ゆっくりいじめ系2275 まんじゅうこわい

「さあ、おたべなさい!」
少年の前に突然現れたそれは彼の顔を見るなりいきなりそう言った。
「な、何だお前!?」
もちろん少年もはいいただきますと言うわけは無く困惑の表情を浮かべていると
少年の目の前に陣取った人の生首をすこしデフォルメして丸っこくしたようなそれは突然真っ二つに割れた。
「うへぇあ!?」
「たべやすくなったからさあおたべなさい!」
口も半分ずつに泣き別れているというのにどうやって喋っているのかは不明だが
それは確かにそう口走った。
「ななななななな…!」
可愛そうに少年は尻餅をついて怯えている。
「たべちゃわないと…」
少年に痺れを切らしてその生首もどきはぽん、と音を立てながら言った。
「ふえちゃうぞ!!」
割れた二つのそれはそれぞれもとの姿に戻った。
確かに質量的に約2倍に増えている。
「あはははははは!!」
いい加減恐怖も薄れ少年はそれの動作が一々おもしろいのでついに笑い出した。
「さあ、おたべなさい!」
「わかったわかった、喰えばいいんだろ喰えば
喰ったら帰れよ」
そう言ってヤケクソ気味に少年はそれを一つ手にとって恐る恐る齧った。
「あ、おいしい」
そこからは止まらなくなり気付くともう全部平らげていた。
思わず全部食べてしまったがさっきのそれは死んでしまったのだろうか。
少年にはどうもそうは思えなかった。


『おたべな様』
そのゆっくりれいむはこの界隈ではそんな風に呼ばれていた。
おたべなさい様が短くなってそうなったのだろう。
もう一種の都市伝説状態だ。
人々の前に現れては「おたべなさい」と言って自分を食べることを強要する謎の生首。

その正体は死んだ料理人の怨霊やら残した食べ物の祟りだの色々といわれているが
れいむとしては、単に自分を食べてもらいゆっくり幸せになって欲しいというだけだった。
れいむ自身、れいむがどういう存在なのかはよくわからない。
そもそも自分が何なのか、なんてれいむは気にしなかった。
おいしい自分を食べてもらってゆっくりな気分になってくれればいいのだ。

今日もれいむは空をふよふよ飛んで素敵な人を上空から探していた。
「ゆ!だいいちゆっくりはっけん!」
れいむはぴーんと来たので今日の場所へと急降下していった。


「あら、すごくおっきなお山出来たね~
ん?こらこらけんいちくーん!みいちゃんのおもちゃ勝手に取っちゃったら
みいちゃん悲しい悲しいでしょ?
ちゃんと貸してってお願いしようね?
あ、きょうすけくんどうしたの?
わービーズでネックレス作ったんだー!
とっても綺麗だよ!え、先生にくれるの?
ありがとー!」
その女性は、黒い髪はショートカットにして煌びやかさとは無縁の素朴なトレーナーに
下はジーンズを履いてその上にはかわいらしい動物のワッペンのついた桜色のエプロンをつけていた。
顔は丸顔で、ふっくらとしている。
いや、別にふとましくは無い。
むしろ細身な方だが、彼女の雰囲気がどこかふっくらとした印象を見た人に与えていた。
生来の包容力のようなもがそう見せているのかもしれない。
幼さを感じるのは目が大きめだからだろうか。
力強く輝く大きな瞳から若さとその素晴らしさを感じさせる。
老成や熟練とは無縁だが、その分を若さとやる気でカバーするといった感じだ。
元気にはしゃぎまわる子どもに囲まれながら負けず劣らずの元気さで子ども達の相手をしていた。
ただ子どもとの遊びに熱中するばかりではなく常に園庭の子ども達全てに気を配っていた。
傍目に見て本当に休む暇なく何かをしていて、見てるほうまで疲れてきそうで
でもそれ以上に楽しそうであったかかった。
あと十年もすれば、もう少し手際も良くなるだろうか。

それから、お昼ご飯からお昼寝までの激流のごとき忙しさをなんとか乗り切って
保育士の仲代恵美は目を瞑ると両手を天に向かって伸ばして思い切り体の筋を伸ばした。
最近はアレルギーやら小食やらでみんな同じ物を食べさせればいいというわけにも行かないのでお昼ご飯の支度も一苦労だ。
他のベテラン保育士と比べて手際の悪い分は若さと気合で補っているつもりだが
やはりそれだけではまだまだ足りないと恵美は思っていた。
納得の行く保育は出来たか否か、こうやって子ども達が午睡している間に
半日を振り返りながら子ども達の様子をノートに付けていくのだが
その度に、ここはこういう援助をすればよかったと後悔したり
殆どノートに記述を書くことが出来ずその子に全然構って上げられていなかったことに気付いて
愕然として落ち込むのはもう殆ど日課だった。
週に一度はひょっとして自分はこの職業に向いていないのではないかと不安になる。


そんな風に頭を抱え難しい顔でノートを書きながら小まめに眠っている子ども達の様子を見た。
そうする理由は子どもの安全の確認が第一だが
落ち込んでいると子どものかわいらしい寝顔でも見ないと気が滅入って仕方ないというのが本音だった。
「けんいちくん、はやくおねんねしようね」
見回りをすると起きている子が居たのでそう告げてとんとんとリズムを取りながら背中を軽く叩きつづけると
彼はすぐに寝息を立ててぐっすりと眠った。
グズらないですんなり眠ってくれたことに恵美はほっと胸を撫で下ろしながらまた彼女はノートを書く作業に戻った。


そんな彼女の不幸は、れいむの姿を見れなかったこと。

れいむは窓ガラスを透過してスルリと保育室の方へと入っていった。
そして、眠ったフリをしてこっそりと布団の中に隠れている子どもの布団の中に潜り込むと言った。
「さあ、おたべなさい!」
そのどこか浮世離れした響きの明朗快活な声はその子どもに大好きなアンパンマンのことを思い起こさせた。
「…アンパンマン?」
「れいむだよ!」
「れいむぱんまんだ…!」
彼は布団の中で声の大きさを抑えながらも興奮気味に言った。
アンパンはお母さんにダメって言われて食べれないから
アンパンマンの代りにれいむぱんまんが来てくれたんだと彼は思った。
「さあ、おたべなさい!」
彼はコクリと頷くと、先生にばれないように(おやつの時間じゃないのに食べたらきっと怒られる)
ノートを取るのに一生懸命な先生に丸めた背中を向けて布団に隠れながらむしゃむしゃとれいむを食べた。



れいむは少年が喜んでくれてとても嬉しそうに食べられた。

状況が一変したのは、十分ほどたってからだった。

れいむは天井の辺りから、おなか一杯になってすやすやと眠るあの少年を眺めていた。
れいむは幸せそうに眠る少年の姿を見て自分も幸せだった。
「げほっ!がっ!ごほっ!」
その少年が、突然激しく咳き込み始めた。
「どうしたのけんいち君!?」
保育士の恵美はすぐに彼に駆け寄り背中を撫でたりするが
彼の咳はますます激しくなるばかりでさっきまでのホオズキのように赤く染まった顔は青白くなり
咳の合間にひゅーひゅーという妙な呼吸音が混じる。
「けんいち君!けんいち君!」
恵美は怪我をしたとかちょっとしたトラブルなら経験はあったが、こんな事態は経験したことが無かった。
完全に狼狽して、恵美は少年を抱きかかえて涙を流しながら呼びかけるばかり。
「どうしたの仲代先生!?――!
山城さん!救急車呼んで!!」
異常事態を察知して保育室に飛び込んできた園長先生は、少年と抱きかかえて喚く恵美の姿を見ると
すぐに近くに居た別の保育士にそう告げて少年の所に駆け寄った。
「けんいち君が急に!どうしよう、私どうしたら……!?」
「あなたは少し外に出てなさい!!」
混乱して頭を掻き毟り泣き出した恵美の膝から少年を奪い取ると園長は恵美の頬を平手で打って強い口調でピシャリとそう言った。
こう取り乱されては処置の邪魔になるだけだし、ただならぬ様子に子ども達も怯えていた。
「は、はい…」
目を腫らしておずおずと保育室から出て行く恵美を見送らず、園長は少年を布団に横たえて
息をしやすいように体を横にして背中を撫でながら一刻も早い救急車の到着を待った。

れいむには何が起こったのか全く理解できなかった。
ただただ天井から呆然とその光景を見つめていた。
ただ、少年に何か大変なことが起こったのだけはわかった。





「どういうことよ!?」
ドン、手の平が平行に机の上に振り下ろされた。
「申し訳ありません、全て私どもの不注意から起こったことです」
園長は深々と頭を下げた。
「どういうこと?家の子に小麦粉と小豆にアレルギーがあるっていうのは
入所前にもアレだけしっかり言っておいたでしょ!?」
ヒステリックに彼女は園長に詰め寄り捲くし立てた。
「私どもも注意して遠ざけていたのですが私どもの不注意でどこから紛れ込んでしまったらしくて…」
れいむはその光景を部屋の隅から見ていた。
少年はあの後来た救急車で運ばれていった。
園長に詰め寄る女の人のゆっくりしていなさに目を白黒させた。
いや、その女の人だけではない。
この部屋に居る全員がゆっくりなどしていなかった。
れいむ自身もこんなところに居てはゆっくり等できない。
一刻も早く立ち去りたかったが、少年のことが聞きたくて頑張って堪えていた。
「…医者の先生が胃洗浄したら息子の胃からお饅頭らしいものが見つかったらしいわ」
園長の襟首を握り締めながら吐き捨てるように言った。
れいむはその声の冷たさに胸がズキリとした。
彼女はまるでそのお饅頭が原因だと言ってるようにれいむには聞こえた。
まさか、そんな馬鹿なとれいむは息を呑んだ。

「れいむはみんなにゆっくりしてもらいたいだけだよ
ちがうよ…れいむじゃないよ…れいむじゃないよ…」
誰にも聞こえない声でれいむは訴えかけるように呻いた。
だがその訴えは自分でさえ本心から信頼することは出来なかった。
れいむだってこんなことは初めてだ。
これまでれいむを食べてくれた人はみんな喜んでくれていた。
なのにあの少年はれいむを食べてから急におかしくなったのだ。
どういう因果関係があるのかはわからないが、自分を食べたことが関係しているのは察しがついた。
だからそれを信じたくなくてこうやってか細く訴えかけていた。

「誰?私の息子にお饅頭を渡したのは」
「い、いまこちらでも必死に調べてまして…」
「誰だっつってんのよ!!あんたらしかいないでしょ!?」
女が園長の襟首を掴んで引っ張り倒す。
園長は椅子から転げ落ち腰を打ちつけた。

「あの子はまだ意識が戻らないのよ!?
どうしてくれんのよ!?誰よ!?誰なの!?
あの子に饅頭なんか食べさせた奴はどこのどいつだってんのよおおおおお!!」
ついに彼女は座っていたパイプ椅子を掴んだ。
「お、落ち着いてください!」
地べたに転がっていた園長がしがみついて抑えようとするが
怒り狂う彼女を抑えきれずに逆に振り回され再び地に転げる。

そしてもはや止めるモノの無くなった彼女は怒りのままにパイプ椅子を振りぬいた。
鈍い音がして彼女は手に残る手ごたえに慄いて椅子を落とした。
鉄パイプは恵美の頭を捕らえて赤く濡れ滴っていた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
彼女と園長は恵美の表情に気付いて息を呑んだ。
それまで二人で慌しく話してい気付かなかった。
恵美は園長の横に座ってずっと黙して俯いているだけだと思っていた。
だが違った。
恵美はずっと小さな声で謝罪の言葉を言い続けていた。
この椅子に座っていたときから、いやひょっとしたらもっとずっと前から。
「ち、ちが、そんなつもりじゃ…」
彼女は口に手を当ててぞっとした表情で呟いた。
支離滅裂な言い訳だが、彼女の内心としては本当にそうだった。
「落ち着きましょう、みんなとにかく落ち着きましょう!
恵美先生も…恵美先生?恵美先生?!」
園長は恵美が血の滴る傷口に爪を立ててガリガリと引っかき出したのを見て慌てて手首を掴んで止めた。
「ごめんなさいけんいちくん…ごめんなさい…ごめんなさい…」
「落ち着いて…機を確かに恵美先生…!」
園長は恵美を抑えるために肉薄して初めてその体中についている引っ掻き傷に気付き息を呑んだ。

「私はこんなつもりじゃ…うううううううう…!
けんいちぃ…!うっうくぅうううううう…!けんいちぃ…!」
彼女ももうどうしていいのか分からず地面に崩れ落ちて息子の名前を呼びながら泣き始めた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
恵美の止まる寸前のオルゴールのようにか細く、そして延々と続く謝罪の言葉が
れいむの胸に針山の針のように一つ一つゆっくりと突き刺さっていった。




れいむは耐え切れずにその場から逃げ出した。
だが壁を抜けても空の彼方の雲の向こうまで飛んでいってもあの部屋の重苦しい空気から逃れることは出来なかった。
「れいむじゃない、れいむじゃない……ちがう、れいむはなにもしてないよ!」
嘘だということは自分でもわかっている。
れいむが食べられた。それが完全に善意からの行いだとしても確かに食べさせた。
それが少年の体に何かの引き金となったことはれいむ自身がよくわかっていた。
それでも誰も居ない雲の中でれいむは言い訳を続けた。



「どうしたのれいむ?」
「ゆゆ!まりさだ!ゆっくりしていってね!」
突如、れいむのほかに誰も居ない雲の中をまりさが覗き込んだ。
「ゆっくりしていってね!」
いつもどおり何一つ変わりない挨拶を交わす。
まりさのゆっくりさがさっきまでの重苦しい空気を吹き飛ばしているのに気付く。
れいむは肩の荷が降りたかのようにほっとして表情を緩めた。

心配そうな表情でまりさは続けた。
「なんだかれいむげんきがないよ?」
「ゆ、あのね……」
れいむは迷わずまりさに事情を話した。
まりさは親友だ。
だから必ずれいむの悩みに応えてくれる。

まりさは静かにれいむの話を聞いて、頬を膨らませて言った。
「れいむ、わるいことしたならちゃんとごめんなさいしないとだめだよ?」
「ゆー、れいむはいいことしようとおもったのに……」
「でもそのこはくるしんでるんだよね?まわりのみんなも
だかられいむはあやまらないといけないよ!」
「ゆ、わかったよまりさ!」
れいむは憑き物が取れたような顔で頷くと、まりさにお礼を言って町の方へと降りていった。
まりさは笑顔でれいむを見送った。




れいむはまず真っ先に少年の所へと言った。
周りの大人にはれいむの姿は見えない。
れいむは少年のおなかの上に乗った。
やっぱり、おなかの中でれいむと少年が喧嘩していた。
れいむはおなかの中のれいむを少年の中から追い出すと、ぱくりと食べてしまった。
これでもう大丈夫、全部元通り。
後は迷惑かけた人に謝りに行くだけ。
それで全部おしまい、みんなまた幸せにゆっくり出来る。
お詫びにみんなにれいむを食べてもらおう。
今度はきっと喜んでもらえる。

病室の窓から飛び出すと青空から先生や少年のお母さんをれいむは探した。



空から探すと先生はすぐ見つかった。
れいむはすぐに彼女のすぐ横まで飛んでいった。
あの時と同じエプロン、何も変わってない。
前会った時と全部おんなじ、くすんだ表情もれいむが謝ればきっと元通り。
「おねえさん!もうだいじょうぶだよ!」
お姉さんは何も言わなかった。
れいむは一つだけ、さっきとお姉さんが違うところに気が付いた。

お姉さんは逆さまだった。
お空に向かっていたはずの頭が地面に向いている。
不思議に思ってれいむもひっくり帰ってみた。
今度こそ前とおんなじ。

お姉さんが、色の無い幽鬼のような笑みを浮かべた。
「ごめんなさい」
力なくか細いその呟きはとてもしっかりと耳に届いた。

暗い路地の裏に、赤い花が咲いた。
それはれいむが見たことも無い花だった。
花が地面に向かって咲いていて、そこから茎は天に向かって伸びる。
黒いつぼみが開いて赤い花びらを広げていく。
天に向かって伸びていた二本の茎が力なく折れた。
全てが逆さの不思議なお花。
赤い赤い不思議なお花。
いや、全てではない。
花が咲いたのはやっぱり一番後だ。
赤い花びらはまだ広がり続ける。
花の首が折れた。
根の絡まる場所の無い天に伸びていた茎が地面に横たわった。
それでもまだ赤い花びらは広がり続けた。


やっとれいむはもう取り返しのつかないことを悟った。








「ごめんな様?」
「いかにもそれっぽい名前だろ?」
マスクをつけた少年は彼の連れの言葉に胡散臭そうに眉を歪めた。
「なんつーか偉いフランクに語りかけて来そうな妖怪だな」
ごめんな様、というネーミングから
彼はごめんなごめんなと後ろから声をかけてくるうざったい亡霊のようなものの姿を思い浮かべた。
「なんか誤解してるっぽいが別にごめんなって言うわけじゃないぞ
ごめんなさい様が短くなってごめんな様ってなっただけだからさ」
「なんだ」
つまらなそうに彼はマスクの中で溜息をついた。
「夜中に道を歩いているとごめんなさい、ごめんなさいって声が後ろから聞こえて来るんだとさ」
「何を謝ってるんだそいつ」
「俺の聞いた話だと借金地獄に落ちて一家心中した奴の霊が家族に謝ってるとか
あ、不注意で子ども死なせた保育士だったかな?
レイプされて自殺した女の子だったかも」
「要は全然わからないってことか」
人差し指でこめかみを押さえながらマスクの少年は呻いた。
「ま、そういうこと」
「適当だなぁ」
「都市伝説なんざ大体そんなもんだろ」
「まあそういうもんかもしれないけど」
「今後も情報は収集しとくから期待しとけ、何ならお前も一緒にやるか?」
少年は呆れて溜息をついた。
「そんな暇あったら受験勉強やるよ、来年だぞ」
そしてこの話題はそれで終わりだとでも言いたげに少年は手をパタパタと振った。
「真面目だねぇ」
「っていうか必死さ、俺体力無いからその分先手打っとかないと」
少年は肩を落として応えた。
「体弱いよなお前」
「小さい頃にちょっとやらかしてさ、その後遺症で気管系がちょっとね」
「ふぅん、まあ頑張れよケンちゃん」
「お前もな」
そう言って二人は別々の道へと別れていった。

マスクの少年は信号機を見上げた。
真っ赤なライトが灯っている。
タイミングの悪さに毒づきながら何気なく後ろを振り向いた。


「…………ぃ」
「……?」
何か聞こえた気がして辺りを見回す。
「気のせいだよな?」
そう思いながらもどうしても気になって近くの路地裏を覗き込んだ。


妙な香りが鼻をついた。
「……さぃ」
「誰か居るんですか?」
やはり何か人の声のようなものを確かに聞いて眉根に皺を寄せながら路地裏に足を一歩踏み入れる。
眩暈がして足元がふらついた。
何かジメジメした、よくわからない悪寒を覚える。
早く戻らなければと思うのに一歩、また一歩と足を踏み入れてしまう。

「ごめんなさい」
「え?」
誰に?何を?意味が分からずに問い返そうとして、喉に強烈な違和感を覚えてマスクを外して口元に手を当てる。
ベチャリ、と何かやわらかいものを踏んだ。
怖気を抑えながらゆっくりと視線を足元まで下ろす。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
肌色と黒色の混じったような、どろどろした何かがそこにあった。
「ごめんな様……?」
友人との会話にあがった都市伝説を思い出す。
あれは確か、何だったか。
亡霊のような、じゃあ、これはニンゲンの

「ひっ」
脳裏に過ぎったおぞましい想像に驚いて足を滑らせる。
そしてドロドロに溶けたニンゲンの頭のような形のごめんな様の上に倒れこむ。

やわらかく粘着力のあるソレが顔面に付着する。
半ば溶けかけて今にもこぼれ落ちそうなごめんな様の目玉と目が合った。
鼻の中を胃を素手でくすぐるような甘い臭いが満ちる。
口にドロリとしたごめんな様の体が飛び込んできた。
「……!?」
慌てて吐き出そうとして全身に拒絶感が走る。
鳥肌と悪寒と吐き気が同時にやってくる。
最悪の気分のまま呼吸が出来なくなるほど咳き込む。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


意識が朦朧としていく中で、ごめんな様の謝罪の言葉だけが聞こえていた。

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最終更新:2009年03月09日 02:20
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