ゆっくりいじめ系1331 日常、時々、非日常 後編_02



彼の靴のつま先部分に、クロスケは噛み付いていた
その拍子に彼は尻餅を突いてしまう
「ああ、このっ!」
足を振って門の扉に何度もぶつけるが、あまり効いてはいないようだった
スパナで叩いても同じだった。弾まないゴムボールを叩いているような感触しか返ってこなかった
クロスケの歯が足の甲の部分の生地を突き破った
「ぐぅ」
歯の鋭利さが靴下越しに伝わる。辛うじて歯は彼の皮膚に届いていなかった
時間の経過と共に段々と足が締め付けられ、ジリ貧の状態だった
クロスケは顎の力を強めた
「いでてててっ!」
強力な顎の力によって遂に牙が皮膚に到達した
生暖かい息を直に感じる
「離せよっ!!」
いつかは効果が出るだろうと思い、スパナで殴りつけるもクロスケは全く痛がる素振りを見せない
元より、足の先に張り付いている相手を殴るのにこの体勢は悪すぎた
全身真っ黒なクロスケの表情を窺うことはできない。笑っているのか、苦しんでいるのかさえ読み取れない
「このぉ!!」
腕に疲労が溜まっていたため、その手は大きく空振りしてクロスケではなく門の扉を叩き、高音の金属音が響いた
『ピシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』
その音が鳴った瞬間、クロスケは彼の靴から離れた
真っ黒なちぇんの耳をペタリと畳み、小刻みに震えて縮こまっていた
「もしかしてこの音・・・?」
クロスケは聴覚を頼りにして生きてると何度も説明された
ある一定の領域を超えた高い音はクロスケにとって何よりも苦痛な暴力だった
彼はそのことに気付いた
縮こまっていたクロスケを門の扉に押さえつけるように足で固定する。抵抗されたが人間の方が力は上だった
押さえつけ動けないのを確認したら、彼は狂ったようにスパナで扉の格子部分を叩き始めた
辺りに甲高い金属音が響いた
彼自身もこの音は不快だったが止めようとはしない
『ヒシィィィィィ!!!!! ヒシィィィィィ!!!!! ヒシィィィィィ!!!!! ヒシィィィィィ!!!! ヒシィィィィィ!!!!』
叩くたびに不快な音を出すコツがわかってくる
手に肉刺(まめ)が出来ても気にしなかった







「う?」
れみりゃはふらんが言った言葉を聞きキョトンとなる
「だからあなたの勝ち。私を嫁なり婿なり好きなように娶りなさい」
「ほんと~かどぉ~?」
れみりゃは喜びと疑念を半分ずつ抱いた。嘘かもしれないという疑念故に着ぐるみの口はまだ閉じたままだった
「何なら誓いのキスでもしましょうか? 自慢じゃないけど私とディープキスして発情しないヤツは今までいなかったのよ?」
「うっう~~♪」
誘惑に負けてれみりゃは着ぐるみの守りを解除した。ゆっくりと顔が露になる
殴ってきてもまた口を閉じ防御できる、そのときは力で無理矢理屈服させればいい。そんなようなことを考えていた

視界が完全に戻ると案の定ふらんが振りかぶっていた

急ぎ防ごうと再び着ぐるみに命令を送る
だが、ふらんの手が顔にめり込んだ
久しぶりの痛みだった
「ぎゃおおおおおお!! どーーーじでおかおがじまんないんだどーーーー!!」
いつも言うことを聞くはずの着ぐるみが動かなかった
「ふふふ・・・これがれーう゛ぁていんⅡ(レンチ)の力よ!」
恐竜の口部分にレンチが縦になって挟まっていた。そのせいで閉じられないでいた
「いだいどーー!! いだいどーーー!!」
慣れない痛みで悶絶するれみりゃ
それを勝者の笑みで見下すふらん
「さて。これから私がガード不能になったあんたをマウント状態で一方的に殴るわけだけど。最後に言いたいことある?」
拳を高く振り上げた

強がりの言葉はやがて謝罪の言葉に変わり、最後には何も言わなくなった






これでもかというほど叩き続けて、扉の格子は傷だらけだった
はじめの猛々しさが嘘のようにクロスケはぐったりとしていた
とどめを刺すためにスパナよりも鋭利なものは落ちていなかと庭は見渡す
『なんなんだぜ、いったい・・・』
突然クロスケが喋りだした
こんなことは彼女から聞いていない
「お前言葉がわかるのか?」
『ここはどこなんだぜ、くらいんだぜ・・・・あやまるんだぜ・・・』
「まりさ?」
その口調は特定のまりさ種に見られる話し方だった
『わからないよーーーわからないよーーーあたまががんがんするよーーーらんしゃまがどこにもいないよーーー』
今度はちぇんの言葉で話はじめた
『みょーんぽっ!!』
『う~~ざぐやーざぐやー!!』
『しねっ! しねっ! ゆっくりしねっ!!』
クロスケに使われたものたちの呻き声だった。さらに口調が切り替わる
『JAOOOOOOOO!!』
『とかいはのわたしをこんなめにあわせるのはどこのいなかものよ!』

一つの体に押し込められた七つの生命は、混ざり合うことなく苦しみながら生きていた

「・・・・・」
彼にはわかった。この黒いゆっくりも研究の被害者なのだと
クロスケは苦しみ悶えていた。口から黒い泡を吐いていた

牙以外全てが黒い体から、突然新たに二箇所白い部分が現れた

「・・・・目?」
現れたのは真っ白な目だった。今まで目蓋を閉じていたため誰にも知られていなかった
目は全ての生物にとっての急所である

彼はその部分にスパナを突き刺した










「うおっ!」
研究室に戻ると、ふらんがれみりゃに馬乗りになってタコ殴りにしていた
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは」
彼女の高笑いだけが木霊する
見えないが多分れみりゃの顔は成熟してはじけたザクロと良い勝負かもしれないと彼は思った
ピクピクと痙攣するれみりゃの腕の近くに光るものを見つけた
「俺の家の鍵じゃないですか・・・落としてますよ」
「はっ!!」
れみりゃに喧嘩を吹っかけた当初の理由を彼女は思い出した
「う゛~~そ゛れ゛・・・れ゛み゛ら゛がひろっ・・・」
「それ以上喋るな!!(私が地下で落としたのがバレる!!)」
「うぎゃう!」
殴りつけて小声で話しかけた
「いい? 余計なこと言うんじゃないわよ。そしたら命までは取らないわ、それどころかペットにだってしてやるわ」
無言でれみりゃは頷いた

れみりゃを解放して、二人はお互いの無事を確認した
「ご苦労様、辛い役目を押し付けてごめんさい」
「・・・・いえ」
彼の返事はどこか曖昧だった
「あとは私が元に戻るだけね。もうあなたが護衛で付いて来る必要は無いからここで待ってて頂戴」
れみりゃを彼に預けて、彼女だけが地下に向かっていった


時間経過と共にれみりゃの顔は見る見る回復していった。今ではまた机の上に登り、どうやって降りようかと四苦八苦している
それを尻目に彼は研究室を探索していた。来た時より空は明るかったため見やすかった
「う~~~~おろじてほじいんだどーーー!!」
「はいはい」
ダダをこねるれみりゃの元まで行く。そこでふとあるものを見つけた
「写真立て?」
埃をかぶり、ススで汚れていたが中に写真が入っているのが分かった
「おろじでーーーたかすぎてめまいがするどぉーーーー!!」
「少し待ってろ」
「まーでーなーいー!!」
落ちていた紙で汚れを拭き取ると三人の人物が写っていた
中年の男性が一人、若い男女がそれぞれ一人
「あ・・・」
中年の男には見覚えがあった。あのホームレスに顔の造りが似ていた

「ああ、それ私とあいつと教授の写真ね。かなり昔の」
白衣を着て、松葉杖をつきながら女性が地下に入り口から出てきた
「半年も寝たきりだったから歩き辛いったらありゃしないわ」
彼女の後から先ほどまで体を借りていたゆっくりふらんがついてきた
「う~~~ふりゃ~ん♪」
「しねっ!」
れみりゃがふらんの姿を見てご機嫌になるのと、ふらんがれみりゃに飛び掛ったのはほぼ同時だった
いつものように顔を閉じて絶対防御の姿勢を取るれみりゃ
対するふらんは翼の宝石の先端を閉じた恐竜の口に刺し込み、楔(くさび)のように打ち込んだ
「うぎゃあああああああああああああああ!! ちくちくするどーーー!!」
女性は興味深かそうにその様子を眺めていた
「ああ、その手があったか。盲点だったわ」
「関心しないでください。ところでこの写真・・・」
写真の教授とホームレスが同一人物だと気付いた
「私はあいつは同じ大学の出で、二人とも教授にはお世話になってたの・・・何? もしかしてこの人?」
彼は頷いた。この男性が日記に書かれていた教授らしい
「天才と奇人は紙一重を地で行く人だったから、ホームレスに身を窶しても不思議じゃないわね。当時学会で揉めてたっていう噂も聞いたことあるし」
「そうなんですか。あとそれは別の話なんですけど・・・」
「 ? 」
彼は何時に無く真剣な面持ちだった。多分彼の今後の人生でも中々こんな顔はしない

「結婚してください。一目惚れしました」

年齢を感じさせない肌のツヤ、透き通るような綺麗で長い黒髪、母性を象徴する豊満な胸、整った顔立ち、艶かしい唇、知性と可愛らしさを強調した眼鏡
年を重ねるごとに美しさに磨きがかかる大人の女性がそこには居た
「嫌よ、乙女心がわかるようになってから出直してきなさい♪」
「ちきしょう!!」
こんな事ならふらんの時にもっと優しくしておけば良かったと後悔した
彼女は引き出しを開けて、紙のパックを取り出した
「コーヒー飲む?」
「半年も前のでしょう、いりませんよ」
「あら本当ね、煙草も湿気ってるわ。あ、これ乾いてるラッキー♪」
そして今度はライターを探しすためにまた引き出しを漁り始めた
その様子を見てただ彼はため息を吐いた
「あの、じゃあ俺そろそろ・・・」
「ええそうね。はいこれ、家の鍵。本当にありがとう、私はこれからもここで研究を続けるからいつでも遊びに来なさい」
「是非!」

彼は手を振って研究室を後にした
振り返ると、相変わらずふらんがれみりゃを苛めていた




門を出ると空は完全に明るくなっていた
鳥の声が聞こえる
立ち込めていたはずの霧は、町を吹きぬける風によって空に舞い上げられていた
気温はまだ低く、ジャンバーの襟を立ててそこに顔を埋める
途中何人かの人とすれ違った、休日出勤のサラリーマン、部活動の学生、ペットを散歩させる老人
それを見ていると、まるで自分が体験したのが夢なのではないかと思えてくる

また家に帰ればつまらない日常が待っている

目線を足に落とすと穴の開いた靴が視界に入った
「まあいいか、最近またきつくなってたから買い換えようと思ってたんだし・・・」
嫌でも自分が成長期であることを認識させられる
子供でいられるのもあと僅かなのかもしれない
そう考えるとあんな体験が出来た自分はきっと幸せ者なのだろう










少年が出て行ってしばらくして

「あら先生、お久しぶりです」
彼をこの非日常に巻き込んだ張本人が姿を見せた
「なんだぁ、ガンガン煩かったから予定よりも早めに来たが、あの餓鬼が全部片付けちまったのか?」
感嘆しながら顎髭を撫でた
「もう、それなら彼が来るよりも早くに助けに来てくださっても良かったのに」
口調自体は怒っていたが表情はにこやかだった
「なんでぇ俺がてめぇらのケツ拭かなきゃあいけねぇんだ。自分で撒いた種ぇぐれぇ自分で刈り取れよぉ」
「ちがいます。あの馬鹿が勝手に無理心中しようとしてきたんです」
頬を膨らませて、自分も被害者だと主張した
「そうそうその馬鹿野郎ぉだがなぁ、生きてんぞぉ」
「はい?」
これから吸おうとして咥えた煙草を落としてしまう
「薬飲んで昏睡してるとこに偶然なぁ地元の不動産屋が視察に来て一命取り留めたんだわ。半年以上寝てるがそろそろ意識戻すんじゃねぇか?」
「そうなんですか?」
彼女はてっきりあのクロスケに食われたとばっかり思っていた
「そもそもあの日記だってよぉ、病院で寝てるあいつの荷物から俺が最近見つけたもんだぞ。それまでおめぇらがそんな状況になってるなんて知らなかったんでぇ」
そして今夜、その廃屋の様子を見に行こうとした途中に彼を見つけて。興味本位であの日記帳と地図を託した
「しかし先生も人が悪い。部外者の彼を巻き込むなんて」
「だってあいつよぉ・・・あの年で人生に疲れたサラリーマンみたいな顔して座ってたんだぜ? しかも夜中に。ほっとけるわけねぇだろぉ」
またいつか会う機会があったら、彼ともう一度話してみたいと元教授は思っていた

「で、これからどうすんだおめぇ?」
「そうですね。まずあいつから慰謝料ふんだくってこの施設も貰おうかしら。ここの子達を見捨てるわけにはいかないし、それにまだ研究したいこともありますし」
「女ってのはオッカネェなぁ」
老人は欠けた歯の部分を剥きだしにしてキヒヒと笑った

二人が話す研究室の隅では、泣き喚きながら走るれみりゃをふらんが追いかけていた
その二匹を楽しげに眺めながら、彼女は新しい煙草を取り出して火を点した






~ additions (蛇足) ~



彼は自宅の近くまで戻ってきた

「おい。もう出てきても良いぞ」

そういうと塀の向こうからひょっこりと黒い塊が現れた。目のある位置が抉れて盛り上がっている

『うまくごまかしたのぜ?』
「多分・・・」
『とかいはならはっきりへんじしなさい、このいなかもの!』
「そもそもなんでお前まともになってんだよ?『シィィ』とか『シャァ』しか言わなかったじゃないか」
『わからないよー、ちぇんにもなにがなんだがさっぱりわからないよー』
「口調は一つに統一できないのか?」
『JAOOOOOO!!』
「却下」
『うっうー♪』
「チェンジ、他のにしろ」
『ちーんぽ』
「わざとだろその選抜」
『ちゅうもんのおおいやつはゆっくりしねっ!』

あの後、むき出しになった両目を抉りしばらく様子を見ていたらクロスケはこうなっていた

『じぶんがまりさのような、ありすのような、ちぇんのような、めーりんのような、みょんのような、れみりゃのような、ふらんのようなきもするんだぜ』
「なんだそれ? あの音と怪我のせいでお前の中で何かが変わったのか?」

近いうちまたクロスケを連れてあの研究所に足を運んでみようと思う。あの女性にまた会うための丁度良い口実だ
殺さず勝手に連れ帰ったことを怒られるかもしれないがそれはそれだ
その時は「どんなものにも生存権はある」と言ってやれば良い

「しばらくは家で面倒みてやるから、その代わりに言うことは全部聞けよ」
『JAOOOOOO!!』

その返事に彼は満足した
気が緩むと徹夜したことを思い出し両肩が重くなるのを感じた
早くベッドで眠りたい

「でもまあ今は・・・・」

両親にする上手い言い訳を考えながら、彼は家の戸に合鍵を挿し込んだ


まだしばらく彼の非日常は続くらしい


fin




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最終更新:2008年11月08日 07:58
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