濃い霧に覆われた湖、その畔には豪奢な館がひとつ建っている。
その深紅の西洋建築は周囲の景色を忘れさせるほどに異彩を放っており、絶対にぬぐい切れない異質感を漂わせている。
それは紅魔館。幻想郷のなかでも群を抜いて禍々しい、悪魔の館だ。
燦々と太陽が照っている昼日中、その門へと続く道に動くものが見える。
背筋をぴんと伸ばし、足取りは恐れを知らぬかのように強い。
物腰は穏やかに見えて傲慢。その姿を見たものは例外なく畏怖を抱いてしまう、そんな威容だった。
まさに悪魔の館と畏れられる紅魔館の主にふさわしい。
などと、足りないおつむで考えているかはわからないが、
ゆっくりれみりゃはもたもたと歩いていた。
よたよたと心もとない足取りは、まるで牛の歩みのようにのろく、どたばたと鳴る足音は品性のかけらも感じさせない。
しかも日傘を両手で抱えるように差しているので、やや猫背ぎみになっている。
何が楽しいのか、いつもと変わらぬバカ面であった。
「うー!うあうあーうー!」
両手で握り締めた傘の手元をくるくる回す。
紅魔館前の舗装された地面は平らで歩きやすい。
小さな石ころでも躓いて転んでしまうれみりゃだから、しっかりと歩けることがうれしいのだろう。
ゆっくりと歩いていくゆっくりれみりゃ。
ゆっくりれみりゃはなぜか紅魔館の周辺で見かけることが多いが、胴体の生えたゆっくりれみりゃは分不相応にも紅魔館が自分の住処だと認識しているのだ。
首だけの時は木に留まっているのに、胴体が生えるとそうなる。ゆっくり七不思議のひとつと言えよう。
ふとゆっくりれみりゃが足を止めた。
その目の先には門の前で横になっている人影がある。
紅魔館の門番・紅美鈴だ。
暢気にシエスタをしている。邪魔をしてはいけない。
それを認めた瞬間、ゆっくりれみりゃの動きに慎重さが加わった。
抜き足差し足でさらにもたもたと門に近づく。
あと三歩。二歩。半歩。
今まさに侵入を果たそうとした瞬間、引き摺り倒されるゆっくりれみりゃ。
その体は紅魔館の敷地を侵すことは出来なかった。
「うーっ!」
地べたを這いずって痛いのか、怒りながら四つんばいになって起き上がるゆっくりれみりゃ。
振り向くと足に何かが絡まっている。美鈴の足だ。器用に蟹ばさみをして引き倒したらしい。
ゆっくりれみりゃはそこから足を抜こうとするが、抜けない。焦るゆっくりれみりゃ。
「うー!うぅー!」
足を振り回すようにすると、ようやく戒めから解放された。うー!と喜色満面で声を上げるゆっくりれみりゃ。
そこではっとする。美鈴を起こしたのではないだろうか?
だが、美鈴はいまだ寝ていた。安らかな寝息は規則正しい。
安心したのか、再び侵攻を開始するゆっくりれみりゃ。だがやはりあと半歩というところで引きずられてしまう。
しかも二度目だからか、今度は蹴り飛ばされてしまった。
寝ている美鈴の驚愕の足技だ。
「うあーっ!!」
痛みに泣きながらも怒ったのか、傘を拾って閉じると、顔を真っ赤にしてそのまま美鈴に殴りかかる。
ばしばしと音がするが、それは美鈴の体にはまったく触れることが出来ずに地面を叩き続けている。
美鈴は寝返りで迫り来る傘をかわしていた。本当に寝ているのかと疑いたくなる光景だ。
「うー!うあーうあー!ううぅーー!うあっーーー!!!」
ゆっくりれみりゃが全力で叩いても傘は折れていない。
このままでは埒が明かないと思ったのか、仰向けに寝ている美鈴の右足首をまたぐ。
ゆっくりれみりゃは傘を反対にし、握りなおすと美鈴の顔を見た。
とても満たされたような幸せな顔をしていた。いい夢を見ているのだろう。肉まんを腹いっぱい食べているとか。
そんな幸福な顔がどう変わるかを想像したのか、ゆっくりれみりゃもどことなく嬉しそうな顔で傘の石突を美鈴の足に突き刺そうと振り下ろした!
衝撃が全身を貫く!!
「う゛あ゛ぁーーーーーー!!!!」
股の間をつま先で抉られ、たまらぬ叫びをあげるゆっくりれみりゃ。
けっこうな力が込められていたのか、そのまま宙を舞う。
落下したところをさらに美鈴に蹴り上げられ、さらに開脚旋回を始める美鈴がお手玉のようにゆっくりれみりゃを蹴り上げ続けていく。
「ぶっぶぇっー!ぶぇーー!う゛ぁ~~~んっ!う゛ぁーーーっ!」
いまだ眠っているとは思えないほどの完璧な身体操作に、ぼこぼこと蹴られていたゆっくりれみりゃはとうとう大声で泣き出した。
さらにそのまま足先でゆっくりれみりゃの首を挟むと、倒立する美鈴。空にまっすぐ突き上げられたつま先は、太陽を穿つかのようだ。
そしてめくれ落ちるスカート。肉付きのよい脚線美があらわになる。どこからか黄色い歓声が沸き起こった。
そのまま弧を描くようにゆっくりれみりゃを脳天から地面に叩きつける!
「う゛ぐぅぇっ……!!」
ぐしゃりと音を立てて鼻から上がつぶれた。飛び散る肉汁、散らばる肉片、ネギが見え隠れしている。
そのままゆっくりれみりゃを解放し、大の字になり寝ッ転がる美鈴。規則正しい寝息は微塵も乱れていない。
しばらくすると、ゆっくりれみりゃがその強靭な生命力で再生し、犬神家の一族状態から元に戻る。
「うーーー!」
べそをかきながら傘を持ち、こりずに美鈴に叩きつけようとする。が、すっ転んだ。美鈴が足を払ったのだ。
もたもたと立ち上がり、何度も叩こうとするがそのたびになす術もなく転ばされてしまう。
「うううううーーーー!」
地団太を踏むゆっくりれみりゃ。しばらく美鈴のまわりをうろちょろする。
やがて何かに気が付いたのか、泣き顔が一転晴れやかな笑顔になる。
「うー!うー!うまうまー!」
美鈴の頭のほうで喜びを踊りに表している。そう、足元で叩こうとするから転ばされるのだ。ならば頭を叩けばいい。
「うぅ~~」
ゆっくりと傘を頭上に掲げるゆっくりれみりゃ。
「うあっ!!!」
そのまま全力で叩きつける!
満面の笑みを浮かべるが、そこには美鈴の影も形もなかった。
戸惑い、「う~?」と首をかしげるゆっくりれみりゃ。瞬間、世界がぐるりと回転する。
「う゛えっ」
いつの間にかゆっくりれみりゃはうつ伏せになっていた。何が起こったか理解できないゆっくりれみりゃ。
さらに上には美鈴が座っていた。ただ座っていただけではない。キャメルクラッチの体勢だ。
ゆっくりと引き上げられ、えびぞっていくゆっくりれみりゃ。
「うー!うー!」
手を振り回して抵抗するが、なんの効果もない。
やがて限界に近づいてきたのか、ゆっくりれみりゃの胸元あたりからみちみちという音が聞こえてきた。
手の動きが激しくなる。声も大きくなり、涙は滝のように溢れ出ている。
「う゛あーーうあぁあぁあぁん!!う゛う゛ぅー!う゛ぅうぅうぅぅーーーッ!!」
ゆっくりれみりゃの服に染みが広がっていく。もれ始めた肉汁が汚しているのだ。
ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり。
「ぶぇえーーっ!しゃくやー!しゃくやぁああああ!」
すると現れる十六夜咲夜。救いをもとめる声に応えるのだろうか?
いや、違う!美鈴のキャメルクラッチを見た瞬間、顔を強張らせた咲夜は、右手を鈴仙が弾幕を放つときのような拳銃の形にして差し出したのだ!
どこから出てきたのか、それを見た妖精メイドたちは一斉にどよめく。
じつはこの門前でのゆっくりれみりゃと、シエスタ中の美鈴との小競り合いは一週間に一度は起きていることなのだ。
紅魔館の妖精メイドたちはこれを一種の娯楽としてみているようだ。
確かに寝ているはずなのに微塵も乱れぬ剽悍な動きは、一流の見物として妖精メイドたちからの人気も高い。
「な、なにあの手の形は!?」
「あれはシュートサインよ」
「シュートサイン?」
「技が脱出不可能なくらいパーフェクトに決まっていることを示すサインのことよ!」
事情通の妖精メイドが解説をしている。
美鈴は門前に腕試しにくる人間たちとも試合をしている。それもまた見物として人気が高い。
特に紅魔館の主であるレミリア・スカーレットはよくそれを観戦している。
咲夜はそのときに審判をやらされたりもするのだ。手の形はその癖のようなものだろう。
相手が人間であれば、シュートサインが出た時点で決着なのだが、今の相手はゆっくりれみりゃ。
しかも美鈴は寝ている。徐々に技は進み、ゆっくりれみりゃの腹は裂けていた。
「うあー!う゛ー!う゛あ゛ーーっ!うぎゃぁあぁああぁあぁあああああっっ!!!」
腹から肉まんの中身がはみ出ていく。ほこほことしたそれは、肉汁を滴らせ地面に水溜りを作る。美味しそうな匂いがあたりに立ち込めていく。
その匂いに誘われたのか、美鈴の腹がたしかに鳴った。と、ぱちりと目を見開く。
目の前には右手を拳銃のかたちにしてこちらを指差す十六夜咲夜の姿が。
「うわっ!違いますよ?サボってませんよ?」
「いいから、それをどうにかしなさい」
「それ?ああ」
今気づいたのか、胴体が半分ちぎれたゆっくりれみりゃを門から遠ざけるように放り投げた。
ゆっくりれみりゃは痛みにもがき苦しんでいたが、持ち前の生命力で回復すると泣きながらも立ち上がり、そのまま美鈴のほうへと向かっていく。
どうしても一矢報いたいようだがそれはかなわない。
よたよたと駆け寄ってくるゆっくりれみりゃのふところに瞬時にもぐりこむと、美鈴は鳩尾あたりをめがけて掌底を放つ。
攻撃されたゆっくりれみりゃは痛みを感じていないのか、そのまま美鈴を殴ろうと手を上げる。
ゆっくりれみりゃの背中が爆ぜた。
「う゛え?」
頭と手足以外の中身が背中を突き破ってブチ撒けられたのだ。吹き飛んだ中身は音を立てて地面へと落ちていく。
同時に胴体の支えをなくしたゆっくりれみりゃもその場にへちゃりと崩れてしまった。
さしものゆっくりれみりゃも、ここまで損傷が大きくなると再生も滞るのか、傷がふさがる気配もない。
それを無視して門前へと戻る美鈴。その顔は一仕事終えたような表情だ。
「う゛え~~~~っ!う゛ぇえぇぇ~~~~ッッ!!!」
臭いと泣き声を聞きつけたのか、どこからかやってきた黒い塊に飲み込まれるゆっくりれみりゃ。
その中からは、あいも変わらずの泣き声と咀嚼音が聞こえてくる。
やがて泣き声がなくなるとその黒い球体はどこぞへと飛んでいってしまった。
地面には染みだけが残っていた。
終わり。
これがアニメだったら、ラーメンにしてるところですよ!
とは美鈴の談。
著:Hey!胡乱
最終更新:2008年09月14日 05:17