『こぜうさまとさくや』
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(前書き)
一部、捉えようによっては微妙な表現・展開がありますが、
決して何か他意や風刺したい物事があるわけでは、ございません。
以上、ご了承ご容赦ください。
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「うぁぁー! ふらぁぁーーん!!」
「うーー! おねぇさまぁーー!!」
今、2匹の
ゆっくりが、天然の洞の奥に閉じこめられ泣いていた。
片方は、ゆっくりれみりゃ、もう片方はゆっくりフランだ。
互いを慰めるように抱きしめ合う2匹は、義理の姉妹でもあり同時に"つがい"でもあった。
そんな2匹の前に、黒い帽子をかぶったゆっくり達が現れた。
「へへへっ、かんねんするんだぜ」
「おまえらは、これからまりさたちのえさとして、いっしょーここでくらすんだぜ」
「これでもう、ふゆのえさもしんぱいないんだぜ……まったくドスのあたまのよさにはおそれいるんだぜ」
"だぜ"口調のゆっくりまりさ。
俗に"だぜまりさ""ゲスまりさ"と呼ばれる種類だ。
「だせぇー! おぜうさまをここからだずんだどぉーー! ぎゃおー! ぎゃおー!」
「うーー! ここからだせ! ゆっくりしね!」
れみりゃとフランは、敵意を剥きだしにする。
だが、この捕食種達の叫びを、まりさ達は涼しく受け流してニヨニヨほくそ笑んだ。
二つの理由から、まりさ達に恐怖は無かった。
まず、れみりゃもフランも体中ボロボロで、羽と両足は既に食いちぎられた後だったから。
そして、自分達には、れみりゃとフランをここに捕まえた強大なリーダーがいるとわかっていたからだ。
『ゆぅ~? さわがしいけど、どうかしたの~?』
洞の入口に居座る巨体。
それは、このまりさ達の群れの長、ドスまりさだった。
「どすぅ~、このえさがなまいきなんだぜぇ~♪」
「まりしゃたちをいぢめるのぉ~♪」
まりさ達は、先ほどまでとは態度を一変させ、気味の悪い猫なで声をあげる。
そのわざとらしい豹変ぶりは、れみりゃ種やふらん種からしても辟易するものだったが、このドスまりさは違った。
まりさ達の言い分を全面的に受け入れ、絶対的な信頼をおくっていた。
『もう! まだ立場からわからないようだね! やっぱりれみりゃ達は頭がわるいね! ぷんぷん!』
ドスまりさは頬を膨らませ眉をしかめさせると、どうにか体がおさまる洞の中へ入ってくる。
その圧倒的な威圧感に、れみりゃとフランは怯え、まりさ達は薄ら笑いを浮かべた。
眼前に迫ったドスまりさの影が、絶望の暗闇となって、れみりゃとフランを覆う。
れみりゃは辛うじて動く手で、フランの手をぎゅっと握った。
「うー、ふらん……なにがあってもずっといっしょだどぉー……」
「うー、ふらんも……おねぇーさま……だいすき……」
「うー? ふらん、はじめてだいすきっていってくれたどぉ♪ れみりゃもふらんのことだいすきだどぉー」
「うー、しってる……おねぇーさまとふらんずっといっしょ……だからだいすき」
「うれしぃーどぉー♪ また、いっしょにあそぶどぉ♪ ひさしぶりにぶーぶーごっこするどぉ♪」
「うーうー、ふらん……とってもたのしみ……」
絶望的な状況を前にして、れみりゃとフランは、これまでの日々を思い返していた。
そして、その苦しいこと楽しいことを思い出して語っては、目に大粒の涙をためて微笑むのだった。
その顔は、とても安らかで、とてもゆっくりしていた。
『うーうー、うるさいよ! ぶさいくな肉まんとあんまんはゆっくりしていい権利はないよ!』
れみりゃ達のゆっくりとした様子にイラついたドスまりさが、2匹へのお仕置きを開始する。
殺さないように、されど生かさないように、ドスはねちっこく2匹を傷つけていく。
生かさず殺さず捕まえておけば、その再生能力故に貴重な食料源となる、れみりゃとフラン。
その2匹を捕まえて群れのみんなで食べようと提案したのは、このドスまりさだった。
そして、このつがいの2匹は、最近生まれた子供達のために、
より美味しい"あまあま"を探して遠くまで狩りに出たところを、運悪く標的にされてしまったのだ。
れみりゃとフランといえど、数十匹の成体ゆっくりとドスの集団の前では分が悪い。
群れにも相応の被害が出たが、結局こうして生け捕りにされ、"あまあま"のエサにされようとしていた……。
エサとなるための調教、それはとてもゆっくりと、いつまでも行われた。
ドスが疲れて出て行ってからも、群れのゆっくりが交代でやって来ては、嫌がらせをしていく。
その調教は、結局すべてのゆっくりが眠る深夜まで続いたのだった。
「……うぁ……うぁ」
「……う、うー」
れみりゃとフランは、辛うじて生きていた。
けれど、瞳は傷つけられ、再生するまでは、互いの顔を見ることもできない。
2匹にできるのは、暗黒の中で、潰された咽の奥から嗚咽をもらすことのみだ。
そこへ、2匹にとってのかすかな希望がやってきた。
「お、おぜうさま……い、いもうとさま……おおお、おいたわしやぁ……」
それは、2匹が狩りに連れてきた従者……しばらく前から一緒に暮らし始めたゆっくりさくやだった。
「……うー、さくや?」
「は、はいぃ! おぜうさまーおきをたしかにぃー!」
さくやは、捕食種ではなく、再生能力も持たない。
そのため、れみりゃ達が捕まってからは、この群れに奴隷同然にこき使われていた。
一般種の中では知力体力ともに優れたさくや種ではあったが、敬愛する主達が囚われては、逆らいようもなかった。
「さ、さぁ、おぜうさま、いもうとさま! おしょくじですわ! さくやを"ちぅちぅ"してくださいまし!」
さくやは、れみりゃ達への食事係も任されていた。
だが、群れの食料をわざわざ"エサ"に与える義理は無い。
さくやの中の"あまあま"を吸わせるのが、れみりゃ達への食事だった。
「うー……」
「ど、どうなさったのですか!?」
だが、れみりゃもふらんも、さくやに牙を突き付けることはなかった。
正確に言えば、突き付けることが出来なかった。
2匹とも、能動的に物を食べられるような状態ではなかったのだから。
「ど、どうすれば……」
「うー……さくやぁー、おねがいがあるんだどぉー」
「は、はいっ! なんなりと!」
困り果てるさくやに、れみりゃが力無く話しかける。
さくやは、そのか細い声を一言一句聞き逃すまいと意識を集中する。
「ここから、にげてほしいんだどぉ……」
「ゆっ!?」
「うー、こーまかんでおるすばんしてるあかちゃんたちがしんぱいだどぉー」
「うー、ふらんからも……おねがい……」
そう、れみりゃ達がこうなったのも、元はと言えば愛しい我が子達のためであった。
だが、子供達はまだ幼い。お歌もダンスもパタパタも、あまあまの捕らえ方も知らないのだ。
誰かが、守り導いてやらなければならない。
それこそが、このれみりゃとフランの共通にして最大の懸念事項であり、
同時にこの状況下で持てる唯一の希望であった。
「で、でも、それでは、おぜうさまたちが……」
「……だ、だいじょーぶだどぉー、れみりゃもふらんもおつよいどぉー♪ あまあまどもなんて、のうさつ☆してやるどぉ♪」
「……うー、あいつらゆっくりしぬ……ふらんあいつらゆるさない……」
「お、おぜうさま……いもうとさま……」
れみりゃとフランが無理をして強がっているのは、ゆっくりのさくやとて理解できた。
それ故に、さくやは溢れだす涙で視界を滲ませて、決意する。
「わ、わかりましたわ♪ おぜうさまたちのおこさまのこと……こぜうさまたちのことは、さくやにおまかせください!」
「うーうー♪ たのんだどぉー♪ えれがんとでかりしゅま☆あふれる、かーわいい子にしてあげてねぇーん♪」
「も、もちろんですわ! さくやがんばりますわ!」
「うっうー♪ かならずおかえりするから、れみぃーとふらんちゃんといっしょに、ゆっくりまっていてねだどぉ♪」
これが別れとなることを否定するように、必死に明るい声を出そうとする、れみりゃとさくや。
だが、いつまでものんびりしているわけにはいかない。
さくやは、れみりゃとふらんに礼をしたの後、その洞を後にした。
そして、眠りこけている群れのゆっくり達の間隙を縫って、その場所から逃げ出すのであった。
「ゆぁぁぁーー! ゆぁぁぁぁーーーっ!」
必死に跳ねながら、さくやは誓いを立て、己を鼓舞して叫んだ。
「みていてくださいっ! こぜうさまたちは、さくやがりっぱなおぜうさまたちにしてみせますわぁーっ!!」
* * *
それから、時は流れ……。
「う~う~☆うぁうぁ~♪」
「ぷぅ~ぷぅ~☆ぱっぽぉ~♪」
さくやが月に叫んでから1年後。
春の香り満ちる花畑で、れみりゃとフランの姉妹が、楽しげに歌いながら花を積んで遊んでいた。
この2匹は、あの晩さくやが託された子ども達であった。
2匹とも体はまだ50cm程度と小さかったが、健やかにスクスク育ち、実にゆっくりとした日々を謳歌していた。
一方、1年前まだ赤ちゃんだった2匹をここまで育てた功労者は、
2匹から少し離れてその平和な様子を眺めていた。
「……こぜうさま、こもうとさま」
ゆっくりの群れから逃れて以降、
さくやは己のゆっくり人生を捧げて、れみりゃとフランの姉妹を守ってきた。
あの群れの追っ手が来るのではと懸念もあったが、
あれから1年、そのようなこともなく平和な日々が続いてた。
旅のうーぱっくから聞いたところによると、近頃ドス級ゆっくりに率いられた群れが、
"歌とともにやってくる山のように巨大なゆっくり"に襲われ壊滅することが度々起きているらしい。
因果応報。あの群れもきっと、その末路を辿ったのだと、さくやは結論づけた。
となれば、自分が果たすべきことは一つ。
いつか約束通り帰ってくるだろう主人達を、立派に育った子供達とともにむかえることだ。
さくやは、そのように考えて、よりいっそう気合を入れて姉妹を育ててきた。
「……おふたりとも、げんきにせいちょうされて、なによりですわ」
しかし、その言葉とは裏腹に、さくやの顔は優れなかった。
それどころか、まるで何かを嫌悪するように、いらだってさえいた。
「う~♪ おはなのかんむりなのりゃ~☆ふりゃんにあげるのりゃ~♪」
「ぷ~♪ おねぇーたま、ありがとぅ☆」
れみりゃとフランの姉妹は、実に仲が良かった。
それは、さくやにとっても喜ばしいことだ。
だが……。
「うぁ~♪ ふりゃん、おひめちゃまみたいなのりゃ~♪」
「ぷぁ~♪ おねぇーたまにも、これあげるねぇ~♪」
「おはなのくびかざりなのりゃ~♪ とってもしゅてきなのりゃ~♪」
「おねぇーたま、とぉってもかりしゅまだよぉ♪ きれぇーきれぇー☆」
……れみりゃとフランの会話に、さくやは何だか我慢ならないものを覚えていた。
何かが違う。こんなのは違う。自分が敬愛した"おぜうさま""いもうとさま"ではない!
さくやは、湧き上がる感情を抑えきれずに、姉妹を呼び寄せた。
「こぜうさま! こもうとさま! こっちへきてくださいまし!」
「う~? しゃくやぁ~なぁ~にぃ~?」
「ぱっぽぉー☆しゃくやもいっしょにゆっくりしよぉ~♪」
一緒にゆっくりしよう……その言葉は、親愛の情に他ならない。
けれど、このさくやは、ぷくぅーと頬をふくらませて、どすどす体を跳ねさせた。
そして、れみりゃとフランの前まで来て、さくやは叫んだ。
「そんなのちがいますわぁーーっ!!」
さくやの鬼気迫った大声に、花畑の空気が一変する。
れみりゃとフランは、きょとんと目を開いて首を傾げた。
「う、う~~?」
「しゃくや、どぉーちたのぉ?」
さくやは、体を跳ねさせ地団駄を踏んだ。
「ものおぼえのわるいかたたちですわぁー! きのうまでのれっすんがだいなしですー!」
「うぁー、でもでも、しゃくやのいうことよくわからないのりゃー……」
「ぽっぷぅー……ごめんなさい……」
楽しかった空気もどこへやら、れみりゃとフランは困ったように目を伏せる。
この姉妹、自分たちを育ててくれたさくやのことは大好きだったし、感謝もしていたが、
いかんせんさくやの言う"れっすん"だけは理解できなかった。
「いいですか! こぜうさまたちは、"えれがんと"で"かりしゅま"なれでぃーにならなきゃいけないんです!」
「……うー」
「……ぷー」
まくしたてるさくやに、れみりゃとフランは不承不承返事をかえす。
姉妹は思う、"れっすん"なんていいから、一緒に楽しくゆっくりしたいのにと。
しかし、そんなゆっくりらしい想いにひたる姉妹に、さくやは叱咤激励を飛ばした。
「しっかりしてください! おぜうさまたちもみていますよ!」
「……ぱぁーぱぁ?」
「……まんまぁー?」
殆ど記憶にない両親のことを、さくやから聞くのは、姉妹にとって楽しみの一つだった。
そして、自分達ががんばってレッスンをこなせば、いつか両親と会うことも出来るかもしれない……
根拠はなかったが、姉妹はそれを合い言葉にさくやのレッスンを受け続けてきた。
「ですから、へんじはおおきく! がんばりますわよ!」
「う、うーうー!」
「ぷ、ぷっぽー!」
真剣な表情になり、元気よく返事をする、れみりゃとフラン。
その様子に、さくやはウンウンと頷き、キッと眉根を引き締める。
「よろしいですわ! それじゃきょうの"れっすん"をはじめますわ!」
「うー! れみぃーがんばるのりゃー!」
「ぷっぷー! ふらんもー!」
ドン!
「うっ?」
「それが、ちがいますわぁー!!」
さくやは、れみりゃとフランの足にドンドンと、体当たりをする。
「うぁ~! しゃくや~、いたいのりゃ~!」
「ぷぅ~~! やめてぇ~~!」
まだ体の小さい姉妹は、さくやの体当たりを受けて尻餅をついてしまう。
「だ・か・ら! なんどいったらわかるんですのー!? そんなしゃべりかたぜんぜんえれがんとじゃありませんわぁー!」
さくやは、目を赤くして叫んだ。
そこには、何回自分が懇切丁寧に指導しても、しゃべり方一つ身につけない姉妹に対しての苛立ちが混じっていた。
「いいですか! おぜうさまは、そんなふうにしゃべりません! いまからさくやのみせるおてほんをまねしてくださいね!?」
「う~~、おねがいするのりゃ……」
コホンと、さくやは咳払いをしてから、くわっと目を見開いた。
「"れみりゃはごーまがんのおぜうさまだどぉー! わがっだらざっざどぷっでぃ~ん☆もってくるんだどぉ~♪"」
「れ、れみぃーはこーまかんのおぜうさまなのりゃ……わかったらプリンもってきてほしいのりゃ……」
「ち、が、い、ま、す、わぁー!!!」
ドン!
さくやの体当たりが、れみりゃのお尻にぶつかる。
「うー、いたいのりゃ……」
「ちがぁーう! "ぶっぎゃあ! いったいどぉー! ざぐやぁー!"ですわぁーっ!」
ドン! ドン! ドン!
さくやの体当たりは、まるで折檻の尻叩きのように、れみりゃに対して続きられた。
それは、教育熱心というレベルを越えていた。
さくやの情熱は、敬愛する主の命を果たさねばという使命感によるものだ。
故に、さくやは、目の前の姉妹を見ているようで見ていない。
その目に映るのは、自分の思い出の中の"おぜうさま"と"いもうとさま"の像だ。
その結果、本当に重要な指導内容や指導方針の是非について、さくやは考えがおよばないでいた。
「ぷぅーっ! しゃくやぁー、おねぇーたまいたがってるよぉー!」
「こ、こもうとさまも、こもうとさまですわぁー!」
ドン!
「きゃん!」
「いもうとさまでしたらそんなしんぱいはしません! むしろ、そっせんしてこうなさいます!」
ズドン!
「う、うぁー、れみぃーのおかおがぁー! ひりひりするのりゃー!」
「こうです! いもうとさまでしたら、もっとかげきになさいます!」
さくやは思い切り跳躍し、れみりゃの顔に体当たりをした。
さくやの思い描くイメージは、フランが拳をれみりゃの顔に埋め込んでいる姿だった。
「お、おねぇーたまにそんなひどいことできないよぉー」
「きぃー! なんでわからないのです! あいことばは"しね! ゆっくりしね!"です!」
さくやのスパルタ教育に、れみりゃとフランは、肩を抱き合って涙ぐむ。
頬をすり合わせ、互いを愛おしむ姿に、息を荒げるさくやも本能的に頬をゆるませた。
「……こくごのじゅぎょーはここまでですわ。おしょくじにしますから、ついてきてください」
踵を返して跳ねていくさくや。
れみりゃとフランも、浮かぬ表情のままその後を歩いてついていく。
本当は、空を飛んだ方が速いのだが、
以前さくやから「おぜうさまが、そんな速くパタパタなさるなんてはしたない!」と折檻されてしまったため、
こうして歩いていかざるを得なかった。(ちなみに、さくや曰くフランは飛んでもよいらしく、それがなおさら姉妹を混乱させた)
また、歩き方も、よったよったのったのった歩いていかなければないと、怒られる。
曰く、そうやって歩くのが、"えれがんとなれでぃー"の立ち振る舞いらしい。
そして、これから始まるご飯の時間も、マナーの教育が待っている。
さくやと一緒にゆっくり"でぃなー"を食べたいのに……そんな姉妹の願いがさくやに届いたことはなかった。
* * *
さくやのレッスンは続いた。
楽しく姉妹でダンスを踊っていたところ、
さくやが血相を変えてやって来て、歌もダンスも、あえてリズムを外すよう言ってきた。
そして、フランにはダンスは踊らず、れみりゃを殴るように指導した。
れいむ種やまりさ種のことを区別してはならず、
いっしょくたに"あまあま""おまんじゅう"と呼ぶよう、さくやは教えた。
れいむ・まりさの姉妹と友達になりそうだったので、さくやはその日のうちに"あまあま"どもを調理した。
れみりゃには、人前で"ぶぅーぶぅー"放屁をするように繰り返し練習させた。
フランには、場所や相手を問わず"ゆっくりしね!"で感情表現するように訓練を課した。
「むにゃむにゃ……みていてください……こぜうさまたちはさくやめが……」
さくやは、"こーまかん"と名付けられた廃屋の中で眠っていた。
そこは、さくやの主たる、"あの"れみりゃとフランの夫婦が森の中で見つけて築いた巣だった。
いい夢を見ているだろうさくやを横目に、
れみりゃとフランの姉妹は、こーまかんをそっと抜け出し、夜のお花畑に繰り出すのだった。
「うっう~☆うぁうぁ~♪」
「ぷぅ~ぷぅ~☆ぱっぽぉ~♪」
れみりゃとフランの姉妹は、誰に邪魔されることもなく自由に楽しくゆっくり踊った。
さくや種と違い、れみりゃ種フラン種は夜型の活動を好む。
そのため、さくやが寝てからのこの時間は、姉妹の秘密のお楽しみだった。
「うぁ!?」
「ぷぅ!?」
突如、れみりゃが自分の足に足をひかっけ、倒れてしまう。
しばらく前までは無かったことだが、さくやのレッスンのよって、おかしなリズムを体に刻み込まれてしまった影響だった。
「う~いたいのりゃ~……なんだかおかしいのりゃ~……」
「ぽっぷぅー……おねぇーたまだいじょーぶぅ? やっぱりしゃくやにいったほうが……」
「だ、だいじょーぶなのりゃ♪ れみぃーはつよいこのなのりゃ♪」
「おねぇーたま……」
「ふりゃんは、とってもやさしいこなのりゃー♪ いっしょにがんばって、ぱぁーぱぁーとまんまぁーにあうのりゃ♪」
「う、うん! がんばろうね、おねぇーたま☆」
「うーうー♪」
姉妹は、満月を見上げて、微笑んだ。
頑張ればきっといつか……きっといつか、両親と姉妹とさくやとでゆっくりできるはずだ……。
れみりゃとフランは、そう信じて優しいハグをかわした後、夜のレクリエーションを切り上げた。
「……ふりゃん、おやすみなのりゃ」
「……おねぇーたま、おやすみ」
* * *
「さぁ! きょうのれっすんをはじめますわ!」
高らかに宣言する、さくや。
れみりゃとフランは、その後ろで体を屈めている。
今日、3匹は人間の里近くまで降りてきていた。
茂みの中に隠れる3匹のすぐ先には、人間の畑が広がっている。
「うー? こんなとこきてなにをするのりゃ?」
「……こぜうさまは、あれをごぞんじですか?」
そう言って、さくやが目配せした先には、人間が育てた作物が実っている。
「うっうー☆れみぃーしってるのりゃー♪ あれはーにんげんしゃんのはたけなのりゃー♪」
「そのとおりです。それでは、いまからこぜうさまには、あのはたけへいっていただき……」
「うー?」
「はたけのおやさいさんを、"ぽぉーい♪"してきていただきます」
「う、うー? そんなのことしちゃだめなのりゃー! にんげんしゃんがゆっくりできないのりゃー」
ドン!
「うーっ!」
「お、おねぇーたま!」
さくやの突進が、屈んでいたれみりゃの顔に直撃した。
目尻にうっすら涙を浮かべる、れみりゃ。
フランは、ひりひり赤くなった顔の真ん中を、さすってあげる。
「なんとなげかわしい! おぜうさまにとって、にんげんなどぷっでぃ~ん☆をもってくるじゅうしゃにすぎません!」
「う~~~でもぉ~~~」
「でもじゃありません! へんじは"ゆっくりりかいしたどぉ~♪ れみりゃってはやっぱりてんさいだどぉ~♪"です!」
怒りで顔を膨らませるさくやに対し、れみりゃは表情を曇らせながらも立ち上がる。
「お、おねぇーたま……」
「ふりゃん、れみぃーはがんばるのりゃ! それじゃ、いってくるのりゃ♪」
心配する妹に笑顔を送って、れみりゃはパタパタ茂みを越えて畑へ飛んでいく。
れみりゃは気が乗らなかったが、昨晩フランとかわした励ましを胸に、畑へ降り立った。
「うー、こんなのえれがんとじゃないのりゃ……」
チラっと茂みの方を見る、れみりゃ。
そこには不安気なフランと、「さぁ!」と催促するさくやがいた。
「う~~! にんげんしゃん、ごめんなさいなのりゃ~~!」
れみりゃは目を瞑り、眼前にあった緑色の丸い葉野菜を、思い切り引き抜いた。
「うぁ!」
れみりゃは勢い余って後ろに倒れ、尻餅をついてしまう。
その横で、引き抜いた丸い野菜が泥まみれになって転がっていった。
土で汚れた自分の手と、たったいま引き抜いた野菜を見比べ、
れみりゃは無性にやるせない気持でいっぱいになった。
「う~~なんなのりゃ~。なんで、こんなことしなきゃいけないのりゃ~~」
こんなことはさっさと終わらせよう。
帰って、さくやのごはんを食べよう。
帰って、フランと一緒に遊ぼう。
「う~~っ、う~~~~っ」
れみりゃは、半ば自棄気味になって、野菜を引き抜いてはあたりに転がしていく。
「こんなのいやなのりゃー! こんなきもちいらないのりゃー! ぽぉーいするのりゃ! ぽぉーい!」
気づけば、れみりゃの周りの野菜は、全て泥まみれで転がっていた。
はぁはぁと息を荒げながら、れみりゃはその光景を見回す。
ふと茂みの方を見ると、さくやはれみりゃを見て、満足そうに笑っていた。
(や、やったのりゃ!)
れみりゃは、はじめて"れっすん"で笑っているさくやを見て、嬉しくなった。
大好きなさくや、これできっと一緒にゆっくりしてくれるに違いない。
これで、いつかきっと両親も帰ってきてくれるに違いない。
れみりゃは、微笑み茂みへ戻ろうとパタパタ羽を動かす。
そして、フワリと浮いたところで、違和感に気づいた。
「うー? パタパタできないのりゃ?」
「そりゃー、そうだろうな」
「うっ!?」
れみりゃは、自分の羽が何かとても大きな生き物に掴まれていることに気づいた。
そして、それがこの畑の持ち主、すなわち人間だと気づいた時には、地面に投げつけられていた。
「いたい~~! いたいのりゃ~~!」
顔を土まみれにして、れみりゃは泣き叫んだ。
その痛みは、さくやの体当たりや"あまあま"のかみつきなど比較にならなかった。
「あーあ、ぜんぶダメにしちまったのか……」
男の顔は、怒っていなかった。
ただ、一切の表情を失って、愛情込めて育てた野菜の末路を眺めていた。
れみりゃは、とても恐かった。
怒っているはずのその男が何も言わないのが、
さくやのように頬を膨らませないのが、とても恐かった。
「ご、ごめんなさいなのりゃ……おやさい、だいじょーぶなのりゃ?」
「……だいじょぶなわけ……ねぇーだろがっ!!」
「ぷっぎゃぁー!」
れみりゃは、顔を蹴られ悶絶する。
痛い痛い痛い。
恐い恐い恐い。
その感情が沸点に達し、無意識にれみりゃは叫んでいた。
かつてさくやに教わりながら、違和感があってどうしても言えなかった台詞を。
「ざぐやぁーーたじゅげでぇーーー!」
だが、その"いかにもれみりゃらしい"言動は、逆に男の怒りに油を注いでしまう。
「ふざけんじゃねー!」
男は、れみりゃの頭を踏みつける。
「生きるために食うケモノどもならまだわかる! だってのにてめぇーらは遊びで!」
"ごめんなさいごめんなさい"
"でも、ちがう、ちがうの"
"れみりゃは、ゆっくりしたくて"
"ふりゃんとまんまぁーとぱぁーぱぁーといっしょにいたくて"
「このクソやろうが! 楽に死ねると思うなよ!」
「う、うぁ……うぁ、うぁぁ……」
れみりゃのボロボロになった顔が、恐怖で染まる。
その、恐怖の顔を見て、いてもたってもいられなくなっている者がいた。
他でもない、茂みの中で隠れていた、フランである。
「ぷぅーぷぅー!ぷぅーぷぅー!」
「だめです! いもうとさま!」
フランは、人間が近づいてきた頃から、姉を助けようと飛びだそうとしていた。
けれど、それをたびたび止めたのが、さくやだった。
今も、フランの足に噛みついてまで、茂みから出るのを止めている。
「はなちて! おねぇーたまが!」
「いいえ! こぜうさまはりっぱです!」
「ぷぁ!?」
フランは、さくやの言葉に目を丸くした。
立派、さくやは確かにそう言った。
「しゃく、や?」
「ああ、すてきです! そのぶさまなやられぶり! ぶたいかのちくしょうぶり!」
フランは、わけがわからなくなっていた。
さくやが自分を止めていたのは、てっきり自分やさくやに危険が及ぶからだと思っていた。
しかし、さくやは、危機に瀕している最愛の姉を見て、目を輝かせいた。
悦楽で顔を火照らせ、鼻血をだしていた。
「こぜうさま、りっぱですわぁー! それでこそおぜうさまです!」
「な、なにいってるの!? おねぇーたまがたいへんなんだよ!?」
「いいえ! あれこそ"れっすん"のせいかですわ!」
「そ、そんな!?」
「あのまま、いじめられたり、たべられたりしちゃうんですわ!」
「な、なんで……そんな……」
「だって、それでこその、おぜうさまですわぁー!」
さくやからこぼれる狂気じみた言葉。
それが、フランの体にザクザクと刺さっていく。
「そう、いじめられていじめられて! さいごはみじめなエサにされてしまう! それがわたくしのおぜうさまぁーーっ!!」
「ぷぁ!?」
このさくやの心は、とうの昔に壊れていた。
敬愛する主人達が、侮蔑すべきゆっくりの群れの敗れた時に。
主人達が、ゲスなゆっくり達のエサとして調教された時に。
けれど同時に、このさくやは、崇拝する主から命を受けた。
それは、呪いとなって、さくやを今日まで生かし続ける原動力となっていた。
"こぜうさまを、おぜうさまのように"
"こもうとさまを、いもうとさまのように"
さくやは、ただそれを忠実に実行しようとしていたのだった。
「……しゃく……や」
「おぜうさまー! すてきです! まるでいもむしみたいですわぁーっ!」
「!!!???」
その狂ったエールを聞いた瞬間。
フランは、自分の中で何かが弾ける音を聞いた気がした。
「……し……しね」
「……ゆ? こもうとさま、いまなんと?」
「……おねぇーたまをいじめるさくやは……ゆっくりしねぇーーっ!」
フランは、さくやの頭に渾身の拳を打ち付ける。
柔らかい感触が拳に伝わったのと同時に、さくやから大量の"あまあま"が飛び出した。
「こ、こもうと……さま?」
「しね! ゆっくりしね! ゆっくりしないでしね!」
フランは泣いていた。
さくやが好きだったから。
一緒にゆっくりしたかったから。
だが、それ以上に大好きで、掛け替えのない存在への想いが、
フランの中に眠っていた種の本能を解放させる。
「ぷぁぁぁぁ--っ!」
一方的な暴行が終わり、フランが自我を取り戻した時、
目の前には、食べ散らかした時の"あまあま"そっくりなものが、転がっていた。
「り、りっぱですわ……それでこそ、いもうとさまです……」
その"あまあま"の残骸は、死を前にして微笑んでいるようだった。
「おぜうさまも……いもうとさまも……さくやのもとからりっぱにそつ……ぎょう……」
そのまま、さくやは何も言わなくなった。
「しゃくやぁー……ゆっぐりちたがったよぉー……」
嗚咽をこぼし、"あまあま"の塊の前で跪く、フラン。
けれど、あまりゆっくりしていてはいけないことを、フランは本能的に理解していた。
「お、おねぇーたま……」
フランは立ち上がり、手で涙をぐしぐしぬぐう。
そして、フワリと空に舞い上がると、全速力でれみりゃの下へ飛んでいった。
「おねぇーたまをはなせぇー!!!」
フランは、全力の突撃で人間の男へ飛びかかる。
……だが、その攻撃はあっさりと受けとめられてしまう。
「あん?」
「ぷぁー! ぷっぽー! おねぇーたまをいじめるなぁー!」
体を押さえられながらも、べちんべちんと人間を叩くフラン。
だが、"あまあま"や"さくや"を無慈悲に葬ってきた攻撃も、人間相手には通用しない。
やがて、フランもれみりゃ同様に、地面に投げつけられてしまう。
「ぷぁーー!」
「……ったく、仲間がいたのか。おどろかせやがって」
「ぷぁーーぷぁーー、しね、ゆっくりしねぇ……」
「ちっ、うすきみわるい奴だぜ!」
「ぎゃっ!?」
男はフランの体を蹴飛ばし、ボロボロとなって動かなくなったれみりゃの下へ転がした。
「……う、うぁ? ……ふ、ふりゃん?」
「……ぷ、ぷぁ……お、おねぇーたま」
れみりゃとフランは、ぷるぷると震える手をのばし、
互いの手をとりあって温もりを確認しあう。
「……ふりゃん……いつまでもいっしょなのりゃ……れみぃーはふりゃんがだいしゅきなのりゃ♪」
「……だいしゅきだよ……おねぇーたま☆」
ガシッ!
「うぁぁ!」
「ぷぁぁ!」
手を重ねたまま悲鳴をあげる、れみりゃとフラン。
男が、重なり合ったれみりゃとフランの手を踏みつけたのだ。
「ふん、そんなに一緒にいたいなら、そうさせてやるよ……」
男は、大八車を引っ張ってくると、乱雑にれみりゃとフランを放り投げた。
そして、口元を歪めながら、大八車をガラガラ引いていく。
「たまに買い出しに来る守矢の風祝がお前等みたいのを集めてるらしいからな……
お前等はあそこへ奉納してやるよ……そこで妖怪どもに食い尽くされちまいな!」
男の言葉は、れみりゃとフランにはわけのわからないものだった。
だが、男が自分達を憎んでいること、きっと酷い目にあわせようとしていることだけは、理解できた。
「うぁぁー! ふりゃーーん!!」
「ぷぁぁー! おねぇたまぁー!!」
動かぬ体でれみりゃとフランは、ただ泣き叫ぶしかなかった。
ただ唯一、滲んだ空に両親の顔が見えた気がした……。
幕
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何か似た設定のSSがあったとしても、それはそれ、これはこれ。
関係なく、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
なお、ラストの姉妹の届け先に関しては……これも有りかなと。
後日、もしかした加筆修正するかもしれません(しない可能性も有りますが)
by ティガれみりゃの人
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最終更新:2008年11月13日 03:22