「ゆっくり!ゆっくり!ゆっくり!」
小学校へ続く通学路を6匹のゆっくり霊夢が跳ねていく。
一回り大きい霊夢を先頭に、その後を小さい霊夢がついていく。
先頭の霊夢は時折後ろを振り返り、小さい霊夢達の姿を確認した。
「ゆっくり!ゆっくり!ゆっくり!」
れいむが自分達の方に振り返ったのを見た小れいむ達が、
すこし離れた場所にいるれいむに呼びかける。
れいむもそれに答えてから、小れいむ達ににっこりと笑いかけた。
「ゆっくりしていってね!」
ゆっくりついてきてね!ゆっくりついてくよ!
そんなやり取りを繰り返しながられいむ達は進んでいく。
道なりにまっすぐと進みながら
この先にゆっくり出来る何かがあるという
期待に頬を緩ませながら跳ねていた。
道の途中、れいむ達は下校中の子供たちと何度もすれ違った。
「ゆっくりしていってね!!!」
れいむ達は子供の前に一列に並んで挨拶をした。
挨拶をされた子供は返事の変わりに少しだけゆっくりして去っていく。
踏み潰さないように様子を見て避けていただけだが、
足を止めてゆっくりしてくれた子供達の姿を見て
れいむ達は満足げに、すこし誇らしげに笑みを浮かべた。
そんなれいむ達の前に一人の少年が歩いてきた。
他の子供達にした様に、その少年にも挨拶をしようと横一列に並ぶれいむ達。
少年が近づいたのを見計らって声を揃えて挨拶をする。
「ゆっくりしていってね!!!」
溜めに溜めた最高にゆっくりした挨拶だった。
れいむ達はその余韻に存分に浸っていた。
「ゆ゛ん゛!!」
一匹の小れいむが少年の足によって空を跳んだ。
空を飛んだ小れいむの目の前に付いた足が次の一歩を踏み出し
口を開けっ放しにしていた小れいむの下顎を捉え空へと運んだのだ。
最高にゆっくりした挨拶の余韻に浸っているれいむ達を余所に、
少年に蹴られた小れいむはどんどんと運ばれていく。
「ゆ゛ん゛!!……ゆ゛ん゛!!……ゆ゛ん゛!!」
空を跳んで着地した先には少年の足が待っていて、
声を上げようとした瞬間、もう一度蹴り飛ばされる。
れいむ達がこの事態に気づく間に、蹴られた小れいむは随分と遠くまで運ばれていた。
残されたれいむ達は悲鳴にも似た声で必死で少年に呼びかけた。
「ゆっくりしていってねー!!」
慌てて後を追うれいむ達、しかし蹴られている小れいむと少年はそれより早く進んでいく。
れいむは全力で少年の後を追った。小れいむ達が距離を離される一方で、れいむと少年の距離は徐々に縮まっていった。
「ゆっくり!ゆっく!……ゆっくりー!」
れいむの後ろからは、れいむを応援する様に小れいむ達息を途絶えさせながらも必死で呼びかけた。
小れいむの応援を背に少年を追うれいむはさらに加速させ
遂に少年に追いついたれいむは小れいむと少年の間に割って入った。
「ゆっぐ!……ぐぐぐぐ!!!」
少年の足は間に入ったれいむを容赦なく蹴りつけたが、れいむは歯を食いしばって絶えた。
口の中が切れ、餡子の甘い味がしたが、れいむは怯むことなく頬を張った。
その結果、れいむに足を取られた少年は体勢を崩して立ち止まった。
やっとの思いで小れいむを助け出したれいむの前にいたのは表面の皮がボロボロに剥け
何処が顔で何処が頭かわからなくなった泥饅頭だった。
れいむは最初それが何なのか判らなかった。
「ぼっ…ぢょ……ぐり……よっ…………」
もっとゆっくりしたかったよ、その言葉を聞いてれいむはそれが何なのか理解してしまった。
自分に似たとってもゆっくりしたれいむ、自慢のれいむ、口に入れても我慢できるれいむ。
かわいいかわいいれいむのれいむ、そのれいむがこんな姿になってしまった。
れいむの目から黒く濁った涙が溢れた。
「ゆ゛っく゛り゛!ゆ゛っく゛り゛!ゆ゛っく゛り゛ー!!」
今まさに永遠にゆっくりしてしまいそうなれいむに、れいむは震える唇を噛み締め震える声を搾り出した。
できる、できるよ、れいむならゆっくりできる、ゆっくり、ゆっくりしていってね、
それがれいむが小れいむに掛けられる精一杯の言葉だった。
そしてれいむは小れいむがゆっくり出来る事を祈った……。
「お祈りは済んだかよ、ぐちゃぐちゃに潰されて餡子ペーストになる準備はOK?」
小れいむが死んでいくのを見届けた少年は、小れいむの前で俯いたまま動かなくなったれいむに声を掛けた。
れいむは答えなかった。
少年が足で頬をつついてもなんの反応も示さず目の前の小れいむを見つめていた。
反応の無いれいむに飽きた少年は、最後に一回すこしだけ強めに蹴ってその場を跡にした。
少年が立ち去った後、しばらく蹴られて転がったままの体勢でじっとしていたれいむは、
一頻り涙を流し終えてからゆっくりと起き上がり小れいむの前に戻った。
「ゆっくりしていってね……」
そう言ってれいむもその場を後にした。
れいむは少年を追ってきた道のりを反対に残してきた小れいむ達を探して進んだ。
すると数人の少年が円になってなにやら楽しそうに遊んでいた。
少年達の足の隙間から、円の中心に小れいむ達がいるのが見える。
涙でボヤケタ目ではよくは見えないが、残してきた小れいむ4匹とも無事でいる様だ。
れいむはその少年達が小れいむ達と遊んでくれているのだと思った。
少年達の中心から聞こえてくる小れいむ達の楽しげな声は心身ともにボロボロになったれいむを癒してくれた。
れいむがボロボロの体を引きずりながらゆっくりと近づいていくと、
次第にれいむは餡子の中でもやもやとした暗い何かが大きくなっていくのを感じた。
それまでれいむが感じたことのないその正体は、生まれてはじめて感じる不安。
楽しそうに聞こえていた声は、助けを求めるような悲鳴に聞こえ、
小れいむ達は遊んでいるのではなく、遊ばれているのではないか
れいむの跳ねる速さは徐々に早くなっていった。
少年達がれいむの存在に気づくほど近づいたところで、れいむにも小れいむの姿がはっきりと見えた。
そしてすぐににじんで見えなくなってしまった。
小れいむ達は、先ほどの小れいむ程では無いにしろ髪の毛も飾りも皮も至る所がボロボロになって、
涙を流しながら悲鳴を上げていた。
れいむは直ぐに小れいむ達の元に駆け寄ろうとした。
しかしそれは円を作っている少年達の脚によって阻まれてしまう。
隙間を探して少年達の周りをグルグル回るれいむの姿に小れいむ達も気づく
小れいむ達もれいむの元に駆け寄ろうとしたが、それは円を作っている少年達の脚によって阻まれてしまった。
円の中に入ろうとするれいむはかかとで、
円の外に出ようとする小れいむはつま先で蹴られた。
何度も何度も蹴られるうちに小れいむは動かなくなった。
1匹の小れいむは蹴られた後ピクリとも動かなくなった。
1匹の小れいむは這いずりながらゆっくりと動かなくなった。
1匹の小れいむは踏み潰されて動かなくなった。
1匹の小れいむはいつの間にか動かなくなった。
れいむはその光景をなにも出来ずに見ていた。
少年達の足の間に体を押し付け何とかすり抜け様としながら、
小れいむ達が動かなくなっていくのをなにも出来ずに見ていた。
わからない、なんでこんな事に、どうしてこんな事を、
れいむは怒った。生まれて初めて怒った。怒りに任せて少年達に襲い掛かった。
「……ゆっくりしねぇえ!!」
れいむの渾身の体当たりだ炸裂する。
反動でれいむの体も跳ね返る程の体当たり、これで少年達もゆっくりできないだろう。
しかし、そんなれいむの体当たりも少年はサッカーボールが当たった程度にしか感じていなかった。
れいむの体当たりを受けた少年は、
ゆっくりとれいむの方を向くと軽く勢いを付けながられいむを蹴飛ばした。
「ゆ゛ん゛!」
蹴られたれいむは後ろのコンクリートの壁に叩きつけられた。
衝撃がれいむの餡子を大きく揺さぶる。
後頭部から叩きつけられ、人間ならば脳震盪を起こしてもおかしくないような状況だ。
れいむは朦朧とする意識の中で体当たりを続けた。
「ゆっ……ゆっくりしね!!」
小れいむ達と同じ様に、何度も何度も動けなくなるまで体当たりを続けた。
「おい、どうすんだよこれ」
れいむは最後までなにも出来なかった。
動かなくなったれいむを前に、少年達はこのゴミを片付けるのかどうするのかを話し合っていた。
「このままでいいだろ」
一人の少年が提案する。
「さすがにまずいだろ」
一人の少年は反対した。
「端っこに寄せておけば良いだろ」
結局、れいむ達は近くの排水溝の上に寄せられた。
ここに寄せておけば雨が降ったときに流れるだろう。
片づけを追えた少年達はその場を後にする。
「あーあ、靴汚れちゃったよ」
最後にれいむを蹴っていた少年がぼやいた。
その少年の靴にはれいむの餡子が付いていた。
その後、この少年達の行為は教師の耳に入り、少年達は反省文とトイレ掃除1週間の罰を与えられた。
運良く見つからずに済んだ少年は、朝会で前に立たされた少年達を見てコッソリと心の中で反省した。
食べ物を粗末にしてはいけない。
その日消えたれいむ達は、一つの教訓となって少年達の心に残った。
作者:れいむ大好きあき
最終更新:2009年01月30日 09:57