ゆっくりいじめ系2028 二人の賭け

二人の賭け


ザッザッザッ
一面に広がる落ち葉の絨毯を踏み歩く。
穢一つないそれらを足蹴にする行為は申し訳ない反面、何とも言えない喜びに満ちる。
秋も深まり山は黄色や赤に燃え、街中でも街路樹たちが我先にと着飾っている。
乾いた風に吹かれながら、のらりくらりと歩みを進める。
やがて懐かしい風景が目に飛び込み、おもむろに顔をあげる。
そこにあるのは腕を大きく広げた楓の木と、変わらないあの窓だった。


窓から外を見る。
人々が絶え間なく行きかい、鳥は空を舞う。
大きな楓が風になびいてその身を震わせる。
自分はというとベッドに腰掛け高みの見物を決め込む。
世界が忙しなく働いている間にも、自分は悠々と読書と惰眠を貪っている。
何ともいい身分ではないか。

とはいえ、欲を言えばいささか退屈でもある。
四方を白色の清潔な壁に囲まれて、これまた味気ない栄養満天の食事を摂る。
僅かな楽しみと言えば時折やってくる看護婦との会話くらいのもの。
何もしないということと、何も出来ないということの意味の違いを、嫌というほど理解させられる。

そうしてあの日も始まる。

飽きることなく、只々ぼうっと同じ風景を眺め続ける。
それはまるで、カメラがフィルムに記憶を焼き付ける作業のようであった。
だが今日はいつもと違った。いつもと変わらぬ風景、だが何ともいえない違和感に襲われた。
胸に異物が詰まったような感覚。それを晴らさんと、よくよく目を凝らす。
風が吹いた。
風は楓の木を揺らし、数枚の葉を空へと攫って行った。
その時ようやく違和感の正体に気付いた。
楓の葉が一枚だけ揺れていないのだ。
まるで人工的に固定でもされているかのよう、微動だにすることなく静止している。
どうなっているのかと目を凝らす。するとその葉は不意に飛び上がり

「ゆっくりしていってね!!」

生首が現れた。
ベッドから転げ落ちそうになるのを必死に耐えていると、生首はこちらに気付いたのか嬉々として話しかけてきた。

「あなた、わたしがみえるの?」

あぁと曖昧に頷きを返すと、彼女は器用に枝を伝って窓縁までやってきた。

「あらあら、まあまあ!! わたししずは!! よろしくね!!」

よろしくされてしまった。
得体の知れない存在だが礼には礼で返さんと、こちらも簡単な挨拶で応じる。
そうして僕としずはの奇妙な交友が始まった。

しずはは何でもゆっくりという存在らしく、日々ゆっくりすることを生業としているのだそうだ。
また奇妙なことにその姿は僕にしか見えないらしい。
ある時食事を持って来た看護婦に見せたところ、からかっちゃダメよと笑われてしまった。
どうなっているのかと訪ねてみても、しずはは小首をかしげ淋しげに笑うだけであった。

僕としずはは毎日一緒だった。
たわいもない話をしたり、一緒に昼寝をしたり。それはとてもささやかであったが、何だかとても暖かかった。
見舞いの林檎を3個も食べて膝の上でくつろぐしずは、彼女の髪はとても綺麗で手櫛をかけてやるサラサラと心地よい感触がした。

秋も深まったある日、僕は急な眩暈に襲われ、気付くと腕に大きな針を刺されていた。
霞掛かった頭で辺りを探る。ぬくもりを見つけ抱きしめると、その日はそのまま眠りに就いた。

重い頭で外を眺める。町の色はすっかり変わり、風の中には仄かに冬の匂いがした。
何となくだが自分は長くない、この時には気づいていた。

秋には不思議な力がある。
来たる冬、死の季節を前にし、世の終焉を精一杯飾らんと生命の全てが震え謳う。
そうして静かに死んでいくのだ。そこには言葉で現せない美しさがある。
僕は今美しいか、ふとそんな言葉を漏らしていた。


膝の上、頭を撫でられながらしずはは静かに、だがはっきりと告げた。

「いまのあなた、ちっともかがやいてないわね」

彼は一瞬悲しげな目をし、それを隠すようにおどけて笑った。
しずはにはそんな彼の笑顔が酷く痛かった。



「しゅじゅつ?なにそれ?」

あの日、先生は僕に手術を勧めてきた。
とても難しい手術だが、上手くいけば明るい未来が待っているのだという。
恐かった。死ぬことよりも、希望を持ってそれを裏切られることが恐かった。
願うならば、もう静かに消えていきたかった。だが彼女は言った。

「ゆっくりするっていうのはね、いっぱいいっぱい つらいこともあるの」

めずらしく、いや、はじめて彼女は怒っていた。

「にげてばかりじゃ ゆっくりはできないわ。ときには たたかわないと だめなのよ!!」


僕は切れていた。

何がわかる。健康なくせに。生きたいさ。死にたがりは健常者の特権だ。
変わりに死ぬのか。何が出来る。何をしてくれる。何をくれる。望んで悪いか。
望むことは罪か。もう疲れたんだ。もういいんだ。終わらせてくれ。


精一杯怒鳴って、精一杯泣いた。
久しぶりに生きていることを実感した時間だった。


彼女は胸の中で言った。

「ならわたしと かけをしましょう。あのかえでのはが おちなければ あなたはしなない」

それは以前読んでいた本の内容だった。
ある病弱な女の子は部屋の中から外を見つめる。
季節は秋から冬へと移り、窓から見える木の枝も纏う木の葉が閑散としていく。
そして最後の1枚が落ちる時、彼女の生も終わりを迎えるのだ。
僕はそんな境遇を自分に重ね、悲劇のヒロインを気取っていた。
馬鹿だとは思ったが、自分に酔うことで目を背けていたかった。

そんな話を覚えていたとは中々抜け目ない生首である。
彼女は続ける。

「わたしもたたかうわ。あのかえでを まもりつづける」

何を言い出すのか。言っていることが滅茶苦茶である。

「いーい?しぬっていうのは えいえんにゆっくりすることなの。あなたひとりで ゆっくりするなんて ずるいわ。
 いっしょにゆっくりしようって やくそくしたでしょう? ならあなたも すこしはむちゃしなさい!! 」

それは余りにも自分勝手で、我がままで、思わず笑ってしまうような台詞だった。
笑いすぎて僕は涙が止まらなかった。

翌朝、彼女の姿はどこにもなかった。
ただ枕元に彼女のものとよく似たモミジが数枚並べられていた。
その日のうちに僕は手術を受けた。少しでも早いほうがいいとのことだった。



しずはは耐えていた。
吹きずさぶ木枯らしの中、只々静かに耐えていた。
乾いた空気は皮をカサカサに乾かし、冷たい空気は身を裂くようだった。
そんな必死の思いも虚しく、葉っぱは一枚、また一枚と消えていく。
宙を舞う葉を恨めしげに睨みながらも、それでもひたすら守り続けた。
ある時、冷たい雨に全身を打たれて歪み潰れた。
また、皮膚の割れ目に染みた水は夜中に凍り膨らみ、しずはの傷をゆっくりと、だが確実に広げていった。
鳥にも襲われるようになった。普段は目立たないしずはだが、木々が寂しくなるこの時期では野生動物の目はごまかせない。
また傷口から漂う香りは、餌が枯渇するこの時期において蟲惑的な程に甘い。
スズメ、ムクドリ、ハト、カラス・・・
あらゆる鳥に啄ばまれ、その度に悲鳴を挙げながらも、しずははやはり耐えていた。

だがそんなしずはにも限界はやってきていた。
もはや体は動かず目も霞む。楓の最後の一枚も、今にも吹き飛びそうに心無さげに揺れている。

「わたしはしずは、あきをつげる さびしさと しゅうえんの しょうちょう・・・
 そんなわたしが このまふゆ、さびしさにたえ、しゅうえんをとめようなんて とんだおわらいぐさね・・・」

誰に聞かせるでもなく、しずはは独り言葉を紡ぐ。

「それでも わたしをみてくれた、あのひとをゆっくりさせられるなら・・・
 あのひとのさびしさと しゅうえんをうばえるなら・・・こんなのもわるくないかもね・・・」

ずるり、ずるり。しずはの体が力なく崩れる。

「かけ、まけちゃったなぁ・・・くやしいなぁ・・・
ひとりは、やだよ・・・  さびしいよ・・・ 」

ドシャリと音を立て、しずはと最後の一枚は枝を離れた。


夢を見ていた。
あの楓の木、その枝一杯にビッシリとしずはが実っている。
どいつもこいつもが幸せそうに寝息を立てている。気色悪いことこの上ない。
そして目を開きお決まりの文句。

「ゆっくり・・・・・さようなら」

目が覚めると全身がびしょ濡れだった。ひどい寝汗だ。
看護婦が先生を呼んできて手術の成功を教えてくれた。
僕は嬉しかった。だが、何だか胸が痛かった。

それからの数日を機械の置いてある病室で過ごし、僕があの部屋へ帰ったの蕾も綻ぶ頃だった。
恐る恐るカーテンを開ける。そこにしずはの姿はなかった。
だが僕は目を疑った。枝に一枚葉が残っているのだ。
その葉はえらく赤く、5つに分かれており、そして小さかった。
そんなの反則である。僕は悔しくて、悔しくて、涙が止まらなかった。


それから何度かの入退院を繰り返し、セミも目を回しそうな暑い日に正式な退院と相成った。
いつも見下ろしていた道を、今度は見上げながら歩く。何とも不思議な感覚だった。



そして今日、僕はここに来ていた。
別に用はないのだが折角死に損ねた人生だ、少しくらいの寄り道もいいだろう。
あの日の賭けはまだ続いている。葉を残すことに成功はしていたが、その後彼女と会っていないのだ。       
もう一度、彼女と一緒にゆっくりして初めて彼女の勝ちが決まるのだ。
だのに姿も現さず、投げっぱなしとはつくづく失礼なやつである。
深く息を吸い、そして吐き出す。澄んだ秋の空気が肺を満たしていく。
そして元来た道を引き返した。
借りっぱなしというのは性に合わない。まして彼女相手となればどれだけの利子を請求されるかわかったものでない。
だからさっさと会って清算してやろう。会えるまで通い続けてやろう。
この僕相手に賭けの放棄など許されないのだ。



だからいつか


もう一度


ゆっくりしていってね



楓の枝で葉が踊る
乾いた風に揺れている
そんな葉っぱのただなかに
とても真っ赤な葉が一枚
賭けに勝つのはもう少し
いじけたあのひと見た後で
今日も彼女はほくそ笑む
只々しずか、あきしずは



終わり


読みにくい上にベタ、なおかつ虐待薄くてごめんなさい
オリキャラを使ってみたくてついやってしまいました。『賭け事』テーマだけど無理矢理すぎですかね、勘弁してください

ムクドリの人

題賭け麻雀SS『賭け事』名無し様へ

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最終更新:2022年01月31日 03:31
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