「ふむむ、
ゆっくりを袋詰めして水責めか……」
中華まんを食べながら、ゆっくりいじめの専門誌「ゆっくりチェリッシュ!」の
今月号を読んでいた美鈴は、さっそく試してみることにした。
紅魔館の門番である美鈴は、実は主人たちに隠れて、門番小屋の中でひそかにゆっ
くりを一匹飼っているのだ。
押入れをそっと開けて、隙間から声をかけた。
「パチェさまー、今いいですか?」
「むきゅ……?」
細長い明かりを浴びて、ナイトキャップをかぶった紫髪の生き物が振り向いた。
ゆっちゅりーこと、ゆっくりぱちゅりーである。
ゆっちゅりーは、美鈴を見るとうざそうなジト目で言った。
「ゆっくりごはんのじかんになったのね?」
「いーえ、パチェさま」
「じゃあ、ゆっくりとおさんぽにいくのね?」
「いーえ、パチェさま」
「もうっ、じゃあよばないでね! わたしは、けんきゅうでいそがしいのだから!」
ぷっくりと頬を膨らませて、また向こうを向いてしまった。
豆電球の明かりの下で、むきゅむきゅと何かを読み上げている。彼女の前には一
冊の本が置いてある。いかにも内容を理解しているような仕草だ。
しかし、美鈴は知っている。本当は一行だって読めていないことを。
何しろゆっちゅりーのおつむは生クリームなのだ。本を理解するだけの知能など
ない。ただ、本物パチュリーのような知的な行為にあこがれているので、演技とし
て本を読むふりをしているのである。
そんなゆっちゅりーに、美鈴は押入れを開け放って尋ねた。
「パチェさま、それはなにを読んでるんですか?」
聞くまでもなく、ただの童話だと知っている。しかしゆっちゅりーはそんなこと
には気づかず、さも難しい本であるかのように、もったいぶって言った。
「むきゅ? こ、これはねぇ、えーと、ぐ、ぐり」
「グリモワール?」
「そう、そのぐり……なのよ!」
「ちょっと読んでみてくれませんかぁ?」
「むきゅぅぅ……む、か、し、む、か、し……んきゅっ、んきゅぅぅ!」
ゆっちゅりーはほっぺたを赤くし、目をぐるぐる回していやいやを始めた。
ゆっちゅりーの脳は生クリームだ。熱には弱い。
その軟弱な脳が、難しいことを考えすぎたため、知恵熱で溶け始めてしまったの
だ。
美鈴はそのありさまを、世にもたのしそーなニヤニヤ顔で見つめる。
「続きは?」
「おっ、おじっ、じっさっ、あんっ、ああんっ、あっきゅぅ……!」
ゆっちゅりーはほっぺたを緩め、はふはふと熱い息を吐いて、苦しむ。
人間にたとえれば、四十度の熱で瀕死になっている感じだ。
それでも読めないとは言わない。
本家に似て、知的なプライドだけは無駄に高いのだ。
そんな彼女を、美鈴はぽうっと顔を上気させて、うっとりと見つめている。
「終わりですか? 『動かない大図書館』の知識を聞かせてほしいなあ」
「やっ、やままっ、まへっ、しばっばっばっばかかかっ、かわはぱっぷ」
「あっ、やば」
ゆっちゅりーはぐるんぐるんに目を回したかと思うと、ついに口からでろんと白
いものを吐いてしまった
美鈴はあわてて抱き上げ、冷蔵庫へ持っていった。
15分ほど入れておいてから、蓋を開けた。ゆっちゅりーは、「はふー」という
感じで目を閉じていた。誰か来たのを感じたのか、ぽろっとつぶやく。
「ゆっくりしてってね?」
「はいはい、ゆっくりしてますねえ」
「むきゅっ!?」
ゆっちゅりーはあわてたように目を開けた。
プライドが高いので、本能的な台詞や行動を出してしまうのを、嫌っているのだ。
しかししょせんクリーム饅頭なので、すぐ底が割れる。
「ゆ、ゆっくりなんか、してないわ!」
そして、うろたえたように、わさわさと左右を見回した。
「ほん、ほんはどこなの! わたしは、ごほんがないとおちつかないのよ!」
「グリモワールはそこです。それと、押入れの掃除するんで、ちょっと出ててくだ
さいね」
美鈴がそういうと、ふん、という感じでゆっちゅりーは胸を張った。
「まあ、そうなの! それならしかたないわ、そとでゆっくりしてあげるわ!」
ぼてん、と床に下りると、広げてある桃太郎のところまでむきゅむきゅと這って
いって、また目を落とした。
そこでわざとらしく言う。
「そういえば、めーりんはそろそろ、おちゃがのみたくなってきたんじゃないの?」
「そうですねえ、飲みたいかも」
押入れをホウキで掃きながら、美鈴は答える。ゆっちゅりーが言う。
「じゃあ、わたしもつきあってあげるね!」
「それはどうも」
「おさとうはえんりょしないでね! たっぷりいれてもいいわ!」
「うわぁ……相変わらず」
見えないところで、あきれたように肩をすくめてから、美鈴はお茶を淹れた。
「はい、どうぞ」
「ちょっとおそかったわよ! でもゆるしてあげるね!」
偉そうに言ってから、ゆっちゅりーは、ひく、とおびえたように身をすくめる。
「このおちゃは、ちょっとあつすぎるんじゃないかしら?」
「えー? そんなことはないですよう、大人ならこれぐらい平気です」
美鈴は自分のカップからおおげさにすすって見せる。もちろん、ぬるめに淹れて
あるのである。
対して、ゆっちゅりーのお皿のお茶は、チンチンの熱湯で淹れた。
「パチェさまは大人ですよねー?」
美鈴が平気で飲むのを見て、ゆっちゅりーは単純に突っかかってきた。
「も、もちろんよ、これぐらい! ゆっくりのんでみせるわ! んくんく……むぎゅ
あばわあああ!」
飲みかけたかと思うと、派手にお茶をぶちまけて飛び上がった。口の周りが真っ
赤に腫らして、ごろごろと転がりまわる。
「あらあら大変!」
美鈴は大げさに驚いて、ゆっちゅりーを水道に運び、流水で冷やしてやった。
「大丈夫ですか? パチェさま」
「へっ、へいきよこれぐらい! わたしはおとななんですもの!」
赤く腫れたクリーム饅頭は、そう言って強がった。
美鈴はさっきからにやにやしっぱなしである。