐに空飛ぶ貝がスィー、と飛んで来ると
イルカ達の真上に止まった。
呆気に取られてまりさが貝を見上げると、貝の底面の一部がスライドしぽっかりと穴が開き、
穴の中から銀色の棒が延びてくる。棒の先端は棒の倍は直径がある球体となっており、
棒の伸長が止まると今度は先端の球体に幾つもの穴が現れ、球体から幾つものトゲが
ニョキン、と飛び出した。
「ゆ、ゆゆっ!?」
イガグリのようにトゲが出した球体に嫌な予感がして、再び逃げようとその場で方向転換を始めた所で
球体から伸びるトゲの一つからズビィィ! と発射された光線がまりさの尻を一瞬だけ撫でる。
「ゆぎゃぁぁっ!? ゆっぐり゛や゛べでね゛ぇぇっ!?」
ちょっとの休憩を挟んで、追いかけっこが再開されてしまった。
イルカの代わりに追いかけてくる貝殻はスィー、と音も無く近づくと
トゲから出す光線でまりさを追い立て、時にはトゲ自体で背中をつついて来たりもする。
「ゼェッゼェッ、ゼッ、ゆ、ゆっぐりがえっでぎたよ゛っ!」
息を切らしながら走り続けて、道の脇に見慣れた看板が見えてくる。
「動物飛び出し注意」の文字は読めないが、れいむを思わせる絵はゆっくりしていて好きだった。
もう居ないれいむを思い出して涙が溢れてくるが、空飛ぶ貝に追われて今はそれどころではない。
道路の脇道にぴょんぴょんと入り込み、やっと群に到着する。
「ゆゆ~、ゆっくりしているよぉ~」
「たまにはいなかせいかつもいいものだわぁ~」
「ゆ゛っゆ゛っゆ゛っゆ゛ぅぅぅっ!!」
「ゆ、ゆゆーっ?」
群の中で思い思いにゆっくりしていたゆっくり達の中にズザザァ、と勢いよくまりさが飛び込んで来た。
山道を走り続けて体力の限界をとうに突破していたまりさは、顔面から倒れこんで動かない。
それでも、みょんとれいむを殺されて怖い人間に追い掛け回された末に群に帰って来れたことに
強く安心感を覚え、溢れる涙が止まらなかった。
「ゆ゛っゆ゛ぅっ、ゆ゛ぅっゆ゛っ、ゆ゛ぅっ…」
「ゆゆっ? どうしたの? ゆっくりしてね?」
「わからないよー?」
「ま、まりさ、なきたいならありすのむねでないてもいいのよ?」
何事か、と群のゆっくり達がわらわらと集まってくるが、
突然現れてなき続けるまりさに困惑しおろおろとすることしか出来ない。
群のゆっくり達のほとんどが集まったところで、ゆっくり達が影に覆われる。
何事かと皆一様にきょろきょろとすると、1匹のれいむが空に浮かぶ貝殻を発見した。
「ゆ? おそらになにかあるよ?」
「わからないよー!?」
「むきゅ、あんなものみたことないわ…?」
「ゆゆ…?」
仲間達が上げる声にまりさが顔を上げると、空には見覚えのある貝殻がたたずんでいる。
外周部の窓から覗くイルカ達は皆ニヤニヤと笑い、まりさを見据えていた。
「ゆゆぅーっ!? どぼぢでぇぇぇlぇぇ!?」
と叫んだ所でまりさは気付いてしまった。
今までまりさは群に帰ることだけを考えて、逃げ切れば何とかなると思っていた。
でもあいつらがまりさを追いかけていたのは、まりさの群の場所を知る為だったのだ。
必死に逃げたつもりが、まりさはゆっくり出来ない人間を群に連れてきてしまった。
「ゆっくりできるかな?」
「ゆっくりしていってね!」
「「「ゆっくりしていってね!!!」」」
「ゆ…ゆゆゆ…」
群のみんなは何も知らず、空飛ぶ貝殻にゆっくりしてねと呼びかけている。
もう逃げ場が無いことを悟ったまりさは震えが止まらなかった。
貝殻の下部から伸びている球体の無数のトゲがバチバチと発光を始める。
今までまりさを追いかけるときはトゲの内1つだけしか光を発射していなかったが、
今は無数にあるトゲの全てが光を発射しようとしている。
「ゆゆ、とってもきれいだね!」
「ありすはしってるわ、これはとかいはのしょうめいよ」
「わかるよわかるよー!」
見たことの無い光にきゃいきゃいと騒ぐゆっくり達に見せ付けるように、
無数のトゲから発せられる光が群のあちこちに降り注ぎ、ゆっくり出来る場所が次々と炎上していった。
「ゆ…? ゆゆ───っ!?」
「どおぢでぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「ゆっくりやめでね! ゆっくり゛じでね!」
「ゆっくりにげるよ! ゆっくりこないでね!」
突然の事態にパニックに陥った群のゆっくりは蜘蛛の子を散らすように逃げようとするが、
トゲから発せられる光が逃げ惑うゆっくり達をなぶる様に追いかけ、どんどんと捕らえられてしまう。
「ゆ゛べべべべべべべべべ…! ゆぼぁ!!」
「わ゛に゛ゃに゛ゃに゛ゃに゛ゃ…! わがに゛ゃーっ!」
「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…! ゆごご!」
「ど、どお゛じで…!?」
目の前で仲間達が爆発して行く中、1匹だけ光を浴びせられず取り残されていたまりさ。
困惑するまりさの前にヒタヒタと1匹のイルカが現れる。
みょんやれいむを殺したやつだと、まりさにはわかった。
イルカはまりさと目が合うと、光線の出る筒をまりさに向けてニヤ、と笑う。
まるで、わざと逃がす必要が無くなったからやっと殺せる、と言っているようだった。
「どぼぢで…どぼぢでごんなごどずるの゛ぉぉぉぉぉぉ!?」
まりさの疑問に、イルカは答えてくれなかった。
おわり。
最終更新:2008年10月27日 01:40